第9話 狩る側と買われる側の逆転:後編
その少女の声を聴いた瞬間、得体の知れない恐怖が湧きあがった。
顔傷の隊長がすぐに懐から笛を取り出し、迷いなく拭いた。
何も音がしない笛であった。
「犬笛か」
新たに現れた少女は、不敵な笑みを浮かべて呟いた。
その音に呼び寄せられた魔犬が十数匹姿を現した。
その時、枝葉の隙間から月明かりが射した。それが、不敵な笑みを浮かべる少女を照らし出した。
月明かりに照らされた少女は、金色の髪をした緑と黄色の左右で異なる色の瞳をした少女であった。
顔傷の隊長は、オッドアイの少女を警戒心の露わな視線で見つめ続けた。
だが、それ以外の相手の力量を見抜けない部下の男3人は、オッドアイの少女のボロボロの外套から覗く白い肌を見ると、下品に笑い出した。
「飛んで火にいる夏の虫か、お嬢ちゃん。バカだな。アヒャヒャヒャ!!」
そんな男達の視線から庇う様に、背負われていた冒険者がオッドアイの少女の前に立ちふさがった。
「ロアをそんな卑しい目で見ないで!!」
女性の声にロアと呼ばれた少女が反応した。
「スミレ、別にいいよ」
スミレと呼ばれた女性の冒険者が声を上げた。
「ダメよ!これ以上は、見せないで!」
オッドアイの少女を女性の冒険者が窘めた。
だが、それに小さく笑い答えた。
「いいんだよ、スミレ。これが最期なんだから」
それを聞いた瞬間、部下の男3人を除いた全員の背筋に悪寒が走った。
顔傷の男は、震え声で問いかけた。
「お前は、何だ!」
オッドアイの少女がまた不敵な笑みを浮かべて答えた。
「俺は、ロア。それと俺のパートナーのスミレだ。冥土の土産に覚えておけ!後で役に立つぞ!」
ニヤリとロアは、顔傷の隊長に笑い掛けた。
その凄みを肌で感じて、顔傷の隊長の足が後ろに一歩下がった。
しかし、愚かな部下3人はロアを卑しく笑うと口を開いた。
「おうおう、勇ましいね、お嬢ちゃん。後で、その顔がどう歪むのかが、楽しみだな」
ロアは、それにただ微笑みを向けただけだった。
「・・・」
顔傷の隊長は、自分の部下を哀れな視線で見た。
「お嬢ちゃんが、どんなに頑張っても俺らには勝てないぜ。多勢に無勢ってやつだぜ。女3人で何ができる。ひゃひゃひゃ」
愚かな部下3人が嘲笑を零してロアを侮蔑した。
ロアは、出来の悪い男達に教え諭すように、笑顔でゆっくりと語り聞かせた。
「勘違いをしているな。お前らと戯れてやるのは、俺だけだぜ」
不遜な態度で接するロアに、部下3人は怒りを露わにした。
「てめぇふざけるなよ!たかが、女1人で何が出来る」
「何でも出来るが?」
馬鹿にして、男達を嘲笑した。
男達の怒りが頂点に達した。
薄汚れた剣を抜き、ロアに構えた。
ロアは、それを見て少し思案すると、スミレに振り返り声を掛けた。
「スミレは、その子の手当てをしてあげて」
「ロア1人で大丈夫?」
「問題ない」
「分かった。気を付けてね、ロア」
スミレに微笑みで答えると、男達に向き直った。
「随分余裕があるな!よそ見する暇もあんのかよ!!」
ロアは、小首を傾げて悲しそうに見つめた。
「~~~!!くそ!!その生意気な顔が、歪み切るまで苦痛を味わわせてやる!!」
そんな小物の小言を無視して、先程から一歩引いた地点に立ちつくしている顔傷の隊長に笑い掛けた。
「隊長さんはどうするんだ?俺を楽しませてくれるのか?」
顔傷の隊長はロアの威圧を受け、更に流れる冷汗を増やした。
「ふう、もう戦意を喪失しちまったのか。だらしねぇ男だな、お前は!」
逃げの算段のみを思い描いているつまらない男をロアが吐き捨てた。
「おい、ガキ!あんま調子乗ってんじゃねぇぞ」
ロアに怒声を浴びせた後、顔傷の隊長に振り返った。
「どうします、隊長?ヤっちまっていいですか!!」
部下の言葉を聞き、自分の今の戦力を思い出した顔傷の隊長が、周りを一度見回してやっと余裕を取り戻すと、悠然とした態度で頷いた。
「はっ、益々つまんねぇ男だな。虎の威を借る狐だな」
「何とでも言え、小娘。要は勝てば良いんだよ!いけ、お前ら!小娘に現実を教えてやれ!」
顔傷の隊長は、部下3人と魔犬を嗾けてきた。
魔犬がロアを食い殺そうと飛びかかって来た。
ロアは、それを横目に男達の動きを注視した。
(全員俺に向かって来たな。これでスミレたちに向かう奴はいないか。全く、頭に血が上った者ほど御しやすい者はいないな。ふふふ)
内心で、嘲笑を浮かべていた。
ロアは、最初に飛びかかって来た魔犬を身体を横に逸らして避け、空中でがら空きの魔犬の腹を蹴り、後ろから迫っていた禿頭の男にぶつけた。
キャン、グアと二つの声が聞こえた。
そして、左右から同時に迫っていた魔犬を身体を伏せて躱し、躱された魔犬は互いに頭をぶつけてぼとりと地面に落ちた。余程勢いがあったのか、互いに頭をぶつけた魔犬は、地面で伸びていた。
ロアは素早く立ち上がり、次に迫っていた男2人を見据えた。最初に迫って来た男の剣を紙一重で横に躱すと、その横っ腹を蹴っ飛ばした。男の身体が地面の上を転がっていった。
遅れてきた男の方は、刀を振り下ろしてきた手首を掴むとじっと剣を見た後に、転がっていった男の所に投げ飛ばした。
「うん、ウォーミングアップはもういいかな」
そう呟くとロアは離れた所で高みの見物をしている顔傷の隊長に問いかけた。
「お前に訊きたいことがある」
ロアは、目を細めて顔傷の隊長を見つめた。
蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった顔傷の隊長が答えた。
「何だ!!」
怯えを孕んだ声を聞き、ロアが少し噴き出した。
「くふっ。本当に情けないな。それでも玉ついてんのか!」
「うるさい!」
「全く、ちょっと形勢が傾いたぐらいで、もう怖気づいてるのか。お前らの使ってる剣の持ち主は、こんなことではきっと挫けなかったと思うぞ!」
ロアが静かに見つめた。
「お前ら、その剣どこで拾った?いや、奪った?」
心まで凍り付きそうな冷たい声でロアが訊いた。
「!?」
顔傷の隊長がまた後ろに下がった。
ロアは、つまらなそうに見た後、周りを見回した。
先程ウォーミングアップをした男達と魔犬が、起き出そうとしていた。
顔傷の隊長がそれを見ると、大声で叫びつけた。
「お前らいつまで寝てやがる?もう、俺が許す!!こんな小娘、今ここで嬲り殺しにしちまえ!!」
顔傷の隊長の言葉を聞いた部下3人が、ニヤニヤと歪に口元を歪めて起き上がった。
「隊長、ホントですか!!」
「ああ!俺が許す!それと、そこにいる女2人も同じようにしていいぞ!」
顔傷の隊長がスミレと手当てをしている少女を見る。
「「「やったー!」」」
「俺は、やっぱりさっきの少女がいい」
「俺は気が強そうな女冒険者がいい」
「ちぇ、俺は残り物かよ。お前ら俺の獲物をあんまり壊すなよ」
各々が自分の好みを言い合い、獲物を決めていった。
「・・・・・」
ロアは、外套からヒビキのナイフを取り出した。
そして、ナイフの切っ先を顔傷の隊長に向けて告げた。
「決めた。お前でいい」
ロアは冷たく笑い、獲物を見定めた。
ロアの視線で、恐怖を覚えた顔傷の隊長が、部下に苛立ったように声を上げた。
「さっさと済ませろ!!宴に遅れたら、団長にどやされるぞ!!」
そう言うと、スミレ達にさっきまで仲良く寝ていた魔犬2匹が向かっていった。
それを確認したロアが駆け出した。
そして、魔犬よりも先にスミレ達の前に到着すると、向かって来た魔犬をそれぞれ二枚に両断した。
顔傷の隊長が、更に魔犬をロア達に向かわせた。それに合わせてスミレ達を部下達に襲わせた。
今度は、一気に五体の魔犬が襲い掛かっていった。ロアは、それの動きを見て、動作予想を立てると、五体の魔犬に向かって走り出した。
五体の魔犬は、単独ではなく群れでロアにかかっていった。一斉にロアに襲い掛かるように飛びかかった。
ロアは、ナイフを逆手に持ち帰ると、身体を横に倒しながらナイフを振るい先頭の魔犬の首と胴体を切り離した。続けて、ナイフを目の前に迫っていた魔犬の腹に突き刺してそこから切り上げた。更に、ナイフを順手に持ち帰ると同時に襲って来た三匹の魔犬を一瞬で切り裂いた。そこから、最初に蹴り飛ばした魔犬が、三匹の魔犬の陰に隠れて襲い掛かって来たのを冷静に見定め、ナイフを逆手に返して避けると同時に、横一文字に切り裂いた。
魔犬を倒し終わると、スミレ達に襲い掛かろうとしている部下3人に向かって移動した。
男2人は、剣を振りかぶりスミレ達を切り裂こうとした。スミレは、それを迎え撃つように小刀を構えて受けようとした。
スミレが1人目の剣を上手く弾いた後、もう1人の男の剣も同じように弾こうとした時、剣を振り下ろす男の影から禿頭の男が現れ、スミレに殴りかかって来た。
剣を振り下ろす男は囮で、隠れて隙を窺っていった本命の男がスミレを殴り飛ばしたのだった。
スミレは、完全に予期せぬ攻撃に衝撃を逸らすことも出来ずに、腹部に拳がもろにめり込んだ。くの字に身体を曲げて地面に弾き飛ばされた。
「ぐは!」
スミレの口から血が零れる。
直ぐに起き上がろうとしたが、腹部を殴られた痛みで上手く身体に力が入らず、起き上がれなかった。
そうしている間に、スミレの下に男2人が、少女の下に禿頭の男が目の前に立った。
憎らしい程の下品な笑みを浮かべて、2人に見下ろされた。
「残念だったな。俺らの勝ちだ!」
2人組の内の1人が嘲笑を浮かべて、勝利を宣言した。
「くそ、まだ終わってない!」
スミレが威嚇のつもりで小刀を振ろうとした時、もう1人の男に両腕をガッチリと押さえつけられた。
下品な笑みで、スミレに向けて言葉を掛けた。
「ちょっと早いが、お楽しみといこうか」
ヒャヒャヒャと品の無い笑いを上げながらズボンに手を掛けた時、その男の頭が消えた。
そして、男の胴体がスミレに向かって傾き始めた時、それを蹴り飛ばしてロアが現れた。
突然の仲間の死に、スミレの手を押さえていた男が声を上げた。
「お前、いつの間にそk」
それに被さるようにロアが叫んだ。
「スミレ、動かないで!!」
ロアの回し蹴りが男の顔を消し飛ばした。その衝撃で、男の身体がスミレの手を放して後方に飛んでいった。
スミレが慌ててロアに言葉を掛けた。
「ロア、まだ禿頭の男が残っているわ。あの娘が、危ない」
スミレは、自由になった身体の向きを変えて少女に顔を向けた。
そこには、呆然とした様子の少女のみが残っていた。
「ああ、そっちはもう終わってるよ」
ロアは、首をへし折った禿頭の男をスミレに見える様に掲げた。
「ね。もう終わってるでしょ、スミレ」
笑顔で、スミレに語り掛けた。
「ええ、・・・そうね」
呆気にとられたスミレが、ぼんやりと答えを返した。
スミレに見せ終わるとロアは、必要が無くなった禿頭の男を放り捨てると、唖然として目を見開きロアを見つめる男に向き直った。
「後は、お前だけだな」
猛禽類のような鋭い眼光で見据えた。
顔傷の隊長が、震える声で逃げるために残しておいた全魔犬に命じた。
「アイツ、を食い、殺せ!!」
残りの10匹の魔犬が一斉にロアではなく、少女の方に襲い掛かっていった。
「本当にクズだな。お前は」
ロアは、逃げ去る顔傷の隊長の背に、冷たく言い放った。
それから、すぐに少女の方に向かい魔犬達と戦い始めた。
顔傷の隊長は、命じると同時に所属している大部隊がいる少女の村に向かって、走り去っていたのだった。
ロアは、その背中を見据えながら、魔犬達と戦っていった。
魔犬10匹がロアと少女を全方位から囲い込んだ。そして、一斉に襲い掛かった。先程、仲間の5匹がやれたのは、数が足りなかったからだと考えての行動であった。
少女は、全方位から牙を剥き出して、襲い掛かってくる魔犬に悲鳴を上げた。
「きゃーーーーー!!」
ロアは、そんな少女に覆いかぶさった。そんなロアに、魔犬達が躍りかかっていった。
魔犬はロアの全身に食らいついた。そして、食い千切ろうと首を捻ろうとした時、ロアが少女から離れて身体を振るった。まるで身体に着いた虫を振り払うようであった。
振り払われた魔犬達は、空中に飛ばされた。魔犬達は、空中で身動きをうまく取れなかった。
ロアは、顔を綻ばせると魔犬に向かっていった。魔犬達は、地面に落ちる前に黒い煙となって消えていった。ロアが、飛んでいった魔犬を全て空中で切り裂いたのであった。
あまりの速さに、スミレと少女の目には、魔犬がロアから振り払われた瞬間に黒い煙になったように見えていた。
「ふう、終わった」
楽しそうに、そう言葉を零すと少女を抱えて、スミレの下に向かった。
「ロアちゃん、どうやったの?」
魔犬の瞬間消滅に驚いているスミレが、ロアに問いかけた。
「ああ、簡単な事だよ、スミレ。一体一体相手にするのが面倒だったから、一回身体に食らい付かせてから、振り払っただけだよ。そして、飛んでいった魔犬が空中で身動きが取れないうちに、切り裂いたんだ」
ロアは、事も無げに簡単に語った。しかし、それを聞いたスミレは愕然とした。そんなことが人間に可能なのかと、驚きを隠せないままロアを見上げた。
そんなスミレに、軽く笑い掛けた。
それから、真剣な表情を浮かべると口を開いた。
「スミレ、さっきの奴を追うよ。あの男は、確実に盗賊団の一員だ。さっきの話と奴らが使っていた剣に、亡くなった騎士達の鎧にあった文様と同じものが彫られていた」
「え、本当!」
「間違いないよ。これを見て」
ロアはいつの間にか拾っていた剣をスミレに掲げた。
「ね、この刻まれた文様が騎士達の鎧にあったものと一緒なんだよ」
スミレは、先程のアジトでの光景を思い出して、苦しそうに表情を歪めた。
ロアは、それを察すると話を変えた。
「スミレ、歩けそう?」
スミレの殴られた箇所を心配して、ロアが不安そうに問いかけた。
「多分、大丈夫かな」
自信なく、スミレが返した。
「分かった、スミレ。今は無理をしないで、少しだけ休もう」
「え!?でもそんな時間がないよ、ロア!」
「うん、だから“俺の背中で”休んでて。後は、さっきの男を捕まえるだけだから簡単だよ」
そして、ロアが傍にいる少女に謝罪した。
「ごめん、もっと早くつければこんな怖い目に合わないで済めたのに」
ロアが頭を下げた。
「いえいえ、そんな謝らないでください。私は、貴女に感謝しかありません」
少女が自分よりも小さいロアの肩を掴んで、身体を上げさせた。
「分かった」
ロアは、少女に微笑みを向けた。
しかし、すぐに顔を真剣なモノにすると、少女に訊いた。
「で、どうしてこんなところにいたんだ?君みたいな女の子が1人で夜に山に入っちゃ危ないだろ」
ロアの言葉に少女が心で思った。
(あの、私よりも貴女の方が危ないのでは)
心の中で、ロアに反論していた。だが、先程の戦いを見てすぐにその考えを消した。そして、ロアに向かって真剣に口を開いた。
「私の村が、夜盗に襲われているの。それで、隣街の騎士詰め所に助けを呼びに行こうとして、それで掴まって、それで」
思い出して身体を震わす少女をロアが抱きしめた。
「ごめんね。辛いことを思い出させてしまった」
「いいんです。私は助かりましたから。でも、まだ村がお父さんとお母さん、お姉ちゃんが!!お願いします。私の村を助けてください」
頭を下げようとした少女を手で制して、ロアが安心させるように力いっぱい答えた。
「分かった。案内してくれ」
「はい、お願いします!」
少女が村に向かって走り出した。
ロアは、スミレに声を掛けて背負うと少女の後を追って村に向かって走り出した。
村を襲っている盗賊団の大部隊は知らない。間もなく、その命の灯を消すことになることを。
そして、逃げていった腑抜けの男は、ロアに地獄を見せられることを知らなかった。
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