第28話 バージョンアップ

「このシチューは、誰にも渡せない‼」

 熱々のシチューが煮込まれた鍋を背に魔剣ダレヤネンを構えるココ。

 決してトマを庇っているわけではない。

 シチューを守っているのだ、ヴァンパイア相手には意味のない守りではあるのだが、ココにとって、今、何よりも優先されるべきはシチューなのである。

「俺はどうでもいいけど…鞘から抜かれた以上、斬らないわけには…いや吸わないわけにはいかないのでな」

 ウォンッ…魔剣の刀身から怪しげなオーラが立ち上る。

「フッ…吸うだと? 吸うはヴァンパイアの特権よ‼」

 スク水痴女も構える。

「やってしまなさいココ‼ 痛々しいおばさんのスク水など需要がないことを教えてやるのよ‼」

 熱々のシチューを皿に盛りながらクイがココを煽る。

「痛々しい…おばさん? 誰の事かしら?」

「あのね、あのね…いい歳してスク水って…そういうトコだよ、おばさん」

 ココがそっと痛々しいおばさんに教えてあげたが逆効果であった。

「きてはぁー‼」

 意味不明な掛け声を発したスク水おばさん、周囲の草木がピリッと揺れるほどの魔力が放出された。

「血を吸って…細切れにしてやる‼ 若いだけで粋がる膜付きがー‼」

「膜と一緒に理性を失ったかー痛いおばさん‼ イタバァー‼」

 ココを挟んでクイとスク水おばさんが言い争う。

 魔剣ダレヤネンを抜いたままアタアタ・オタオタするココ。

「あわぁぁぁ…どうしよう…ダレヤネン?」

「そうだな~クイは口が悪いからな~、誰とでも喧嘩するよなアイツ」

「そだね~…あっ‼ ズルイ‼ クイだけシチュー食べてる‼」

「食べて悪いの‼」

「アタシが守ろうとしていたシチューを…アタシ食べるって言ったよ‼」

「食べればいいじゃない」

「……そうなの? このタイミングで食べていいの?」

「いいんじゃない? どうせ血しか吸わない蚊みたいなオバハン、舐めてかかって釣りがでるわ‼ プチッと潰してしまいなさい‼」

「潰せるものなら潰してみなさい、アンタ達の胸じゃあるまいし潰れることはないでしょうけどね、ホッホッホ」

「ココ‼ 早くやってしまいなさよ‼」

「えっ? 先にシチューじゃダメなの?」

「ダメ‼ 絶対ダメ‼」

「……あのね、あのねオバさん、クイがダメって言うし…早くシチュー食べたいのでゴメンね」

 ブンッ‼

 魔剣ダレヤネンの刃先が空気を切り裂く。

「ん? 避けた…」

 手ごたえのない空振り、殺す気で振ったはずのココ。

「オッホッホ…当たれば痛そうね…当てられればね」

 馬鹿にしたようにスク水オバはんが笑う。

「何してるのココ‼ アンタ、早くしないとシチュー無くなるわよ‼」

「えっ? それは困る」

 振り返れば2杯目突入のクイ、あまつさえ、上半身だけの獣人もシチューを食っていた。

「えっ? なんで食べてるの?」

「……ニャー…」

「アタシも知らなかったけど…満月じゃないとこんなもんらしいわよ…たまげたわ」

 月明かりで半獣人化してる上半身、どうやら満月でないと中途半端な変身となるようだ。

「胃が無いくせにアタシのシチューを食べるな‼」

「…ニャー…」

「胃は無くても腹は減るらしいわよ」

「腹が無いのに減るとかない‼ そもそも無いんだから減りようがない‼」

 ココがシチューの分配率についてモメている間にスク水オバはん、トマと格闘中であった。

「千切れるーーー‼」

 スク水オバはん、横に寝かせたトマの腰のあたりを両手で引きちぎろうと必死である。

「動くなっての‼ また変な感じで千切れるから‼ あ~もう‼ あの大剣借りようかしら? なんか魔力を帯びてるし、よく斬れそう…ん?」

 視界の違和感に気づいたスク水オバはん。

「なるほど…客観的に見ると…キツイものがあるかもしれないわね…おや?」

 気づけば自分の身体を見上げている。

「うそ?」

「嘘じゃねぇぜ…オマエがしゃがんでくれたんでな…丁度いい高さになったんだ」

「嘘ー‼」

 トマが思わず叫んだ。

『魔剣ダレヤネン』柄から足が生え、自立歩行していた。

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