第4話
ルネが仁のもとを訪れてから、約1か月後。仁の退院許可が下りた。
もともと、退院は1週間ほど先のことだったのだが、仁の回復が思ったよりも早いことと大学もあるだろうからと担当医が少しだけ早めてくれたのだ。
長野からはるばる新幹線まで使って駆けつけてくれた両親が見舞いがてらに持ってきた私服に袖を通しながら、仁は物思いにふけっていた。
内容はもちろん自分の体のことと、あの夜初めて見た化け物のことだ。
(やっぱり、彼は宇宙人とかなのかな。そして、俺は宇宙人に改造されたとか? はは、さすがに短絡的すぎるか)
この1か月、両親からスマホを借りて仁なりに調べていた。
ちなみに、仁のスマホは事故の時に壊れてしまったそうだ。
(爬虫類型の人型生命体。通称、レプティリアン。あくまで都市伝説の中のフィクションであり、実在しない者たち)
だが、仁はルネに会っている。
実在するレプティリアンに。
「現実は小説よりも奇なり、だったっけ。言い得て妙だね」
少ない荷物をまとめ終え、仁は病院の廊下をエレベーターに向かって歩いて行った。
エレベーターに乗り込み、1階のボタンを押すと、ポケットに押し込んでいた両親のスマホが震えた。
開いてみると、その両親からメールが届いてた。
内容は渡していた鍵で部屋の掃除を済ませたことと、鍵そのものは表札の裏側に差し込んでおいたこと。加害者との諸々の手続きが終わったことが書かれていた。
(マジで、母さんたちには感謝だな。何から何までやってもらっちった)
お礼の返信をし、スマホをしまうと、仁はリュックの中からクリアファイルを取り出した。
クリアファイルに挟んだ紙には、「入院費請求書」と書かれていた。
「はあ…、何回見てもいい値段だな」
エレベーターに誰もいないのをいいことに、仁は独り言をもらした。
親から事前にもらっていたクレジットカードがあることを確かめていると、エレベーターが1階についた。
受付窓口に行くと、整理券を取って待合室のソファに腰かけた。
(ようやく、退院か)
◆◆◆
「ねえねえ、さっきの人。結構イケメンじゃなかった?」
仁が入院費を払い終えると、事務処理を進めながら長い髪をおろした事務員の1人がそう言った。
「え~、そうかなー? 確かにクールだったけど、ちょっと不気味じゃなかった?」
隣に座っていたショートカットの事務員は、眉をひそめながら口を開いていた。
「まあ、確かに愛想はなかったわね。でもでも、そのクールさがたまんないんじゃない!」
「変わってるわねえ…。でも、何て言うのかな。彼はやめといた方がいいんじゃない?」
「へえ、めずらしく断言するわね。理由は?」
柔らかい言い方ながらも、きっぱりと自身の意見を否定されたロングの事務員は少し不機嫌になりながらも、そう聞いた。
「別に、明確な根拠があるわけじゃないのよ。でも、目がね」
「目?」
「うん。なんか、目が変にキラキラしてた気がするの」
「…あなた、そんなことでやめとけって言ってたの? あきれた」
「しょうがないじゃない。そのキラキラが不気味だったんだもん。何て言えばいいのかなあ。…あ、うちの猫みたいな感じかな。ほら、猫って暗くなると目が光るでしょ。あんな感じ」
「…あの子、人間よ?」
「わかってるわよ! そんなかわいそうな人を見る目でこっち見ないでくれる⁉」
「ジョークよ、ジョーク。あなたが変なこと言い出すからでしょ? それに、手出したくても、出せないわよ。連絡先とか知らないし」
「知ってたら問題でしょ…」
話しながらも、事務処理を終えた2人は次の整理番号の人を呼ぼうとしたとき、いつの間にか受付カウンターの前に茶色いコートを羽織ったスーツ姿の男性が立っているのに気が付いた。
中年と言っても差し支えないような年頃だが、体にたるんだところは微塵もなく。深い眉間のしわと冷たいまなざしが威圧感を放っていた。
「…あ、えっと。整理券を取ってお待ちくださいますか?」
(やっば~、さっきの会話聞かれたかな)
ショートカットの事務員は、焦りながらも咄嗟にそう返していた。
「…夏目仁という患者と、面会したい」
「ですから、整理券を、」
事務員のセリフが途中で止まってしまったのは、男がスーツの内ポケットから取り出した黒い手帳のせいであった。
金バッチが入った物々しい手帳は一般人を怯ませるだけの存在感を放っていた。
「大事にしたくはない。3分でいい。会わせてくれるか」
「あ、ええっと、その。失礼しました。あの、夏目仁さんはついさきほど退院なされたばかりでして」
「何? 確か退院日は1週間後ではなかったか?」
「は、はい。その担当の先生が、彼は治りが早いからってつい昨日変更されたんです。彼も、大学があるだろうから退院は早いほうがいいだろうって」
「…」
事務員の言葉に、男に刻まれた眉間のしわがさらに深くなった。
思わず事務員たちがおびえるほどに雰囲気を険しくした男は礼も言わずに踵を返し、病院から出て行ってしまった。
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