第4話

 時は過ぎ、放課後。誰もが部活に赴く中、結庵ゆいあ紀良蘭きよら愛豆沙あずさに別れを告げて学校を出た。


 季節は春。普通の学生なら中総体の時期だ。特に、結庵の同級生は三年生なもんだから気合いの入れ方が違った。


 柔らかな日差しが照らしている校庭を、運動部は汗水流しながら走っていく。そんな彼らを横目で見ながら、結庵は歩いた。


 学校の敷地内から出て通学路を進み、車と人通りの多い、雑音が響く道を通る。周辺を見渡せばビルばかり。


 魔法がある世界と言っても、大抵の人は日常生活で魔法をつかわない。むしろ、科学を使ってる。


 相変わらず分からないな。人類皆魔力を持っているんだから、それを原動力にすればいいのに。と思っても、そんな簡単にいかないことは知っている。


 魔力で物を働かせるには、膨大な力が必要になる。それこそ、発電されている電気と同じ量が。


 しかし、電気のように魔力は人工的に編み出せない。よって、人から吸い取ると言う方法しかないのだが、大抵の人間の魔力は小さすぎる。なので、集めたところで意味がないのだ。


 そんなこんなで、この世界はいまだに科学を使う。魔力のみで動く世界には程遠い。

 

 結庵は長い交差点を渡り、街の中心部へ向かう。周囲には娯楽や食べ物の店が多く並んでおり、興味を掻き立てられる。


 目についた店を少し眺めては、今度行ってみようかな、と心のリストに書き留める。


 人の多い道を抜けてさらに進むと、辺りはビルだらけになってくる。街の真ん中といえば、やはり色々な企業が集まる。


 日光の反射により鏡となっているビルの中でたくさんの人が働いていると思うと、その苦労に感謝する。


 会社に囲まれた道を、結庵はどんどん進む。目の前に立つのは、街の中で一番大きなビル。

 

 下が小さくて上が膨らんでることから、ビルというよりはタワーな気がする。その建物のテッペンには、電波を受信し、また流すための電波塔がそびえ立つ。


 これが、〈対鬼人類守護機関ガーディアン〉の本部だ。


 結庵は自動式の入り口の前に立って、設置されているモニターに左腕の腕時計をかざす。


 すると、ピコンという機械音が流れ、自動的に扉が開いた。


 涼しい冷気が吹く扉の向こうに、結は入った。背後でガシャンと扉がひとりでに閉まる。便利ー、なんて最初は思ったけど、これも所詮は魔法ではなくセンサーとプログラミングだ。


 彼女を最初に迎えたのは、大きなホールだった。15メートル以上はあるであろう天井は、電気という物が付いていないのに明るい。


 奥には、受付があり、女の人が2人立っている。また、ホールをぐるりと囲うように幾つもの道が伸びている。


 そして、そのホールはたくさんの人が行き交っていた。


 このホール、というか組織には、戦闘員では大人は殆どいない。ほぼ全員が中学生から高校生くらいであった。稀に小学生や大学生らしき人も見えるが。


 隊員として選ばれるのは、大体10代から20代前半くらいまで。


 それには、明確な理由があった。


 この組織に入れるのは、特異体質を持つ人間のみ。


 そして、ある程度世の中についての知識を持つ人間が求められた。そのため、特異体質を持っていたとしても、世界が学校と習い事ぐらいで、世間をあまり知らない小学生は入りにくい。


 また、その重要な特異体質には、ある特徴があった。


 それは、身体の衰えと共に自然消滅してしまうことだった。成長期では、特異体質の位も、魔力の強さも上げることができる。


 しかし、20歳を超えて体が完全に成長を終えてしまうと、人間は老化していく。それと同時に、特異体質の力も弱まり、やがて消えてしまうのだ。


 人間の身体が出来上がるのは、25歳の頃と言われている。大体、大学を卒業したときぐらいだ。


 その歳を超えた瞬間、特異体質は本人から綺麗さっぱり消え去り、術式が全く使えなくなってしまう。そんな人間は、大抵組織を去って新たな人生を送る。


 故に、この組織には大人がいないのだ。


 結庵はホールを進んで、受付の右から3番目の道に向かう。


「よっ、結庵じゃねぇか」


 途中で声をかけられ、振り返ると片手を上げた、背の高い男子がいた。結庵は笑顔で話しかける。


凌斗りょうと!久しぶりだね」


「だな。お前、昨日任務だったんだろ。お疲れ」


「ありがとう」


 気さくに話しかけてくれる彼は、この組織の隊員。結庵より2つほど年上で、戦闘経験も長い。


 他人を気にかける人だから、組織の中でも人気があるし、いろんな人に慕われている。結庵もその1人だ。


「これから隊室行くのか?」


「そう。例の任務のことでね」


「そうか…」


 凌斗は一瞬、苦虫を潰したような、強張った表情になった。数秒間の沈黙を流した後、まぁ、と笑う。


「頑張れよ。あと、あんま無理すんな」


「分かってるよ。ありがと」


 そう言って、凌斗は反対側に去っていった。


 結庵もまた、前に進んでその道に入る。ホールとは違って、縦も横も狭い、細長い通路を歩いていく。


 時折曲がり道が出現し、目的に応じて左右を選ぶ。似たような道を10分ほど進んだ後、結庵はとある扉の前で止まった。


 横に表札のようなプレートには、『警護・殲滅部隊 咲梨隊さくりたい』の文字。壁と同じ真っ白の扉を、結庵はノックする。


「失礼します」


 すると、中からくぐもった声で「どうぞー」と言われる。これまた自動で、扉が開いた。


「いらっしゃい、結庵」 


 部屋の真ん中にある、丸いテーブルを囲んで座っている4人が彼女を出迎えた。


「あっ、来ましたね、結庵先輩!」


 そのうちの1人が、立ち上がって結庵に話しかける。


「お荷物、お預かりしますよ?」


「いや、いいよ、宮美みやび


 ツインテールを可愛らしく揺らす宮美の申し出を、結庵は優しく断って椅子の下に置く。


「それに、同じ部隊なんだから気遣いはいらないよ」


「いやいや!同じ部隊だからこそですよ!」


 宮美は困ったような表情をして、言葉を強める。


 やれやれ。流石は我が部隊の癒し系であり気遣い屋さん。一番年下ということもあって、宮美は誰にでも分け隔てなく優しく接してくれる。


 そこが彼女の長所でもあるのだが、結庵は上下関係なく接したいと思ってる。


 宮美の申し出を断って、結庵は制服にシワがつかないように気をつけながら、よいしょっと座る。宮美も頬を膨らませながら再び席に着いた。


 全員が顔を合わせたところで、扉の真正面に座る男子が言った。


「全員揃ったところで、昨夜の反省、そして新たなる任務について話す」


「「了解」」


 隊員の声が揃う。彼の一言だけで、場の空気は程よい緊張感を帯びるようになった。


 みんなをまとめ上げる彼は、咲梨隊の隊長、咲梨 耀祐ようすけ。実力は組織の中でも1、2を争うほどという強さながら、冷静な判断ができるなどリーダーシップを持ち合わせていることから、隊長に任命された。


「まず、昨日の反省と報告からだ。真莉紗まりさ


「はい」


 ボブヘアの少女が返事をする。昨日、結庵の「無線案内インカムオペレーター」をしていた、14歳の隊員だ。


 彼女は文字と地図が印刷された紙を手に、読み上げる。


「昨日は街外れの住宅街に鬼が1匹出陣。結が無事討伐しました。死亡者1名」


「一人暮らしっぽい男の人でしたよ」


 結庵は淡々と告げる。死者が出たという暗い雰囲気を全く出していない。どころか、当たり前と捉えている様子さえ見える。


「1人で、か……。その人、誰にも気づかれずに死んで可哀想ですね」


 結の目の前に座る少年が、沈んだ声で呟いた。丸メガネをつけている姿から、知的な雰囲気が漂っている。だが、その見た目に反して何処かオドオドと自身なさけな態度だ。


将真しょうま、何を言ってるんだい?」


 鋭い声が、彼の名を呼んだ。将真は長めの髪を揺らして反応する。俯いた彼に、耀祐は厳しい表情で言った。


「俺たちは人の死を気にしてはいけない。そうだろう?」


「はい、すみません……」


 そう、この隊には、ある約束、と言うより決まりがあった。


 それは、人を救うより鬼の討伐を優先すること。死人に感情を抱かないこと。


 この殲滅部隊は、救護部隊と違って鬼の殲滅のみが任務だ。よって、どんなに死にそうな人がいても、その人を助けるのではなく鬼の討伐の方を求められる。


 目の前で人間が死んでも、感情を昂らせてはいけない。死にそうな人間は放置する。


 この咲梨隊は、そんな冷酷な判断ができる人間が集められた、いわゆる組織の「最高兵器マッシングウエポン」だった。


 故に彼らは、人の死を悲しむことは禁じられる。


「それでは、話を戻そう」


 耀祐は何事もなかったかのような空気で話を進める。空気を伺っているのは、もはや将真だけであった。


「ところで、その鬼の属性はなんだったかな?」


 属性というのは、得意とする術式の種類のこと、すなわち、術式の性質だ。


 ちなみに、この世界にある術式は7つの属性に分けられる。それによって、特異体質を発動したときに変わる髪の色も異なる。


 例えば、赤毛は炎、青は水、緑は植物といったように。また、属性によって位も付けられている。上から順に、電気、植物、炎、水、風と並ぶ。


 鬼も性質の種類は人間と同じであるが、変色するのが額のツノというところが違う。


 鬼のツノは全て黒。そこに何色の閃光の模様が入っているかで属性が変わる。模様の色は、人間の髪と同じ色で、その色が持つ性質もまた同じだ。


「昨日の鬼は炎使いでしたよ」


 結庵が報告する。


「術式の使い方から見て、かなり戦い慣れている感じだったかな。魔力も結構、強そうだったし」


 しかし、そう言っている本人はどこか余裕そうだ。それを見かねてか、耀祐は彼女に訊く。


「そいつを、結庵はすぐに倒したんだろうな?」


「もちろん、当たり前ですよ」


 余裕の笑みを浮かべて結庵は答えた。それを見た宮美は手を叩く。


「さっすが、〈閃光の最高姫マスタークイーン〉ですね!」


「ち、ちょっと!その名前で呼ぶのはやめてよね……」


 結庵は顔を赤くして否定した。


〈閃光の最高姫〉とは、結庵の通り名であった。


 組織の中でもトップの実力を誇る彼女は、特異体質の属性と成績からそんなあだ名がついた。組織内では有名人で、知らない人はいないほど。


 だが、当の本人は気に入らない様子だ。というよりは照れているのかもしれない。


「そ、それにさ、宮美だって名前ついてるじゃん。〈大地の治癒女神ヒアビーナス〉だっけ?」


「ななっ、私のことはいいんです!」


 結庵がニンマリと言ってやると、今度は宮美が赤面した。その様子を見て、隊員は面白がる。


 この咲梨隊の隊員は皆、通り名を持っている。それは、この隊が選ばれたものしか入ることができない、エリート部隊だからであろう。


 彼らの功績は他の者とは比べ物にならず、力もまた、格段の差がある。


 それを示すのは、特異体質を発動させた時の瞳の色だ。


 特異体質には、稀に髪の色だけでなく瞳の色まで変わるものもいる。瞳の変色は、髪とは違い魔力が強いものだけが起こるようだった。


 故に属性とは関係ないため、髪の色と全く違う色、それも、髪には無い色に染まることが多い。この咲梨隊にいる全員が、瞳をも変色させる特異体質の持ち主であった。


 そんな彼ら一人一人を、組織の隊員は別の名前で呼ぶようになった。


 結や宮美の他にも、真莉紗は〈案内の完璧者パーフェクター〉、将真は〈炎化の操り師マニピュレイター〉、そして耀祐は〈電流の最強騎士ストロングナイト〉というように。


 通り名こそが、彼らの強さを示している。


「さぁ2人とも、話を戻すぞ」


 耀祐がパァンと一回、手を叩くと、結と宮美は言い合いをやめて前を見た。


「とな訳で、昨日の鬼は結が無事処理したようだ。周りに仲間も見当たらなかったようだし、他に心配はないだろう」


 結の真莉紗は頷く。彼女たちを反応を確かめてから、耀祐はさらに新たな話を進めた。


「では、続いて新たな任務について説明する。再び、真莉紗」


「了解しました」


 真莉紗はテーブルについていた小さなボタンを押す。すると、隊室は照明が落ちて暗くなり、代わりにテーブルの真ん中から光が出た。


 それは立体映像となって、この街の地図を映し出す。その地図を指差しながら、真莉紗は説明する。


「最近、この一帯での鬼の目撃が多く、死者も何人か出ています。そのため、鬼を殲滅して欲しいと、近隣の方から依頼されした」


 鬼は、鬼が住む場所が設けられている。にも関わらず、時々人間の街を襲う鬼がいるのだ。そんな鬼は、大抵人間が持つ魔力を目当てにやってくる。


「目撃の証言から、かなり強力な鬼らしいということで、うちの隊が出動することになった」


 耀祐の話を聞く隊員の表情は真剣だった。何せ、なかなか殲滅の任務なんて入ることはない。


 ましてや、人数が多いとなるといつも以上に気が引き締まるのだ。


「実行はいつですか?」


「明日の夜、日が落ちてからだ」


 鬼は普段、人間の姿をして、人間に紛れて暮らしている。そして夜になると真の姿と化し、人間を襲うのだ。魔力を吸い取り、更なる力をつけるために。


 それを阻止するために、咲梨隊はここにいる。耀祐はテーブルに手をついて立ち上がった。


「皆、全力で任務をこなすように」


「「了解!」」


 隊員全員が立ち上がり、声をそろえて喝を入れた。


 そんな彼らの隊室の日は陰り、これから夜がやってくる。

 

 

 

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