第3話 孤児院での戦い:前編
ヒビキの村に向かって森の中を進んでいると、木々の間から射す光が増えてきた。更に、地面に生える植物が、今までは粘々した気味の悪いものが多かったが、光の差し込む量が増えたことで、青々と茂る草が増えてきた。
森の終わりが近くなった時、ヒビキが声を掛けた。
「ロアちゃん、ちょっと止まってくれる」
「ん、どうした?やっぱり待っておけば良かったか?」
「違う違う。そうじゃなくて!」
声を高めて否定する。
「ロアちゃん、今の自分の恰好分かってる!?」
「ああ、裸だな」
「そう、裸なんだよ!!」
「それが、どうした?俺は、別に構わないが?」
「構わなくないです!!ロアちゃんは、女の子!分かる!!」
「・・・ああ」
ヒビキの剣幕に思わずロアがたじろいだ。
「そんな恰好で森を抜けたら見られちゃうでしょ!」
「見られてもかまわないが?もし俺を襲うやつでもいたら、その瞬間、殺す!!」
「ちがーーーーう!!」
ヒビキが大声を上げて否定する。
「見られてもだめだし!殺してもだめ!ちゃんと隠して!!」
ロアは、しぶしぶ止まると地面を足で均してから、ヒビキをゆっくりと降ろした。
「ちょっと待ってて」
ヒビキは、嬉しそうにロアに笑い掛けると、バッグの中をあさり始めた。
そして、すぐ目当てのものを見つけるとそれを取り出した。
「あったあった。これだけでも着て」
ヒビキはロアに防寒・防雨の外套を渡した。
受け取った外套をロアが軽く羽織ると、ヒビキを背負うために手を差し出した。
「着たぞ。さぁ乗れ!」
「・・・」
ヒビキは呆れを通り越して憐みの視線でロアを見つめた。
「ロアちゃん、本当にそれで良いつもり」
冷たい声音でロアに声を掛けた。
「そうだが?どこかおかしいか?ちゃんと羽織ったぞ?」
「前」
冷淡な声で一言発した。
「?」
ロア的にはどこもおかしなところがないのになぜ、ヒビキに睨まれるのかが分からない。
「本当に、分からない?」
ヒビキの声が氷点下まで下がった。
何だか分からないがヒビキが恐ろしいので、頷きだけを返した。
「分かりなさい!そんな前を全開にしてたら隠せないでしょ!」
「いや、閉じたら動きの邪魔になるんだが?」
「でもダメ。公序良俗に反するでしょ!もうこっちに来て私が閉めるから」
仕方なくロアはヒビキの前に立った。
「後は、頼む」
それだけ言うと、ロアは鋭い視線で周りの景色を観察する。
そして、ヒビキはロアの裸体を目にすると思わず息を飲んだ。
(本当に綺麗)
それだけ心で呟くとロアの裸体に意識が釘付けになった。
そのシミ一つない白い肌。押したらすぐ返しそうな張りのある肌。そして、瑞々しさとつやが見て取れる美しさ。更にまだ薄いがくびれが浮かんだ細くすらっとした腰回り。そんな完成された美の極致に思わず見とれ、感嘆のため息が零れた。
ヒビキは、そっと触れてみた。
(何これ!?)
お金が限られているからそこまで出来ないが、それでも毎日肌の手入れを欠かさなかった自分の努力が今踏みにじられるような失望感が、滑らかな手触りから伝わって来た。
羨む視線でロアを見つめた。
「ずるい」
それだけ、呟いた。
ロアの足元まである外套を隠れるぐらいまで閉め終えたヒビキが声を掛けた。
「終わったわよ」
それを聞いたロアがその場で軽く足を上げたりして動きを確かめた。
「やっぱり閉めないとだ・・・」
睨まれたので、諦めてヒビキを背負い直すと一気に森を抜けきった。そして、街道に出ると、ヒビキに向かう道の方向を聞いた。
「どっちに行く」
「左手の方の北に向かって。そこに私の村と孤児院がある」
森の前を通っている南北に延びる道を北に向かって一気に駆け抜けていった。
村が近づくとロアの鼻に焦げや金臭さが漂ってきた。
「くそ!遅かったか!」
そう呟くと、更に加速していった。
ヒビキは、それに気づいた時から、顔面を蒼白にして、カタカタと震えていた。
「!?」
そして、辿り着いて見た村の景色に、ヒビキは愕然として言葉を失った。
そこには、蹂躙された村の姿があった。
家々は燃やされ、崩されていた。そして、街道には、必死に抵抗したのだろう鍬や鎌を持った死体が転がっていた。
ロアは、全く喋らなくなってしまったヒビキを背負ったまま村の中を進んでいく。
そのまま、進んでいくと他の家よりも少し大きい石造りの建物が半壊の状態で立っていた。
その建物の入り口には、冒険・組・まで何とか読み取れる看板が燃え残っていた。
そして、その建物の周りには、皮や薄い金属で作られた鎧を着た人々が転がっていた。
建物の中を覗くと、奥のカウンターの向こう側に、職員だろうか身だしなみが整っていたのであろう、服を赤く染めた遺体が転がっていた。
ロアは、ヒビキを入り口の階段の所に降ろすと、冒険者組合の建物の中に踏み入った。
そして、中を確認して生存者がいないか一つ一つ遺体を確認していった。その目にする遺体は、どれもひどい有様であった。何かに食いちぎられたように身体の部位が欠損した遺体や顔を殴られたのか赤黒く腫れあがっている遺体などが建物の中に倒れていた。
それでも、一人一人確認していって息がある者を何人か見つけ建物の外に運んだ。そして、カウンター奥にある部屋に入った時、机が乗せられた床から微かに呼吸音が聞こえた。
ロアは、机を持ち上げて端にそっとおくと、床を確認した。すると、薄っすらと継目の後が確認できた。
ロアは、その継目にナイフの先端を差し込むと、柄の部分を下に押した。すると、軋みながら床の一部が少し上がった。
そこに手を入れると、一気に持ち上げた。
そこには、小さな地下室があり、若い職員と冒険者、そして村の女性と子供が十数人隠されていた。
突然隠し扉が開けられたことで、冒険者以外の若い男女と子供達は身体を丸めて怯え、冒険者は剣やナイフなどの武器を構えてこちらを窺っていた。
ロアは、構わず地下室に飛び降りた。その瞬間、数人の冒険者達がロアに迫った。
ロアはただ突っ立ったまま、迫りくる冒険者達を見つめた。そして、ロアの首筋や心臓の位置に剣やナイフを突きつけられた。
それでも、ロアは何もせずにただ冒険者達を見つめていた。
そのロアをしっかり確認した冒険者達は、自分達が武器を突きつけているのが少女だと分かると慌てて武器を離した。
しかし、それでもロアを警戒しつつ慎重に言葉を掛けた。
「君は大丈夫だったのか?」
ロアは警戒を解くために笑みを浮かべてはっきりと答えた。
「はい、“私”は今村に帰って来た所なので大丈夫でした」
そして、ロアは地下室内を見回すと冒険者達の顔を見つめて口を開いた。
「もしかして、私を疑っていますか?」
ロアを未だ訝しげに見つめる冒険者達の視線に気づいてそう問いかけた。
「確かに、こんな場所に少女が一人で来たら怪しいですよね。そうですよね」
ロアは、少し考えると冒険者達と奥の若い男女達を見つめて口を開いた。
「分かりました。疑いを解くためには、これは必要ですよね」
ロアは、外套に手を掛けた。その瞬間、また冒険者達が武器を構えた。
ロアは、それに微笑みを返すとボタンを一つ一つ外していった。そして、一気に脱ぎ去ると、裸になった。
「これで、信じてもらえますか?」
ロアは武器を持っていないことや敵意が無いことをアピールした
ロアの突然の行動に最初は呆然とした冒険者達だったが、すぐに我に返ると慌てて先ほどから問いかけてきた女性の冒険者がロアに外套を掛けた。そして、地下室にいた女性達は、近くの男達を張り倒していた。
「分かっていただけましたか?私は敵ではありませんよ」
「そのようだな。疑ってしまい申し訳ない」
頭を下げて詫びると武器を仕舞い、そっとロアの前に立った。
ロアは、なぜ自分に背を向けて立っているかが分からなかったが、きっともう敵意が無いという意味だろうと納得すると、その背に声を掛けた。
「ここにいる者達で怪我をしている者はいるか?」
「ここにいる者は皆無事だが・・・」
自分達以外に音がしないことから外の様子を察した冒険者は、それ以上を訊くことを止めた。
「ああ、外は滅茶苦茶だ。すまん。間に合わなかった」
それが室内に伝わると、奥の女性達が膝を崩して泣き出した。そして、目の前の冒険者も肩を揺らしていた。
ロアは、その気丈な姿に感心して、頭には手が届かないので背中を撫でた。
そして、ロアは再び大きな背に声を掛けた。
「君達の敵は俺がきっちりとってやる。それと申し訳ないが、ここを襲った者達がどっちに行ったか分かるか?」
「すまない。ここで隠れていたので分からない」
少し涙が混ざる声で答えた。
「分かった。後、頼みたいことがあるのだが、まだ息がある村人を集めて息を繋いでいてくれ。頼んだ」
ロアの言葉から察した冒険者が慌てて言葉を掛けた。
「君独りで行くのか!?無茶だぞ!それに、君は子供ではないか!奴らは子供でも容赦はしないし、それに女の子の君が捕まったら・・・」
それ以上言うことは憚られた。
「大丈夫。俺は弱くない。それでは、後は頼んだ」
「待って!私も一緒に行くわ!君独りでなんて行かせない!」
冒険者はロアを強く見つめた。その梃子でも動かなそうな姿勢にロアは諦めた。
「はぁ。分かった。1人も2人も一緒だ」
ロアは、冒険者の彼女を横に抱えると上に向かって飛んだ。そして、ヒビキが待っている入り口に向かった。
そして、ロアが入り口に着くとそこにヒビキの姿はなかった。そして、入り口から村の奥の方に点々と何かを付いた跡や引きずった跡が続いていた。
「ちっ、独りで向かったのか!!」
焦ったように言葉を吐くと、脇に抱えた冒険者に口を開いた。
「おい!孤児院の場所は分かるか?」
その焦りが伝わり、慌てて孤児院の場所を伝えた。
「村の奥にあるわ」
村の奥へと続く道を見据えた後、言葉を掛けた。
「急ぐぞ!舌を噛むなよ!」
ロアは村の奥に向かって、駆け出した。
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