第2話 新しい歴史の始まり

 少女は、鬱蒼と木々が生い茂る暗い森の中を死に物狂いで走っていた。

 少女の身体には、木の枝やトゲなどでできた傷が至る所に出来ていた。

 少女は、身体中に痛みが走っていたが、それでもその痛みに耐えて必死に生き延びるために走り続けていた。

 少女の後方には、少女を襲おうと牙を覗かせた魔犬がいた。

 魔犬は、逃げる少女を楽しそうにいたぶりながら追いかけていた。

 魔犬に追いかけられている少女は、次第に多くの魔物がうろつく森の奥へと踏み込んでいってしまった。

 少女は、後悔していた。もっとお金を稼ぎたいと思うあまり、普段は人の立ち入りが禁止されている森に高価な魔草を求めて入ったしまったことを。

 後悔先に立たず、その言葉が頭に浮かんだ。

 止めておけばよかった。

 少女は、そう考えて孤児院の皆の顔を思い浮かべた。


 (私が死んだら、あの孤児院のお金を稼ぐ人がいなくなっちゃう!)


 少女がお世話になっている孤児院は、小さな国の辺鄙な村の中にあるために、寄付金がほとんど入らない。

 そのため、孤児院の先生や少女みたいに12歳を過ぎた者が、孤児院の運営資金を稼いでいた。

 孤児院から巣立っていった子供達も、都会でなにかしらの仕事をしていて、たまにお金に余裕があるときに孤児院に雀の涙ほどのお金を入れてくれる。彼ら、彼女らも生活に余裕などほとんどなく、無理をしてお金を孤児院に入れてくれているのである。

 その卒業生達のお金では、孤児院にいる多くの子供達を養うことは出来ないため、やはり先生やまだ卒業していない12歳以上の子供達がお金を稼いでいた。

 今年から、孤児院にいる12歳以上の者は少女のみになってしまった。そのため、ここで少女が死んでしまえば、確実に孤児院の運営資金が足りなくなり潰れてしまう事が分かっていた。

 そのために少女は、ここで死ぬわけにはいかなかった。

 少女の背負っているバッグには、高価な魔草が多く収まっていた。そのおかげで、逃げ足が遅くなってしまっていた。

 少女は、魔犬がまだ本気で殺そうとしないで、自分を追い掛け回していたぶり遊んでいることが分かっていた。そして、いつ魔犬の気が変わり、少女を殺そうと襲ってくるのかを恐怖していた。

 少女は、背負ったバックを落とさないように気にかけながらどんどんと森の奥に入っていった。

 少女は、進んでいる先がどんどんと暗くなっていくことが分かっていた。


 (まずい!このまま、森の奥に入ったらもっと魔物に出会ってしまう!?)


 そう考えるが、裏から追いかけられているので、引き返すことが出来なかった。

 少女は、限界をとうに超えた足を懸命に動かしていた。しかし、すぐに足が動かなくなることを少女は、足に走った突然の激痛で理解した。


 (うそ!?腱でも切れた!?)


 そう思った途端、左足が動かなくなった。


 「あっ!?」


 今まで走っていた勢いそのままに地面に激突していった。

 少女は、痛がる暇なくすぐに背後を窺った。すると魔犬が自分のすぐ後ろで立ち止まっていた。

 魔犬は、少女に近づかず、息をはっはっはっはと付いてじっと見つめていた。

 少女は分かった。自分が動けなくなるまで魔犬は少女をいたぶるつもりでいることを。

 少女は、悔しくて唇を強くかんだ。

 それでも、こうして転がったままでは魔犬の気が変わり、もう終わりかと自分に襲い掛かってきてしまう。

 少女は、近くに落ちていた太い枝を拾うとそれを杖代わりに、魔犬から逃れようとゆっくりと歩き始めた。


 (ちくしょう!)


 悔しくて、怖くて涙が頬を伝う。

 それでも、生き残るために足を止めない。


 (女神様、私を守ってください)


 少女は、かつて1000年以上前に世界を魔王から救い、人と魔族が共に生きられる世界を作った三人の女神にそう願った。

 そして、懸命に動かない左足を引きずり森の奥へと逃げ込んでいく。その後ろを目を細めて笑っているような雰囲気の魔犬が楽しそうにゆっくりと歩きながら付いていく。

 少女の全身を大量の汗が流れていく。


 (痛い!左足が痛い!でも、ここで私が死んだら誰があの孤児院のお金を稼ぐのよ!必ず生きて帰らなくちゃ!負ける私!!)


 自分を鼓舞して残った右足に力を入れて歩く。

 そう歩いていると突然、森の雰囲気が変わった気がした。

 それと共に、目の前の木々が開いていき、道が出来たような気がした。

 少女は、その感覚を頼りにおぼつかない足取りで、木々が開いて出来たような気がする道を進んでいった。

 そのまま、歩いていくと突然目の前が開け、広場みたいな場所に出た。

 その広場の中央には一本の巨大な大樹が聳え立っていた。

 突然のことで呆気にとられたが、すぐに足を踏み出してその広場の中に入っていった。

 そして、後ろの魔犬を気にかけ見てみると、広場の入り口で怯えたように立ち止まっていた。

 少女は、足を動かして大樹の傍までやってきた。

 そして、その大樹を見上げた。


 (大きい)


 そう心で呟き、大樹に触れてみようと更に近づいた時、その大樹の根元に洞が出来ていることに気づいた。

 少女は、その洞がなぜか気になった。

 そして、孤児院で読んだファンタジー小説で、こういう洞にはお宝や伝説の武器などがあることが書かれていたことを思い出した。

 事実は小説よりも奇なり、その考えが浮かんだ少女は左足を引きずりながら、その大樹の洞に入っていった。

 そして、少女はその奥でお宝や武器よりも恐ろしくも可愛らしいものを見つけることになるのだった。






 洞の中は洞窟の様になっていて奥まで続いた。

 少女ことヒビキは、その奥がどうなっているのかが更に気になり進んでいった。

 果たしてそこには、巨大な空洞がありその中心部に青く光る水晶が浮かんでいた。

 ヒビキは、その水晶が無償に気に掛かり、ゆっくりと引き寄せられるように歩み寄って行った。

 そして、その水晶を覗き込んだヒビキは、驚きのあまり目を見開き、息が止まった。

 そこには、自分と同じぐらいの年齢の少女が閉じ込められていた。

 水晶の中の少女は、長い金色の髪をしていて何も身に着けていない裸姿で、膝を抱えて眠るように閉じ込められていた。

 その姿は、まるで母親の胎内で誕生の時を待つ赤子のように思えた。


 「どうして閉じ込められているの?」


 思わず、そう訊いてしまった。

 しかし、水晶の中の少女は、ただ眠っているだけで何も反応を示さなかった。

 ヒビキは、こんなところで一人で閉じ込められている少女が可哀そうに思えてきた。


 (こんな所で一人では寂しいよね)


 ヒビキは更に水晶の近くに近づいた。

 そして、その少女の顔を覗き込んだ。

 少女の顔は端麗に整っており、お人形の様な可愛らしさを備えていた。


 「綺麗」


 ぽつりと呟いていた。

 そして、水晶の中の少女の顔に触れるつもりで、ヒビキは水晶に触れた。

 その瞬間、ビシっと何かがひび割れる音が空洞内に響き渡ると、水晶全体に一気にひびが広がった。

 そして、次の瞬間水晶が弾け飛んだ。


 「きゃあ!?」


 突然のことで、思わず悲鳴を上げて目を閉じてしまった。

 しかし、水晶の中の少女の事が心配ですぐに目を開けた。

 ヒビキが目を開けて見た光景は、その少女が光の膜に包まれて空中に漂っている姿だった。

 ヒビキはすぐに歩み寄ると、空中に浮かぶ少女に腕を伸ばした。

 そして、腕が浮いている少女に触れると、光の膜が弾けゆっくりとヒビキの腕の中に納まった。

 ヒビキは、腕に感じる重さに驚いた。


 (何これ!?)


 全く、腕に重さを感じなかった。

 ヒビキは、いそいで地面に少女を横たわらせると、少女の口元に耳を近づけた。


 (無い!?)


 そして、慌てて少女の心臓の位置に耳を近づけた。


 (音が全くない!?呼吸の音と心臓の鼓動音が止まってる!?)


 ヒビキは横たわる少女に呼びかけた。

 しかし、何も反応は無かった。


 (どうすればいいの!?)


 ヒビキは、どうすればいいのか分からず、焦る気持ちで少女に呼びかけ続けた。

 それでも、少女は反応を示さなかった。

 更に、先ほどまでは、血が通っていたように明るい肌色をしていた少女の裸体が、今は少し青くなっているように感じた。

 ヒビキは、死んでほしくないと涙を浮かべて必死に呼びかけた。

 しかし、反応は無く、少女の裸体が目の前でだんだん青くなっていく。


 (どうしよ、どうしよ!?)


 ヒビキはただ呼びかけてもだめだと思い、手を握り呼び掛けようとした。

 そして、少女のほっそりとした手を握った。

 その瞬間、ヒビキの中から魔力が抜き取られていくのを感じた。

 ヒビキは、身体が魔力を失いだるくなる中でも決して少女の手を離さなかった。

 そして、ヒビキの中から大分魔力を抜き取られた後、握りしめている少女の手が温かくなったことを感じた。

 ヒビキは急いで少女に目を向けると、目の前の少女の肌の色が、赤みがかったものに変わったことに気づいた。

 そして、ヒビキの耳にドクンと少女の心臓の鼓動が打ち出した音が聞こえた。更に、口からの呼吸音も聞こえ始め、少女の控えめに膨らんだ胸が上下に動き出したことにも気づいた。

 ヒビキは、少女の手を両手で包むように握りしめてもう一度呼びかけた。


 「起きて!!お願い、目を覚まして!!」


 その声が聞こえたのか、少女の瞼がゆっくりと開いていった。

 ヒビキは、少女が生き返ったことを喜び、手を握りしめたまま瞳から涙を流した。

 そんなヒビキを、目を覚ました少女の黄色と緑色の瞳が見つめた。






 少女は、ぼんやりとする頭で周りをゆっくりと見渡した。

 そして、隣で自分の手を握りしめて泣いている少女に気づいた。

 泣いている少女が気になり、身体を起こして聞いてみようとした。

 しかし、激しい倦怠感のために思う様に起き上がってくれなかった。

 それでも負けずに、歯を食いしばって起き上がろうとして少し身体が動いた時、少女が自分に気づいた。

 少女は慌てた様子で身体の下に手を入れて起き上がることを手伝ってくれた。

 手伝ってくれたことを感謝しようとした時、目の前の少女が怒った様子で声を発した。


 「何考えてるの!!あなたはまだ生き返ったばかりなのよ!無茶しないで!!」


 自分を怒ってくれることに驚き目を見開いた後、思わず少女に問いかけてしまった。


 「俺が怖くないのか?」


 何時しか自分を恐れ、誰も声を掛けてくれなくなってしまったことを思い出して、寂しい気持ちで問いかけていた。


 「何を言ってるの?」


 問われた意味が分からず、少女は困惑してそう返してきた。


 「俺を見て、いや俺の顔を見てなんとも思わないのか?」


 不思議そうに首を傾げて問いかけてくる少女にヒビキは、素直に答えた。


 「全く怖くないわよ?どこを見て怖がればいいの?あなたは私から見ても羨むほどの可愛さがある女の子よ?」

 「!?」


 身体が動かないので、顔だけを動かして自分の裸体を足元から順に胸元までみた。

 絶句して、言葉が出なかった。

 しかし、すぐに封印前の事を思い出して、勇者たちに頼んだ願いをひねくれた形で叶えられたことを知った。


 「はぁ、そうか。一応あの願いを叶えてくれたのだな。こんな風に叶えられるとは思わなかったが」


 勇者たちに。いや、自分達の元教え子に頼んだ願いを思い出した。

 最強ほどつまらないものはない。誰と戦っても結果が見えている戦いに興奮出来なかった。

 だから、頼んだのだ。この最強すぎる己を弱くしてくれと。

 そのために、自分の全ての魔力を彼女達に渡した。

 そして、彼女達は確かに願いを叶えてくれた。

 しかし、こんな少女の身体にされるとは夢にも思っていなかった。


 「ハハハ」


 思わず笑いが零れた。

 魔王城で再開した彼女達の驚いた顔を思い出した。そして、なんで自分達を連れて行ってくれなかったのかを涙を浮かべて怒った風に訊かれたことも思い出した。

 その後に、幼かった彼女達を危険に思って連れて行かなかったことを話したことも思い出し、更にその後に自分が力で上に立ち世界から争いを無くして平和な世にしようとして失敗した話をしたことを思い出した。


 (相当ご立腹だったからな。その仕返しでこんなひねくれた叶え方をしたのか)


 そう思うとまた笑いが零れた。

 そして、笑っている自分に心配そうな視線を向けている少女に気づいた。


 「ああ、すまない。少し昔の事を思い出してしまって」


 そう詫びを入れて頭を下げた。


 「いえ、気が狂ったのかと思って心配しただけで、何もないなら大丈夫です」


 そう少女が返した。

 それに確かにと己の行動を顧みて納得した。


 「本当にすまなかった。大丈夫。気は確かだよ」


 そういい、やっと倦怠感が抜け動くようになった身体を少女の介助なく起こすと、少女に向き直った。


 「俺の封印を解いてくれてありがとう」


 少女になった魔王の可愛らしい微笑みで少女に感謝を口にした。


 「いえ、そんな!たまたまここに来ただけですから!」


 目線を下げて顔を赤くしながら言葉を返した。


 「ふふ、そんなに謙遜しなくていいよ」


 可愛らしい少女の反応に笑いが零れてしまった

 それから、少女に真剣な視線を向けると口を開いた。


 「申し遅れました。俺は、ロアという名前だ。それでいまさら聞くのは失礼かもしれないが、君の名前を教えてくれるかな」


 少女もロアに視線を向けると口を開いた。


 「ロアちゃんっていうのね!可愛い名前!!とそうでした。私の名前はヒビキと言います。小さいころに両親が付けてくれました」


 少女はロアの頭を撫でながら、悲しい瞳でそう自分の名前を語った。


 「そうか」


 ロアは彼女の表情の変化に気づいたが、それは聞かずにただ返事だけを返した。

 それから、ロアは改めてヒビキの顔を見ると口を開いた。


 「ところで聞きたいのだが、ここはどこで、ヒビキはどうしてそんなに怪我をしているのだ?」


 怒りが少し含まれた口調でそう訊いた。


 「ここは、グリーンアイズランド王国の迷い森です。それと、この怪我ですが・・・。私が、お金をもっと稼ごうとして、この森に入って魔草を取っている最中に魔犬に見つかり、それで・・、逃げているときに怪我をしたものです」


 それにロアは頷き、少女の腱が切れてしまっている足に触れた。

 そして、回復の魔法を使おうとして、魔力を全部渡してしまった事を思い出した。

 ヒビキに「直せなくてすまない」と詫びるとその場から立ち上がるとヒビキに向かって言葉を掛けた。


 「その怪我を直すことは出来ないが、ヒビキに怪我を負わせた犬どもは俺がきっちりと仕返しを含めて倒しておくからな」


 そして、外の魔犬を倒そうとした時背中に声がかかった。


 「待って!ロアが1人で魔犬と戦うなんて無茶よ!お願い止めて!」


 それに微笑み返した。


 「大丈夫。俺に任せておけ!」


 そして、再び外の魔犬を倒そうとした時、ロアはあることを思い出して口を開いた。


 「申し訳ないが、何か剣みたいな刃物はないか?」


 ロアが今から魔犬と戦うのに、何もできない自分を悔しく思いながら口を開いた。


 「一応、森の探索に使うナイフはあるけど、これでいい?それと無理だったらすぐにここに逃げ込んできて。なぜかここに魔犬は入れないみたいだから!」

 「ありがとう、少し借りるよ」


 そして、安心させるためにヒビキの頭を撫でてから大樹の洞から出ていった。

 ヒビキも何とか木の棒を付いてロアの後を追い洞の外に出た。

 ロアは、自分に付いて洞から出てきたヒビキに笑い掛けた後、目の前の魔犬を見定めた。


 「さて、久しぶりの戦いといこうか。俺を楽しませてくれよ!」


 そういうと、口角を釣り上げて魔犬たちと対峙した。

 ロアが一歩前に進むと魔犬たちは牙をむき出しにしてうなり声をあげた。

 そして、ロアがもう一歩踏み出したとき先頭にいた一匹の魔犬がロアに飛びかかって来た。

 ロアは、それを紙一重でかわそうと身体を傾けた。しかし、ロアが避けるよりも飛びかかって来た魔犬の牙がロアの肌を裂いた。

 魔犬は着地すると間髪入れずに再びロアに飛びかかっていった。ロアはまた避けようとしたがうまく避けられず、今度は魔犬がロアの腕に嚙みついた。


 「きゃーー!?ロア!?」


 ヒビキの口から悲鳴が上がった。

 しかし、深まっていく集中でロアはそれに気づかなかった。

 ロアは、魔犬をナイフで刺そうとしたが魔犬はそれを察知してロアの腕を離して飛び去った。

 ロアは、噛まれて血が流れている腕を見ると、更に口角を上げて笑った。


 「ハハハ」


 そして、魔犬を見据えた。

 ロアは、見据えながら自分の中に危機感が生じたことを感じていた。


 「素晴らしい。これが危機感か!?」


 そう発したロアに魔犬が飛びかかって来た。しかし、魔犬の牙はロアには当たらなかった。

 ロアは、今度は完璧に避け切った。

 魔犬は何度か頭を振ると、再びロアに飛びかかっていった。


 「ありがとう楽しい戦いだった。それとお前のおかげでなまっていた感覚を取り戻せたよ。せめてもの例だ、一瞬で楽にしてやるからな」


 そして、ロアが魔犬の牙を避けて魔犬が地面に着地した瞬間、魔犬の身体がスライス状に地面に転がった。

 それでロアに恐怖を感じたのか、残りの魔犬全てがロアに襲い掛かろうとした。

 しかし、ロアは、もう魔犬には興味が無いように背を向けてヒビキの元に戻ろうとした。

 なめられた魔犬は、ロアの首に噛みついて骨ごとかみ砕いてやろうと思って飛びかかろうとした。が、身体が動かなかった。それどころか視線が急に地面に落ちた。

 そして、自分の身に何も分からないまま魔犬達は闇の中に落ちていった。

 ロアは背中からびしゃっと魔犬達の身体が崩れる音を聞いた。

 そして、ロアは驚いて目を見開いているヒビキに声を掛けた。


 「ヒビキ終わったよ。もう大丈夫だ」


 笑顔を浮かべてヒビキを見つめた。

 信じられない光景に呆気に取られているヒビキはただ一言呟いた。


 「ありがとう」


 それしか言えなかった。






 ロアは、そんな呆然としているヒビキに真剣な声で言葉を掛けた。


 「ヒビキ驚いている所すまないが、ヒビキの住んでいる村はこの近くなのか?」


 その真剣な問いに意識が戻ったヒビキはすぐに答えた。


 「そうだけど?どうしたの、そんな真剣な表情で?」

 「いや、あの犬達は召喚されたものだ。あれを見てくれ」


 そう言うと魔犬達の方にヒビキの視線を誘導した。

 そこには、黒い煙を上げて消えていく魔犬達の姿があった。

 驚きの表情を浮かべているヒビキに、もう一度問いかける。


 「時間が無い。早くしないと、ヒビキの村があれを召喚した奴らに蹂躙されてしまう!」


 それを聞いて驚愕の表情を浮かべたヒビキが、ロアに詰め寄る。


 「そんな!?私の村が!孤児院が!お願い助けてロア」

 「ああ分かってる。だから、君の村を早く俺に教えてくれ。すぐに片付けてくる!」


 そして、場所だけ聞いて、ヒビキをこのロアの教え子達が掛けたであろう結界の中に残して、自分一人だけで行きすぐ片付けようと考えていた。

 しかし、ヒビキはロアの考えに反して、不安を浮かべた表情で焦りのある声で言葉を発した。


 「教えるから、お願い私も連れて行って。足手まといになるけど、村の皆と孤児院の子と先生達が心配で不安で。ここで待つなんて無理。自分の目で村の様子を確認したいの。お願いロア」


 一つ息を吐くと、ヒビキの顔を見据えて静かな声を掛けた。


 「分かった。連れていくよ。ただしここにいれば良かったと思えるほどの凄惨な光景を目にするかもしれないよ。それでも行くか」

 「行く!!もし、そんなことになってても我慢できるから。・・・たぶん。お願いロア!!」


 不安に揺れる瞳を見たロアは、ヒビキの頭を優しく撫でた後ヒビキを背に負ぶった。


 「しっかり掴まってろ!振り落とされるなよ!」


 ロアは、ヒビキの村に向かって文字通りに一直線に目の前の木をへし折りながら、最短ルートで進んでいった。



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