第8話 もう戻れない



天井に上がった水が全て浴槽へ戻り視界が開けると、間宮さんが説明してくれたように”ソイツ”が箱にぐいぐいと吸い込まれていく姿が見えた。もう顔の辺りまで吸い込まれていて、相変わらず気味の悪い音が聞こえる。


「ギャアアアアアア、ピギャァァァァッァァァッ」


(あと少し・・・もう少し・・・お願いだ・・・早く・・・)


「もう閉めていいよ」


間宮さんの声が頭に響くのを感じて、箱をみるともう頭のほとんどが吸い込まれていた。慌てて震える手で蓋を箱にぐぃと押し付ける。


ガタガタガタガタ!!!!


手が震えているのか、箱が暴れているのか、押さえつけても箱が動いて蓋が閉まり切らない。


(もうダメだ・・・)


「蓋もったまま伏せて!」


間宮さんの声が今度ははっきりと聞こえた、手をそのままにして頭を伏せる。


ゴンッ!!!!


鈍い音が響いたと思うと、今までの騒ぎが嘘のように浴槽がシーンと静まり返った。


顔を上げるとグーにした手を箱に置いた間宮さんがいつもの顔で笑っていた。


「封印成功だよ。もう手を離して大丈夫。」


僕はそのまま尻もちをついて呆然としていた、本当に終わったんだろうかという気持ちと、終わったんだなという気持ちが交互にやってくる。


間宮さんが張ってくれた結界のおかげなのか、あれだけ派手に水柱があがったにも関わらず、僕はほとんど濡れずに済んでいたけれど、情けないことに腰が抜けてしまって四つん這いでお風呂場から出ることになった。


間宮さんは箱を別の部屋にしまった後、2人でリビングへ移動してやっと一息つけた。時刻はもう16時になるところで、こんなに長い一日はあっただろうか・・・と思いに耽る。


晴れ晴れとした気分ではあるけど、引っかかっているのはやっぱり間宮さんが言った””という言葉だ。


「ごはんは頼んであるから、ちょっと待ってね。」


なんとも言えない沈黙が流れる。


「あの・・・聞きたいことが・・・。」


封印の時とはうって変わって、間宮さんの目が真剣な眼差しになる。


「人によって程度には差があるんだけど、幽霊や神様・あやかしなんかの類に関わってしまうと、皆が”魂”と呼んでいるものに影響してしまって、体質や性質なんかが変わってしまうことがあるんだよね。」


「えっと、僕は何も変わった感じはしてないんですけど。」


「まだそんなに時間経ってないからね。正直”アレ”の影響は思ってたより少ないけれど、封印の時に力を借りた神様の影響が思ってたより大きい。」


「神様って・・・。」


「死にかけた人が前とは性格変わった気がするとか、霊感がついたとかも同じ理屈だね。ただ神様は気まぐれだし、どんな影響がでるかは出てみるまでは分からない。死ぬことはないと思うけれど。」


僕は僕では無くなってしまうのだろうか。それとも腕とかを持っていかれるのか?指くらいで済ませてくれないだろうか。


「普通に生活していても大きな出来事があればガラっと変わるし、日々ゆっくりと”魂”は変質しているものだからね。そろそろご飯がやってくるから、まずは食べてから今後のことを話そうか。」


ピンポーン


ちょうど言い終わった瞬間にチャイムが鳴る。


確かに間宮さんの言う通り悩んでいても何かが変わるわけでもないのか、と自分に何度も言い聞かせた。












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