第6話 空

 ロアとスミレが到着した時には、そこに盗賊団の姿はなかった。

 すでに、盗賊団は別の場所に移った後であり、何もないように思われる薄暗い広場が、ただ広がっているだけであった。

 ロアは、スミレを背負ったまま慎重に広場の中を進んでいった。

 感覚を研ぎ澄ませて周囲の様子を探り、人の気配、音などを逃さぬようにしていた。

 これが盗賊団の油断を誘う罠であった場合、すぐにスミレを連れて逃げるために、ロアはスミレを背負い続けていた。

 ロア一人であったならば、些末な問題であった。だが、今はスミレがいた。もしもの為であった。

 しばらく、辺りを探り警戒したが、一向に誰かが現れる気配はなかった。

 ロアは十分に警戒した後、そっとスミレを降ろした。


 「ロアちゃん、ありがとう」


 スミレもロアの意図に気づき、悄然として口を開いた。


 「うん、スミレ」


 ロアはそう返し、落ち込んだスミレの頭を撫でようとした。

 しかし、ロアの手が届かなかった。


 「・・・」


 ぴょんぴょんとジャンプをして撫でようとした。だが上手くいかなかった。

 ロアは、呆然と自身の身体を見下ろした。

 スミレが、ロアの一生懸命な姿にクスっと一つ笑いを零した。

 そして、ロアの前に屈み頭を下げた。

 ロアは、自分の身長とスミレの心遣いに衝撃を受け凹んだ。だが、それをおくびにも出さないように気丈に振舞った。元魔王としての威厳を保つためであった。

 姿勢を正すと厳かな空気を作り、スミレに向かった。

 ロアの手が、下げてくれたスミレの頭を撫でた。


 「スミレ、気にしないでくれ」


 スミレは、ロアの健気な頑張りに、もう我慢の限界だった。


 「ロアちゃん!!」


 ばっと顔を上げると、ロアを見据えた。


 「どうした、スミレ?」


 スミレの考えが分からず、困惑顔でロアが小首を傾げた。

 スミレには、そのしぐさも心に突き刺さった。


 「っ!?」


 怪しい目でロアを見ると、思いっきり抱き締めた。


 「ロアちゃん、可愛すぎだよ!」


 抱き着かれたロアは、スミレを静かに見た。

 離してくれないかとスミレに頼もうとした。しかし、落ち込んでいたスミレの気が少しでも晴れるのならば、とロアはスミレに身を委ねた。

 スミレはロアの可愛さ分を吸収するとすぐにロアを離し、問いかけた。


 「ここからどうするの?」


 もう先程の緩い空気は無く、冒険者としての鋭い空気を纏っていた。

 ロアは、自分の頼もしいパートナーを眺めた後、しっかりと答えた。


 「闇雲に奴らを探し回っても、見つからないだろう。だから、ここで奴らが向かった場所の手がかりを探す」

 「分かったわ」


 スミレが真剣に頷いた。


 「それで、私はどこを探せばいい?」


 ロアは周りを見回した。そして、ある場所を見た時、一瞬表情を歪めたが、スミレにそれを悟られないように戻すと、スミレに慎重に口を開いた。


 「俺と一緒に広場の右奥のもう1つの入り口付近を探そう。さっき入って来た森側の入り口付近には、ざっと見た所何もなさそうだった」

 「分かった。けど、別々に違う場所を探した方が効率が良くない?」


 「うん。本当だったらスミレの言う通りだけど、ここは一応敵のアジトだった場所だからね。後で、調査に来た人を嵌める罠が仕掛けられている可能性がある。だから、一緒に行動した方が良いと俺は考えたんだけど、どうだろう?」


 そこまで注意深く考えていなかったスミレは、ロアを驚いた顔で見た後、はっきりと答えた。


 「ええ、ロアの言う通りに、2人で探した方が良さそうね。了解した。私もロアと一緒に探るわ」


 スミレの答えを聞き終えると、ロアは右奥の入り口に向かっていった。

 その最中、ロアがスミレを心配そうに見てから問いかけた。


 「スミレは、死体を見ても大丈夫か?」


 ロアの言葉からこの先に何があるかを理解したスミレは、緊張した面持ちで答えた。


 「ええ、大丈夫よ。冒険者をやっているんだもの、死体は何度も見たわ」


 答えた後、自分の心臓の音が大きくなったことにスミレは気付いた。

 スミレは、ロアを見据えて訊いた。


 「ロアは、大丈夫なの?」

 「ああ、もう慣れてしまった」


 ロアは小さく自嘲すると、寂しそうに答えた。

 だが、それを聞いたスミレは、愕然とした。


 (こんな小さな女の子が、慣れてるなんて!)


 スミレはロアに対して、悲しみを超えて憐みの感情を覚えた。


 (こんな幼い女の子が戦わなくてはいけない世を作ってしまった、私達大人がいけないの?)


 スミレは、尋ねるべきではなかったと後悔した。

 ロアは、そんなスミレを横目で見て、何を考えているのかを理解した。


 「スミレが、気にすることはないよ。俺は、ただ必要だったから自分で戦ってきたんだ。俺は、世を恨んではいない。俺が恨むのは、平穏を壊す者だけだ。だから」


 ロアはスミレに笑ってみせた。


 「スミレが、俺に気を遣う必要はないんだよ」


 スミレは、目の前の少女に畏敬の念を覚えた。ここまで、気高い精神の持ち主に会ったことが無かった。

 スミレは、ロアに見惚れた。この少女に付き従っていきたいと本気で思ってしまった。

 だから、口を開いて問いかけてしまっていた。


 「ロア、この救出が完了しても、私はロアと一緒にいたい。ダメかな?」

 「そうだな、俺は良いがヒビキ次第だな。それでもいいか?」

 「うん、それで良いよ」


 スミレは、ロアに微笑んだ。

 ロアは、それを正面から受け止めて、前を見据えた。


 「でもまずは、ヒビキの救出が終わらないと、何も始まらないからな!」

 「そうね」


 ロアの言葉でヒビキも今の状況を思い出して気を引き締め直し、覚悟を決めて先に進んでいった。

 ロアとスミレが、その場所、もう1つの盗賊団のアジト入り口に到着した。

 このアジトは楕円の形をしており、先程ロア達が入って来た森側の入り口を起点に見渡すと、左右に広がる上から押しつぶされた楕円の形を成していた。

 ロア達は、まず右奥の大きく開けて作られた人と物資の出入りに使われていたと思われる入り口に到着したのだった。

 ロアは先程見回したときに気付いたが、やはり何度見ても胸が苦しくなる大量の死体と出会ったのであった。

 そこに在った死体は、たぶん冒険者だったのだろうと思われる皮や鉄の防具を身に着けた身軽な格好の者が多かった。また、もう1つこちらは、正式な貴族か国に仕えていたのであろう全身を覆う鎧を着けた騎士達の死体が転がっていた。

 ロアは、その亡くなった人達の前に近づくと、その場に座り両手を合わせて目を閉じると、軽く頭を下げてその亡くなった人達に、少しの間祈りを捧げたのであった。

 それが終わった後、ロアはゆっくりと立ち上がり、死体の様子を調べていった。

 死体には、刀などの刃物で切られた跡や鈍器で殴り潰された跡など見受けられた。

 ロアは、それを見て小さく呟いた。


 「戦った跡か」


 そう呟いた後、再び死体の観察をし始めたのであった。

 そして、死体を観察がほとんど終わった後に、気づくことがあった。

 刀で切られて亡くなった者や鈍器で頭などを殴り潰されて亡くなった者よりも、圧倒的に多い死因の死体が見受けられた。

 ロアは、その傷跡をじっくりと観察した。

 死体は何かに喰い千切られていた。

 ロアは、その様子からあることに考えが至った。


 (あの魔犬か)


 ヒビキと初めて会った時に、自分が切り捨てた使役された魔犬を思い出していた。

 ロアは、そう考え傷口を更に観察していった。

 傷跡の大きさ、残った歯型からどの程度の大きさの魔犬であったのかを探っていった。

 だが、傷口の大きさは大体分かるが、歯型を観察することは難しかった。

 死体は亡くなってから、時間が大分経っていた。

 傷口は紫色の変色を通り越して、茶色に近い赤紫色になっていた。更に、蛆などの虫が湧いていた為に、傷跡がぐちゃぐちゃになっていた。

 ロアは、これ以上魔犬について探るのは難しいと考えて、立ち上がった。

 それから、少し離れて肺一杯に空気を吸い込むと、ゆっくりと吐いていった。

 死臭漂う中で、調査をしていたので新鮮な空気が欲しくなったのであった。

 ロアは、スミレの傍に戻った。


 「スミレ、戻ったよ」


 そう声を掛けて、スミレの顔を窺った時、その顔が真っ青に染まっていることに気付いた。

 ロアはそういえばと、この場所に着いてから一言も言葉を発していないスミレの事を思い出した。

 急いで、スミレを呼び掛けた。


 「スミレ、大丈夫か!俺が分かるか!!」


 あまりの悲惨な光景を目の当たりにして、スミレの精神が異常を来していないか不安になり、声を荒げて呼びかけた。

 それで、スミレは茫然自失の状態から我を取り戻すと、ロアを見つめた。

 そして、身体を震わせてロアに抱き着いた。

 何も言えず、ただロアに抱き着いていた。

 ロアは、そっとスミレに声を掛けた。


 「もう大丈夫だから、落ち着いてスミレ」


 背中を手で優しく撫でた。

 しばらく、抱き着いて落ち着いたスミレがロアに謝罪した。


 「ロア、ごめんね」

 「いいよ、スミレ」


 ロアは優しく返した。


 「私も魔物の討伐で、仲間が殺されるのを何度か見たことはあったけど、こんなに一度に・・・見たことが無くて。・・・・・」


 また、身体が震え出してしまい、ロアに強く抱き着いた。


 「ごめんね。ロアばっかりに辛い思いをさせて。私も調査したいのだけど、足が震えて動けなくなっちゃった。ごめんね。ロアちゃんにばっかり・・・・・」


 何度も謝罪の言葉を繰り返して、ロアに抱き着いていた。

 少しの間、ロアに抱き着いていたスミレは、今度は本当に大丈夫だとロアに伝えて、離れていった。

 そして、ロアに問いかけた。


 「これは、何なの。もしかして!?」

 「そうだよ、スミレの考えで当たってるよ。これは、恐らく盗賊団を討伐しに来た騎士と冒険者の混成討伐軍だと思うよ」


 ロアは、目の前に広がる光景を見つめて答えた。


 「そんな!?こんなに大きな討伐軍だったのに、負けたの!?」

 「現状を見れば、そうとしか言えないな」

 「何で、負けたの!?こっちには、この国の正式な騎士もいるんだよ!?」


 スミレが鎧に刻まれた文様を見て、恐怖に顔を歪めて問いかけた。

 ロアは、自分もいるから安心してとスミレに抱き着いて、落ち着いた声で答えた。


 「普通に戦っていたら、討伐軍が勝っていたと思う。だけど、負けた。何かトリックがあるはずだ」


 ロアは続きを話そうとしたが躊躇った。そして、抱き着いた状態から顔を上げて、スミレの顔を窺った。

 今度はロアだけに辛い思い話させないとスミレが覚悟を決め、力強く頷いた。

 ロアは、その顔を確認すると少し口角を上げて、続きを話し始めた。


 「死体を見てくれ」


 ロアが死体の一部を示す。


 「何かに食い千切られた跡があるだろう。多分これが原因で、負けたんだと思う」


 ロアは更に続きを語る。


 「切り殺された者や殴り殺された者よりも、圧倒的に食い殺された者の方が多い。奴らの主戦力は、人じゃなくて召喚された魔犬だ!」

 「何で、魔犬って分かるの?」


 スミレが不思議そうにロアに問いかけた。


 「俺も襲われたからな」


 事も無げに答えた。

 そして、ロアは、ヒビキと出会った時の事を思い起こす。


 「大丈夫だったの!?」


 スミレはロアを心配して、声を高めて訊いた。


 「ありがとう、スミレ。勿論、大丈夫さ。魔犬は全て、葬っておいた」


 スミレに笑い掛けた。

 それから、それた話を戻すように目の前に視線を戻して、現状から推し量れる事を述べていった。


 「これだけの討伐軍を壊滅させたんだ、魔犬も相当いたはず!では、どうやってこれだけ多くの魔犬を召喚できたのか。召喚術を行使したのは1人なのか、それとも複数人なのか。そこが分からない。複数人だったら、簡単に呼び寄せられただろう。だが、1人だった場合、魔力をどこから得たのか?能力か?それとも何かしらの魔導具を用いたのか」


 ロアは推論を語った後、嫌な考えに思い至った。


 (まさかな?)


 心でそう呟くと、真剣な表情で考え込んだ。

 スミレは、ロアの話から敵の恐ろしさを感じて、背筋を震わせた。

 どうやって倒すのか、ロアに訊こうとした時、先程から感じていた違和感の正体が、ふと頭に浮かんできた。

 スミレは、その恐ろしい考えをロアに訊いた。ロアからその考えが正しいと肯定されないように祈りながら。


 「一つ訊きたいのだけど、なんで盗賊達の死体がないの?これだけの戦闘だもの、必ず死者が出るはずよ。なのに亡くなっているのは、討伐軍だけ。どうして?」


 スミレはロアを見つめた。

 ロアは、一つ息を吐くと少し空を見上げてからつまらなそうに口を開いた。


 「喰わせたんだろ。召喚した魔犬に」


 スミレは、自分の考えが当たっていたことと、本当にそんなことをする盗賊団に戦慄を覚えた。


 「討伐軍ももしかしたら、まだいたのかもしれない」


 震える唇で、ロアに何とか問いかけた。


 「何で、そんなことを、したの?」


 ロアは、冷めた表情で口を開いた。


 「魔犬の維持と成長させるためだ」


 ロアは、ヒビキの様子を窺いながら続きを語った。


 「これだけの魔犬を召喚したんだ。術者は相当魔力を消耗したはずだ。だから、魔犬に死体を食わせたんだ。死体には、少しの間霧散せずに魔力が残っている。それを魔犬に吸収させるために喰わせたんだろう」


 それから、もう一つの説明をするためにスミレの視線を、近くの魔犬に食い千切られた死体に誘導した。


 「それともう一つの説明だが、見てくれ、スミレ」


 スミレはロアが示した死体を、歯を食いしばって耐えながら見た。


 「何ヶ所か噛まれた跡があるが、大きさが違うものがある。召喚された魔犬が成長している証だ」


 ロアが示した死体には、大きさの違う喰われた跡があった。

 スミレは震えあがりそうな身体を、必死に意思の力で押しとどめた。


 「どうするの?」

 「全て葬るしかないな。もう、魔犬自体が還らずに存在する方法を覚えてしまった。残しておくと、犠牲が出てしまう」

 「え!?」


 ロアは、怯えたスミレを優しく抱しめると、穏やかな口調で答えた。


 「スミレが心配する必要はないよ。俺に任せておいて」


 しばらくスミレを抱きしめた後、ロアは離れた。それから、スミレに聞こえないくらいの小さな声で呟いた。


 「つまらない召喚術師だな。本物が分かってない。本物とはどういうものか見せる必要があるな」


 そして、どこかにいるであろう魔犬の召喚術師に向けて、冷酷な笑みを向けた。



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