第8話 狩る側と狩られる側の逆転:前編
少女は、今日も平穏に1日が終わると信じていた。
朝、いつものように隣の街の料理屋に働きに出かけた。
山の中の道を通り、いつも通りに隣の街のお店に到着した。
少女はそこで給仕の仕事をしていた。
その日も、普段通りに少女が働いていると、途中気になる客がやって来た。
少女は、人懐っこい笑みを浮かべると、来店した男達に挨拶をした。
「いらっしゃいませ!」
その客を席まで案内すると、少女は一度離れてカウンター前で控えた。
お客が入って来た時の案内や注文を取るために戻ったのであった。
少女が戻ると、他の席から注文を頼む声が掛かり向かった。
その後も、注文を取る為に席に向かったり、新しいお客を席に案内するなど忙しなくお店の中を走り回った。
しかし、その中でも少し前に案内した男達は注文を頼まず、じっと少女を見つめていた。
お昼を過ぎて、お店が空いてくると少女にも周りを見る余裕が出来てきた。
少女の視線に、先程案内した男達の姿が入った。男達は自分をじっと見つめ続けていた。
少女は、その視線に訝しんだ。だが、もしかして文字が読めなくて注文が出来ないから、自分に助けを求めているのかと、無垢な少女は考えた。
少女は、営業スマイルを浮かべると男達の席に向かった。
「お客様、何かご注文はありますか?もし、メニューがお分かりにならないのでしたら、私の方から説明を申し上げることも出来ますが、いかが致しますか?」
男達は、ニタニタと怪しい笑みを浮かべると、少女の全身を舐め回す様に見つめてから、口を開いた。
「お嬢ちゃんは、今年でいくつになるんだい?」
一番少女を卑しく見つめる男が、問いかけてきた。
少女は予想と違う答えに、一瞬戸惑いを浮かべたが、すぐに営業スマイルを浮かべると素直に答えた。
「今年で、18になります」
それに、先程から見つめている禿頭の男が、目を細め口を歪に歪めて嬉しそうに答えた。
「そうかい、今年で18になったんだね」
禿頭の男は唇を舌で舐めると、また黙って少女を見つめ始めた。
少女の背中に言い知れぬ悪寒が走った。
何かがおかしい、早くここから離れろと少女の本能が訴えかけてきた。
少女が離れようとした時、額から口元に切り傷がある男が、禿頭の男を叩いた。
「バカ!!女の子が怯えているじゃないか!」
注意をすると少女に顔を向けて、頭を下げた。
「申し訳ない。俺の部下が大変失礼なことをした。許してくれ」
謝罪を言い終わると、今度は禿頭の男の頭を手で押して強引に頭を下げさせた。
「ほらお前も、頭を下げろ!」
顔に傷のある男が、禿頭の男を大きく叱った。
禿頭の男は渋々と言った様子で、頭を下げ続けた。
それから、顔に傷のある男は、他の2人にも頭を下げるように命じた。
部下が全員頭を下げたのを確認すると、顔に傷のある男も再び少女に頭を下げた。
「申し訳ない。この通りだ。許してくれないか」
突然の謝罪に、少女はまた戸惑ってしまった。
少女が戸惑い、おどおどしている間も男達は頭を下げ続けていた。
少女の中から、先ほど感じていた危機感が薄まり、代りに申し訳なさが込み上げてきた。
少女は、少し躊躇ってから口を開いた。
「頭を上げてください。そちらの謝意はしっかりと私に伝わりましたから、もう頭を上げて貰っても構いません」
「そうかい。ありがとう、お嬢ちゃん」
顔に傷のある男が、爽やかな笑みを浮かべた。
男達が全員頭を上げると、代表して顔に傷のある男が料理の注文をしていった。
そして、注文を取り終えた少女が席を離れていくと、傷のある男が笑みを消して、静かに囁いた。
「お楽しみは、まだだ。宴は、今夜全員そろってからだ。団長の指示は、今夜の為に女達をアジトに連れ帰ることだ」
「ちぇ、隊長分かったよ」
「分かってくれればいいさ」
顔に傷のある男もとい盗賊団の一部隊の隊長が、ニヒルな笑みを浮かべた。
しかし、少女を諦めきれない禿頭の男が、不満そうに隊長に口を開いた。
「でも、隊長!俺、あの子の事をどうしても諦めきれない」
隊長は、少し思案をすると口を開いた。
「可愛い部下の頼みでも“今は”無理だ。この街には、騎士の詰め所がある。問題を起すとまた討伐隊が来ることになるぞ。だから、“この街に”あの子がいる間は諦めろ」
意味深な答えに、部下の禿頭はニヤリと笑った。
その後、男達は昼食を済ませると、お店を出て山の中に消えていった。
少女は、男達を見送った後も夕方まで、お店で働き続けた。
お店からの帰り道、薄暗い山の道を歩いていると、少女の村の方角が赤く染まっていることに気が付いた。
少女は、胸騒ぎがした。
村祭りでも無いのに赤く染まった村の方角を、少女は立ち止まって眺めた。
そのおかげで、村から響く悲鳴や叫びに気付くことが出来た。
少女は村に向かって駆け出した。少女の中に家族の顔が浮かび上がり、ますます焦りを感じて、駆ける速さを上げていった。
そして、村に着いて目にしたのは、盗賊団によって襲われている少女の村であった。
少女の目に、家族の前に立ちふさがり、盗賊団から守ろうとしている男性が目に入った。
少女はそれが誰であるかがすぐに分かった。いつの間にか少女の口から叫び声が放たれていた。
「お父さん!お母さん!お姉ちゃん!」
少女は家族の下に駆け出そうとした。だが、それに気づいた少女の母親が少女に声を上げた。
「来ちゃダメ!逃げて!!」
少女は、目に涙を浮かべて隣の街までの道を掛けていった。
(お父さん、お母さん、お姉ちゃん)
少女は心の中で、家族を叫び続けた。
山の中の道を全力で走り抜けていった。
少女の視線の先に山の出口が現れ、街が見えた。
「早く、騎士様に知らせて村を助けてもらわなくちゃ!!」
その街の入り口を目指して掛けていった。
「後少しで!?」
突然、少女の前に4人組の男達が現れた。
少女はその顔を見た瞬間、驚愕した。
禿頭の男が下品な笑みを浮かべて、少女を見つめていった。
そして、顔に傷のある男は、苦笑いを浮かべて立っていた。
「ここから先には行かせられないな」
顔に傷のある男が、隣の街までの道に立ち塞がった。
その横で、禿頭の男が少女を血走った目で見て、激しく訴えかけていた。
「隊長、俺もう我慢が出来ません!」
「待て!!さっきも言っただろ。楽しみは宴が始まってからだ!」
禿頭の男が顔傷の隊長に窘められて、しょぼんと気落ちした。
顔傷の隊長は、そんな部下を可哀想に思い、独り言を語り始めた。
「まぁ、ここには俺達しかいないしな。俺は部下が何をやっても見てないし、聞いてもいない」
顔傷の隊長がニヤリと笑った。
そして、顔傷の隊長の話を聞いた禿頭の男は、喜色満面となった。
唇を舌で舐めて、少女に向かって走り出した。
少女は顔傷の隊長の独り言を聞いた瞬間に、ぞっとした。そして、禿頭の男が笑いながら自分に向かって来たのを確認すると、一目散に山の中に逃げ出した。
少女は逃げながら叫び声を上げた。
「誰か!誰か助けて!」
必死に上げる声だが、山の静寂がその声を無慈悲に消し去っていく。
少女は、諦めずに助けを叫びながら走り続けた。
その少女の諦めない気持ちが、魔王いや最凶の魔王を呼び寄せた。
少女は、とうとう禿頭の男に捕まり、地面に組み敷かれそうになった。
目の前には、血走った眼とだらしなく開いた口から涎を垂らす禿頭の男がいた。
「うけけけ、やっと捕まえた」
興奮して荒くなった息を吐きながら声を発した。
禿頭の男が少女に向かおうとした時、すぐ近くから凛とした声が響いた。
「俺も、やっと捕まえたぜ」
禿頭の男の後ろに、人を背負った少女が立っていった。
「誰だ!!」
折角のお楽しみを邪魔された男が、怒りの籠った声で叫んだ
そして、振り返った男の目に、人を背負った少女が映った。
男の顔が歓喜に染まった。
「今日はついてるぞ!!」
男の意識が自分からそれたことを好機と考え、少女は思いっきり禿頭の男の股間を蹴り上げた。
「ううう」
うめき声を上げ、禿頭の男が股間を押さえて地面を転がった。
少女はその隙に、目の前に現れた少女の傍に駆け寄った。
人を背負った少女が、自分を優しい笑みで迎えてくれた。
「よく頑張った」
現れた少女は、背負っていた女性を降ろすと、転がり回っている男を無表情で見下ろした。
転がり回っていた男は、痛みが治まって来たのか起き上がると、こちらを気色ばんだ顔で睨みつけてきた。
「よくもやってくれたな。小娘が!!」
怒鳴りつけると、禿頭の男は、大声で叫んだ。
「隊長!!」
それを聞きつけて、すぐに顔傷の隊長とその部下2人が現れた。
「隊長、聞いてくださいよ・・・」
顔傷の隊長には、目の前で騒ぐ禿頭の男の声が聞こえていなかった。目の前の新たに現れた少女に、目が釘付けとなっていた。
新たに現れた少女が面白そうに笑った。
「お前、分かるのか!俺との距離が!」
この時から男達は狩る側から狩られる側に変わったのであった。
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