第13話 ロアの不調①
いつの間にか、スミレの纏う空気が温かみのあるものに戻っていた。
スミレが、ロアが蹴り上げた顔傷の隊長を見て、大声ではしゃいだ。
「ロア、やったわ!手がかりよ!」
そんなスミレとは対照的にロアは、浮かない顔をしていた。
自分の蹴り上げた脚をじっと見つめて、首を傾げていた。
スミレが喜びに満ちた顔で、ロアに語りかけた。
「やったね、ロア!これで盗賊団のアジトまで行けるわよ!」
しかし、ロアはスミレに語りかけられたことにも気づかず、じっと土などで汚れた裸足の自分の脚を見つめ続けていた。
「ロア、どうかしたの?」
スミレがやっとロアの様子がおかしいことに気付いた。
先程から全く返事がないロアを不安に思い、肩越しにロアの顔を窺った。
ロアの顔は苦虫を嚙み潰したように、苦々しいものであった。
スミレの中に言い知れぬ不安が浮かんだ。何故だかロアが小さく見えた。
焦燥感に駆られ、スミレはもう一度呼びかけた。今度はただ呼びかけるだけでなく、ロアの身体を強く揺すっての呼びかけだった。
「ロア、どうしたの?何か、気にかかることでもあるの?」
必死の声が口から零れた。
それに気づいたロアがようやく脚から視線を外し、声の方へ顔を向けた。自分を心配して見つめるスミレの顔があった。
「ごめん、スミレ。心配を掛けてしまったようだね」
ロアは、優しく語ると顔に笑みを浮かべた。
「足の汚れが気になってね。随分脚が汚れたなと、思わず見てしまっていた」
ロアが、明るく笑いスミレに答えた。
「そうなの?何か、体調がおかしくなったとかではないのね?」
「うん!俺は、至って健全だよ。心配なんて何もないさ」
「それなら良いのだけど?」
朗らかに笑うロアに一瞬だけ安堵しかけたが、ロアが無理に笑みを浮かべているようにスミレは感じてしまった。不安が口をついて出ていた。
「ロア、本当に何もないの?無理に元気を出そうとしてないよね!?」
スミレの問いかけに、ロアは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
「ロアやっぱり何か」
あるのと続きを語ろうとした時、何者かが近づくのを察知したロアが口を開いた。
「誰だ!!」
険を込めてロアが言葉を発した。更に、気配のする方向に眼光鋭い視線を向けた。
スミレも意識を引き締め直し、ロアが見ている方向を見据えた。
しばらくすると、両手を上げて騎士達が広場に隣接する森から現れた。
ロアとスミレの緊張感が高まった。スミレがナイフの柄を握り直した。
騎士達は、少女の説明にあった女性冒険者と少女を助けるために駆けた。村を抜けた時、広場から響く鉄を打ち付け合う音に気付いた。
騎士達の間に緊張が走った。
隊長の騎士が零した。
「戦っているぞ」
まだ戦っているという事は、彼女達が生きている証拠であった。
目指すべき場所を目に捉えたまま、言葉を発した。
「すぐに助けに入る準備を済ませておけ」
騎士達は、刀の柄に手を掛けた。
そして、広場に到着して騎士達が目にしたものは、一方的に蹂躙される盗賊団の姿だった。少女に背負われた女性が、刃を振るうたびに盗賊団が地面に倒れ伏し、魔犬が飛び掛かると下の少女が蹴り飛ばして黒い煙に変えていた。
あまりの光景に、言葉を失い呆然と事を眺めることしか出来なかった。
だが、少女が剣で貫かれたとき、「あっ」と声が零れた。
直ぐに助けに入ろうとした時、少女を貫いた盗賊団達が女性冒険者によって切り伏せられていた。
少女が身体から剣を抜き、女性冒険者を拾いまた敵に向かって駆けだしていった。
騎士達は隙を伺い助けに入ろうとしたが、その隙がこの戦場にはなかった。皆一様にこのまま戦場に踏み入ると、彼女達の邪魔になるという思いを抱いた。
騎士達は、場所を広場の入り口から、周りに広がる森の中に移した。近くで見守り、もしもの時にすぐにでも助けに入れるようにした。
盗賊団達の数が減っていった時、広場に赤い光が生まれ、それが彼女達に向かっていった。
騎士達が助けに入ろうとした時には、火球が着弾して爆発していた。すぐに、視線を巡らせ彼女達の無事を確認しようとした。そして、視線が彼女達の無事を捉えた。
彼女達は、火球を避けて残る4人に向かって駆けている最中だった。
しかし、騎士達の見ている箇所からは、隠れ潜んでいる5人の盗賊団の姿が見えていた。
気づいていない彼女達に声を掛けようとした。だが、それ前に彼女達がそこに近づいてしまった。彼女達の前に5人の盗賊団が立ちはだかった。
しかし、それも一瞬の事で彼女達が後ろに飛び退いたと同時に、男達の身体が三つに分かれた。風魔法の風の刃だと直ぐに分かった。その刃が彼女達に迫った。彼女達が切り裂かれるのを見たくない為に、目を覆った。それと同時に、強引にでも助けに入らなかった自分達の不甲斐なさを嘆いた。
予期される悲惨な結末に恐る恐る目を開けると、彼女達は健在で残りの4人に向かって駆けていた。
彼女達が盗賊団に肉薄した時、魔犬でまた視界を遮られ、魔法を放たれていた。けれど、間一髪で避け切り、残りの魔犬を蹴散らして盗賊団に飛び掛かっていった。
騎士達はいつの間にか、手に汗を握り締め、夢中で見ていた。
彼女達の刃が遂に届きそうになった時、勝ったとそう思った。だが、自分達でも気づけなかった闇に溶け込んでいた魔犬が襲い掛かった。その後ろで、魔術師2人が火と風の魔法を放とうとしていた。
騎士達に緊張感が再び走った。
逃げてと心から叫びを上げたかった。それよりも早く無情な2つの魔法が放たれていた。
空中に飛び上がっていた彼女達に避けるすべはないと思われた。しかし、空中で突然向きを変えて盗賊団から飛び退いた。着地と同時に横に飛び、火球を避けると風の刃を背負われた女性冒険者が切り裂き、また盗賊団に迫っていた。途中、先程襲い掛かってきた魔犬に飛びつかれたが、軽々と倒して今度こそがら空きの盗賊団に飛び掛かっていった。
飛び掛かられているにも拘らず、余裕を消さない盗賊団を見て騎士達が先程の不思議な空中移動と合わせて、1つの可能性に思い至った。盗賊団は結界を張っている。
その証拠に、彼女達が結界で弾かれた後に魔法で止めを刺そうと、魔術師2人が新たな魔法を発動しようとしていた。
しかし、彼女達は、何もなかったかのように盗賊団の前に飛び降りた。魔術師達は驚愕で集中力が途切れ魔法を霧散させていた。
そこからは、一瞬の出来事で魔術師を切り裂いたと思ったら、隊長格の男を少女が脚を大きく振り上げ蹴り上げていた。
その拍子に外套が捲り上がり、少女の瑞々しい白い脚が太ももまで見えてしまっていた。
隊長格の男が地面に叩きつけられた事で、3人の女性騎士と隊長は我を取り戻して女性騎士が少女への視線を遮る位置に立ち塞がった。隊長の騎士は、女性騎士が動き出すのと同時に、視線を下へ慌てて向けた。だが、それ以外の男性騎士達は、呆然と少女を見つめ続けていた。
男性騎士達は視線を遮られ、ギロっと恐ろしい視線を女性騎士達に向けられたことで、やっと我に返り急いで視線を逸らせた。
少女が脚を下げたのを見計らい、騎士達は彼女達の下へ向かった。
その最中、隊長の騎士と女性の騎士3人は、少女に対する不安を抱いていた。
少女の太ももまで外套が捲り上がった時、その下に何も身に着けていそうになかったこと、また少女が身に付けている外套があまりにもボロボロであったことから、何かあったのではと、4人の騎士は不安を抱きつつ考えていた。
そのような不安な気持ちを抱きながら彼女達に近づこうとした時、少女の鋭い声が掛けられた。
「誰だ!!」
警戒心が露わの彼女達に敵ではないと示すために、騎士達は両手を高く上げて隠れていた森から出てきた。
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