第3話


 「では、報告会を始めよう」


 仁が入院している病院からそう遠くない場所に位置する、コンクリート造りの三階建てビル。古びた外見をしているそのビルは、テナントもそう多くは入っていない。


 ビル内でも、テナント募集の張り紙が貼られている部屋の1つに彼らは集まっていた。


 さほど大きくはない窓から入ってくる日光は影を作り、不法侵入者たちが3人いることを示していた。


 ビルの外からは、裏手にある公園で遊んでいる子供たちの甲高い声が聞こえてくる。


 「まず私から。対象との接触に成功した」


 そう言ったのは、仁の前に現れた例の化け物だった。いつぞやと同じく、黒いスーツに身を包んでいる。


 薄暗い部屋の中で、爬虫類に似た瞳が煌々と輝いていた。


 「一言で済ませてくれちゃってさあ。ルネは僕がどれだけ苦労したと思ってるの?」


 部屋の片隅でうずくまっていた誰かが、感情をたっぷり含んだ声でそう不満をもらした。


 ルネと呼ばれた黒スーツの化け物は、苦笑交じりに鋭い爪がついた指先で頬をかいた。


 「ベール。お前には感謝しているよ。お前の迷彩能力がなければ対象との接触は不可能だっただろう」


 「…感謝しているんなら、いいんだけど」


 ベールもまた、ルネと同じく爬虫類の特徴を持つ人型生命体であった。


 仁は知らないことだが、ある程度都市伝説に詳しい者であれば、2人の姿はレプティリアン、またはレプティノイドと呼ばれる存在だと気づいたことだろう。


 ベールはルネと比べればいくぶんか背が小さく、顔のパーツも丸みを帯びていてどこか幼い印象を与える。


 ルネが黒いスーツに身を包んでいるのに対して、ベールはダボっとしたズボンに白いTシャツを着ただけのラフな格好をしていた。


 「対象、夏目仁はそれなりに私に好感を抱いていたようだった。きちんと説得すればこちら側に引き込めるだろう。さて、では夏目仁という成功体がどういった人類なのかを、アルバ翁。説明してくれ」


 「私の番ですか」

 

 ルネが視線を向けた先には、黒ずんだ鱗を持つレプティリアンが立っていた。彼はガウンのような簡素な服を羽織っていた。

 

 「では調査の結果をご報告しましょう。夏目仁、19歳。出身地はナガノという地域で今は一人で暮らしています。ここから近い、大学という教育機関に在籍して今年で2年目。性格はよく言えば穏やか、悪く言えば覇気がない。特筆するような頭脳もなく、身体能力も高くはない。強いて言えば、車の運転が得意だそうです」


 アルバは何度も口先を細長い舌で舐めながら話を続けていた。


 ルネやベールに比べて、体表面の乾燥が早い。年老いたレプティリアンの特徴であった。


 「ふむ。車の運転ができるというのはいいな。引き込んだらそこから訓練していくか」


 「そうですね。いくら成功体といえども、身体能力では我々に劣ります。サポート要員として運用するのが得策でしょう。訓練に関しては、お任せください」


 「ああ、よろしく頼む。あなたになら任せられる。彼の進化は、あなたと似たものになるだろう」


 「…ねえ、話は変わるけどさ。ランカとバルカンはどうしたのさ」


 仁の話には微塵も興味を示さないベールが、口をはさんだ。


 「あの2人なら別任務だ。この前特定した敵アジトの張り込みをやってもらっている」


 「あいつらで大丈夫?」


 「…大丈夫、と言い切れないのが悲しいな。まあ、あの姉弟も引き際くらいなら分かっているだろう。それに、成功体の調査にはアルバ翁の力が必要だった」


 ルネは肩をすくめながら、ため息交じりに返した。


 「それもそっか。張り込みと調査だったら、張り込みの方が頭使わないもんね」


 「そういうことだ。さて、報告会はこれで終わりにしよう。ベール、頼むぞ」


 「はいはい。全員違うマンホールに行けばいいんだよね?」


 「そうだ。我々はアジトを持つなどというリスクを負う気はないしな。緊急招集に応じられる場所にいるだけでいい」


 「その点いくと、つながってる下水道って便利だよねえ。いい加減、敵さんも学習しそうだけど」


 「敵を侮る気はありませんが、彼らは少々考えなしですからな。気づくとしてもまだ先でしょう」


 話しながらも、3人は部屋に中心に集まっていった。


 集まり終わると、ベールは目を閉じて歯を食いしばる。すると、ベールの体中から汗が噴き出した。


 いや、それは汗ではない。脂肪なのだ。


 レプティリアンとして、ベールが持つ特異能力。それは光学迷彩の効果を持つ脂肪を体中から分泌できるというもの。


 人類の中でも、極まれに特異体質を有する者がいる。致死量の毒に耐えられる者や金属を消化できる胃腸を持つ者などだ。


 レプティリアンという種族には、こういった特異体質を持つものが多々いるのだ。


 ベールから噴き出た脂肪を、ルネとアルバ翁は体中に塗りたくっていく。


 ものの数分で、彼ら3人の姿は風景に溶け込んでしまった。


 「では、解散とする」


 ルネの一言で3人は、互いに見えていないのにも関わらず、自身の左胸の上に右手をかざし、中指だけを服に接触させた。


 「「「我らが血脈に栄あれ」」」


 



















 

 

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