第12話 目の前まで迫った手がかり
ロアは、約1000年ぶりに敵に囲まれる体験に、程よい緊張感と心地よさを感じていた。
その顔は、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
(まだまだ、全然足りないが久しぶりの多対一か)
ロアは、スミレに楽しそうに声を掛けた。
「スミレは、盗賊団の人達をお願い。俺は、魔犬をやる」
ぐるりと囲っている盗賊団を見回した。
「分かったけど、ロアはどうやって魔犬と戦うの?」
「うん?蹴り飛ばそうかな」
ロアの答えに、スミレが眉を顰めた。だが、今はそれを気にしている場合ではないと考え直して、後でロアに注意をしようと心に決めた。
ロアが、姿勢を低くして飛び出す姿勢を取った。
「スミレ、いい?絶対に遠慮はしないで!奴らを残したら後で報復に来る。だから、必ず息の根を止めて」
ロアの言葉を受けてスミレがナイフの柄を握りしめた。
「分かってる。甘さが命取りになるのを私も見てきた」
スミレの纏う空気の温度が一気に下がった。一呼吸すると、感情が消えた冷たい眼光で敵を見据えた。
「ロア、いいよ」
静かな語りでロアに合図を送った。
ロアは、前に向かって駆けだした。スミレは、ロアの背中で強く握りしめていたナイフを敵の命を刈り取るために、振るった。ロアが敵の囲いから外に飛び出したとき、その後には一本の道が出来ていた。盗賊団の団員がそこだけ倒れ伏していた。
ロアは、スミレの腕前に驚きと嬉しさを感じた。
(流石、俺のパートナー!)
口角を少し上向きに上げていた。
ゾーンに入ったスミレは、一言も発する事無く極限の集中状態で、ただひたすらに敵の姿を見つめていた。次に斃すべき敵をその目に映して。
自分のパートナーの頼もしさを感じて、ロアの口角が更に上がった。
ロアも次の敵を見定めて駆け出そうとした時、夕闇に交じって魔犬がロア達に襲い掛かってきた。
ロアは、飛びかかって来た3匹の魔犬を確認すると、タイミングを見計らい後ろに飛んだ。
飛びかかった3匹の魔犬が、飛び上がった勢いで空中をそのまま前に進んだ。そして、3匹がロアのいた地点で、一瞬身体を一点で重ねた。
ロアは、その瞬間を狙って3匹の魔犬を同時に空高く蹴り飛ばした。蹴られた魔犬は、空に向かって飛んでいく最中に、黒い煙となって消えていった。
ロアは小さく、くくくと笑うと感心して顔傷の隊長に顔を向けた。
「やるね。闇に潜ませて魔犬を襲わせるとは!それとタイミングも最高だった。敵を倒し終えた時の気持ちの切れ目を突く、良い攻撃だった」
「くっ!」
絶好の好機と思い仕掛けた攻撃が軽くいなされた事に、顰め面をした隊長がロアを憎らしく睨んだ。
「お礼に、俺達もギアを一段階上げるぜ!」
顔傷の隊長を見据えてロアが放った。
それから背中に振り返り、スミレに声を掛けた。
「次、行くよ」
前を見据えたまま、スミレが無言で頷いた。
その殺気を感じ取った盗賊団が、纏まっていると不味いと考え、急いでばらける。だが、それよりも早く、背中にスミレを背負ったロアが駆け出した。
盗賊団は、楯にするつもりで魔犬をロア達に向かわせた。ロアは、駆けながら魔犬の動きを目で追い、どこに蹴りを入れれば一番効率よく魔犬を多く消せるかを計算した。
ロアに向かって最初に飛びかかって来た魔犬をロアが蹴り飛ばした。その魔犬は、そのまま4匹で固まっていた魔犬をボーリングのピンの様にに弾き飛ばした。
ロアは、その空いたスペースに掛けて込んでいき、盗賊団の逃げ遅れた集団目掛けて突撃していった。
スミレが、静かにナイフを構えた。そして、ロアが突撃したと同時にナイフを振るっていった。
その集団の最初の2人をスミレが切り裂いた時、残った3人が苦し紛れに当てずっぽうで剣を振り下ろしてきた。その内の1人の剣が、ロアとスミレを正確に捉えそうになった。
ロアは、落ち着いた声でスミレに声を掛けた。
「ナイフを剣に添わして、そのまま縁を走らせながら持ち主を切り裂いて」
スミレは、一瞬でそれを脳裏でイメージすると、身体がイメージをなぞり、持ち主を無慈悲な刃が切り裂いた。そのまま、残り二人も切り裂いた。
ロアは、止まらず次の獲物に向かって駆けていった。スミレが新たに3人仕留めた。ロアが方向転換をしようとした時、闇の中から魔犬が10匹ロアとスミレに襲い掛かって来た。
ロアは、方向転換しようとした軸足を回転から下に向かって踏み込むと、空に飛びあがった。そして、空いていた反対の足で、飛んだ時に目の前にいた魔犬を2匹蹴とばした。
ロアは、空中で縦に1回転すると落下の速度を乗せて魔犬1匹にかかと落としを決め、地面に叩きつけた。ロアが地面に着地すると、残り7匹の魔犬も同時に着地して再びロアに向かって飛びかかって来た。
ロアは、目でそれらの動きを確認するとその中の一匹にローキックをお見舞いして道を開けると、そこに飛び込み止まると後ろに向かって回し蹴りを繰り出した。その蹴りによって、6匹の魔犬が黒い煙に返った。しかし、回し蹴りを放って態勢が不安定の隙を狙い、盗賊団2人が同時に剣を振り下ろしてきた。
スミレは、それに反応して1人の剣をナイフで切り上げて弾き、もう1人の剣は振り下ろしたナイフで剣の腹を叩き斬撃を斜め下へといなした。
スミレに剣をはじき上げられて、腹を無防備に晒す盗賊団にロアが迫り、スミレがその腹をナイフで横一線に切り裂いた。それを見たロアは後ろに向かって飛んだ。そして、下に弾かれた剣を地面に強かに打ち付けた男の脇に到達すると、スミレがナイフを逆手に返して勢いよく喉にナイフを突き立てた。そのまま、勢いを殺さないで腕を振り抜き、ナイフを抜き去っていった。
ロアは、背中側で何かがぐちゃっと倒れる音を聞きながら、こちらに向かって来る盗賊団の男達に弾丸の様に飛び込んだ。6人の男達が振り上げた剣を振り下ろすよりも先にロアがその下を潜り抜けた。男達はスミレによって一様に胴体を2つにされた。
(半分は終わったか)
ロアはそう心中で呟き、スミレに声を掛けた。
「半分は、片付いた。残りを一気に片付けに行くぞ!」
スミレが頷いたのを背で感じて、ロアは残りの敵に向かって駆けだした。
先に見える剣をだらんと垂らして戦意を喪失した男達3人に向かっていった。
ロアが眼前に迫ると、男達は目線を上げた。剣を地面と水平に構えるとロアに向かって突き出してきた。
(やっぱりな!まだ、死んでなかったか!)
ニヤリと笑うとロアは、その剣に突っ込んで行った。
剣が身に迫る直前、背中のスミレを男達の裏側に投げた。
「頼んだ!」
スミレが狙い通りの位置に着地するのを見届けると急所を避け、2本の剣を肩、脇腹に受けた。残り1本は、頬を掠って抜けていった。
自分の身体を貫いた剣を手で握り、頬横の剣は歯で噛みしめて動かないよう固定した。目で合図を送り、それを受けたスミレが必死の形相で剣を抜こうとする盗賊団の男達を冷笑するとナイフを薙いだ。男達は糸の切れた人形の如く地面に伏し、動かなくなった。スミレを拾ったロアは、次の敵目掛けて突撃していった。
1人になっている盗賊団を順々に狩って行った。
残りの10人目を狩ろうした時、広場を赤く照らす火球が飛んできた。ロアは、咄嗟に避けたが、目の前にいた残り10人目の男は火だるまとなり地面に倒れた。
ロアは魔法の放たれた方向を見た。そこには、魔犬6匹と杖を構えた魔法使い3人に囲まれて、余裕のある表情を浮かべて佇む顔傷の隊長がいた。ロアの次の獲物が決まった。スミレに一言、顔傷は捕えるからと掛けて駆けだした。
ロアが、そこに向かって駆けている時、中間地点で接近戦担当の残り5人が顔傷の隊長を隠す様に立ち塞がった。
「ヒャヒャヒャ。ここで隠れてれば、お前が来ると隊長が言った通りだったな。先ずは邪魔な脚を切ってやる」
ロアの脚を狙って盗賊団が剣を横薙ぎに振るってきた。
その時、不自然な風がロアの頬撫でていった。
ロアは、そちらを無視して、後ろに大きく飛び退った。
その際にスミレに声を掛けた。
「風が来る。打ち落としてくれ」
その言葉通り、風の刃が2刃哀れな5人を両断してロアとスミレに迫ってきた。
2つの風の刃の内、高い位置をスミレが切り裂いた。もう1つの脚を狙った風の刃を高く掲げた足を振り下ろして消し去った。そのロアの行動を見たスミレの顔が、一瞬だけぴくっと反応した。
ロアは、また距離が開いた顔傷の隊長を冷たく見つめた。
再び、地面を蹴り顔傷の隊長に飛び出していった。眼前まで迫った時、顔傷の隊長がニヤリと汚い笑いを浮かべた。
ロアの足元から魔犬3匹がロアの視覚を塞ぐように飛び上がって来た。ロアは、敵の狙いが分かり避けるために地面に伏せた。飛び上がった魔犬が2つに切り裂かれ、風の刃がロアとスミレの上を通過していった。
しかし、敵の仕掛けはそれだけで終わらず、伏せたロアとスミレ目掛けて残りの魔犬3匹が喰らい付こうと駆けてきた。
ロアは、それに足払いを仕掛けよと足を動かそうとした。そこで、些細な違和感を足に感じた。見てみると、土が盛り上がりロアの足を飲み込んでいた。
ロアは意外とやるなと顔傷の隊長を見上げて、素直に感心した。ロアは、危機感を楽しむと笑いを浮かべた。
しかし、それだけの魔法ではロアを止められず、魔犬が飛び上がろうと足に力をいれた瞬間を狙って足払いを繰り出した。既に飛び上がる態勢に入っていた魔犬達はそれを避けることが出来ずに、態勢を崩された。宙に浮いた魔犬達をロアが一気に蹴り飛ばした。
しゃがんだ態勢から足に力を入れて、目の前にいる顔傷の隊長達に飛び掛かっていった。
だが、まだ顔傷の隊長の仕掛けは終わって無かった。またもニヤリと顔傷の隊長が笑った。
ロアが飛び掛かった瞬間を狙い、最初からずっと自分の近くで闇に潜ませていた残り6匹の魔犬を一気に嗾けた。
ロアに向かって飛び掛かってきた魔犬の裏から、風と熱が集まったのを感じた。
ロアは、先程から動かない魔術師の1人が結界を張っていることに、傷顔の隊長の余裕と自分の安全第一思考で予測は出来ていた。目の前に不可視の壁があるとロアは考え、それを利用しようと思い立った。
飛び上がったまま空中で、その結界を壊さない程度に力を抜いて右足で蹴った。右足が結界に弾かれて身体が半回転した時、残る左足で後ろ蹴りを放ち、結界の反発を利用して前方に向かって飛んだ。
風の刃と火球が、ロアが前方に飛んだのと同時に放たれた。
ロアはそれを背で感じて、地面に片足が付くと直ぐに、横に向かって大きく飛んだ。それと同時に、スミレに指示を出した。
「風の刃を切り裂いてくれ!」
スミレは小さく頷くと、ナイフを振りかぶり下に向かって一気に振り下ろした。
風の刃はスミレの斬撃を受けて形を保てずに霧散し、火球はロアが横に大きく飛んだ地点に着弾した。
ロアは、着地すると同時に顔傷の隊長を目掛けて駆け出した。
顔傷の隊長は驚愕に目を見開き、ロアの動きを見ていた。
それで指示が遅れ、魔犬を集団で襲わせることが出来ずに、個別で嗾けることになってしまった。
ロアは、スミレと共に魔犬を各個撃破して、隊長まで一気に迫った。
顔傷の隊長は、ロアの恐怖から目を見開いたが、すぐに自分を守る結界とその結界がさっきロアを弾いたことを思い出して、表情に余裕が浮かんだ。
「残念だったな、ガキ!俺にはお前は届かねぇよ!」
余裕を持って呟いた顔が、一瞬後には驚愕に染まった。
結界が紙のように破れ、最高の笑顔を湛えたロアと無表情で冷酷に見下ろすスミレが飛び込んできた。
ロアは、結界担当の魔術師を後にして、攻撃魔法担当の魔術師に向かった。
魔術師達もまさか結界が破られるとは考えていなかったらしく、驚愕に目を見開きこちらを見つめていた。ロアが接近すると同時に、スミレの無情な刃が閃いた。最後の1人の結界担当の魔術師が、逸早く正気に戻ると己を守るための結界を再度張るための呪文を唱えようとした。だが、それよりも早くスミレの振るったナイフで、命を刈り取られた。
一瞬で自分を守る者がいなくなった顔傷の隊長は、呆然とロアとスミレを見つめた。
「残念だったな!でも、楽しかったぜ!!」
ロアが無邪気に微笑むと、脚を大きく振り上げ顔傷の隊長の顎を蹴り上げた。
そのまま、1mぐらいの高さまで飛び上がると、背中から地面に落下していった。
ロアは、驚いたように蹴り上げた脚を見ていた。
そして、スミレはロアの背中からその光景を見て、明るく声を出した。
「ロア、やったわ!手がかりよ!」
スミレの浮かれた顔とは対照的に、ロアは苦々しく顔を歪めて、蹴り上げたままの自分の脚を見つめていた。
これにより、薄く細い蜘蛛の糸が、切れずに手がかりを絡めとった。
そして、夕日はまだ沈まず、稜線に掛かっていた。
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