第15話 勇敢で凛々しい御方
隊長の騎士の下に着いた時、ロアが早速とばかりに問いかけた。
「アジトの場所は、分かったのか?」
ロアの問いに、笑顔で頷き返した。
「ああ。分かったぞ」
ロアと隊長の騎士が、足元で項垂れている男を見下ろした。
「叩き起こすと、尋問する前に自分からアジトについて話し始めたぞ」
「そうか。で、場所はどこなんだ?」
ロアが緊張の面持ちで訊ねた。
「こいつらのアジトは、ここから少し離れた川沿いにあるぞ」
簡潔に答えた後、詳しい場所の説明が隊長の騎士の口から語られた。
その話によると、この村からもう少し行った所に大きい川が流れており、その川沿いを太陽の沈む位置から見て左手方向、つまり南に向かって下っていった所にアジトがあるらしい。
スミレが、急かすように口を開いた。
「ロア、場所が分かったなら、早く行きましょう。こいつらの言っていた宴が始まる前に着かないと!」
ロアの外套の袖を掴み、早く向かおうと訴える。
しかし、ロアが首を横に振り、訴えを否定する。
「待った、スミレ。このまま向かって突撃もいいが、こちらが突撃した後に、捕らわれている女性達を人質にされたら身動きが取れなくなる」
ロアがスミレの顔を真剣な表情で見据えて口を開いた。
「奴らもバカじゃない。きっとそうしてくる。そして、脅しつけられて、身動きが出来なくなる。その後に、俺達が殺されるか、それとも奴らにって事になるぞ、スミレ」
ロアの話からその場面が脳裏に浮かんだスミレが、悍ましさに身震いした。青くなった顔でロアに訊いた。
「じゃあ、どうするの?」
「そこで、こいつの出番だ」
ロアは、未だに項垂れて座り込んでいる顔傷の元隊長を見て、ニヤリと笑った。
そして、顔傷の元隊長の前にヤンキー座りで座ると、俯いている顔を覗き込んだ。
「おい!」
ドスの効いた声を発した。
ビクッと身体を震わせ、顔傷の元隊長が顔を上げて、ロアを怯えた表情で見た。
「この村から攫った女性達を今アジトに護送してるだろ?そこに、俺を連れていけ!」
ロアの話を聞いたこの場の全員が、驚愕しロアを見た。
「お前が俺を捕えた事にして、その列に俺も加えろ!」
それを聞いて、スミレが怒った。
「な、何言ってるの、ロア!!そんなことして、何があるの!そんな危険な事、私が許さないから!!」
ロアを心配して怒ってくれるスミレに、優しく語りかけた。
「スミレ、怒らないで。でも、どうしても列に潜り込む必要があるんだ」
「何で必要なの?」
心配から声が上擦るスミレに、ロアが丁寧に答えていった。
「女性達が捕らわれている牢獄に俺が忍び込んで、彼女達の安全をまず確保する。それから、俺が檻を破り彼女達を脱出させる。逃げだした彼女達をスミレと騎士達が、この村まで非難させる」
「どうするの?」
震える口ではロアは、と上手く言えず、中途半端な問いかけをスミレが口にした。
スミレに柔らかな笑みを向ける。
「心配はいらないよ。俺が誰一人として、盗賊団を通さない。俺が全てを守ってやる。だから、安心して背中を任せてよ」
ロアは立ち上がると、スミレの背中を軽く叩いた。安心してというように感じられた。
ロアは、呆然と自分を見上げる顔傷の元隊長の襟を掴んで強引に引き立たせると、冷たく命じた。
「ぼさっとするな。さっさと行くぞ」
顔傷の元隊長に道を案内させて、向かおうとした。
しかし、そんなロアに騎士達が声を掛けた。
「ロア君、私達はどうすればいいのかな」
静観していた隊長の騎士が、ロアに問いかけた。更に、ロアを見据え続きを語った。
「君が話した通り、私達がアジトに突撃しても人質を取られて、同じ結果になるだろう。ならば、君の作戦の通りに誰かが捕らわれた振りをして潜入するのがいいだろう」
「そうだろう。だから、俺が潜り込む」
「いや、君にそのような危険を冒させる訳にはいかない」
当然自分がと思い語っているロアに、隊長の騎士が、待ったをかけた。
「私達が代りに潜り込む」
ロアが、非難の眼差しを向けた。
「部下に、やらせるのか?」
静かだが、その奥に怒りが籠っていた。
しかし、隊長の騎士は堂々と臆せず、ロアの言葉を受け止めた。
「説明が不足していた。部下にそんな危険な真似はさせん。私が女装をして潜り込んで見せよう」
徐に、鎧の腰にある皮バッグからブロンドの長髪かつらと赤いスカートとブラウスを取り出した。
一同に動揺が走った。
「少し、待っていてくれ!」
隊長の騎士が木陰に駆け込みガサゴソと音を鳴らして少し経つと、立派な体格のオネエさんが出てきた。
ブラウスを内側から盛り上げる鍛え抜かれた逞しい胸筋、赤いスカートから覗くがっしりとした大木の様な見事な太もも、それらを誇るように堂々とした歩みで、ロア達の前に進んできた。
「私が行けば、問題あるまい」
豪快にブロンドをかき揚げ、赤い唇から、立派なオネエ様が勇ましく語った。
『・・・・・』
目を見開き、口をポカンと開けて、ロア達は見ることしか出来なかった。何も反応できないほどの、衝撃がそこに屹立していた。
自分の姿をしみじみと見つめて、満足げに口を開いた。
「私もまだいけるな」
更なる動揺が一同に寒気と共に走った。
⦅まだ!?⦆
意味を深く考えることを、一同の頭が拒否した。
立派なオネエ様が、別の意味で身体を震わせ怯える顔傷の元隊長の襟を掴んだ。
「行くぞ!」
こちらに助けを求める男の襟を引き、勇ましく護送列に立派なオネエ様が向かおうとした。
しかし、その時あまりの衝撃で唖然としていた一同が我に返った。
騎士達が、必死の形相で立派なオネエ様に声を掛けた。
「隊長、ここは一旦考えましょう」
「?」
自分の姿に満足している立派なオネエ様が、首を傾げた。
「隊長が御手をかける必要はありません。ここは私達女性騎士達が潜入しますので、隊長はどうかご指揮をお取りください」
その言葉を受けた隊長の騎士が、声を上げた。
「何を言うか!私は、部下に危険を冒させ自分は後方で踏ん反り返っているだけの無責任な男ではないぞ!部下を背中で引き連れていくのが、上官というものだ!お前達は、私に任せて、後方で待機し、事を起したらすぐさま駆けつけて、女性達の救出を行なえ!」
隊長の騎士は、部下達を見渡して、真剣な表情で声を掛けた。
「頼んだぞ!囚われた女性達を無事に送り返してくれ!敵は、私が死ぬまで相手をしているから、背中の安全は任せてくれ。後は頼んだぞ、お前達!!」
表情を和らげ、部下達を見つめた。
部下の騎士達は、隊長の覚悟に口を開けなかった。部下を思う気持ちを受けて、涙ながらに声を発した。
「分かりました、隊長!!」
「私達が、無事に彼女達を守り通して見せます!!」
「隊長、死なないでください!!きっと、増援を連れて戻ってきます!!」
「持ちこたえてください!!助けに必ず行きますから!!」
「隊長!!」
などなど、口々に気持ちを吐き出していった。そんな悲壮感が漂う部下を、叱責した。
「バカ者、私の心配より助け出される彼女達を心配しろ!そんなことを言われたら、私の剣が鈍るだろうが!お前達が任務を完遂出来るよう、私を安心させてくれ!私にやり切ったと思わせてくれ!」
部下達を最後に見つめて口を開いた。
「私は、素晴らしい部下に会えて幸せだった。お前達、必ずこの救出任務をやり遂げてくれ。私の死を無駄にしないでくれ、頼んだ!!」
部下の騎士達は、涙を流して頷いた。1人で怯まずに勇敢に立ち向かう騎士に、礼をして見送った。
ロアが勇ましく歩むオネエ様の傍に寄り、口を開いた。
「1人じゃ、寂しいだろ、おっさん。俺もお供させてくれ。あんたの気持ちに心を奮わされたよ」
「私は、おっさんじゃないぞ。これでも今年で40になるバリバリのオネエさんだぞ!言葉を間違わないでくれよ」
「そうか!悪かった、オネエさん」
「分かってくれれば良い。ところで、君も後方で待機していてほしいのだが。君みたいな、少女を危険な場には、向かわせたくない。オネエさんに任せてくれないか?」
ロアを心配する視線を向けられた。
しかし、それにロアは笑い返した。そして、真面目な口調で問いかけた。
「オネエさん1人で、本当に奴らを止められるのか!俺は、奴らの前のアジトに行ったが、そこで多くの騎士が亡くなっていた。討伐隊だったんだろ?つまり、実力者が揃っていた訳だ。それなのに返り討ちにあった。オネエさんは、そんな奴らを1人で止められるのか!女性達が逃げ出せるだけの時間を稼げるのか?」
「・・・、やらねばならぬ!無謀であるのは分かっている!私はあの街の騎士詰め所の隊長として、残された。いや、違うな!選ばれぬ程度の実力しかなかったから、もっともらしい理由で、負い目を感じないように残されたのだ!」
騎士が悔しそうに歯噛みした。だが、すぐに悔しさを引っ込め、正面を見据え、内に秘めた思いを吐露した。
「それがなんだ。実力がなんだ。私は、弱気者を守るために騎士になったんだ。ここで、勝てぬと臆病風に吹かれ、背を向けようものなら、昔の自分に殴られてしまう」
にっこりとロアに笑いかけた。
「今、我ら騎士の助けを待つ者がいる。私は騎士の責務として・・・。いや、昔の私に堂々と胸を張り、お前は立派に騎士として捕らわれの女性達を救ったんだぞと言ってやりたいんだ!エゴだろうか?」
「いや、立派な意志だと俺は思うぞ!」
ロアが、嬉しそうな笑みを勇敢なオネエ様に向けた。
「そうですよ!素晴らしい志です。私も感激しました。どうか、卑下せずに誇ってください」
横合いから突然、スミレの声が聞こえ、ロアと隊長の騎士が驚いて顔を向けた。
「君は!?」
「スミレ!?」
頓狂な声を2人して上げていた。
しかし、スミレはそんな2人の事を無視して、憤慨気味の様子で口を開いた。
「完全に私の事を忘れてましたよね!!ずっと、2人の傍に居たのに、私の存在を忘れていましたよね!!」
「いや、そんなことはないよ、スミレ」
ロアが動揺して口を開いた。
じぃっとロアの顔を覗き込み狼狽する姿を楽しんだ後、スミレがさっぱりした表情を浮かべた。それから、表情を笑顔に変えて、有無を言わさぬ圧を込めて語りかけた。
「ロア、忘れてないよね。私達はパーティーなのよ。単独行動なんて許さないから!!」
笑顔で凄まれることにこれ程の恐怖があるのかと、ロアは冷汗を背中に流して思った。
ぎこちなく笑みを浮かべてロアがスミレのご機嫌を取ろうとした。だが、ご機嫌斜めのスミレに一喝された。
「パーティーなんだから、一緒に行動しないとダメでしょ!!」
「はい、すみません。スミレ様」
「分かってくれればいいわ。それじゃあ、3人でアジトに潜入しましょう!」
スミレが先頭に立ち、進もうとした。
それに、隊長の騎士が待ったをかけた。
「君も私の部下達と一緒に後方で待機をしていてくれないか。2人も女性を危険に晒すわけにはいかない。君達を一緒に連れて行くわけにはいかない」
「隊長さん!俺達は、友達を助けに行くんだ。大切な友達を!それに加えて、少女からお母さんとお姉ちゃんを助けてとお願いされている。助けを請われたのに、それを無視することは、俺の矜持で許すことが出来ない!!」
「そうですよ。ロアの友達と少女のお母さんとお姉さんを、助けに行かないといけません。私も助けを求められた少女の願いを遂げなくてはなりません!」
ロアとスミレが隊長の騎士の目を見つめる。
「俺達は、何と言われようが、止められようが強引にでもついていくぜ」
ロアとスミレの真剣な思いが、視線から隊長の騎士に伝わった。
「本当に行くのか?奴らと戦うことになるんだぞ!命の保証なんて一切ない!俺は男だから殺されて終わりかもしれないが、君達女性は、奴らの慰み者になる可能性だってあるんだぞ!それでも、行くのか?」
「上等!!行くぜ、俺は。友達と少女の家族を助けに行く。それと、俺も隊長さんと一緒だよ。弱気者を助けるために戦いたい!」
にっと笑うロアから、言い知れぬ覇気のようなものを感じた。隊長の騎士は、思わず唾液を飲み込んだ。そして、ロアの中にいる得体の知らない強者を見た。
隊長の騎士は、緊張の面持ちでそんなロアとスミレに最終的な確認を行った。
「本当に行くのだな?」
「ああ、行くぜ!」
「私も行きますよ!」
2人の硬い意志を確認した隊長の騎士は、2人に口を開いた。
「分かった。ならば、共に行こう!」
3人が歩みを踏み出した。弱気者を助けるために。盗賊団のアジトへと。
瞳は、ずっと先を見ていた。助けを求める者達をその瞳は映し出していた。
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