第18話 惨め

 顔傷の元隊長がロアの命令通りに、ロア達を捕えた振りをして護送列に近づいていった。

 遠くから見た時には、ぼんやりとしか見えなかった護送列が、近づいたことではっきりと見えた。

 護送列の周りには、丘の上で確認した時と同じように、盗賊団の男達が等間隔に配置されていて、更に魔犬もその盗賊団の足元にいた。

 男達は、自分の近くの女性達を監視して、逃げ出さないようにしていた。

 一方、連れ去られていく女性達は首輪と手錠、足枷を付けられ、それを前後で鎖によって結ばれていた。

 女性達が一歩歩くたびにジャラジャラと鎖が鳴り、重々しい音を森の中に響かせていた。

 彼女達は皆俯き、盗賊団の言いなりに足を重く踏み出していた。表情には、もう生気が感じられず、絶望や悲しみに溢れていた。唯々これから自分の身に起こる悲惨な結末のみを考えていた。いや、それしか考えることが出来なかった。

 女性達は、暗く重い空気を纏い、盗賊団の男達は、これから行われる宴に胸を躍らせ、明るい空気を纏い歩いていた。正反対の空気を纏いながら、護送列は刻々と盗賊団のアジトに向かって進んでいた。

 ロアは怒りを強く感じ、今すぐにでも飛び出していきたい衝動に駆られたが、ぐっと押さえつけた。今は、まだ耐える時だと、自分に言い聞かせた。

 ロア、スミレ、エレッドの3人は、作戦通りに役に徹し、感情を押し殺して護送列の下まで近づいていった。

 護送列に到着すると、顔傷の元隊長が最後尾で警戒を行う団員に話しかけた。


 「よう、どうだい」


 軽い調子で語りかけた。

 それに、退屈そうな表情で答えた。


 「どうだいも何も、暇で仕方ねえよ。どうせ女共は、逃げ出さないだろうし、騎士達だって、ほとんど殺したんだ、もう討伐軍を送る余裕なんてないだろう。それに、残りの騎士なんて、ほとんど無能の腰抜けしかいねえだろ。ケケケ!」


 嘲笑いを零して、最後尾にいた団員がそう締め括った。

 顔傷の元隊長が顔を青ざめさせて、恐る恐る裏を見た。エレッドが、激怒していないか不安になり、振り向いたのだった。

 しかし、エレッドは、何も表情を変えずに淡々とし、今語っていた団員を見ていた。だからこそ、余計に恐ろしくなり、顔傷の元隊長の背に流れる汗の量が増えた。

 最後尾の団員が、顔傷の元隊長の顔色に気付いた。


 「おい、どうした。そんなに顔を青くして?」


 顔傷の元隊長が、誤魔化す様に口を開いた。


 「すまん。何でもない。ただ、今から部隊長に報告にいくことを考えたら、緊張しちまって」

 「ハハ!なんだよ。ビックリさせるなよ。お前が裏切って、騎士でも連れて来たのかと思っただろ!」

 「そんなわけないだろ。本当に報告に行くのが怖いんだよ。こいつのせいでな!!」


 疑いを逸らすために、ロアを乱暴に団員の目の前へと引っ張った。


 「こいつに、俺以外全員殺されちまってよ」


 ロアが、恨めしそうに顔傷の元隊長と最後尾の団員を睨む。

 顔傷の元隊長が更に、金色の髪を引っ張り上げて、ロアの顔を見せつけた。


 「なんだ、なんだ。こんな少女にお前の部下達は殺されたのか!」


 ギロリとロアが睨む。


 「おお、怖い怖い!ハハハ!!」


 最後尾の団員が馬鹿にしたように笑った。そして、掲げられた顔を殴った。

 ロアは横に向いた顔を正面に戻して、その男を見据えた。


 「その面、覚えたぜ!」


 ニヤリと笑い、そう口にした。

 その瞬間、最後尾の団員に言い知れぬ恐怖が襲い掛かった。たったの一言で、体の芯から震えが上がってきた。

 ロアから顔を逸らして、早口に述べた。


 「早く、部隊長の所にでも連れていけ!」


 言い終わると、最後尾の団員は護送列に身体ごと向き直った。

 顔傷の元隊長が戦々恐々とロアの様子を窺い、怒っていないことを確認すると、部隊長がいる列の先頭に向かって行った。

 そして、護送列の先頭に到着すると、顔傷の元隊長が視線を巡らせ部隊長の姿を探した。

 しばらく探していると、横合いから声が掛けられた。


 「どうした」


 顔傷の元隊長が声の聞こえた方向に顔を向けると、そこに探していた部隊長がいた。


 「部隊長、只今戻りました!」


 深々と頭を下げた。

 部隊長が悠然と頷くと、顔傷の元隊長を見据えて、声を発した。


 「ご苦労だったな」


 顔傷の元隊長は頭を下げたまま、その声を聴いていた。


 「で、お前が今捕えている少女が、お前の部隊を壊滅させた少女か?」

 「はい。この少女がそうです」

 「ほう」


 部隊長がロアの髪を乱暴に掴み、顔を自分の前まで持ち上げた。

 ニヤリと笑い、ロアの顔をまじまじと見た。

 部隊長は、ロアの顔を十分に見た後に、顔傷の元隊長に顔を向けて口を開いた。


 「確かにお前の言う通り、貴族顔負けの良い顔をしてるじゃないか」

 「はい、ありがとうございます。部隊長にそう仰ってもらえ、大変光栄に存じます」


 顔傷の元隊長が、一度顔を上げて部隊長を見た後に、再び頭を下げた。

 部隊長が再びロアに顔を向けた時、ロアが問いかけた。


 「お前が、この部隊の隊長か?」

 「そうだ。俺が隊長だ」

 「そうか」


 ロアが部隊長の顔を見据え、静かに訊ねた。


 「ヒビキの村、いやカヌレ村を襲わせたのはお前か?」


 嘘や誤魔化しなど表情の機微を見逃さないよう、ロアがじっと見据えた。


 「いや、俺は行っていない」


 そう答えて、ロアの話にあった名前からある推測が浮かんだ。その推測を確かめるように、ニヤリと醜い笑みを浮かべて、ロアに口を開いた。


 「俺は行っていないが、部下が確かにそんな名前の村に行っていた。そこで散々暴れて、最後に孤児院を襲った時に、面白いガキを捕まえたと言っていたな。先生とかなんとか、馬鹿みたいに叫んでたガキだったらしい。で、背中の注意が疎かだったんで、殴ったら簡単に気絶したらしいぞ。たく、背中の注意も碌にできないとは、まだまだガキだな」


 そこまで語った部隊長が一旦話を止めて、ロアの様子を窺った。その様子を想像したらしいロアが、ショックを受けたように呆然としていた。それを愉快に笑い、ロアの反応を楽しみながら、続きを語っていった。


 「そんで、そのガキを俺の前に連れてきた時、キッと睨んで、ロアがお前らなんか滅ぼしちゃうんだからとほざいていたな。それであまりにも騒ぐもんだから、一発殴ってやったら大人しくなったぞ。それがお前の探し人か、ロアちゃん?」


 クククと嘲笑し、嫌みったらしく締め括った。

 ロアが怒りの形相で殴り掛かった。


 「よくもヒビキを!!」


 ロアの固く握った拳が、部隊長を打った。

 ぺちっと弱弱しい音が鳴るだけで、殴られた部隊長が大きく笑った。


 「なんだ!そのパンチは!!今度はこちらの番だ!パンチはこう打つもんだ!!」


 部隊長のパンチがロアの頬を激しく打ち抜いた。殴られた衝撃で、地面に叩きつけられ、土煙を上げ転がった。

 無様に転がるロアが、もう一度殴りかかろうと身体に力を入れた。だが、入れたつもりで全く力が入らなかった。


 「ううううう!!」


 うなり声を上げて、必死に身体に力を入れようとした。しかし、一向に身体に力が入らなかった。

 無様に地面に転がり、唯一動いた顔だけを上げて、悔しさに歪んだ表情で睨んだ。

 口の中は血の味がして、鼻からは血が流れていた。


 (くそ!くそ!くそ!くそ!くそ!!!)


 睨むことしか出来ない自分に、苛立ちが募る。

 どんなに憤ろうが、唇を嚙み締めて、見上げることしか出来ない。

 目の前に、ヒビキの敵がいるのに、殴り飛ばすことも出来ない。

 嚙み締めた唇から血が滴った。

 ロアの瞳から久しく流していなかった涙が流れた。

 悔し涙が、頬を伝っていく。

 無様、惨め、悔しさ、後悔、憤り、様々な感情渦巻く表情で見上げる。

 ロアの惨めに睨む姿が可笑しくて、部隊長の口から笑いが零れた。


 「アハハハハ。無様だな、ナイト気取りのロアちゃん!ハハハハハ!!」


 どんなにバカにされようが、笑われようが指一本動かせないロアは、屈辱に耐えるしかなかった。


 (ヒビキの仇が!!仇が目の前にいるのに!!)


 唯一出来る最大の抵抗で睨みつけた。

 馬鹿にした笑いを浮かべながら、部隊長がロアの前に立った。

 地面に散らばったに濁った金色の髪を掴み上げた。ロアの顔を再び目の前に掲げた。

 地面から浮かんだロアの身体は、手足をだらんと垂らしていた。

 睨む。ひたすら睨む。ロアは、目の前の顔を睨んだ。

 その滑稽な様に、部隊長がまた笑いを零した。


 「悔しいか!悔しいか!俺が憎らしいか!」


 嘲笑を浮かべて声高らかに言った。

 ロアは、何も答えず、ただひたすらに部隊長を睨むだけだった。

 その姿が、益々部隊長の笑いの壺に嵌まる。笑い声が一段と大きくなる。


 「惨めだな、ロアちゃん!!睨むだけしか出来ないんだもんな、ロアちゃん!!アハハハハ!!」


 無様な自分を笑う声が、ロアの耳に届く。だが、無様な自分は、それを聞くことしか、出来なかった。ロアの瞳からより一層、悔し涙が流れ落ちていく。


 「泣いたって何も起こらないよ、ロアちゃん!!」


 ハハハと笑った後、表情をがらりと被虐的に変えてロアを殴った。

 ロアがまた地面に叩きつけられて、転がった。

 部隊長はすぐに、転がるロアに近づき、髪を掴み持ち上げた。そして、また殴った。

 土煙を上げてロアが転がった。

 部隊長が転がったロアに近づき髪を掴み持ち上げた。

 怯えたロアの表情を見たくて、顔を覗き込んだ。

 しかし、覗き込んだロアの顔に怯えは一切なかった。

 悔しそうに睨む顔があるだけであった。

 それに苛立った部隊長がロアの外套を引き千切った。

 ボロボロだったが、ロアの身体を確かに隠していた外套が破られ、白く美しい裸体を晒した。

 それでもロアは、ただひたすらに睨んでいるだけであった。悲鳴の一つも上げなかった。

 部隊長が、つまらない反応のロアをもう一度、殴り飛ばした。そして、地面に転がったロアを持ち上げて、表情を窺った。怯えも悲鳴もないロアのせめてもの楽しみに、悔しがる表情をじっくり見ようとした。だが、見えた顔は先程とは違い、悔しさが消え去り、怒りの形相がそこにあった。

 それを見た部隊長の中に、本能的な恐怖が襲ってきた。

 目を見開き、ロアを見つめた。

 今度は、ロアが可笑しそうに笑った。

 睨まれるよりも、部隊長の心を抉った。

 微かに、ロアの金色の髪を掴む腕が震えていた。

 部隊長は震えを隠すためにロアを放り投げた。

 ロアが再び地面の上に転がった。ただ、転がるだけで部隊長は近づかなかった。

 部隊長は、急いで踵を返すとロアから遠ざかっていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る