第3話
キーンコーンカーンコーン
チャイムの音が鳴って、先生が教室から出ていった途端、
「うーん……」
天井に突き刺さる程伸びた手を、今度は机の上に下ろして突っ伏す。
「ああー、眠かった」
頭がまだボーッとしている彼女の元に、二人の少女が歩いてくる。クラスメイトで、中学に入ってからずっと仲良しの
「結庵、昨日も任務だったの?」
二人のうち、紀良蘭が尋ねる。ボブの髪が心配そうに傾いた。
「そうだよ。一夜丸々」
「うわぁー、そりゃ大変だね。私だったら任務中に寝ちゃうよ」
愛豆沙は面白おかしく笑った。
でも、結庵としてはその冗談はきつい。
「愛豆沙は任務絶対出来ないだろうね」
結庵は皮肉に言った。しかし、愛豆沙は物ともせずに笑顔を浮かべ続ける。
「まぁね。そもそも、任務になんて付くことないだろうし」
私は〈
それもそうか。結庵は納得する。
〈対鬼人類守護機関〉
それは、人間を鬼から守るために戦う者が集まる組織。いわば、軍需機関だった。
その日本本部が、この街にはある。
組織に入れるのは、結庵と同じ特異体質〈
「それにしても、結庵ってすごいよね。
「別に強いわけじゃないよ」
両掌を合わせて、憧れの眼差しを向けてくる紀良蘭に、結庵は呆れたような表情を見せる。
「ただ、電撃を使う銀髪の持ち主が少ないだけ。珍しいから最高位とか言われてるけど、実力は関係ないよ」
そうなのだ。特異体質を持つ者の中で、最も少ないのが銀髪の電気使い。逆に一番多いのが、茶髪の風使いだ。
〈戦闘時強化能力〉の
「そうだったんだ」
位のことをよく知らない紀良蘭は目を丸くする。
「まっ、いずれにしても術式を持ってるとかいいよね」
愛豆沙がひょこっと間に顔を出して割り込む。彼女はいつだってマイペースで、おおらかだ。
「私たちなんて、基礎魔法しか扱えないんだから」
そう言って、人差し指をスッと窓の方に向けた。愛豆沙が下を向けていた指の先をクイっと上に動かすと、カチャンと小さな音を立てて窓の鍵が上がる。愛豆沙は今度は指先を横にスライドさせると、窓ガラスも同じようにスライドして開いた。
それを見て、紀良蘭はクスクスと上品に笑う。
「でも、その〈
「確かにね」
特異体質を、持たない人間でも、魔力は備わっているし、魔法も使える。基本的なところでいくと、さっき愛豆沙が使ったように物を触れずに移動することは誰でもできる。その他にも。
「でも、私はこっちの方が使いやすいかも」
紀良蘭がパチンっと指を鳴らすと、何もなかった彼女の手のひらに水筒が現れた。
それを見て、愛豆沙が頷く。
「ああー、〈
「でしょー。こうやって、取りに行く面倒が減るし」
紀良蘭は蓋を開けて、冷たいお茶を喉に流し込む。
紀良蘭が今使った魔法こそ、基礎的で誰でも出来る。物や人を自分の望んだ場所に移動させることもできるのだ。だが。
「でも〈瞬間移動〉ってさ、自分の視界に入っている物を見える場所にしか送れないじゃん」
「それを言うなら、〈無接触物体移動〉だって自分が実際に持てる重さのものしか動かせないでしょう?」
結局、使えても少し。特異体質を持っている人間なら使える幅が広がるが、単に魔力だけを
持つ人間は限られた中でしか使えないのだ。
「きっと結庵は、もっとすごいことできるんでしょう?」
「まあね」
「羨ましいなー、〈戦闘時強化能力〉。確か、持ってる人って10人に1人くらいの割合なんだよね?」
「うん、そうらしいよ」
特異体質を持つ人間は、組織のデータから、10人に1人と言われている。もちろん、生まれつき備わっている力だ。
うちのクラスではあと2人くらい持ってるっけ、と結庵は思い出す。クラスに3人ずつと考えると、学年で15人。学校で45人くらいか。
学校という組織は同じ街にいくつもあるから、そう考えると少なくはないのかもしれない。しかし、人間を鬼から守るという重い責任を持つには、もう少し人数がいた方がありがたいという結論に至る。
「結庵、今日も組織に行くの?」
「そうだね。また新しい任務が入るかもしれないし、昨日のことも気になるからね」
「そっか。頑張れー!」
と紀良蘭にエールを送ってもらったところでチャイムが鳴った。授業時間の始まりが告げられる。
2人はじゃあね、と言って自分たちの席に戻った。
結庵は机の中から教科書とノートを出す。
今日も任務。任務自体は楽しいし、やりがいがある。しかし、唯一の難点といえば。
目の前がガクンと揺れて、一瞬だけ暗幕が閉じたように暗くなった。
結庵はまた、急な睡魔に襲われた。
難点といえば、真夜中でも関係なく刈り出されることだった。お陰で睡眠時間が確保できてない。
もうちょっと時間を考えてくれればな。
薄れゆく意識の中で、そう文句を呟いていた。
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