第11話 再会

 ロアとスミレが、村に飛び込んで最初に目にしたのは火を放たれて燃え上がる家々の姿だった。ロアはその中を駆け抜け、目の前に見える村の中心の広場に飛び込んだ。

 その広場では、丁度準備が終わり村の者達の処刑が始まるところだった。盗賊団が跪かせた男達に目隠しと猿轡を噛ませて、広場に横一列で並ばせていた。

 処刑に臨む2人が、薄汚れた鎧を身に着けて、村の男達の傍に立った。形ばかりの処刑で、見栄を示そうとしているのだ。

 処刑役の1人が刀を振りかぶって、列の一番端の人の頭を刎ねようとした。


 「させねぇよ!」


 ロアが一気に距離を縮めて、その男を蹴り飛ばした。ぐちゃっと音を立てて、鎧共々身体を異常に曲げて、男は村の外れまで飛んでいった。ロアはそんな男の事を気に掛けず、次の獲物に狙いを定めた。


 「スミレ、頼んだよ。手加減はいらない」

 「うん、分かってるよ、ロア。誰一人残さない!!」


 スミレは先程のアジトの凄惨な光景を思い浮かべ、冷酷に告げた。

 ロアが獲物に向かって駆けだした。スミレはロアの背で小刀を構えて、盗賊団員の横を通り抜けざまに振り抜いた。だが、スミレの小刀は盗賊団が身に着けている鎧に弾かれて、手から飛ばされてしまった。そのまま、小刀は飛んでいき、地面に突き刺さった。

 弾かれたことにショックを受けているスミレに、すぐにロアが声を掛けた。


 「気にするな!」


 ロアは、外套からヒビキのナイフを取り出すとスミレに渡した。


 「これを使え!鎧をそのまま切ろうとするな!布張りの可動部を狙って切断しろ」


 ロアがスミレに声を上げて説明した。


 「ごめん。分かった」


 スミレは、気持ちをすぐに切り替えると、目の前の敵に視線を向けた。

 ロアはスミレを背負い直すと、今度は正面から鎧をまとった盗賊団に向かっていった。ロアがその横を通り抜けようとした時、スミレに声を掛けた。


 「今だ!」


 スミレは、ロアの掛け声と共に、ナイフを真横に薙いだ。盗賊団の1人が首を切り裂かれ、その場に倒れ伏した。それを横目で確認しつつ、こちらを狙って襲い掛かって来た魔犬2匹をロアが蹴り飛ばした。

 その場が、突然の乱入者とその結果に、静まり返った。

 ロアは、目線を巡らせて誰かを探した。そして、見つけるとニヤリと笑い、声を掛けた。


 「よう!さっき振りだな!」


 ロアの視線を受けて、その男の顔が一瞬恐怖に歪んだが、すぐにそれを消すと余裕のある顔つきに浮かべ直して、ロアに答えた。


 「小娘が!舐めた口利きやがって!」

 「はっ。さっきは無様に逃げたくせに、よく言うよ。玉無しが!!」


 可笑しく笑いながら、ロアが顔傷の隊長を挑発した。

 顔傷の隊長の顔が、怒りで赤く染まる。


 「また仲間の後ろに隠れるだけで何もしないのか」


 ロアが、目を細め顔傷の隊長をじっと睨みつける。

 顔傷の隊長の顔が一瞬で真っ青になり、一歩後ろに下がった。


 「くそが!調子に乗るなよ、小娘!」


 顔傷の隊長が、ロアを野次り気勢を取り戻そうとする。

 顔傷の隊長は、周りを見回して大声で叫びあげた。


 「お前ら、あの生意気な小娘に盗賊団としての恐ろしさを知らしめてやれ!」

 「おおおーーーーーー!!!!!」


 声を掛けられた盗賊団の男達が、ロアとスミレに向かって襲い掛かって来た。

 それを楽しそうにロアは見つめた。


 「いいね!クズのくせに!!精々、遊びぐらいにはなってくれよ。烏合の衆さん」

 「このクソ小娘が!」

 「ははは!!」


 盗賊団の男共の目が、全員バカをするロアに向いた。


 (フフ。これで敵の目が全員俺に向いたな。それじゃあ、ちょっと場所を移すか)


 ロアは、男達を煽るように背を向けて駆け出し、広場から離れた開けた場所に向かった。


 「何だよ!威勢だけかよ、お嬢ちゃん!ヒャヒャヒャ!やっぱり怖くなっちまったのか!」


 傷顔の隊長始め盗賊団の男全員が、ロアが遁走を始めたと思い、追っていった。

 ロアは移動の最中、顔を山の道からの入り口に向けた。声を出さず、口を動かした。


 「よろしく」


 男達に見えないように、身体の前で手を振って合図を送った。

 ロアは前を向いて、向かう場所を確認すると、後ろを向いて全員付いて来ているか確認した。ククク、口に小さく笑みを浮かべて走っていった。

 しばらく走り、村から少し離れた開けた場所に到着すると、スミレに声を掛けた。


 「スミレ、しっかり掴まってて」


 ロアの声を聴いたスミレは、ロアにぎゅっとしがみついた。

 ロアは、スミレがしがみついた事を感じると、一言謝罪した。


 「ごめん」


 え、何を謝ったのとスミレが訊こうとした瞬間、ロアが転けた。

 ドテっと良い音を立てていた。ロアは、スミレを庇う様に正面から倒れていた。

 先に逃げていたロアが転けたのを見て、盗賊団の男達は嘲るように笑った。


 「転けてやがるぜ!ヒャヒャヒャ!」


 男達が転けたロア達に追いつき、周りを囲んでいった。

 盗賊団の男達と魔犬全てが、ロア達を見下ろしていた。

 ロアは、そんな男達を滑稽思いに笑った。


 (本当に愚かだ)


 ロアは、ゆっくりと立ち上がると周りを見渡した。


 「どうした、お嬢ちゃん!やっぱり怖くなったから、許してくださいってか!!」


 顔傷の隊長が、無様に転けたと思いロアをバカにした。

 はぁ、と一つ息を吐いて、ロアが呆れたように男達を見渡した。


 「本当に愚かでよかったよ」


 ロアは、囲んだ男達を見据えて口を開いた。


 「ありがとう。そして、さようなら!!」


 可愛い少女らしい笑みを浮かべて、ロアが周りに非情の宣言を放った。






 森の入り口付近で隠れていた少女は、ロア達を信じて待っていた。必ず、どうにかしてくれると、信じてひたすら待った。じっとロアの動きを目で追いながら、息をひそめてその時を待っていた。

 ロア達が、盗賊団を2人斃して、盗賊団を煽り怒らせて逃げて行くのを見ていた時、ロアがこちらを見たのに気付いた。

 ロアの口が開き、よろしくと伝えてきた。更にその後、手を振り合図を送ったことにも、しっかりと気づけた。

 少女は、ロア達が盗賊団を引き連れて村から出ていくのをしっかりと見届けた後も、少しの間、警戒して森の木々の中で身を潜めた。その後、村中をじっと見つめて、盗賊団が誰もいないことを確認すると、ようやく村の入り口付近の森から出てきて広場に向かった。

 少女は村人を助けに行く前に、ロアとスミレが斃した盗賊団の男に向かった。そして、首筋に手を当て脈が無いことをしっかりと確認した。

 少女はもう一度、周りを見渡して安全を確かに確認した後、広場に向かった。

 背後に人の気配を感じた村人が、殺されると思い猿轡の間からうめき声を漏らした。


 「ううううう!」


 その気持ちとうめき声が、最初の1人からその場にいる捕らわれた者達全員に、伝搬していった。


 『う、ううううう、う、う!』


 必死に殺さないでくれと訴えているのが、少女には分かった。だから、少女は全員に聞こえる様に声を上げた。


 「落ち着いて!」


 捕らわれた者達の耳に、聞き覚えのある少女の声が聞こえた。


 『う、うう、うううう!』


 何となく助けに来てくれたのかと、言っている気がした少女は答えた。


 「助けに来たよ!」


 少女が安心させるように、声を高めて言葉を掛けた。だが、村の者達がまた何かを言いそうな気がした少女は、敵に声が聞こえるとロア達に迷惑が掛かると、急いで1人ずつ目隠しと猿轡を外していった。

 視界と口が自由になった村の男達が、顔を巡らせ周りの様子を窺った。その目に、変わり果てた村の様子が映った。

 少女はその間も、一人一人村人の目と口を自由にしていった。

 そして、とうとう少女が最後の1人の目隠しと猿轡を外すと、少女がいつも見ていた家族の顔が現れた。少女の目に涙が浮かび、その身体に抱き着いた。


 「お父さん!!」


 浮かんだ涙が頬を伝った。


 「よかった!無事でよかったよ!お父さん!」


 少女は、涙を流し震える身体で、父親の身体に抱き着いていた。


 「お父さん!お父さん!お父さん!」


 何度も何度も呼び掛け、自分の中で確かな父親の無事を感じていった。

 父親は、少女の顔を見ると目を見開き驚いたが、少女が自分に抱き着き泣き出すとその顔を柔らかな笑みが埋め尽くしていった。

 一頻り父親との再開を味わった後、今度は後ろ手で縛っている縄と足を縛っている縄を解こうとしたが、がっちりと絞められていて、少女の力では外せそうになかった。

 懸命に頑張って解こうとしたが、一向にほどける気配はなかった。少女は何かないかと周りに視線を巡らせたとき、地面に突き刺さった少女でも扱える短い刀を見つけた。先程、スミレが飛ばしてしまった小刀であった。

 少女は、一目散にそれを目指して突き立った地面から抜くと、父親に向かい縄を何度か刃を擦って切った。

 それと同じようにして、少女は捕らわれた村の男達の縄を切っていった。

 全員の手足が自由になると、村の男達が少女の周りに集まって、どうやって助かったのかを訪ねてきた。


 「えっとね。スミレっていう女性の冒険者の人と、ロアっていう女の子に助けられたの!」


 少女は、笑顔を湛えた表情で嬉しそうに語った。

 だが、少女の話を聞いた村の男達は、驚愕すると同時に、焦りも感じた。

 少女の父親が尋ねた。


 「その冒険者の女性と女の子はどこに行ったんだ?それと盗賊団もどこに行ったんだ?」


 村の中を見回したが、自分達以外誰もいなことを不審に思い、少女に尋ねていた。

 嬉しそうに弾んだ声で少女が答えた。


 「盗賊団の人達は、スミレとロアを追いかけて行ったよ!」


 それを聞いた村の男達の中に、戦慄が走った。村の男達は、すぐに助けに行かなくてはと考え、焦りで速まった口調で少女に訊ねた。


 「どこに行ったんだ?」


 少女は村の男達の焦りを感じたが、少女の中には絶対的なロア達に対する信頼があった。

 少女は、盗賊団がどうなるかを考えると少しだけ笑みが浮かんだ。そして、その気持ちのままに、楽しそうに少女は語った。


 「多分だけど、村はずれに広がった広場に向かったと思う」


 村の男達は、痛む体に鞭を打ち女性の冒険者と女の子を助けに行こうとした。

 男達が、武器になりそうなものを村の中から探していると、少女が先程まで隠れていた隣の街に繋がる山の中の道から騎士達が現れた。騎士達は、必死で山道を掛け少女の村を助けに現れたのだった。

 騎士達は、燃え上がる村を遠目で見た時から盗賊団と戦う覚悟が出来ており、いつでも剣が抜ける様に柄に手を掛けた状態で村に飛び込んできた。

 先頭の隊長の騎士が素早く村の様子を確認すると、広場に集まった村人達の姿を確認した。だが、確認できたのは傷ついた村人達だけであった。


 (盗賊団の姿が無い!!罠か!?)


 隊長の騎士は、一瞬で思考を纏めると裏に続く騎士達に声を掛けた。


 「総員、警戒態勢を維持しつつ、村人達の救援を行なえ!!但し、変装した盗賊団の可能性がある。注意しろ!!」

 「はっ!!」


 騎士達は、周りを見渡し警戒ながら隊列を維持しつつ、村人達に駆け寄った。


 「大丈夫ですか!」


 声を掛けながら村人達の様子を窺い、本物か変装した盗賊団かの確認を行った。


 (襲い掛かってくる気配は無しか)


 隊長の騎士は瞬時に、本物の怪我をした村人達と見分けると、隊員達に命を発した。


 「直ちに、村人達の怪我の治療を始めよ。また、治療に参加しない者は、付近の警戒に励め。盗賊団が襲ってきた時は、すぐに抜刀の後、切り伏せよ!!」

 「はっ!」


 隊員達に命令を下した後、比較的怪我が少ない唯一の女性である少女に話を聞いた。


 「お嬢ちゃん、ちょっと聞きたいんだけど、盗賊団はどこに行ったんだい?」

 「スミレという女性冒険者とロアという女の子を追いかけて、村はずれに行ったと思う」


 少女は2人を、特にロアの強さを実際に目にしたので一切の心配なく、隊長の騎士の顔を見つめて答えた。

 しかし、その話を聞いた隊長の騎士は、苦々しく顔を歪めた。


 (奴らがここにいないのは、女性と少女を追っていったからか。片方が冒険者らしいが、いつまでも、少女を庇いながらの戦いでは、そうは持たないだろう)


 顰めていた顔を戻すと、鋭い顔つきで隊長の騎士が隊員達に声を掛けた。


 「ここの治療と警備に必要な最少人数を残し、盗賊団に追われている女性の冒険者と少女を助けに行く」


 隊長の騎士は騎士達の顔を一人一人見回すと、救助隊の面々を決めた。

 治療魔法が使える騎士1人と隊長の騎士も認める実力がある者を数人選抜すると、声を高らかに発した。


 「行くぞ。我ら騎士の務め、しかと果たす時だ。敵は盗賊団!救助者は冒険者の女性とその冒険者が守っていると思しき少女!選抜隊は、俺に続け!」


 隊長の騎士は部下を背中で引き連れて、スミレとロアの救助に向かった。騎士達は、己の死の覚悟をすでに終えていた。

 騎士の誇りにかけて、逃げ出そうとする者は誰一人いなかった。勇ましい空気を纏い、厳かな顔つきで、助けを待つ者の為に盗賊団との戦いに臨むべく、駆けていった。



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