第7話 掛け替えのないスミレ

 ロア達は、死体のほかに何か行き先の手がかりが残されていないか、散々探したが見つからなかった。

 ロアは、もう一ヶ所の捜索場所の森と開けたこちらの入り口から離れた左奥の場所を怒りの籠った目で見つめた。

 ロアは、スミレを見つめて話すかどうか悩んだ。女性のスミレにもっと悲惨、いや凄惨な現場を見せることに躊躇した。

 スミレは、ロアの雰囲気に気が付いた。自分はもう覚悟を決めたから大丈夫とロアに顔を向けて、ゆっくりと首を縦に振った。


 「わかった。それじゃあ行こうか、スミレ」


 ロアは、そこに向かって歩き出そうとした時、まだ済ませていないことを思い出した。


 「スミレ、ちょっと待っててくれないか」


 そう言うと、ロアは勇敢に戦った戦士達の下に戻った。

 スミレはロアが何をするのか、疑問に思い首を傾げて見ていた。

 ロアは、戦士達の前に座った。

 威儀を正すと、勇敢な戦士達に敬意をもって深々とお辞儀をした。


 (お疲れ様でした。貴方達の意思は俺が継ぎます。どうか、安らかにお休みください)


 暫し、目の前の戦士達に頭を深く下げて祈りを捧げた。

 ロアは頭を上げると、戦士達に語り掛けた。


 「貴方達の仇は俺が必ず取ります。どうか、御ゆるりと道に迷うことなく冥府神の下に御旅立ち下さい」


 最後に、もう一度頭を深く下げると立ち上がった。ロアの目は、次の場所に向けられていた。

 ロアは、スミレの傍に戻ると静かに告げた。


 「さっきは、強がりを言ったけどやっぱり慣れないな。スミレ少しだけ、抱きしめてもいいかな?」


 スミレは何も言わずに、ロアを抱きしめた。

 ロアは、スミレの胸で涙を少しだけ流した。救えなかった自分の無力さと戦士達の為の涙であった。

 スミレは、年相応の少女の背を柔らかに包み込んだ。






 少し目が赤いロアは、スミレの手を握りしめてもう一ヶ所の捜索場所に向かった。

 その最中、ロアがスミレに口を開いた。


 「これから向かう先は、本当に酷い状態になっているから、気をしっかりと持ってくれ。もし少しでも耐えられそうになかったら、すぐ離れてくれ。絶対に我慢しないでくれよ。お願いだ、約束してくれるか、スミレ」


 スミレの目をまっすぐ真剣に見つめながらロアが訊いた。

 スミレはそれに、緊張を持って重々しく頷いた。


 「了解した」


 スミレの返事を確認するとロアは、視線を先に向けた。そして、その場所の説明をスミレに語っていった。


 「これから向かうアジトの最深部は、奴らの寝床だ。奴らが向かった先の手がかりがある可能性が高い。だか、寝床ということは、奴らが過ごしていた場所だ。寝食をしていた場所でもある。それに、一番奥の隠れた場所でもある。奴らがそこで何をしていたかが問題だ」


 ロアは、スミレを本気の目で見つめた。


 「スミレ、気を引き締めてね。絶対に自分を見失わないでね。俺の手を離さないでね。スミレが少しでも変になったら、すぐに引っ張り戻すからね」


 スミレは静かに頷いた。いや、それしか出来なかった。

 ロアの異常な心配と話から、この先に何があるかの予想がたった。

 知らず、ロアの手を強く握りしめていた。


 「大丈夫、俺も一緒にいるからな」


 ロアがスミレの手を握り返した。

 小さな手であるはずが、スミレには大きく感じられた。それで、スミレの中の恐怖と不安が薄まった。

 スミレは、自分の手と繋がったロアの手を見て心で呟いた。


 (大丈夫!私は大丈夫!もう、ロアにだけ嫌な思いはさせない!!)


 いつの間にか止まっていた足に気付いた。スミレの足が、恐怖によって止まっていたのであった。

 ロアは、それでもスミレの手を引いて無理に前に進もうとはせずに、スミレが乗り越えるべき恐怖の壁を超えるのを待っていた。

 スミレなら超えられると信頼してくれているロアに、スミレは嬉しくなった。

 スミレはロアを見ると、足を一歩前に進めた。壁を越えた。

 ロアは、少しだけ笑みを見せると再びスミレの手を引いて前に進んでいった。

 そして、2人はそのまま手を繋いで、アジト最深部に到着した。

 そこは、すでに盗賊団が撤収済みの事もあって、テントなどの生活必需品は無かった。

 だが、代りに残されていたものがあった。

 スミレは、それを遠目で見ただけで、慄然とした。

 いつの間にか、ロアの手を爪が食い込むほど握りしめていた。

 ロアの手は、スミレの食い込んだ爪によってうっすらと血を滲ませていた。

 ロアは良くここまで耐えたと、スミレを讃えるように背中を叩いた。そして、これ以上はスミレが壊れてしまうと考え、スミレの手を引いて一旦離れようとした。


 「一旦、離れようか。スミレは、少し離れた所で待っててくれ。後は、俺が調査をするから」


 ロアはスミレの手を引いて下がろうとした。だが、スミレはそれに抗い、足を踏みしめて動かないようにした。


 「ロア、信じて!」


 ロアを強く見つめた。視線で私も行くと訴えた。

 覚悟の決まったスミレを見て頷いてから、それが集められた場所に近づいた。

 ロアは、向かう最中に周りを警戒していた。罠があるとすれば、ここであろうとの考えからであった。それは当たり、ロアの足が何かを引き千切った。

 ヒュッと風切り音を鳴らし、何かが飛んできた。

 ロアはスミレに気付かれないように、飛んできた何かを空いている手の人差し指と中指で挟んで止めた。


 (ナイフか。何かに使えるかもな)


 ロアは、拾ったナイフをヒビキから貰った気でいるナイフとは違うポケットにしまった。

 その後も、ロアは風切り音を鳴らすナイフや針などを拾っていった。ロアの外套の破れずに残ったポケットが膨らんでいった。

 その後もロアが罠を壊していく内に、とうとう2人はそれの置かれている場所に到着した。

 それは投げ捨てられたように一ヶ所に集められていた。普段であれば、笑顔を湛えていたであろう。だが、恐怖、絶望、怨み、怒り、苦痛、それらの表情を浮かべていた。

 ロアの胸に抑えきれない怒りが湧き出した。

 スミレは、口を押えて胃液が逆流するのを耐えていた。しかし、瞳からは止めどなく涙が溢れ出した。

 それは、無残に打ち捨てられた女性達の遺体であった。村から攫われた女性やもしかしたら討伐軍の女性達であろう遺体があった。

 穏やかな死とは程遠い惨い最期であったことが、遺体の表情から分かった。

 ロアは、先程からの怒りを唇を強く噛みしめることで抑えていた。噛みしめられた唇からは血が流れていた。


 (こんなクソみたいなことをしやがって)


 心の中で吐き捨てた。

 ロアは、怒りを痛みで誤魔化すとスミレに向き直った。


 「スミレ、気分は平気か?」


 また黙ってしまったスミレを心配し、声を掛けた。


 「大丈夫」


 耐えきったスミレが答えた。

 スミレの様子の確認を終えると、再び彼女達に目を向けた。

 ロアは、彼女達の前まで進むと座り、目を閉じて両手を合わせて祈りを捧げた。今度はスミレもロアの隣に座り、手を合わせて祈りを捧げた。先程のロアの姿から、それが何を意味するのかを、スミレが学んだのであった。

 祈りを終え、目を開けるとロアは目の前に視線を向けた。そこで、ロアの怒りを更に煽るモノを見てしまった。その遺体に少女達も混ざっていた。

 ロアの怒りが心頭に発した。

 ロアは、何処かにいる盗賊団を怒りの籠った眼で睨みつけた。

 その時、不意にロアの中にヒビキを危惧する思いが芽生えた。

 焦燥感から、感知魔法でヒビキの行方を探そうとした。封印される前のロアであったならば、国1つの範囲なら簡単にヒビキを感知できたであろう。だが、今のロアには魔力が無かった。

 ロアは、感知魔法を発動したつもりであった。呪文を唱えて。けれど発動しなかった。

 今度は、地面に魔法陣を描き感知魔法を発動しようとした。一向に魔法陣が発光せずに、沈黙したままであった。

 ロアは思い出した、もう自分に魔力が無いことを。

 ロアの怒りが無能者の自分に向いた。

 悔しさでたまらずに、地面を殴りつけていた。何度も何度も。拳の皮膚が破れて血が滴り落ちていった。

 もう一度、殴ろうとした時、ロアの背中側から抱しめられた。


 「ロアちゃん、落ち着いて」


 ロアは、振り上げていた拳をゆっくりと力なく降ろした。


 「ヒビキ」


 ポツリとロアが呟いた。

 ロアの痛々しい姿に、スミレは心が痛む思いであった。

 ロアを包み込んでいる腕に力を入れた。


 「大丈夫、落ち着いて」


 優しく語りかけた。

 ロアが泣き出しそうな顔で、スミレに振り返った。


 「どうすればいい、スミレ」


 先程までの、覇気は一切感じられず、弱弱しくなってしまった少女が目の前で悲しんでいた。


 「もう、手がかりもなく、行き先も分からない。早くしないとと思っても、全然前に進めない。こうしてる内にヒビキが」


 ロアはその先を述べるのを拒絶した。言ってしまったら、本当にそうなってしまかもしれないとの思いからであった。

 スミレは、頭を撫でて優しく宥めていった。


 「落ち着いて、ロアちゃん」


 そして、優しく語りかけていった。


 「まだ、ヒビキちゃんは無事かもしれないよ。自分の目でヒビキちゃんの安全を確認するまで諦めないで」


 ロアは、スミレの顔を見た。

 スミレは、柔和な笑みを見せるとロアに声を掛けた。


 「ロアちゃんは、1人じゃないんだよ。私がいるよ。だから、頼って!!」


 ロアは、スミレに強調された言葉を頭の中で反芻し、スミレの顔を見上げると嬉しそうに頷いた。


 「ありがとう、スミレ」


 ロアは、自分からスミレに抱き着いた。安心できる温かさがそこにあった。

 ロアが離れた後、スミレはロアの手を見て言葉を掛けた。


 「ロアちゃん、手を見せて」


 ロアは小首を傾げてスミレを見た。


 「どうして」


 スミレはロアを心配して、叱るように口を開いた。


 「さっき地面を殴っていたでしょ。そのままだとバイ菌が入っちゃう。ちゃんと、手当をしなくちゃ。それと、さっき戦った時にも怪我をしてたよね。あの時は、呆気に取られたのとロアちゃんの作戦で手当てが出来なかったけど、今なら出来るでしょ。さぁ、服を脱いで」

 「いや、別にだいじょb」


 ロアの言葉を遮り、スミレがロアの外套を切れないように脱がしていった。

 ロアの裸体が露わになった。

 それを見たスミレは、驚愕して黙り込んでしまった。


 「どうだった、スミレ。傷はあったか?」


 目の前で、ロアの身体を見て沈黙しているスミレに声を掛けた。

 スミレは、驚きすぎて声が出せず、ただ首を横に振るのみであった。

 ロアはスミレに諭すように口を開いた。


 「傷なんて放っておけば治る。文字通りにな!」


 ロアの言う通り、先程の戦闘で受けはずの傷が痕すらなく、綺麗に消え去っていた。

 スミレの前には、白く美しい澄んだロアの身体があった。


 「どうなってるの、ロアちゃん?」


 半ば呆然となったスミレが、何とか言葉を紡いで問いかけた。


 「まぁ、そうした体質なんだ。他の人よりも傷の治りが早いだけだよ」


 そう答えてスミレを見た。


 「不死身ってわけ?」


 そんなファンタジーみたいな話があるのかと、ロアを見つめた。

 だが、そんなスミレの答えに首を横に振って答えた。


 「いいや、不死身ではないよ。急所を突かれたら多分死ぬと思う」


 そう答えたロアは、外套のボタンを留めていった。

 まだ何か聞きたそうなスミレを見て、言葉を掛けた。


 「もう、いいだろう。それより、スミレは服を持っているか?」


 話が全く違うものに変わり少し困惑したが、ロアが見ている先を見て納得した。

 スミレは、悲しみの籠った声で答えた。


 「着替えがあるわ。ちょっと待ってて」


 腰に掛けたマジックバッグから、着替えを何着か取り出した。


 「着させてあげてくれないか。このままじゃ、寒いだろうからな」


 ロアの言葉にスミレが静かに頷いた。


 「ロア・・・。分かったわ」


 スミレは、1人1人丁寧に、そして綺麗に着せていった。

 スミレが持っていた服を全て着せ終わると、ロアはスミレと一緒にもう一度祈りを捧げた。


 (どうか、貴女達の御霊が迷わずに冥府神の下に迎えますように。そして、次の世では、幸せに歩むことが出来ますように)


 2人は深く祈りを捧げたのであった。

 祈りを捧げ終え、盗賊団の行方を追うための手がかりを再び探し始めようとした。


 「ロア、もう一度探しましょう」

 「うん、スミレ」


 スミレに答えを返し終えた時、ロアの耳に微かな人の叫び声が届いた。

 ロアは、すぐに耳に意識を集中して叫び声の方向を探った。

 じっと集中して耳を傾けていると、そう遠くない場所から響いてくることが分かった。

 ロアは、急いでスミレに声を掛けた。


 「スミレ、手がかりが掴めるかもしれない」

 「え、本当!!」

 「ああ!!」


 頷くと、腰を落としスミレに乗るように促した。

 スミレが乗った事を確認したロアは、声の聞こえた方向に向かって走り出した。

 細く薄い蜘蛛の糸のような手がかりをロアは、逃さないとしっかりと握りしめた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る