第5話 募る焦り

 ロアは、スミレを背負い森の中を走っていた。

 空を見上げれば、朱色がだいぶ濃くなっていた。あと少しで日が暮れる徴であった。

 ロアは、背負っているスミレに問いかけた。


 「奴らのアジトは、今向かっている方向で正しいか!」

 「ええ、合っているわ。そのまま、太陽の沈む方向を目印に進んでちょうだい!」


 ロアは、返事の代わりに一度頷くと正面を見据え、速度を上げた。

 夜が近づくにつれて、焦りが生まれてきた。それと同時に危機感も募り始めていた。

 ロアは、勇者の時と魔王の時で略奪された女性達がどうなるかを散々見てきた。

 勇者の時は、人間の女性を。魔王の時は、エルフ、精霊、トライアドなどの美しい魔物の女性達を。

 ロアは、唇を強く噛んだ。血が出るのも構わずに噛んでいた。

 勇者の時に手遅れで壊された人間の女性を。魔王の時に美しい女性の魔物たちを。

 それらを思い出して、強く唇を嚙んでいた。


 「っ!!」


 もう、あんな無力さを感じたくない。

 ヒビキを始め、攫われた女性達を無事に助け出すために、ロアは力強く地面を蹴り上げ前に進んでいった。

 盗賊団のアジトに向かって走っていると背中から声が掛けられた。


 「ロアちゃん、もう一度聞きたいんだけど」

 「何だ?」


 ロアは前を向いて走りながら訊いた。


 「そのボロボロの外套でアジトに行くつもり」

 「そうだが?」


 先程説明した通り、怪我をして助けを求める振りで盗賊団のアジトに潜入する作戦だった。

 ロアは別にどこも悪いとは考えていなかった。

 しかし、スミレはどうしても、同じ女性としてロアの半裸姿が気になった。

 ボロボロに破れた箇所から見えるロアの白い肌を男性、ましてやならず者共に晒してほしくなかった。


 「ロアちゃん、ちょっとほんの少しだけでいいの、止まってくれる」

 「スミレ今は、時間が惜しい。それは、無理なお願いだ」

 「そのボロボロの外套をやっぱり変えない?私の外套をあげるから」


 ロアの眉がぴくっと動いた。


 「それも無理だ。これはヒビキに貸してもらったモノだからな。しっかりヒビキに返したい」


 そう言うとロアは、ボロボロの外套を見下ろした。

 ロアの雰囲気に気づき、スミレが口を噤んだ。そして、少し間を置いて、誤った。


 「ごめん。そうだったのね」


 スミレも悲しそうにロアの外套を見る。


 「別に、俺は怒った訳じゃない。謝る必要なんてないよ、スミレ」


 ロアは、前を向きその先の盗賊団のアジトを見据えた。

 そして、そのまま無言で森の中を最短距離で進んでいく。

 しばらく進むと、黙ってしまったスミレに語り掛けた。

 ロアは、自分のせいで落ち込んでしまったスミレに心苦しくなり、また少しでも焦りと不安を紛らわせるための話し相手が欲しいために、元気になって欲しかった。

 しかし、それは方便で、女性には明るくなっていてほしい昔からの思いであった。


 「スミレ、そんなに気にしないでくれ。俺は、スミレには明るい方が似合っていると思う」


 ロアの自分のせいでスミレが落ち込んでしまったという思いを、スミレは感じ取った。

 だから、スミレは明るく、ロアの思いの通りに元気に答えた。


 「うん、ありがとう。ロアちゃん」


 スミレは、ロアに抱き着く力を少し強めた。

 ロアはスミレの重い雰囲気が霧散したのを感じ取り、口角が少しだけ上がった。

 しかし、それでもヒビキを心配する気持ちで、すぐに口角が下がってしまった。

 スミレは、ロアにも明るくなってもらおうとおちょくりを口にした。


 「でも、ロアちゃん、さっきの言葉かっこ良かったよ。ロアちゃんが男性だったら、私惚れてたかも!」


 スミレの言葉に少しビックリした。そして、訂正しようと口を開いた。


 「スミレ何を言っている?俺は男だぞ」


 スミレは、ロアも乗って来たのかと思い、少し笑うと口を開いた。


 「ロアちゃん、それ最高のジョークね!そっか。ロアちゃんは男の子か。うんうん、可愛いカッコいいね」


 クスクスと笑いが零れてしまった。

 ロアは、なぜスミレが笑ったのか分からなかった。

 自分は正しいことを口にしただけであったのに、スミレの笑いの意図が分からず頭に疑問符を浮かべた。


 「どうして笑うのだ?俺は本当に男だぞ」


 スミレは、ロアの真剣な問い掛けにまた笑ってしまった。


 「うふふ。ごめんねロアちゃん。私が悪かったわ。冗談はもう止めましょう。ロアちゃんみたいな可愛い女の子が男の子のはずがないよね」


 スミレの言葉に一瞬戸惑ったが、すぐに自分の今の状態を思い出して軽く笑った。


 「そうだな。俺は、“今は”女になったんだったな」


 ロアは自分の身体を見下ろした。

 小さくなった身体と昔の大胸筋の盛り上がりとは違う、控えめで柔らかな胸の膨らみを見た。

 今度はスミレの方が、頭に疑問符を浮かべる番だった。


 「どういう意味なの、ロアちゃん?」

 「いや何でもないよ、スミレ」


 ロアは、穏やかに笑みを浮かべた。そして、誤魔化す意味でスミレに問いかけた。


 「俺は、可愛い女の子か?」


 何を当然のことを言っているかとロアを見て、すぐに口を開いた。


 「もちろん、ロアちゃんは可愛いよ!私が見てきた中で一番の可愛さだよ!」

 「そうか。ありがとう、スミレ」


 女になっても褒められて嬉しいので、ロアは微笑みを浮かべた。

 そんな話をしながら森を進んでいると、目の前に木々が無く開けた場所が見えてきた。


 「あそこが、やつらのアジトか?」

 「ええそうよ!」


 一転して、和やかな空気からピリッと張り詰めた空気に変わった。

 ロアは、眼前に見えた森の切れ目に向けて速度を上げて進んでいった。

 だが、進むにつれてその異変にロアとスミレが気づいた。


 「本当に、あそこで合っているのか、スミレ?」


 ロアの声に焦りが混じる。


 「ええ、確かにあそこがそうよ」


 スミレの声にも焦りが混じる。

 ロアは、目を眇めて先を見通した。

 スミレは、言い訳のようにロアに声を掛けた。


 「カヌレ村の冒険者組合の情報では、確かにあそこが盗賊団のアジトだって聞いたわ」


 ロアは、苦虫を嚙み潰したように顔を歪めた。また、スミレは、目の前の光景が信じられず目を見開いた。

 ロアがアジトとの残りの距離を一気に駆け抜けた。

 そこには、盗賊団のアジトがあるはずであった。

 だが、今は明かりもなく、薄い夕闇に覆われたただの広場になっていた。

 空が段々と朱色から群青色に変わってきていた。

 間もなく夜になろうとしていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る