第16話 小悪魔

 この村の女性達をアジトへと連れて行く一団に向かい駆けている時、ロアがスミレと凛々しいオネエ様に声を掛けた。


 「何か、攫われた女性達の列に紛れ込む案はあるか?」

 「私は、何もないわ。ごめん、役立たずで」


 スミレが、伏し目ぎみにロアに答えた。

 ロアは、首を振り優しくスミレに返した。


 「いいよ、スミレ。気にしないで」


 それから、スミレを見つめて口を開いた。


 「俺はスミレが一緒にいてくれるだけで、心強いし気持ちの支えにもなってくれている。感謝しかないよ、スミレ」

 「本当に?こんな私で?」

 「うん。スミレじゃなきゃ、俺も嫌だよ」


 ロアの言葉で気持ちが軽くなった。ロアから必要と思われていると嬉しさが、心に湧いてきた。

 明るく顔を綻ばせたスミレが、顔を上げてロアを見た。


 「ありがとう、ロア」

 「うん。良かった」


 にっこりと笑顔でスミレに答えた。

 スミレは、思わずロアの笑みに見惚れしまった。

 自分でも分かるくらいに顔が熱く、赤く染まった。

 思わず見られたくないと顔を背けてしまった。

 そして、誤魔化す様に口を開いた。


 「ロア、私はずっとパートナーよ!」


 何を言っているのか、自分でも分からないことを口走って正面を見据えた。


 「うん、そうだね」


 ロアはスミレの赤い横顔を見て、優しく答えた。

 ビクッと身体を震わせ、顔を更に赤く染めたスミレをもう一度微笑んで見つめた後に、顔を凛々しいオネエ様に向けた。

 ロアが、先程とは違う真剣な声音で訊ねた。


 「オネエさんは、何かあるか?」


 ロアから問われ、凛々しいオネエ様が重々しく口を開いた。


 「そこの盗賊団の男に捕らわれた振りをして、潜り込むのが最良の選択だろうな」


 それに同意し頷いた後に、ロアが口を開いた。


 「ああ、それが最良だろう。それで潜入する方法だが、俺に任せてくれないか?」

 「良い手があるのか、ロア君」

 「もちろんだ」


 ロアは、先程から従順に従う顔傷の元隊長を睨んで声を掛けた。


 「お前、話は聞いていたな」


 ロアの冷たい声が顔傷の元隊長に放たれる。


 「はい」


 生気がない顔で返事を返す。それから、ぶつぶつと独り言をつぶやき始めた。


 「終わりだ!終わりだ!俺は殺される!部隊長に殺される!殺される!殺される!ああ!!死にたくない!!まだ死にたくない!!死ぬくらいなら、牢獄に繋がれたい!!」


 部隊長に貸し与えられた部下と魔犬を全て失い、1人だけ残った顔傷の元隊長が、失敗した責任で殺されることに恐怖した。

 顔傷の元隊長の脳裏には、自分が斬首される光景しかなかった。

 そして、とうとう恐怖に負けて、頭を抱えて座り込んでしまった。座り込んでぶつぶつと死にたくない、と連呼していた。

 ロア達は、仕方なく立ち止まり顔傷の元隊長を見下ろした。

 スミレが、最初に口を開いた。


 「どうするの、それ?」


 凛々しいオネエ様も続いて口を開いた。


 「この男をこのまま放置すると、やけになって何をするか分からないから、私の部下を呼びに行って、渡すしかあるまい」


 スミレと凛々しいオネエ様が、面倒な男だなと見つめた。

 しかし、ロアは逆にこの状態は使えると、ニヤリと笑った。

 ロアが、2人に声を掛けた。


 「2人とも、俺に任せてくれないか。俺が立派に立て直してやる」


 2人が見つめる中、ロアは男に近づいていった。

 スミレが、無警戒で近づくロアを心配して、声を掛けた。


 「ロア、大丈夫なの?危なくない?」


 ロアは、「大丈夫だよ」と明るく答えるとスミレに手を振り、男へと近づいた。

 顔傷の元隊長は、ロアが近づいてきたことに気付いた。ロアが目の前に立った時、縋るように見つめ、声を出した。


 「お願いだ!俺を助けてくれ!なんだってする!足を舐めろと言われれば、喜んで舐める!だから、助けてくれ!俺はまだ死にたくない!」


 懇願する顔傷の元隊長にロアが、声を掛けた。優しくゆっくりと語りかけた。


 「よし。では、お前にチャンスをやる。裏切らずに、俺の言う通りに動いたらだがな」


 顔傷の元隊長が泣きそうな顔で、何度も頷きロアを見上げた。

 ロアは内心でニヤリと笑い、うわべに愛らしい微笑みを浮かべて口を開いた。


 「お前が殺されないように、俺が守ってやる。俺の強さは、身をもって感じただろう。その俺が守ってやる。どうだ、俺の言う通りに動くか?」


 それを聞いた瞬間、顔傷の元隊長の前に、天上からの光が差し込んだ。明るく、全てを照らしだすほどの神々しい光であった。その光の中をロアという天使が舞い降りてきた。顔傷の元隊長が救いを求める様にロアを見つめた。そして、祈りを囁くように口を開いた。


 「はい、天使様。俺・・・、いや私目にどうぞ、ご命令ください」


 優しく微笑み、ロアが男にゆっくりと声を掛けていった。


 「うふふ。貴方のお気持ちしかと受け取りましたよ。ですが、貴方の忠誠心が本物か偽物か試させてもらいますね」


 小悪魔的な笑みを浮かべて、地面に這いつくばう男の前に足を差し出した。


 「貴方は先ほど、仰いましたね。私が足を舐めろと命じれば、喜んで舐めると。では、忠誠の証に私の足を舐めなさい」


 ロアを見上げる顔の前で、土で汚れた素足をぷらぷらと揺らした。

 顔傷の元隊長が目の前で揺れる蠱惑的な素足に近づいた。すると、被虐的な笑みを浮かべて、男の顔を蹴った。


 「私としたことが、危うく間違えてしまう所でした。これでは、ご褒美になってしまいますね」


 蹴られた顔傷の元隊長が、蹴れてもなお恍惚とした表情でロアを見上げた。

 ロアが被虐的な笑みを消して、新たに慈愛に満ちた微笑みを浮かべて顔傷の元隊長を見下ろした。


 「貴方の忠誠心は確かに本物でしたね。では、そんな貴方に、大切な仕事を授けましょう」

 「はい!何なりと、お申し付けください、天使様」


 恍惚とした表情で男が、ロアに口を開いた。


 「では、私を貴方が捕らえたと上官に報告し、私達3人を護送列に紛れ込ませなさい!できますね!」


 ロアに陶酔しきった男が、一も二も無く頷いた。


 「はい、天使様!」

 「宜しいです。私は、素直な者が大好きですからね」


 最後に笑みを浮かべ、ロアはそう締めくくった。

 顔傷の元隊長は、ロアに陶酔しその顔を見つめ続けた。

 ロアは、顔傷の元隊長にニコッと笑みを向けた後、スミレと凛々しいオネエ様に顔を向けた。

 そして、雰囲気を戻して、真面目な口調で話した。


 「これで、潜入する手はずは整った。後は、奴らに追いつくだけだ」


 ポカンと呆けた表情でロアを見つめつつ、2人は一応頷いていた。だが、今見たロアに意識のほとんどを奪われていたので、話の半分くらいしか理解できていなかった。

 ロアは、そんな2人の様子に心配になり、もう一度、声を掛けた。


 「2人とも、ちゃんと俺の話を聞いているか?」

 「ええ」


 スミレがぼんやりとした表情で答えた。


 「もちろんよ」


 オネエさんが色っぽい声音で答えた。

 それを見て、ロアがため息を吐き、呆れた声で述べた。


 「2人ともしっかりしてくれ」


 ロアの呆れた声と様子から2人が正気に返った。それから、慌ててロアにお願いした。


 「ごめんね、ロア。もう一度言ってくれる?」

 「ロア君、すまん。スミレ君と同じく、もう一度仰ってくれるか?」


 しっかりしてくれと視線で訴えた後に、もう一度作戦の概要を述べていった。

 そして、今度はしっかりと聞いてくれていたか、2人の顔を見て確認した。


 「そこの男に捕まった振りで潜入する作戦は分かったか」

 「もちろんよ、ロア」

 「ああ、ロア君」


 2人の頷きを受けて、ロアが了解の意で頷いた後、表情を引き締めて作戦の詳細を語っていった。


 「うん。俺達は、俺がそこの男に敗れた設定で列に潜り込む。俺はこのボロボロの外套を利用し、スミレは俺が負けたことでショックを受け呆然自失となり素直に言う事を聞くようになり、えっと隊長さんは?」


 隊長の騎士はロアが自分の名前を知らずに困ったことに気付き、声を掛けた。


 「私は、エレッドだ」


 うんと、確認したロアが続きを語った。


 「エレッドは、俺とスミレが連れていかれる最中に、隠れていたところを見つかって、捕らわれて攫われることになったことにする。これでどうだろうか?」

 「うん。分かった。それでいきましょう!」

 「了解だ。演技は任せてくれ」


 2人に快く承諾されて、静かに息を吐いた。

 各々が作戦内容をしっかりと理解して、3人で顔を見合わせ頷き合った後、捕らわれた女性達の護送列に向かって、再び駆けていった。遅れを取り戻す為に先程よりも速度を上げて、向かっていった。



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