転性魔王~教え子に大切なものをトラレました~

宇乃雪夏奈

第1話 魔王とその孤児たち

 魔王ロア・ラーテルは最恐の魔王だった。そして最強の勇者でもあった。

 彼は、勇者として一人魔王城に向かい、一晩でその城を陥落させた。

 人々はその知らせを聞いた時、魔王の恐怖に怯えることが無くなったと歓喜した。

 人々は彼の帰還を待ち望んでいた。そして、戦勝記念として盛大な催しで彼を祝おうと企画した。

 しかし、彼が帰還することはなかった。それどころか、彼は魔王城にそのまま居座り、新たな魔王となってしまった。

 人々は、新たなる魔王の誕生に怯えた。

 人々を代表して各国から大使が彼の下に何度か派遣されたが、大使たちは一度も彼に会うことが叶わず帰還した。

 そして、人々は新たなる魔王に堕ちてしまった勇者を討伐しようと考え、討伐軍を魔界に送った。

 魔王討伐のために魔界に入った討伐軍は、一日と経たずほぼ壊滅した。生き残った兵は、這う這うの体で魔界から逃げ帰ってきた。

 彼らは、自分達を壊滅させたのは魔王であると国王や宰相に伝えた。

 各国は、魔王を討伐するために本格的な軍を派兵することを決めた。

 そして、選りすぐりの軍人や名の通った冒険者、金を積めば何でもするならず者どもを集めて、大規模な討伐軍を結成して魔界に派兵した。

 今回は、前回の失敗を踏まえて、人数を大幅に増加させ、更に物資も莫大な量を軍に支援した。

 大規模討伐軍は、それらの支援を得て魔界に進軍していった。

 進軍開始一日目の夜、討伐軍の魔術師からの定時連絡で無事魔界に進軍できたことへの報告が届いた。

 進軍開始二日目、討伐軍は襲い来る魔物を蹴散らし、大幅な進軍に成功したとの連絡が定時報告で伝えられた。

 進軍開始三日目、討伐軍は国王や宰相からの密命を実行し、魔族のエルフやドライアド、精霊などの女性魔族を捕らえることに成功したとの報告が密かに届いた。

 進軍開始四日目、・・・・・・。突如連絡が途絶えた。

 進軍開始一週間、依然連絡が届くことは無かった。

 しかし、その連絡の代わりに魔王が人類の領地に攻め入ってきた。

 進行してきた魔王の傍には、召喚した6体の魔人がいた。

 紅炎竜姫のプロミネンス、大精霊のグレイシャー、天使長のスピカ、トロールのキタ、怪溶のスライム、そして、ピエロの6体である。

 魔王は、彼ら、彼女らを従えて観光でも楽しむように当時の人類最大の国家を軽く滅亡させた。

 そして、その国こそが討伐軍に密命を命じた国でもあった。

 魔王とその6体は燃え盛る城の最上階にあるバルコニーから世界を見渡した。

 そして、城が燃え堕ちると魔王達は炎の中に消えていった。

 その後近隣の国家が、城の焼き後を調査しに行くと、今回の魔族の誘拐を企てた首謀者達が全身を槍に貫かれた串刺しの状態で地面から生えていた。

 人々にその凄惨な光景が伝えられると、勇者が魔族に寝返ったことは紛れもない事実であるとすぐに広まった。そして、次は自分達が滅ぼされるのではと恐怖した。

 一方、他国の国王や宰相は、自分達も同じことをしていたこともあって、このままでは殺されると、討伐軍を何度も派遣して魔王を討伐しようとした。だが、その全てが失敗に終わり、最後にはもう派兵する兵が全くいない状態になってしまった。

 各国の国王や宰相は、量でダメなら質で攻めようと一旦魔界に派兵することを止めた。

 そして、新たに勇者を誕生させると魔王討伐のために魔界に送った。しかし、魔王を討伐することは出来なかった。

 その後も、勇者を魔王の下に送り続けた。

 それは数百年以上も続き、魔王を討伐しようと999回勇者を魔界に送った。

 しかし、一向に魔王を討伐することは出来なかった。

 そして、1000回目に初の女性勇者の3人組パーティーを送った。




 彼女達は小さな国の辺鄙な村の出身で、幼いころにある7人組の冒険者に拾われ、その冒険者達とその村で15歳まで暮らしていた。

 彼女達は、その冒険者達に剣や魔法を教わった。

 5歳の頃に拾われた彼女達は、それから10年間今まで感じたことが無いほど優しくて温かい愛情を注がれて大切に守り育てられた。

 彼女達は、彼らを本当の親の様に慕い愛していた。

 このまま、大人になったら、彼らのパーティーに入り世界を旅するつもりでいた。それが彼女達の夢でもあった。

 しかし、彼女達全員が15歳になった朝、いつもの様に起きると家にいるはずの冒険者達が皆いなくなっていた。

 彼女達は、慌てて村中の家々に冒険者達の事を聞いて回ったが、誰一人として冒険者達を覚えてはいなかった。

 彼女達は、三日間泣き続けた。

 その後、泣き疲れた彼女達は、彼らと楽しく食事やおしゃべりを楽しんでいたテーブルをぼおっと眺めた。

 その時、今まで気づかなかったがテーブルの上に箱が三つ乗っていた。

 その箱は、彼女達がいつも座っていた席の前に一つ一つ置かれていた。そして、その箱の表面には彼女達の名前が綺麗に書かれていた。

 彼女達は、それを見ると彼らと過ごした10年間の楽しかった思い出が脳裏に思い起こされた。

 その瞬間、彼女達の瞳に止まっていた涙が溢れた。

 彼女達は、寂しさを埋めるようにその箱を抱きしめた。

 しばらくの間、抱きしめていた彼女達だったが、その箱を開けてみる決意をした。

 そして、彼らの優しかった顔を思い出しながら、ゆっくり大切に彼らとの思い出を想起しながら開けていった。

 その箱の中には、彼女達のための武器が入っていた。

 1人目は剣が、2人目は魔法の杖が、3人目は楯が入っていた。

 それと、一人一人に当てた手紙も入っていた。

 その手紙には、彼女達へのメッセージと武器を使う時のアドバイスが書かれていた。それと、危険な仕事が入ってしまい連れていけないとも書かれていた。そして、最後に彼女達を案じた、どうか幸せに暮らしてほしいとの別れのメッセージが書かれていた。

 それを読んだ彼女達は、一日中泣き続けた。

 それから、数日は彼らとの別れからの喪失感でただ茫然と過ごした。

 数日後、彼女達は彼らを追おうと決意した。

 その日から、彼女達は彼らを追うために、強くなろうと修練に励んだ。

 今度は、心配されて置いていかれないようにと必死に強く、強くなろうとした。

 修練を励み始めて数か月が経過した後、村に魔王を討伐するために勇者と共に魔界に討伐軍が派兵されたとの知らせが届いた。

 彼女達は、きっと彼らもそれに参加していると思い、毎日続けていた修練を止め彼らの無事を戦の女神様に祈り続けた。

 しかし、その祈りの甲斐なく、勇者と討伐軍が魔王に敗北したとの知らせが村に届いた。

 その知らせに愕然として、知らせを聞いた家の入り口で膝から崩れた。

 彼女達は、今度は五日間泣き続けた。

 そして、もう生きている意味を失くした彼女達は、自害を試みようとした。

 首筋に当てた刃物を後は思いっきり引くだけで、彼らが待っているあの世に行けると考え、手に力を込めて引こうとした。

 だが、その瞬間彼らの悲しむ顔と手紙の最後の文が頭に過り、刃物を落として泣き崩れた。

 そして、せっかくここまで育てて貰ったのに、それを無駄にしてしまいそうだった自分達の行いを彼らに詫びた。

 彼女達は、もう死のうと思うことを止めた。

 それから彼女達は、彼らはきっと生きていると考えるようにした。そして、もしかしたら、魔王に囚われているのではと考えて、自分達で彼らを助けに行こうと決意した。

 彼女達は、中断していた修練を再開した。今度は、彼らを助けに行くためにと意識を変えて、以前よりも更に修練に励んだ。




 一年が経ち、今まで治安維持を行っていた兵がほとんどいなくなった各国で、治安が悪化した。

 それは、この小さな国も例外ではなく、彼女達の住む村を傭兵崩れの盗賊団が襲った。

 村の男達は、女性や子供を守ろうと戦ったが、元傭兵の彼らには敵わず殺されていった。

 そして、邪魔な男をほとんど殺し終えた盗賊団は、生き残しておいた男達の前で、女どもをと、村の男達が女性と子供達を匿う為に集めた家に入っていった。

 盗賊団達は、その時の女共の絶望した顔と嬌声を頭に思い浮かべ、気持ちが高ぶっていた。

 家の中に入った盗賊団は怯える女達の顔を見渡して品定めをすると、舌なめずりをして入り口付近にいた瑞々しい肌つやの少女3人組を最初の獲物として手を伸ばした。




 彼女達は、家の外から聞こえる男達の叫びと笑い声に恐怖を感じていた。

 だんだんと笑い声が家の前に近づいてきた。

 彼女達は、このままでは自分達がと考えて絶望から涙が零れた時、ふいに脳裏に彼らとの楽しかった日々と彼らを助けに行こうと決意した時の情景が過った。

 彼女達は、お守り代わりにいつも大切にしまっておいた彼らに貰った武器に手を掛けた。

 そして、いやらしく下品な笑いを浮かべた男の腕が伸びてきた時、刃が閃き床に腕が落ちた。

 腕を切り落とされた男は、それに呆気にとられる暇もなく次に首を刎ねられ絶命した。

 家に入ってきた数人の男達は、慌てて武器を取り少女を殺そうとしたが、武器を取る前に全員首を刎ねられ一瞬のうちに絶命した。

 少女は、刎ねられた首から噴き出す血しぶきが身体に掛かることも意に介さず、歩くのに邪魔な男の身体を蹴り飛ばして、家の外に出た。

 家の外で女が連れてこられるのを待っていた盗賊団の男達は、返り血を全身に浴びた少女が家の入り口から出てきたことに一瞬唖然としたが、すぐに警戒して武器を構えると少女と対峙した。

 少女は、外の死体が転がっている凄惨な光景を見ると怒りが込み上げてきた。

 彼らと過ごした大切な場所を穢されたことへの怒りであった。

 それは、彼女と一緒に出てきた残りの二人も同じ気持であった。

 盗賊団は、3人の少女の異様な雰囲気に恐怖を感じて、近づけさせないように盗賊団の魔術師が彼女達に攻撃魔術を放った。

 それは、荒れ狂う炎で彼女達を飲み込み一瞬で燃え尽くしてしまいそうな威力であった。

 それが、彼女達の眼前に迫った時、彼らから貰った杖を持った少女がその前に立ちふさがった。

 彼女は、迫りくる炎に杖を軽く触れさせた。その瞬間、炎が消えた。

 魔術師数人がかりの大規模な魔法であったのに、少女はロウソクの火を消すように軽く消して見せた。

 彼女は、呆気に取られている魔術師たちを冷たく笑うと何事かを呟いた。

 その瞬間、魔術師達の身体が臓物を撒き散らしながら弾け飛んだ。

 盗賊団はそれに恐怖を感じ、隠し持っていた爆弾を彼女達に投げつけた。

 それは、本来は城を攻めるときに使われる、城壁を吹き飛ばすときに使われる爆弾であった。

 盗賊団は、もう女なんてどうなってもいいと、生き残るために少女たちを殺す気で投げた。

 今度は、楯を彼らから貰った少女が前に出た。

 次の瞬間、少女達の前で爆弾が大爆発を起こした。

 爆発音が周りに轟き地面を揺らした。

 盗賊団は、爆弾を投げた瞬間から全力で逃走していたので、爆発には巻き込まれなかった。

 そして、今は少女達がどうなったのかとかは気にせず、生き延びるために必死で村から遠ざかろうとした。

 盗賊団の頭は、ずいぶん減ってしまった仲間達をどう補強するか考えていた。そして、次に補強し終わったらどの村を襲うかも考えていた。そして、その村でこのうっぷんを晴らすことを考えて舌なめずりをしていた。

 盗賊団は、村からずいぶん遠ざかって安心して足を緩めたその時、一陣の風が枝葉と共に目も明けられないほど強く吹き付けてきた。

 その風に思わず目を瞑ってしまった盗賊団は、風が収まり目を開けると、目の前に先ほど殺したと思っていた少女達が悠然と立っていった。

 盗賊団は、恐怖からすぐに武器を取り、少女達を囲った。

 少女達は、それを感情の籠らない冷淡な瞳で見つめた。

 そして、盗賊団が一斉に少女達に襲い掛かった。

 その瞬間、盗賊団の半分の首が飛んだ。更に残りの者達も頭を残して、汚い汚物をまき散らしながら、この世から消し飛ばされた。

 そして、その場は一面汚い赤色に染められた。

 生き残った頭は、必死に少女達に命乞いをしたが、楯で押しつぶされた。




 彼女達が村に帰ると生き残っていた村の女性達や生かされていた男達が心配そうに出迎えてくれた。

 彼女達は、村の者達に心配してくれてありがとうの意味で頭を下げた。

 頭を上げると杖を持った少女が村に冒険者達から教わった結界を張った。

 その結界は、村全体を覆う様に掛けられた。

 剣を持った少女が代表して、私達はこの村の様に襲われている村を助けに行きたいと話をして、村人達に手を振ると歩いていった。

 彼女達は、ここから何度も村を救っては、ならず者共をほとんど皆殺しにしてきた。

 これは、彼らからの教えで、生き残しとくと今度は自分達が殺されるというものであった。

 生き延びるためには、情けを掛けるなと強く言われていた。

 そこから更に二年が経ったある日、冒険者協会の受付ロビーでのんびりくつろいでいる18歳になった彼女達にある国の国王の遣いが声を掛けてきた。

 その国の国王は彼女達の活躍を聞くとすぐに遣いを出した。

 その遣いが、彼女達と接触したのである。

 そして、今度魔界に魔王討伐のための軍を送ることになったことを話した。

 彼女達は、その話を聞くとすぐに返事をして討伐軍に志願した。

 彼女達は、その討伐軍の勇者として魔界に踏み入れた。そして、自分たち以外の討伐軍の者達は魔王との戦闘に邪魔になると眠らせて、人間界に放り出した。

 それから、魔界を進み魔王城まで辿り着いた。

 その道中、全く魔物とも魔人とも会うことなくすんなりと魔王城まで辿り着いた。

 彼女達は、あまりにも簡単に魔王城まで辿り着けたことで、罠を疑ってより一層の警戒をして魔王城に足を踏み入れた。

 そして、玉座の間にたどり着いた彼女達は、魔王と初めての対峙をした。




 数日後、彼女達は自分達を雇った国王の御前にいた。

 彼女達は、魔王を討伐出来なかったこと報告した。

 国王はそれを聞くと鷹揚として頷き、魔王と対峙してなお無事に帰還できた彼女達を称えた。

 そして、今後の魔王討伐に役立つ情報を聞き出そうと、彼女達に問おうとした時、彼女達が恭しく頭を下げると、国王に先ほどの話の続きがあると伝え、そして続きを話していった。

 彼女達は魔王の討伐には失敗したが、封印は成功したことを国王に伝えた。

 そして、その封印の際、魔王から魔力をすべて抜き取り宝石に封じたこと、また弱体化の魔法を掛けたことを話した。

 彼女達は、魔王封印の証拠として魔王の装備品を国王に献上した。

 それを見た国王は、彼女達の話が真実で魔王が本当に封印されたことを知った。

 数百年、人類を脅かしていた魔王が封印されたことを知った国王とその臣下は、その知らせをすぐに全人類に向けて発した。そして、それを成した彼女達の事も共に伝えられた。

 その知らせが城下に伝わると人々が歓声を上げた。

 その歓声は、王の間にも轟いた。

 国王は、褒美として彼女達を最上級の待遇で召し抱えようと提案をした。

 しかし、彼女達はその申し出を丁重に恭しく頭を下げて断ると、国王に自分達の願いを叶えてくれるようにお願いした。

 国王は、そのお願いを快諾した。

 彼女達は、すぐに自分達の願いを叶えるために王の間を後にしようと国王に背を向けた時、その背に国王の声がかかった。

 魔王の封印場所とその魔力を封じた宝石がどこにあるのかを彼女達に訊いた。

 そして、自分達が責任をもってそれを守るとも彼女達に伝えた。

 しかし、彼女達はそれを話すことを拒否した。

 彼女達は、最後に国王に一礼すると王の間を出て王宮から去っていった。

 その後、国王は彼女達の願いを叶えるために各国の宰相や国王にその願いを伝えて、人々に守らせるように徹底した。

 そのおかげで、魔界は開かれた場所になり、人と魔族が互いの距離を縮めることになった。




 彼女達は、国王に願ったもう一つの願いのために王国の端の小さな村に孤児院を開いた。

 そして、そこで彼女達は自分達を拾って育ててくれた冒険者達と同じように、孤児を進んで引き取ると愛情をしっかりと注いで育て上げていこうとした。

 そこで、引き取った子供達には、勉強と彼女達の最低限の剣と魔法を教えて立派に一人で生きていけるように教育を施していった。

 その小さな孤児院は、そこを巣立っていった子達の協力もあり次第に大きくなり、小さな学校になった。

 そして、月日が経つと更に大きな学校に成長して最後には、世界に名高い大きな教育機関に成長していった。

 彼女達は、その成長を最後まで見届けることなく、大きな学校になった辺りで自分達の後釜がしっかりと出来たことを確認すると、誰にも気づかれることなくその学校から忽然と姿を消した。後には、「私達がいなくても立派に生きていきなさい」との手紙が残っていた。

 そのまま、彼女達は世界から完全に消えてしまった。

 人々と魔族達はもう争わなくてよくなった世界を作ってくれた彼女達に感謝した。そして、彼女達を守りの女神として祀るようになった。

 人々は消えてしまった彼女達は、今もどこかで生きていて、新しく孤児院でも開いていて孤児たちを愛しているのだろうと考えるようになった。



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