第36話 主人公【サイド回】


【sideアルト】


 俺は昔から、世界を救う勇者に憧れていた――。

 

 俺の名前はアルト・フランシフォン。

 平民としてこの世に生まれ、ひょんなことから、運のいいことに、今はハインリヒ貴族学園にかよわせてもらっている。

 それもこれも、理事長のはからいだ。

 俺は、貴族学園でチャレンジする切符をつかんだ。

 なんとかそれを活かしたかったし、恩に報いたかった。


 そんなある日、学園にある張り紙をみつける。


「勇者募集……魔王討伐隊に君も参加しよう……?」

 

 これはチャンスだと思った。

 これに応募すれば、俺も何者かになれるかもしれない。

 それに、魔王復活なんてきいて、黙ってるわけにはいかなかった。

 俺は居ても立っても居られなくて、すぐさまそれに応募した。


 だけど、正直言って自信がない。

 気持ちだけは先走るけど、俺にはなんの実績も実力もないんだ。

 俺は、自分には才能があると思っていた。

 いつかそれが、覚醒して花開くものだと思っていた。

 だけど俺ももう何者にもなれないまま16歳だ。

 そろそろ、自分がただの凡人だってことはわかってくる。


 そんな俺が、本当に魔王討伐隊に志願して、使ってもらえるのだろうか?

 俺はまだレベルも6しかないし、戦力になるのだろうか。

 いや、挑戦する前からあきらめてちゃいけない。

 俺はなんとしても、正義のためにこの命を使うんだ!

 うおおおおおお!


 

 ◆



 なんとか書類審査は突破した。面接もぎこちないなりに、どうにかクリアできたようで。

 俺は50人の選抜メンバーに選ばれた。

 正直、俺はその中でも全然弱いほうだ。

 なんで選ばれたのかすらわからない。

 俺のやる気が買われたのか、でも、もっとやる気のやつもいくらでもいた。

 とにかく、うれしさと不安が半分だった。


 選抜メンバーが一度集められた。

 それぞれに、もうグループを作り始めて和気あいあいとしている。

 もともとの知り合いも多いのか、すでにいくつかのグループにわかれていた。

 そんな中で、俺は誰にも話しかけられずにいた。

 どうせ俺はこの中でも最弱だろう。

 歳の近いものも少ないし、レベルの近いものも少ない。

 正直、俺はその場で浮いていた。


 はぁ……こんなんでこの先やれんのか?

 ハインリヒ貴族学園でも、俺は平民で、貴族の人たちとは住む世界が違う。

 だから、俺は全然友達もできずにいた。

 正直、惨めだった。

 だけど、俺には正義の心だけは人一倍ある。

 なんとかここでそれを活かしたい。

 

 そう思っていたところに、ある人物がやってきて俺に話しかけてきた。

 

「おいお前、アルトとかいったな。なんで魔王討伐隊に志願した?」

「ああ、エルド隊長。俺は、間違ったことや悪を許せないんです。なにか俺にできることがあるんなら、黙ってみているわけにはいきません」

 

 俺は、話しかけられて少しうれしかった。

 話しかけてきてくれたのは、エルド・シュマーケン。

 彼は俺と同じくハインリヒ貴族学園に通う生徒で、この魔王討伐隊の指揮をする隊長でもある。

 なぜ彼が魔王討伐隊を指揮しているか。

 そう、彼はレベル9999という、人類の最高到達点なのだった。


 すごいなぁ……。俺と同じ年なのに、彼はすべてを持っている。

 俺はわずかに、彼に憧れを抱いていた。

 レベルがそれだけあれば、俺も魔王を倒したり、活躍ができるのに。

 しかも彼はお姫様とも友達で、王にも面識があるらしい。

 そんな彼は、おそらく人柄もいいのだろう。

 ぼっちの俺を見かねて、話しかけてくれたに違いない。


 エルド隊長は、それから俺を見回すと。

 

「よしアルト、君には才能があるようだ。俺が特別に修行してやろう。君にはゆくゆくは、リーダーを任せたい」

「お、俺がですか!? ありがとうございます」

 

 などと言い出した。

 いったいどういうことだ。

 この俺に才能を見出した……?

 俺はまだ、なにもしていないのに、彼はいきなりなにを言い出すんだ。

 そうか、この人はきっと俺を試しているんだ。

 俺に情けをかけて、チャンスをくれようとしているのか……?

 なんでもいい。

 ここで期待に答えなきゃ……!

 そうすれば、本当にリーダーになれるかもしれない。

 平民で凡人の俺は、人一倍頑張らなくちゃ。


「よし、じゃあドミンゴと戦ってみろ」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 俺は隊長補佐のドミンゴさんという人と戦わせられることになった。

 ドミンゴさんはムキムキマッチョの屈強な男で、とても俺ではかないそうにない。

 だけど、ここでひよってちゃいけない。

 せっかく体長が下さったチャンスだ。俺はそれに応えよう。


「うおおおおおおおおおおお!!!!」


 しかし――。


 ――ボキィ。

 ――ズギャバキ!


 俺はぼっこぼこのコテンパンにやられてしまう。


「ぎゃああああああああ!!!! いでええええええええ!!!! 骨が、骨がああああああああ! 腕があらぬ方向にいいいいい!!!!」


 俺の骨という骨が、逆に曲がる。

 俺の節という節が、痛みで悲鳴を上げる。

 まさかここまで手加減なしとは思わなかった。

 それとも、俺が場違いなまでに弱いのか……?

 とにかく、俺は死ぬような思いをした。

 くそ……! くそ……!

 俺をぼこぼこにして、あきらめさせるつもりなのか?

 魔王討伐隊は俺には無理なのか……!?


 俺にもっと力があれば!

 とても悔しかった。

 痛みでどうにかなりそうだ。


 そのときだった。


「エクストラヒール――!」

「こ、これは……?」

 

 エルド隊長がそう唱えると、俺の痛みが一瞬でひいて、身体が元に戻る。

 不思議な気分だった。

 エルド隊長は、いったいなんのために……。


「お前の怪我はすべて俺が治そう。だから立ち上がれ、勇者アルトよ! そしてさらに高みを目指すのだ!」

「は、はい……!」


 エルド隊長は、真剣な表情で俺にそう言った。

 俺は、雷が落ちたような気分だった。

 そうか……彼は俺を、真剣に強くしようとしてくださっているんだ。

 こんな程度じゃ、魔王には到底勝てない。殺されるだけだ。

 だから、もっと強くなれということか。

 このくらいであきらめていては、ダメということか。

 そう、俺は立ち上がらなきゃいけないんだ……!

 エルド隊長が治療してくれるというのなら、俺はまだやれる……!

 あなたの言葉、響きました……!


「うおおおおおおおお!」

「よし、よく立ったな」


 エルド隊長、俺はあなたの期待に応えてみせます……!


「もっと、遠慮なくやってください! 俺はどんな痛みにも耐えます!」

「よし、その意気だ!」


 俺は感動していた。ここまで俺に期待をかけてくださっているんだ。

 俺は、それになんとしても報いたい。

 エルド隊長、俺は魔王を倒してみせます……!

 俺はその後も、エルド隊長とドミンゴさんのスパルタ修行に耐えた。

 なんだかかなり、強くなった気がするぜ!

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