第10話 保険

 スミレを背負い少女の後を追っていったロアであったが、隣の街と少女の村を繋ぐ道に出た時、一つの懸念事項が頭に浮かんだ。


 「スミレは、字が書けるか?」

 「ええ、一応冒険者をやっているから、多少は書けるけど、それがどうかしたの?」


 ロアの質問の意図が分からずスミレは、首を傾げた。

 ロアはそれを聞くと、ニヤリと笑った。


 「一応の保険を掛けておこうと思って」


 そう語ると、ロアは少女に声を掛けた。


 「君の村の名前を教えてくれないか?」


 ロアに問われた少女は素直に答えた。


 「エクレア村という名前ですが、これで良いですか」


 少女も質問の意図が分からず、ロアに首を傾げた。


 「うん、ありがとう」


 ロアは少女に礼を述べると、背中のスミレに声を掛けた。


 「スミレ、さっき渡した奴らの剣を持ってるか?」

 「ええ、バッグに入ってるわ」


 スミレはマジックバックを探り、剣を一本取り出した。そして、ロアに見せた。


 「ロア、これでしょ」


 スミレが見せている剣を見ると、ロアは一つ頷いた。


 「うん。それだよ」


 ロアは、スミレに声を掛けた。


 「それに文字を書いてほしいんだ。書く文字は、少女の村の名前でお願いできるかな」


 ロアの頼みを聞くと、スミレは笑顔で答えた。


 「分かったわ、ロア!」


 背負われているだけのお荷物の自分にも出来ることがあり、スミレはそれが嬉しかった。

 スミレは、ロアに片腕だけで掴まると空いた方の手で、剣に村の名を刻んでいった。

 ロアは、スミレの様子を背中から感じると、少女に向かって口を開いた。


 「少し村に戻る前にやりたいことがある。この近くに騎士の詰め所みたいな、治安維持の組織はあるか」


 本音では、すぐにでも村に向かいたかったが、このロアという少女を信じて少女は、ロアを見つめてはっきりとした声で答えた。


 「騎士の詰め所なら、すぐそこの隣街にあります」


 少女の心配を感じ取ったロアであったが、今の魔力が無い自分では出来ないことを騎士にしてもらうために、どうしても騎士を呼びに行きたかった。


 「ごめん。本当は早く向かってあげたいんだけど、一応の保険にどうしても騎士の力が必要なんだ。多分、今のおれでは出来ないことが出てくる。だから、どうしても騎士を呼びたいんだ。君の心配も最もだけど、どうか隣街まで案内してくれないか」


 頼むと訴えると、ロアは少女に頭を下げた。

 自分が信じたロアにそこまでされたら、否とは言えなかった。


 「分かりました。ロアさん、付いて来てください」


 少女の後を追いロアは、隣街の入り口に向かった。

 そして、入り口に着くとロアがスミレに声を掛けた。

 「スミレ、剣に名前は書けた?」

 「もちろん!これで良い?」


 ロアはスミレの文字が刻まれた剣を受け取り、それを確かめた。


 「うん、ありがとう、スミレ」


 ロアに感謝され照れくさくなり、顔を背けたまま口を開いた。


 「これぐらい、お手の物よ!」


 朱色に染まった横顔にもう一度お礼をすると、ロアは街を眺めた。

 ロアの目にすぐ目当ての物が映った。


 「あそこか」


 そう呟くと、あ、あ、あと何度か声を出す練習をすると、大声で叫んだ。


 「きゃーーーーー!!盗賊団のカチコミよーーーーー!!」


 街の中に少女の切羽詰まった声が響いた。

 それと同時に、大きく振りかぶって剣を投げた。

 放たれた剣は、寸分の違いなく騎士の詰め所入り口を破り、建物内へと消えていった。


 「良し!さ、早く村に向かうぞ!」


 唖然としてそれを見つめる2人に、ロアが声を掛けた。

 スミレと少女は、同時に非難の声を上げた。


 「「何やってるの、ロアちゃん!!」」


 ロアは、愉快に笑い少女の村に向かって駆けていった。






 騎士詰め所内に、突然少女の声が響き渡った。


 「きゃーーーーー!!盗賊団のカチコミよーーーーー!!」


 それを聞いた瞬間に、騎士達に緊張が走った。


 (何!?)


 急いで外に出ようとした時、入り口のドアを破り剣が飛び込んできた。剣はそのまま壁に突き刺さった。


 「くそ!すぐに出るぞ!」


 隊長の騎士が叫んだ。


 「了解!」


 騎士達は、剣を鞘から抜き放ちいつでも戦える状態で表に飛び出した。そして、すぐに周囲を探った。


 「盗賊団はどこだ!!」


 しかし、いくら警戒して見回しても、盗賊団の姿はどこにもなかった。


 「悪戯か!!」


 質の悪い悪戯に憤りを覚えた騎士達は、犯人を捜すべく周囲を見渡した。しかし、これにも犯人らしき人物の姿はなかった。騎士達は、流石に何かおかしいと考え、隊長の騎士が部下に先程の剣を取ってくるように命じた。

 部下が詰め所内に消えたのと入れ替わるように、通りの向こうから1人の男性が血相を変えて駆けてきた。

 その男性は息を切らして騎士達の前に立つと、焦りを含んだ声を出した。


 「女性1人と少女2人が森に消えていったぞ!」


 それを聞いた瞬間、騎士達も顔色が変わった。

 隊長の騎士が、すぐにその男性に問いかけた。


 「その女性と少女達は森に消えたのか」

 「ああ、間違いない。エクレア村に通ずる道に消えていった」


 男性の答えが確かであることが、部下の持ってきた剣によって証明された。

 剣には、エクレア村とだけ刻まれていた。

 苦虫を嚙み潰したように、隊長の騎士の顔が歪んだ。


 (くそ!ふざけたマネしやがって!俺達が向かうか試しているのか!)


 顰めっ面で隊長の騎士が、すぐに部下に指示を飛ばす。


 「すぐに応援要請をかけろ。それと今から女性と少女達の救助に向かう。この場には連絡用に数人だけ残り、後は俺に続け!」

 「了解!!」


 森に向かって駆けだそうとした時、隊長の騎士の脳裏にあることが浮かんだ。

 隊長の騎士は、駆け出すのを止めると部下達に振り返った。口を開き部下達に語りかけた。


 「今から、エクレア村に向かう。だが、奴ら盗賊団は強い。生きて帰れる保証はどこにもない」


 一旦語るのを止めると、部下達の顔を1人1人見て、語りかけていった。


 「残りたい者は、手を上げよ。これは、逃げではない。立派な勇気だ。俺は一切非難せず、尊敬を持って受け入れる。だから、残りたい者は手を上げよ」


 しかし、手を上げる者はいなかった。隊長の騎士は、困ったような表情で部下を見回した。


 「俺に遠慮をして上げられんのか!構わん、ドンと俺に向かってこい!行きたくないと言え!貴様らの意見を受け入れられないほど、俺は狭量な男ではない!」


 それでも、誰一人とし、残ると口にしなかった。それどころか、嬉々とし隊長の騎士を見つめていた。共に向かうと目で訴えていた。

 隊長は、部下達を怒鳴った。


 「バカ者!!」


 だが、その顔には笑みが浮かんでいた。


 「そうです、隊長!!俺達はバカ者です!」


 部下達も笑顔で返した。

 隊長の騎士は少し天を仰ぐと、大昔に魔王から世界を救った3人の勇者達に祈った。


 (俺は、どうなってもいいが部下達をお守りください。女神さま)


 願い終えた隊長の騎士は、厳かな顔つきになり部下達に命令を下した。


 「エクレア村に、出撃だ。必ず女性と少女達を救出するぞ!俺の背に、付いてこい!!」

 「おーーーー!!!」


 雄叫びを上げて、騎士達は森の中に駆け込んでいった。

 誰一人として恐怖を浮かべる者はいなかった。勇敢な騎士達がエクレア村に向かっていった。

 騎士達は悲壮感の欠片もない、勇ましい顔つきであった。






 ロアを一目見た瞬間に、顔傷の隊長は感じた。


 (あれは、本物の化け物だ!)


 その時から、顔傷の隊長は戦意を消失した。頭の中ではどう逃げるかの方法を考え始めていた。

 しかし、部下達の声が隣から聞こえた瞬間、今まで狭まっていた視界が晴れた。顔傷の隊長は、傍に部下3人と魔犬達がいることを思い出した。

 向こうはたかが、女3人。しかも弱そうな冒険者と少女2人ではないか、顔傷の隊長は嘲笑を浮かべた。だから、その驕りによって足を掬われた。ロアの実力を過小評価しすぎた。

 部下達は、ロアによって呆気なく殺された。そして、魔犬達も全てロアによって、一匹残らず黒い煙となって消されてしまった。

 顔傷の隊長は部隊を壊滅させられて、元隊長になった。だから、元隊長は、ひたすらに森の中の道を走っていった。

 元隊長の頭には、早くこの方面の本隊に合流したい思いが浮かんでいた。

 安心感を得たかった。いや、万能感を得たかったのだ。


 (あの小娘!!今度は本隊全員で相手してやる!!部隊長はじめ、猛者ぞろいの本隊だ。負けるなんてあり得ない。お前を完膚なきまでに叩き潰してくれるだろう。あははははははははは!!!)


 何処までも、自分で戦うという選択肢が出てこない小さい男だった。


 (お前を俺の前に跪かせて嬲って嬲って、死ぬまで後悔させてやる!!)


 元隊長はそれを想像すると、口元を大きく歪めて笑った。

 そんなことを考えていると、本隊がいるエクレア村に到着した。

 元隊長はすぐに部隊長の姿を探した。

 そして、見つけるとすぐに寄って行った。


 「部隊長!只今戻りました」


 部隊長の前に出ると頭を下げた。


 「うむ、ご苦労。で、お前の獲物はどこにいる」


 部隊長が鋭い眼光で、元隊長を見据えた。

 元隊長はそれに威圧されて委縮し、もごもごと口ごもりながら答えた。


 「そそその、途中で小娘に邪魔されまして部下3人とお貸し頂いた魔犬十数匹全て失ってしまいました。ですが、俺は悪くありません。あれは、部下が勝手に自ら行動して魔犬と共に自滅したに過ぎません!!俺の命令を無視して、少女に突撃していったアイツらが悪いのです」


 元隊長は失敗の原因を全て部下のせいにしようとした。死人に口なしとは、元隊長のためにある言葉であった。

 元隊長の言葉を静かに聞いていた部隊長は、鷹揚に頷くと声を掛けた。


 「それは、気の毒であったな。それでお前は、獲物も捕らえられずのうのうと俺の前に返って来たということだな。しかも、少女に負けてでだ」


 冷酷な視線が、顔傷の隊長を捉えた。


 「え、そ、それは、その」


 部隊長は大きくため息を吐くと口を開いた。


 「お前は口だけが達者だったからな。その顔の傷と取り入りの上手さのみで、ここまで上がったからな」


 部隊長は、つまらなそうな口調で語った。


 「で、お前はどうする?ここに残って、必要ない男共を処刑するか。それとも、捕らえた女共とアジトに戻るか」

 「俺は、・・・」


 一瞬、安全なアジトに戻りたい誘惑に駆られた。だが、その誘惑をすぐに追い払った。


 「いえ、私はここに残り、あの小娘を打ち負かし屈服させてからアジトに戻ろうと考えています」

 「うむ、なるほど。分かった。で、どれくらい戦力が欲しい?」

 「魔犬は20匹ぐらい、部下は20人以上いれば倒せると考えています」


 元隊長の要望を聴き、少し思案すると部隊長が答えた。


 「そうだな、男共の処刑を行う連中もお前に貸してやろう。これで、魔犬が30匹に部下が40人になる」


 それを聞いた元隊長の顔が明るくなる。


 「本当にそれほどの戦力をお貸しくださるのですか?」


 部隊長が、優しく答える。


 「本当だとも。上手く使えよ」

 「ありがとうございます。これであの娘に勝てます。この礼に部隊長には、一番にあの娘を献上致します。その時は、どうぞ遠慮なく頂いてください」


 元隊長が深々と頭を下げて感謝を述べた。


 「ほう、良い心がけじゃないか。で、お前がそこまで拘る少女は美味そうなのか?」

 「身体の発育はまだまだですが、貴族の令嬢顔負けの美しさがあります!」

 「ふっ、なかなかだな。そんな上物、久しく喰ってないな」


 その姿を思い浮かべニヤリと薄暗い笑みを浮かべた。だが、その笑みを一瞬で消すと、冷たい視線で元隊長をじっと見つめ口を開いた。


 「俺が、ここまでしてやるんだ。失敗したら、お前もあそこの連中の様に、跪かせて首を刎ねるからな」


 その言葉を受け、ぞわっと全身で悪寒を感じた。そして、知らずに元隊長の視線が、処刑をするために跪かせている男達に向いた。男達の姿が自分に重なった。


 「は、はい!!必ず、少女を打ち負かして見せます。そして部隊長に、いの一番に献上して味わってもらいたいと思います」


 元隊長の言葉を受け、得心した部隊長が頷いた。


 「お前の言葉、確かに聴いたぞ」


 それから、元隊長を見つめて口を開いた。


 「後は、お前に任せる。俺は、捕らえた女共と先にアジトに戻ってるぞ。さっさと終わらせて、追いつけ!」

 「はい、部隊長。すぐに終わらせ、追いついてみせます!!」


 その答えに納得した部隊長は、一度頷くと捕らえた女性と少女達の護送列に加わった。

 そして、首輪と手枷を嵌めた女性と少女達を引き連れて、盗賊団のアジトに向かっていった。

 元隊長は、その列が見えなくなるまで頭を下げ続けていた。

 見送りが終わると、元隊長、いや隊長は村の入り口の山道に向かって呟いた。


 「お前はもう終わりだ。ひひひひひひひ・・・!」


 後がない焦燥感に襲われて、狂ったように笑いを上げていた。






 一仕事終えたロアは、スミレを背負い少女と共に村に向かって駆けていた。

 ロアは隣の少女に気遣い、声を掛けた。


 「大丈夫。きっとお父さん達はまだ無事だ」

 「本当ですか」


 少女が真剣な声音でロアに問いかけた。


 「ああ。奴らはどうせ、逆らった者達を処刑しようとする」

 「え!?それじゃ、お父さん達が殺されちゃう!!」


 ロアの語った事に少女の顔が真っ青に染まった。


 「ロア!」


 ロアの話を失言と受け取ったスミレが、ロアを呼び諫めようとする。しかし、その前にロアが続きを語り始めた。


 「ごめん、ちょっと配慮が足りなかった。でも、これは多分当たる。それで、奴らは普通には殺さない。どうせ、大々的に表立って処刑を行おうとする」


 ロアの話を不安そうに見つめて聞いている少女に、ロアが顔を向けた。


 「それには、それなりに時間が掛かる。だから、君が村から逃げ出して、盗賊団に捕まりそうになり、それを俺が倒して、騎士達を呼んだ時間を考慮してもまだ準備は終わってないはずだ」


 ロアを見る少女の視線が、何故そう考えるのかと尋ねていた。

 ロアは、皮肉を交えて答えた。


 「さっきの玉無しの話を聞いただろ。宴を開くとか言っていたな。派手な事が好きな奴らなんだろうさ。だから、今頃は派手に処刑をするために準備しているはずだ。このまま行けば、まだ間に合う公算がある」


 ロアは、村に続く道の先を鋭く見据えた。

 そして、少女に明るく語った。


 「安心してくれ。村を襲った盗賊団の連中は俺が全て、・・・。いや、俺とスミレが全員片付けてやる。それに、騎士も呼んだしな」


 ロアの話を聞いたスミレが不思議に思い、ロアに訊ねた。


 「ロア、そういえば、騎士を呼んだのには何か訳があるの。騎士達に盗賊団の討伐を手伝って貰うとか?」


 スミレの話を聞いたロアが、苦笑して答えた。


 「ごめん、その理由を話してなかった。騎士達には怪我人の治療を頼むことになる」


 そこで一旦話を止めたロアは、寂しげな顔をすると続きを語っていった。


 「俺には、魔力が無いから回復魔法が使えない。だから、騎士達に頼るんだ」


 その話からスミレは、さっき見たロアの焦燥した姿を思い出し強く抱しめた。


 「ありがとう、スミレ」


 ロアが小さくスミレに囁いた。

 スミレはもう一回抱きしめると、ロアに問いかけた。


 「私が回復ポーションと魔法を使えばいいんじゃないの?」


 ロアは、首を横に振りそれを否定した。


 「いや、スミレは魔力を温存しておいてくれ。盗賊団のアジトで掴まった女の人達の治療を頼みたい」

 「分かった」


 ロアはスミレを見た後に、前を見据えた。


 「さて、もうすぐ着くぞ」


 ロアは、低い声でそう呟いた。それから、スミレに声を掛けた。


 「スミレ!今度の戦いはスミレに任せる。俺は、動けないスミレの代わりの足になる。頼んだよ、スミレ!!」


 スミレは、ロアに頼られたことに嬉しくなり、大きくしっかりと頷いた。


 「任せて、ロア!!」


 スミレの答えを聞いた後、ロアは少女に顔を向けた。


 「俺達が先に奴らに特攻する。君は、奴らの目が完全に俺達に向いたのを確認したら、捕らえられている人達を助けてほしい。頼めるか?」

 「はい!」

 「よし!それと、俺達を信じてくれ!絶対に奴らの目が完全に俺達に向くまでは、森の入り口付近で隠れていてくれ。お願いだ!」


 ロアは真剣な表情で少女を見た。


 「分かりました。」


 少女もロアを見据えて、しっかりと答えを返した。

 その後すぐに、少女がロアに頭を下げて、心からのお願いを口にした。

 「私の村を、私の家族を助けてください!!」


 ロアとスミレは、少女に微笑みかけて、力強く答えを返した。


 「「任せて」」


 そう返して、ロアとスミレは森の道から村に飛び込んでいった。



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