第4話 孤児院での戦い:後編

 あまりに凄惨で変わり果てた村を見たヒビキは、ただ呆然とロアに揺られていることしかできなかった。

 そして、魔草の換金で訪れていた冒険者組合をロアに揺られながら見たヒビキは、その変わり果てた姿に愕然とした。

 更に、その周りで亡くなっている冒険者達を見た瞬間、涙が自然と浮かんだ。

 いつも探索前に訪れた時、楽しく声を掛けてくれた冒険者達の姿と目の前の悲惨な姿に、とうとう涙が零れ嗚咽も漏れ始めた。

 ロアが自分を不安そうに見ていた事には気づいていた。

 そして、ロアが自分を冒険者組合の入り口の階段脇に降ろしてくれたことにも気づいていた。

 しかし、あまりの衝撃と悲しみで呆然としていたヒビキは、ロアに何かを話す気力もなかった。

 ロアが自分の顔を心配して覗き込んでくれた後、頭を撫でてくれた。

 それから、ロアが冒険者組合に入っていき、生存者を探して、発見しては外に運び出して建物内の救急セットを使って応急処置をしているのをぼんやりと眺めていた。

 ロアがより建物の奥に消えていった気配を察知した時、独りぼっちになったような寂しさを覚えた。

 そして、その寂しさを埋めようと、自然に今朝の事を思い起こしていた。

 今朝、いつもの様に朝挨拶に来た時には、楽しそうに笑っていた冒険者達が脳裏に蘇った。

 そして、いつもの様に揶揄われた後に、ヒビキの身を案じる言葉を掛けて見送ってくれたことを思い起こした。

 しかし、その彼らは今、目の前で物言わぬ存在になっていた。


 (どうしてこんなことになったの!!)


 そう嘆き膝を抱え込んだ。そして、声を押し殺して泣いた。

 そうしていると、記憶が更に遡り始めて、孤児院の事がヒビキの頭に浮かび上がった。


 (先生、みんな!?)


 心の中で叫ぶとヒビキは、先生と孤児院の仲間達の安否が気になりだした。

 そこからヒビキは、もう止まらなかった。今まで握りしめていた太い木の棒を杖にして再び左足を引きずりながら必死に歩きだして、孤児院に向かった。

 そして、孤児院が近づくと金属同士が打ち合う音と怒号、そして何かが倒れる音と悲鳴が響いてきた。

 ヒビキは、一刻も早く向かいたかった。しかし、動かない左足のせいでその歩みは思う様に進まなかった。

 そして、孤児院に着いた時、男達に担がれて運ばれていく女性の先生と少女達の姿が目に入った。


 「先生!!みんな!!」


 ヒビキは、大声で叫んでいた。

 そして、すぐに助けに行こうと思った時、後ろから声がかかった。


「何だ。まだ残ってたのかよ」


 面倒くさそうな言葉が聞こえたとヒビキが思った瞬間、頭を殴られた。

 ヒビキは意識が遠のいてことが分かった。


 「先生、みんな」


 連れ去られていく姿に手を伸ばして呟いた。

 そして、意識を完全に失う前に、1人の少女を頭に思い浮かべた。


 (ロア)


 ヒビキはごめんと涙ながらに呟いた後、意識が暗い闇の中に沈んでいった。

 空は、夕暮れが近いのか朱色に染まっていた。






 ロアは、全力で走っていた。


 (ヒビキがいなくなってから、どれくらいたった)


 そう考え、もっとヒビキを気にかけておけば良かったと後悔した。

 しかし、後悔したところで時間が戻るわけもなく、今は一刻も早くヒビキに追いつこうと必死に孤児院までの道程を走り続けた。

 そして、村から延びる整備された山道を走っていると、木々が切られて開かれた場所が見えてきた。


 「あそこが孤児院よ」


 脇に抱えた冒険者の言葉がロアに届いた。

 ロアは、更に速さを上げ山道を一気に駆け上がった。

 そして、孤児院を見た。

 そこは、村と同じように建物が焼かれ崩されていた。更に、こちらも同じように無残に殺された人々の遺体も転がっていた。

 ロアはすぐに建物に近づこうと足を向けた時、山道の終わりと広場の入り口境界に見覚えのある太い木の枝が落ちていることに気づいた。そして、その近くに血痕が残っていた事にも気づいた。

 ロアは、冒険者を離すとその場にしゃがみ込み、そっと木の棒に触れて、傍の赤黒く固まった血痕を見つめた。

 ロアは、無言でただじっとそれを見つめた。

 冒険者はロアを心配そうに見つめた後、周りを警戒した。

 その警戒のおかげで、冒険者は気付くことが出来た。

 そして、今度は目の前でしゃがみ込んでいるロアを抱えると横に飛んだ。

 それとほぼ同時に、飛んできた剣が突き刺さった。

 冒険者は、すぐに剣を抜き去ると孤児院の建物を睨みつけた。


 「ちっ、外したか」


 悔しがる声が聞こえると6人の男達が現れた。

 それを見据えた時、ふと背後に嫌な気配を感じた。すぐに、ロアを抱えて横に飛び距離を取った。

 すると、先ほどまでいた場所の陰になる木から、また男達が4人現れた。


 「・・・・・」


 スッと目を細めると、男達を見据えた。

 4人の男達は、馬鹿にしたようにこちらを見た後、奥の男達に声を掛けた。


 「おい、お前の作戦、全然だめじゃねぇか!!」

 「は、お前のタイミングが悪いんだよ!さっきは、上手くいったから調子乗ってんのか!」

 「んだと、喧嘩売ってんのか、おら!!」

 「やんのかこら!!」


 軽く口を叩き合う男達を油断なく見据えながらロアを背後に隠して剣を構え続ける。

 そして、言い合っていた男達は、一瞬黙ると突然笑い始めた。


 「あははは、まあいいや。今夜の宴で勝負といこうか!」

 「ははは、それでいいや。獲物はたくさん捕まえたからな。それにちょうど目の前にも活きの良いのがいるしよ」


 冒険者は、男達の下品な視線が全身を舐め回すのを感じた。


 「早く捕まえて、戻らねぇとな。団長に怒られちまうよ!」

 「ちげねぇ、げははははは!」


 そう言い合うと武器を構えて、男達が迫って来た。

 冒険者は、必死に武器を構えて男達を威嚇する。


 「それ以上近づくな!近づいた者から殺す!」


 しかし、強がったはいいが足が震えてしまっていた。

 傍の男達がそれに気づき、ニヤリと笑った。


 「近づくとどうなんだ!ほら!」


 そう言い、大きく一歩近づいた。

 馬鹿にされていると分かるが震えは止まらない。それどころか、剣を持つ手まで震えてしまい、カタカタと剣が音を立てていた。

 しかし、冒険者はそれでも剣を構えて男達を睨みつけた。


 (この子さえ逃がせれば、私はどうなってもいい)


 怯えている女性の冒険者を見ていて、気持ち良くなって来た男が思わず言葉を零した。


 「なんか、お前見てるとさっき殴り飛ばしたアホ面を思い出してきた。先生とか叫んでやがったぜ」


 余程滑稽だったのか、くつくつと笑いを零した。


 「背中が、がら空きだったからよ、思いっきり殴ってやったぜ。殴られた後も小さな声で先生、みんなって呟くんだぜ。もうバカらしくてよ。今思い出しても笑いが込み上げてくるぜ」


 男は、大声で笑いだした。

 その瞬間、冒険者はそんな男の笑い声とは違う声を背後から聞いた。


 「そうか。お前だったのか」


 静かな声であったが、それを聞いた冒険者は背筋に悪寒が走った。

 そして、本来は戦闘中に視線を逸らせてはいけないが、男達よりも遥かに恐ろしい気配を感じて、思わず振り向いていた。

 そこには、ゆっくりと立ち上がる少女の姿があった。






 ロアは冒険者の前に出ると、目の前の男達と離れたところの男達を見た。

 男達は、ロアの気配に気づかずにその姿に思わず声を零した。


 「うひょっ!そんな恰好でなんだい、お嬢ちゃん。俺に早くしてほしいのか!」


 興奮した声を発し、舐め回すようにロアの外套のはだけた部分を見つめる。


 「でも、もうちょっと大きければそれなりに楽しめるんだがな!」


 残念がる口調であったが、視線はロアの裸体に釘付けだった。

 男達の視線に気づいた冒険者が慌ててロアを背後に隠そうとする。


 「だめよ、君!そんな恰好で、前に出ないで!!」


 戦闘中にも関わらずロアを気遣い、声を掛けた。

 それを聞いたロアの脳裏に怒った顔のヒビキが浮かび、小さく笑みを零した。

 そして、ロアは冒険者を手で制すとポケットから、ヒビキから貰った気でいるナイフを取り出すと男達を見据えた。


 「10人か。1人いれば十分だな」


 ぽつりと呟いた。

 冷酷な感じの声で、傍で聞いた冒険者は全身に鳥肌を立てた。

 ロアは、散歩する気軽さでゆったりと目の前の男達に近づいていった。

 鴨葱を見るように男がロアに笑って声を掛けた。


 「おいおい、お嬢ちゃんは気が早いな。ちょっと待ってな、すぐに用意をするからよ」


 さっきから1人で笑っている男がズボンに手を掛けようと視線を落とした時、そこにロアがいた。

 異常な速さに、驚愕した男が声を発した。


 「な!?お前、いつの間に!」


 そこまで言わせてあげたロアは、男の横面をナイフの側面で殴り飛ばした。

 男の頭がトマトを潰したように赤い液体をばら撒いて消えた。

 それを間近で見た男達は、すぐに剣を構えてロアを殺そうと切りかかった。

 しかし、振り下ろした時にはそこにロアの姿はすでになかった。

 ロアは、そんな男達を気に掛けず、残りの孤児院内いる男達に向かって歩いていた。

 背中を向けているロアに飛びかかろうとした男の視線が不意に地面に落ちた。

 そして、男は絶命する前に、丁度見上げる形で自分の身体が赤い液体を噴き出して倒れていく様子を見た。

 ロアは、背中に何かが倒れる音を聞きながら目の前で呆気に取られている男達に向かって歩いていった。

 残っている男達は、ロアの異常さに恐怖を感じた。そして、近づけさせないように魔法を使える男が結界を張った。

 ロアは、目の前で張られていく薄い結界を見て嘲笑が零れた。

 それと同時に、今の魔法が全く使えない自分が結界を破れるかということに興味がわき、その楽しみから笑顔が弾けた。

 男達は、急に笑い出したロアを不気味に思うと、更なる恐怖が襲い身体を震えさせた。

 そして、段々と近づいてくるロアにナイフや剣、更には火球を放ち始めた。

 ロアは、億劫にナイフで叩き落したり手で払ったりして男達に近づいていった。

 飛んでくるものを払いながら進むロアの頭にある考えが浮かんだ。

 そして、ロアは飛んでくる魔法以外を払わずに、軽く避けるだけでその身に受けた。

 ロアの肌を飛んできた武器が薄く切りつけ、また外套を切り裂いていく。

 ある程度、ボロボロになった自分の姿を確認したロアはもういいだろうと受けるのを止めた。

 それから男達を見つめた後、一気に距離を詰めた。そして、結界の前に到着するとナイフを薙いだ。

 その結果、ナイフは結界を横一文字に切り裂き、状態を維持できなくなった結界が消え去った。

 結界が消えたことで、ロアとの境が無くなり男達が恐怖で声を発した。


 「来るな!!止めろ!!」


 男達は叫びながら近くにある物を手当たり次第に投げた。

 ロアは、男達を冷たく見下ろした。


 「お前達が命乞いする資格はない」


 そこから、魔術師以外を全員切り捨てた。

 そして、楽しみに取っておいたデザートを見るように笑顔で魔術師を見つめた。


 「もう、結界は張らなくていいのか!」


 ロアは姿勢を低くすると、抜刀術のように正面でナイフを横に構えた。

 そして、一気に飛び出すと魔術師に向かった。その途中、何かを破く感触があった。

 ロアは、魔術師の傍を駆け抜けた。

 その瞬間、目を見開き何かを叫んでいた魔術師の胴体と首が離れた。






 全てを斃し終えたロアは、遠くでポカンとしている冒険者の元に戻った。

 そして、冒険者を見上げて口を開いた。


 「終わったよ」


 短く呟いた。

 我に返った冒険者は、周りを見回してからロアに視線を落とした。そして、ロアのボロボロの姿を目にした時、血相を変えてロアに言葉を掛けた。


 「君、大丈夫か。待ってろ、すぐに処置してやるからな!」


 冒険者は、傷を癒すポーションを取り出すとロアの傷口に掛けようとした。


 「あ、ちょっと待って。これは必要なことだから」


 ロアは周りを見渡して生き残りを探した。そして、誰もいなかった。


 「やり過ぎた」


 そう呟き項垂れた。

 しかし、すぐに顔を上げると冒険者の彼女に訊いた。


 「奴らのアジトを知っているか?」

 「もちろん知っているが、まさか乗り込む気か」


 驚きつつ、ロアの顔色を窺う。


 「そうだ!知っているなら教えてくれ!早くしないとヒビキと連れ去られた女性達が危ない!」


 ヒビキの身を危惧して、焦るように声を出した。

 冒険者は、そんなロアの瞳が不安に揺れていることに気づいた。


 「そんなに大切な人なの?ヒビキちゃんは?」

 「ああ、そうだな。大切だ」


 ロアは、会って一日も経っていないヒビキの顔を思い浮かべて静かに話した。

 冒険者はさっきまで恐ろしく思えていたロアが突然しおらしくなったことで、愛おしさを感じて、思わず抱きしめた。


 「大丈夫!きっとヒビキちゃんはまだ無事だから!」


 最後にもう一度ロアを抱きしめた冒険者はロアを離してから目線を合わせて語った。


 「もちろん教えてあげるわ。その代わりに私も連れて行って。お願い!」

 「分かった」


 目の前で、ロアを心配そうに見つめる冒険者を見ると断れなかった。


 「ありがとう」


 そう礼を述べるとロアの頭を撫でてから口を開いた。


 「いつまでも君って呼ぶわけにもいかないから、自己紹介をしましょう。私は、スミレ」


 そう言うとロアを見つめた。

 ロアは、一瞬考え込むとゆっくりと口を開いた。


 「俺の名前はロアだ!」

 スミレは、すぐに覚えるとロアに言葉を掛けた。


 「それじゃあ、ロアちゃん。私達は今からパーティーよ!よろしくね」


 ロアは差し出された手を握り返した。


 「ああ。スミレ、こちらこそよろしく」


 そして、即席の二人組のパーティーが出来た。


 「それで、どっちの方角だ」


 ロアはスミレを背負いながら訊いた。


 「この村から、西に向かった所よ」

 「分かった。それじゃあいくぞ!」


 ロアは走り出そうとした。しかし、そこにスミレが待ったをかけた。


 「ロアちゃん、そのボロボロの恰好で行くの?」

 「ああそうだが。ちょっと作戦をミスしてしまった。本当は、抵抗して捕らえられた振りでアジトに潜入するつもりだったがやり過ぎてしまった」


 そして、一瞬黙ったロアだが、すぐに口を開いた。


 「別の作戦で行く。スミレが負傷した振りの俺を連れて助けを求めるようにアジトに潜入する。こうすれば、奴らも警戒を低くするだろう」

 「分かったわ。それで行きましょう」


 パートナーの言葉にスミレが頷く。その後、ロアに声を掛けた。


 「但し、さっきみたいに無茶はしないで。私達はパーティーなのよ!ロアちゃん、今度は私も戦うからね」


 スミレの言葉に目を丸くして驚いた。

 そして、遥か昔を思い出して、契約している魔人達と共に魔王城で戦った時を思い出して、微笑みを浮かべた。


 「そうだな。よろしくスミレ」


 ロアは、顔に笑みを浮かべてヒビキが囚われている盗賊団のアジトに向かって走り出した。

 この時のスミレはロアをただ強いだけの少女だと考えていた。しかし、古の魔王に仕えていた魔人達をロアが召喚することで、スミレはその正体に気づくのであった。




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