第14話・土と風の猛攻

 先日まで戦いを生業にしていた者と、村でのんびり暮らしていた者の体力はもちろん違っており、そこに男女の差が加われば、先に駆けていた散花より、弥生の方が目的地に早く到着するのは当然だった。

 弥生が散花を気にすることなく、走りぬいたのには煙が消える前に到着したかったからだ。狼煙と違い、自然に発生した煙は風に流され、すぐに消えてしまう。その前にたどり着かなくてはならなかった。

 弥生が、煙の消えきる前に到着するとその場に居たのは二人だけだった。一人は長刀。一人は小太刀を二本携えた、二人の姿。その容姿に見覚えはなかったが、二人の武器である名前が頭に浮かぶ。

「なんでこんな奴らがここに居るんだよ」

 息を切らしながら、追いつく散花。呆然と立っている弥生に問いかける。

「何、あいつら。顔見知り?」

「噂程度にならな。一族そろって殺し屋。特に、二人一組で仕事をするやつに会って、生き残った者は、金を支払う側だけだと。こんな話、皆が勝手に流している法螺だと思っていたが」

 弥生の言葉に、風切が高笑いしながら答える。

「法螺とは、人聞きの悪い。この通り、我らはここに居る」

「風。標的にいらぬ情報を与えるな。己が無知に殺されてくれるなら、楽なこと」

「言ってくれるじゃないか」

 弥生は歯をむき出しにしながら身構える。そんな弥生に散花が小声で尋ねる。

「ねぇ、あいつらの名前、分からないの?」

「風切、土蜘蛛。当然、本名じゃないだろうがな」

「残念だこと」

 露骨に舌を打つ散花。どこまでの力が通じるか分からないまでも、名前で操る力が使えるなら、戦えたのだが。

 その時、周囲に鈴の音が響き渡る。風切、土蜘蛛のその後ろ。歩くたびに鈴を響かせまっすぐ進んでくる女性。弥生は視線を、彼女に合わせる。心が乱れるのを感じる。弥生が忘れているわけがなかった。彼に力を授け、そして腹を裂いた女の名前を。

「命…。会いたかったぜ」

 鋭く眉を吊り上げ、睨みつける弥生。その視線を受けても、命は平然と歩を進める。

「弥生、この村には、もう慣れた?」

「残念だが、お前と茶飲み話している場合じゃないんでね。まずはこいつらを片づけてから…」

「…ねぇ、草薙。誰と話してるの?」

 散花が後ろからひそめた声をかける。まるで命の事など見えていないように。

「何言ってるんだ。目の前にはっきりと」

 命がいる。そう言いかけて、弥生は言葉を止めた。命と初めて遭遇した時のことを思い出したのだ。あの時も、弥生以外、命の事を見ることも声を聞くことも出来ていなかった。そして、命を見ることができないのは風切、土蜘蛛も同じであることは明白だった。

「いきなり何言ってるんだろうね。こんな奴を生け捕りにしなきゃいけないなんて、あの女将軍も何を考えているのやら」

 風切にとってはただの世間話程度だったのだろうが、弥生にとって、「女将軍」という言葉は聞き流せるものではなかった。

「おまえ、凪からの差し向けか」

 弥生は、血が沸騰仕掛けるのを感じた。どうにか斬りかかる事は抑えたものの、言葉の勢いだけは止めようがなかった。この二人が村を訪れたことに、凪が関係している。少し考えれば当然だったが、その事を認めたくない自分がいた事も事実だった。

 そんな弥生を見て土蜘蛛はため息を吐く。

「いらぬ情報を与えるなと言っただろう。どうにもお前はおしゃべりが過ぎる。この二人はお前が足止めをしておけ。我は、仕事をしてくる」

 風切にこの場を任せ、立ち去ろうとする土蜘蛛。弥生と白い着物の女以外殺す事。それが凪から言われた仕事だった。

小太刀を納め、反対方向を向く。次の瞬間、駆け出す土蜘蛛。その時、命が手を振り降ろし、辺りに鈴の音が鳴り響く。その鈴の音に反応しない二人をみると命の存在が弥生にしか分からないことが裏付けられた。

命の行動が理解できなかった弥生は再び命を見やる。その視線の先に、先ほどから何もないところで立ち止まっている土蜘蛛が見えた。視線は向けなくても、土蜘蛛の様子がおかしいことを感じ取ったのか、風切が弥生を見据えたまま、言葉を後ろに飛ばす。

「そんなところで高みの見物が君の言う仕事かい」

 皮肉の色が混ざった言葉を飛ばす。一刻も早く立ち去るように檄を飛ばしているようにしか聞こえない。しかし土蜘蛛から返ってきた答えは、予想外のものだった。

「これ以上、進めぬ。見えない壁があるようだ」

「なんだと」

 風切は弥生を見据えたまま後ろ走りで土蜘蛛の元まで走っていく。もし、立ち止まっているのが風切だったら、土蜘蛛はこんな反応を取らなかっただろう。しかし、風切の知る土蜘蛛は、仕事の時に冗談を言う人間ではなかった。一人で充分な時は勝手に動くし、助けが欲しい時は、遠慮なく他人を使う。そこには、自分の事含め、仕事の部品と割り切れる感情欠落が起因していた。

 散花から見れば、大の大人二人が何もないところを調べ、立ちすくんでいるようにしか見えなかった。しかし、弥生は、弥生だけはそうなっている原因をすぐに理解した。目の前で、静かに微笑んでいる女、命。それ以外に考えられなかった。

「お前、何をしたんだ」

 思わず飛び掛かりそうになる事をどうにか抑え、命を睨みつける。当の本人はあっさりと答えた。

「だって、わざわざ呼び寄せたのに、殺し合ってもらわないと意味がないでしょう」

 ぞっとするような微笑みを浮かべながら、命は凛と立っている。弥生の中で、確かに燃え上がる感情。怒りを通り越したこれは、憎悪以外の何物でもなかった。命に噛みつこうと身を乗り出した時、その奥に、わざとらしくため息を吐く二人の姿が見えた。

「どうするね、蜘蛛。訳も仕組みも分からんが、どうやら俺らは閉じ込められたらしい」

「ゆっくり考えようにも、邪魔な物が二つ、目の前にあるようだ」

「決まりだな」

 そこまで話すと、二人は弥生たちに向けて振り向いた。その目を見た弥生は、覚悟を決めた。

「散花、隠れていろ」

「え?」

「いいから逃げろ」

 乱暴に散花を突き飛ばす。そのまま尻餅をつく散花だったが、死ぬよりはましだろう。すでに風切、土蜘蛛の二人は、弥生の目の前まで迫っている。腰の刀に手をかけ、抜刀。しかし、刀が抜けない。耳無にかけられた「力」が、こんなところで足を引っ張るとは。

 腰に携えていた刀を、鞘ごと引き抜く。斬る事は叶わぬまでも、相手の斬撃を受ける事。そして、殴りつけての攻撃が出来るだけ、手ぶらよりましだった。

最初に迫ってきたのは、風切だった。弥生が持つ刀より頭一つ分ほど長い、風切の刀は、遠心力に乗って、弥生の頭目掛けて降ってくる。弥生は刀を両手で頭上に掲げ、刃を止める。すると、風切の真後ろに隠れていた土蜘蛛の、二本の刃を交差させ、今度は腰を狙ってくる。不用意に体の軸をずらせば、頭上で支えている風切の刃が落ちてくる。弥生は後ろに跳び、二人の刀の射程外に逃れた。だが、すぐさま風切に突きが飛んできた。後ろ飛びは、読まれていたのだ。地面を踏みしめ、ぎりぎりのところで突きの線から身体をずらす。しかし躱し切れず、服がばっさりと引き裂かれる。一息つく間もなく、今度は土蜘蛛が体を回転させ、小太刀の一撃を、弥生に向けて叩き込む。躱す余裕はない。躱せる速度ではない。弥生は、刀を立てると相手の刃をしっかり受け止める。響く金属音。次に来るであろう風切の一撃に身構える弥生だったが、予想に反し、追撃が来たのは土蜘蛛だった。開き切った体をそのまま回転させ、もう一方の小太刀を、自分の小太刀に向けて叩き込む。一回転分の力が乗った土蜘蛛の一撃は、そのまま弥生の身体を吹き飛ばした。どうにか、受け身を取った弥生だったが、勢いを殺し切れず三回転した後のどうにか立ち上がる。

「蜘蛛、あんなに飛ばすな。拾いに行くのが面倒だ」

「…力加減が上手くいかない。正直、あんなに飛ぶとは思わなかった」

 思わず毒吐きたくなるのを、口に溜まる血を吐くことで抑える弥生。口の中を少し切っただけで、攻撃自体は受けていなかった。

 どうしたものか。この二人、先に森で戦った二人と比べるまでもなく強かった。二人の使う得物も、厄介な代物だった。

 風切が使う長巻にしろ、土蜘蛛が使う小太刀二刀にしろ、一般的な刀に比べ、大分長さが違う。それゆえに、扱うことも少々難があるため、ほとんどの人間は使わない。つまり、弥生にとって、戦った経験がほとんど無い。その事も、二人の強さの要因の一つだが、主な理由ではなかった。

 単純に考えて、長巻はその刀身の長さ故、破壊力と射程距離が文字通り長所になるのだが、その分、懐に入られた際に、隙が大きい。逆に刀より刀身の短い小太刀は、小回りの利く分、相手に間合いを譲る羽目になる。

 どちらも一長一短で、単体で見ればいくらでも対処も仕方がある。そう、単体で見れば。

 正直、二人の戦い方は付け入る隙がない訳ではなかった。より正確に言うならば、付け入る隙は余るほどあった。さらに言うならば、二人は、そう言う隙を隠そうとしていなかった。お互いの隙を、自分の隙で埋めあう戦法。二人で戦いに挑む前提の戦法。弥生は二人の動き、すべてにやりにくさを覚えていた。

 戦いはわかりやすく言ってしまえば、死角を突けばいいのだ。闇討ちや背後から襲う事はもちろん、多人数では目が増える。隠し武器を使うなど、とにかく相手に認識させなければいい。戦いに慣れている人間は、自分の死角を消すことに注意を払うし、攻めるときは相手の隙を突く。もしくは隙を作る。そうしたから生き残って来られたし、相手も同じ考えだから読みやすい。

 しかし、今回の二人に関して、死角を隠そうとしない。何故ならもう一人が確実に補うから。完璧な連携。二対一ではなく、倍の手数を持つ一人と戦っているようなものだった。

 そんな状態にもかかわらず、弥生は刀が抜けない。幸いなことに、散花には目もくれず、弥生一人を狙っているお蔭で、自分に飛んでくる攻撃を対処すればいいだけなのだが…如何せん、こちらからの攻撃は届かない。と言うより、反撃できる気がしない。

「では、行くか」

「今度は加減を忘れずに」

 先ほどより速度を上げた二人が向かってくる。

 先んじてきたのは土蜘蛛。腕で刃を隠し、そのまま走りこんでくる。弥生の間合いの一歩外から腕を振るう。小太刀では到底届く距離ではない。頭でそう考えていた。しかし、身体が思わず後ろに跳ねる。先ほどまで弥生の居た場所に奔る剣閃。土蜘蛛の手に握られていたのは、長巻だった。完全な不意打ちを躱した弥生に驚く様子もなく、身体を落とした。土蜘蛛の背後に居た風切が小太刀を一本持ち、土蜘蛛を踏み台に飛び上がる。高く舞い上がった風切は、上空から小太刀を投げつける。弥生は後ろに下がり躱すと今度は土蜘蛛がもう一方の手に握られた小太刀で追撃をする。

 一方的に攻め続ける二人を弥生はどうにか、躱し、いなし、受け止める。力だけで攻めるのではなく、二人で武器を持ちかえ、上から、下から、左右と、どの方向からも飛んでくる刃を、弥生は防ぎ続けた。仮に抜刀出来ていたとしても、おそらく反撃の隙など、ほとんどなかっただろう。二人の攻撃が弥生を追い詰める。

「情けない…こんな小物に息を上げて」

 防戦一方の弥生に、その場に居た命は、呆れ声を上げる。

「助けてあげましょうか」

 耳に心地いい言葉を投げる命。思わず応えそうになる気持ちを、どうにか押しとどめる。前回、助けを求めて腹を裂かれたことを忘れていなかった。

「お前に手を借りたら、何されるか分からないからな」

 攻撃の合間を縫って叫ぶ。命は弥生の言葉に笑顔を浮かべると、手を振り下ろす。

「賢明ね。でも、これならどう?」

 命の言葉の最中、響く鈴の音。その音は弥生だけではなく、他の三人にも聞こえたようだ。弥生の体に変化はない。様子を窺うために、命を見る。すると、その足元に何かが転がっている。

「あなたたちは、横たわる彼女の脇で殺し合っていたのよ。薄情ね」

 弥生は目を凝らして、そのものを見る。それは、首の無い、死体だった。首から上が無い死体。見慣れたもののはずだった。しかし、なぜか心が乱れる。今まで隠れていた散花が、死体を見ると、悲鳴を上げた。

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