第17話 信頼とは?

 しばらく、森の中を掛けていると遠くに小さく明かりが見えた。それは1つではなく、数多く見られ、ゆらゆらと揺れて、2列に並んでいた。

 ロア達3人は、見えた明かりとそれが向かう方向で女性達の護送列と確認した。

 ロアは、心中で呟いた。


 (追い付いたぞ)


 ニヤリと笑うと、スミレ達に顔を向け、声を掛けた。


 「護送列が見えた。あれに追い付くぞ。スミレ、エレッド準備は良いか?」

 「うん、とっくの前に済んでるよ」

 「私も済んでいる」

 「よし、行くぞ!!」


 ロアが2人に声を掛けて、捉えた盗賊団に向かい進んでいった。

 ロア達は、すぐに女性達の護送列に向かわずに、一旦森の中で列全体を見渡せる場所に向かった。そして、列の全体が見渡せる小高い丘の上に着いた。

 ロアは、丘から護送列を俯瞰した。そしてそのまま、同じように列を眺めるスミレ達3人にやや音量を下げて声を掛けた。


 「あれが、盗賊団に捕らわれた女性達か。村1つにしては、随分と多いな」

 「アイツら!!他の村も襲って、いやがったのか!」


 憎らしさに、エレッドが歯を嚙みしめた。

 エレッドは、怒りと悔しさが混じった口調で声を発した。


 「討伐軍に勝ったからと言って好き勝手しおって!!クソ!」


 エレッドが、拳を握りしめた。それで、耐えた。

 本当ならば今すぐにでも、奴らに向かって行きたいところであった。だが、実力者が揃っていた討伐軍が壊滅したことを思い出し、必死に堪えた。

 エレッドは、憎々しく護送列の女性達を監視している盗賊団を見つめた。

 ロアが、そんなエレッドに声を掛けた。


 「エレッド、奴らを滅ぼすのは、アジトで他の捕らわれた女性達と一緒になってからだ。今は、耐えてくれ」


 ロアも自分を必死に抑えていた。ここで奴らを斃してしまっては、穏便に潜入できず、下手するとヒビキを人質に取られる可能性が出てしまう。気持ちを制御して静かに眺めるに、留めていた。

 スミレは、2人と同じようにただ見つめるだけにしていた。

 残る顔傷の元隊長は、ずっとロアを陶然と見つめているだけであった。

 ゆっくりと移動している護送列を暫し眺めた所で、ロアがこの場の全員に声を掛けた。


 「そろそろ、こちらの準備も整いそうだ」


 ロアがそう語ってから、少しするとロアたちの隠れ潜む丘の上に増援がやってきた。先程、村はずれの広場で別れた騎士達が、村で警戒と怪我人の治療に当たっていた騎士達を連れて現れた。

 身体を屈めて見つからないように、ロア達に近づいた。


 「隊長、村に残った騎士達を連れてきました。それと、騎士詰め所で増援の要請を行っていた者も合流して、詰め所所属のほぼ全ての騎士で参上しました」


 エレッドがその報告に頷いた。だが、すぐに顔を苦々しく顰めて口を開いた。


 「ご苦労だった。それと、やはり他の地区からの援軍は無理だったか」


 連絡係の騎士が沈んだ面持ちで答えた。


 「はい、隊長。他の地区からの増援は見込めません。力及ばず、申し訳ございません」


 頭を下げる部下にエレッドが声を掛けた。


 「謝る必要はない。お前は良くやってくれた」


 エレッドは、頭を下げたままの部下の肩を叩き労った。連絡係の騎士はそれで気持ちが軽くなり、表情が和らいだ。

 エレッドが、ロアに苦々しい声音で口を開いた。


 「増援は見込めない。残念ながら、ここにいる者達だけで挑むしかなくなった」

 「ああ、分かった。でも、エレッド、そこまで悲嘆に暮れることはないよ」


 ロアがエレッドの顔を覗き込んだ。そして、エレッドの顔を見た後に、周りに視線を巡らせ、エレッドに示した。


 「これだけの猛者がいるんだ!俺達だけでやれる!」


 ロアが、暗い空気を吹き飛ばす様に大仰に笑ってみせた。

 エレッドの、いや他の騎士達も心に陰っていたモノが晴れていくように感じた。騎士達はやっとそこで、仲間達を目に映した。独りで挑むのではない、仲間と共に挑むのだと気づかされた。

 騎士達は、顔を巡らせ互いの顔を見合った。皆、生き返ったように生気に満ち溢れ、ただの1人も死んだ顔の者はいなかった。

 巡らしていた顔が、自然とロアに集まっていった。

 ロアが、自分を見つめる騎士達を見回して口を開いた。


 「気持ちに負けるな!勝てる戦も勝てなくなる!俺達なら成し遂げられると思え!不安を覚えたら、仲間の背中を見ろ!勇敢で頼もしい背中が、見えるはずだ。仲間を信じ、仲間に命を預けて、この戦いの勝利を目指して戦うぞ!」


 ロアの鼓舞に、戦士達の心に炎が燃え上がった。

 エレッドが、代表して言葉を上げた。


 「やるぞ!臆病風なぞ勇気で吹き返せ!いくぞ、我らの勝利に駆け出せ!」

 「おーーー!」


 抑えた叫びを上げた。

 ロアの口角が上がった。劣勢でも向かいゆく騎士達に、頼もしさを感じた。

 1人離れた所から眺めていたスミレが、明るい声でロアに口を開いた。


 「頼もしいね。彼ら、彼女らになら、背中を任せられるね、ロア!!」

 「そうだな、スミレ」


 ロアもスミレに明るい声音で返した。

 スミレと一緒に騎士達を眺めた後に、ロアが全員に聞こえる声で語り始めた。


 「気持ちは充実したか!では、始めるぞ!俺達は、作戦通りに護送列に紛れて、アジトに潜入する。そして、女性達が捕らわれている檻に向かい、彼女達を解放する。後方待機組は、ただ待機しているのではなく、見回りを斃して道を作ってくれ。女性達が解放されたら、その道を使い、逃がしてくれ。貴方達の働きが、作戦の成功には欠かせない、重要な鍵だ。頼んだ」


 騎士達が、大きく頷いた。後方だからといってただの待機ではなく、重要な役割があることに、騎士達はやる気を漲らせていた。

 ロアは、そんな騎士達を満足そうに眺めるとスミレ達に顔を向けた。

 スミレ達もやる気を漲らせてロアに頷いた。

 そして、全員から了承を得るとロアが、目指すべく奴らをその目に映した。

 それから、最後に全員を見回すと、腕を掲げて振り下ろす合図を行なった。

 騎士達が静かに闇に溶け込み消えていった。

 その場に残ったロア達も護送列に向かっていった。






 護送列に向かう最中、ロアが真剣な表情で口を開いた。


 「2人にお願いがある」

 「何、ロア?」


 スミレは答え、エレッドは顔をロアに向けた。


 「もし、俺が倒れたら2人は無視してくれ。そして、俺が奴らに何をされようとも無視してほしい。お願い、スミレ、エレッド」


 スミレ達に頼んだ後、ロアは顔傷の元隊長に顔を向け命じた。


 「お前は、俺がどんなにボロボロになろうが、ぐちゃぐちゃになろうが、ヒビキという少女の下に俺を連れていけ。いいな」


 ロアの命令に不安を覚え戸惑いの表情を浮かべたが、ロアに優しく微笑まれるとすぐに頷いた。


 「はい、天使様。貴方様の命を必ず遂げさせて頂きます!」


 顔傷の元隊長が頷いたことを確認したロアが、視線を正面に向けようとした時、スミレが不安な表情でロアに訊いてきた。


 「ねぇ、ロア。それって、広場でそいつを蹴り上げた時に見せた困惑顔と関係あるの?さっきは、はぐらかされたけど、答えて!!」


 スミレに続き、エレッドもロアに訊ねた。


 「ロア君、何か体調に不安でもあるのかい?」


 ロアを2人が見つめる。視線が、誤魔化さないではっきりと答えてと、訴えているようだった。ロアも2人の視線に気づき、答えるべきかどうかを逡巡した。答えてしまって、2人に余計な心配を掛けてしまい、潜入に支障が出ることを嫌った。このまま、また曖昧に笑って誤魔化そうと考えた。

 ロアが2人に曖昧な微笑みをみせようとした時、スミレが鋭くロアを突いた。


 「私を、私達を信用できないの?」


 ロアの薄い微笑みが消えた。


 「ロア、私達はパートナーでしょ!エレッドさんも今は、共に潜入する仲間でしょ!不審を持ったら、もうパートナーではいられない。仲間を信じられないなんて、最低な事だよ。お願い私達を信用して!ロア!!」


 スミレがロアを見据えながら、鋭く切り込んだ。それは、ロアの深部を抉り抜くほどだった。ただ、驚愕の表情でスミレを見つめることしか出来なかった。

 なぜか、ロアに驚愕の表情が浮かんでいた。スミレの言葉に驚愕したのか、いや自分自身に驚愕したと気づいた。

 仲間、パートナーなどと宣っていた自分こそが、仲間を信用できていなかったことに驚愕した。自分の物差しで考えていた愚かな自分が、目の前で笑っていた。その自分がロアに口を開いた。


 「だから、失敗したんだ。お前は、魔王として君臨していた時、部下を信頼していたか。友誼を結べた者はいたか」


 問いかけ終わると、ニヤと粘りつく笑みを浮かべて、残酷に宣言した。


 「いないだろう」


 クツクツと笑い、更にロアを追い込んでいく。


 「お前は、平和な世を作りたかった。醜い世界を見てきたからこそ、人と魔が手を取り合える太平な世を作ろうとした。勇者として力で、人と魔を従えようとした。でも、失敗して魔王になった。人類からも魔族からも、恐れられる存在になってしまった。確かに、魔王になって捕らわれた魔族を幾度となく解放したが、彼らは感謝し尊敬はするけれど対等な関係になっていたか。彼らの心にもお前を恐れている部分があったんだ。あの力が自分に向いたらと、滅ぼされるのは次は私たちかもしれないと。逆に、人類はお前を知るからこそ、その力を恐れてしまった。話し合いに来た使者たちを信用せず、全て返してしまった。だから、お前は失敗し、弟子の3人は成功した。彼女達は、力ではなくお願いや話し合いなどの言葉によって、人と魔が共に過ごせる世界を作った。まあ、多少は力を使ったが、それでも成功させた。お前と彼女達の違いは、他者を信頼できるか否かだ」


 愚かだと思っていた自分が最後に、ロアに楽しそうに声を掛けた。


 「また独りになりたいのか?お前の身体は、彼女達によって独りでは生きられない身体にしてもらったんだろ」


 目の前にいる心が生み出した自分がフッと笑うと、明るく鼓舞した。


 「今度は失敗するなよ。弟子にカッコ悪い姿を晒すんじゃねえぞ」


 ニヤっと笑い、魔王だった頃の男の自分が消えていった。

 ロアは自分を貶しに来たのか、説教しに来たのか、それとも鼓舞しに来たのか分からない自分に苦笑した。それと同時に感謝もした。「ありがとう、助かった」と心で述べた。

 俯いて、黙り込んでしまったロアにスミレが言い過ぎたかと後悔した。


 「ロア、ごめんね。言い過ぎだったかも」


 スミレが落ち込んで、ロアと同じように俯こうとした。

 しかし、ロアがスミレの手を取り、さっぱりと澄んだ表情で口を開いた。


 「落ち込まないで。スミレのおかげでやっと目が覚めたよ。憑き物が落ちたように心がすっきりした。ありがとう、スミレ」


 爽やかな笑みでスミレを見つめた。

 突然、感謝され、ロアに見つめられたことにスミレは困惑した。それと見つめられて恥ずかしくなった。

 ほんのり赤く染まった顔で、スミレがロアに訊いた。


 「うん、分かったわ。それで急に感謝して、何かあったの?」


 ロアは明るく笑うと、スミレと心配そうに見つめるエレッドにはっきりと話した。それと、一応ロアをぼうっと見つめる男にも話した。


 「スミレとエレッドを信頼できていなかった俺を許してほしい」

 「うん、分かった。それで、ロアは何を隠しているの?」

 「ロア君、私も分かった。それで、スミレ君と同じで、何を話してくれるんだ?」

 「俺の身体の事だ」

 「え?どういう意味?」


 スミレが困惑した表情でロアを見た。

 ロアは、スミレをしっかりと見つめて、続きを語っていった。


 「この身体は、定期的に魔力を貰わないと動けなくなる。多分、死にはしないだろうが仮死状態になってしまう。それで、さっきのスミレの質問に対する答えだけど、俺はそこの男を蹴り上げた時、自分の想定よりも遥かに飛ばなかったことに困惑したんだ。そして、すぐに気付いた。もうそろそろ、ヒビキから貰った魔力が切れると」


 「え!?」


 驚きの声を上げ、スミレが呆然とロアを見つめた。


 「後、どれくらい持つか俺にも分からない。今も段々と身体が重くなっていく感じがしている。アジトに潜入するまで持つと考えていたが、その考えが外れそうだ」

 「え!?え!?え!?え!?」


 ロアの話を聞いて、困惑したスミレが慌てふためいて、忙しなく周りに顔を向けていた。

 一方、落ち着いてロアの話を聞いていたエレッドが、静かに訊ねた。


 「ロア君、私達の魔力でどうにかならないか?」


 苦笑いを浮かべるとロアが、済まなそうな口調で答えた。


 「エレッド、ありがとう。でも、ダメなんだ。今、この身体に魔力を注げるのは、ヒビキしかいない」

 「そうか」


 そう呟くとエレッドは口を噤んだ。そして、俯いてしまった。

 スミレは愕然として、ただロアを見つめることしか出来なかった。

 そんな2人にロアが、真剣な表情で口を開いた。


 「だからこそのお願いだ。俺が倒れても、何をされても無視してくれ。スミレは俺が負けてショックを受けて素直に言う事を聞くようになった役。エレッドは捕まってしまい怯えている女性の役。これらの役を演じ切るために、絶対に無視してくれ。作戦の成功には、2人の演技が掛かっている。頼む、お願いだ!」


 ロアが2人に頭を下げた。

 スミレは、ロアに待っていてと言いたくなった。ロアが目の前で、盗賊団にされる姿を見たくなかった。絶対に見たくなかった。お願いだから無理をしないで、待っててって言いたかった。でも、絶対に断られる未来しか見えなかった。ヒビキの為に断るだろう。もし頷いてくれても、私達が失敗して敵に捕らわれてしまったら、きっともっと無理をして助けに来てくれるだろう。でも、そんな状態では敵は倒せないし、逆に殺されてしまうかもしれない。盗賊団にやられる姿も殺される姿も見たくないスミレは、苦渋の決断でロアに頷いた。


 「分かった。ロアを無視するね」


 自分を押さえつけて、苦しさに歯を噛みしめていた。


 「了解した」


 エレッドも覚悟を決めているロアに、淡々と頷くことしか出来なかった。自分も死の覚悟決めているからこそ、何を言っても聞き入れないことが分かっていた。

 ロアが2人の気持ちを察して、少しでも軽くなれるようにと明るく笑って感謝した。


 「ありがとう!」


 それから、残りの1人に無表情で言い放った。


 「お前は、何としても俺をヒビキの下に連れていけ。分かったか」

 「はい、天使様!」


 自分に声を掛けてくれることに喜び、陶然とロアを見据えて答えていた。

 全員の確認が終わり、ロアがまた明るく笑って声を出した。


 「さぁ、始めるぞ!」


 スミレ達が頷き、捕らわれた女性達の護送列に、潜り込む為に向かっていった。



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