第8話

 咲梨隊さくりたい弥音みおんは、組織の建物の地下にある薄暗い牢獄を歩いていた。


 不気味な静寂が底を包み込んでおり、小さな物音一つでさえ反響する。湿気が高く、何処かカビ臭い匂いが鼻についた。


「こちらです」


 弥音が差した先にいたのは薄暗い鉄格子の奥で項垂れるように座っている男だった。


「おい」


 耀祐ようすけが声をかけると、そいつはゆっくりと顔を上げる。


「ああ、なんだ。隊長様かよ」


 そいつは人間の姿だった。多方向に向かってとんがった髪の毛に、柄の悪い目つき。年齢は20歳前後に見えることから、不良とまではいかなくても近寄り難い雰囲気を持っていた。


「今は昼だから、人の姿に戻ったんですね」


 屈んで柵の外から覗き込んでいた将真しょうまが呟く。


「みたいだな」


 対して耀佑は、何とも言えない苦い表情を浮かべる。


 デーモンは、昼は人間の姿と化し、夜になると本来の姿を表す。そのため、人間が暮らす街でも鬼は潜むことができるのだ。人間の姿であれば、人を襲うことも魔力を扱うことも不可能。だからこそ、馴染みやすいという、こちらに取っては不都合な特徴がある。


 まぁ、そんな鬼らを捕まえるためにも、この組織は誕生したのだが。


 それにしても、姿だけとは言え、同じ種族が目の前の鉄格子に囚われているのは不快な気持ちを募らせるものだ。


「こいつは何を尋ねても口を聞かないんです。あれだけの群れを作ったのだから、何か大きな秘密を握っているのは確かなのに」


「その情報を引き出すために、我々を?」


 耀佑が今度は本当の同じ種族である弥音に、眉を顰めてひそめて聞き返した。


「ええ」


 彼女は悪びれることなく頷く。


「まったく。俺らは殲滅部隊だというのに……」


 耀佑は不満そうに頭を掻きむしる。そんな体調を、隊員達は同情の目で見つめた。


 咲梨隊は、エリートが集まった優秀な部隊。組織の指揮官らはそれを利用して、戦闘以外の場で彼らを駆り出すことも少なくはない。


 依頼のとき、隊員は皆負の感情を誰彼抱くものの、組織の、しかも上層部からの指令のために断ることはできないのだ。故に、咲梨隊は良いように扱われてしまう。


「まぁ、言われたことはきちんとこなしますよ」


 しかし、上からの指令を全うまっとうすることこそが、彼ら咲梨隊が信用される理由だった。


「では、よろしくお願いします」


 咲梨隊に対する信頼なのか、彼らをモノとしか見ていない任せなのかは分からないが、弥音は咲梨隊の隊員を残して戻っていった。


 カツカツとヒールの音を無機質に響かせる彼女の後ろ姿を、結庵ゆいあは心配そうな表情で見送った。


「弥音、昔はあんな風じゃなかったのにな」


 ポツリと静かに呟いた声は、しかし牢屋のそこらじゅうから反響して隊員の耳へ届く。


 結庵の言葉は、隊員を俯かせた。

 そんな中、顔を下げない者が一人。


「過去に囚われるな、結庵」


 耀佑は彼女の顔を見ずに、淡々と言い放つ。


「は、はい……」


 打ちのめされながらも、頷くしかなかった。


 体調の命令は絶対であり、耀佑の言っていることは間違っていない。むしろ正しいのだ、この組織においては。

 だが。


(やっぱり、不安だ)


 結庵は自分の胸に拳を置いて、苦い表情で唇を噛む。


 弥音ーーが、何故あんな性格になってしまったのか。結庵には、知る由もなかったのだから。

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特異体質の最強兵器《マッシングウエポン》 葉名月 乃夜 @noya7825

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