呪われた橋

立談百景

呪われた橋

「元来、橋というのは境界を壊すものなんだ。あちら側と、こちら側のね。

 人間は文明の発展に従い、この境界を壊し続けている」


 先生は明石海峡大橋の歩行者道から海を見てでそう語る。

 私はこの四つ年上の幼なじみのことを先生と呼んでいた。


「橋をかけると、河の向こうに行ける。谷や海を越え、島と山を繋ぐ。

 ある人は『長い時間をかけて行われる現象を目の前に連れてくる、それが即ち魔法』だと言っていた。

 あるいは橋だって、ある地点からある地点まで向かうという現象を、目の前に連れてきている。これを魔法と呼ばずになんと呼ぶ」


 そして先生は言う。

 魔法には対価が必要であり、その対価は本来、人の命なのだと。


「だから橋というのは、もはや存在するだけで呪われているんだ。人が作り、あちら側に行きたいという思い――つまり呪いを込める。そして往来する人々から、ほんの少しずつ命を貰っているのさ。人の寿命からすれば、ほんの誤差のようなものだろうがね。それでも橋は命を吸う」


「だけど先生、そんな取るに足らない呪いなら、結局ないのと同じでしょう」


「同じなもんか。払われた対価は貯蓄されている。明石海峡大橋ほどの橋であれば、それは大層なものだろうね」


「……先生は、なんのためにこんなところに私を連れてきてくれたの? 呪いの話をするため?」


「それはだな、その……呪いの話をするためだ」


「なんで呪いの話を?」


「呪いってのは――つまるところ思いなんだよ」


「……はい」


「この明石海峡大橋というのは、この辺りではもっとも人の思いが堆積している、最も呪われた橋だと言える」


「なるほど?」


「だからその、つまりだな……」


 そう言うと先生は、ポケットから何かを取り出す。

 ――指輪だ。


「君を呪うには、うってつけの場所だと思ったのだ」


 思いは呪い。

 それでも人は思いを伝えずにはいられない。

 人の心と心にも、呪われた橋がかかる。


 私の薬指にも、それはある。


「先生も魔法が使えたんですね」


「そんなものは使えないよ、不器用だからね」


「ふふふ、だって『長い時間をかけて行われる現象を、目の前に連れてくる』のが魔法なんでしょう? 思っていたより、ずっと早かったもの」


「…………」


「愛してるわ、先生。いつまでも私のこと、呪っていてくださいね」


 私は先生の最低なプロポーズを、きっと何年先でも呪い続けるのだろう。

 そして橋を渡るたび、削られる命に思いを馳せるのだ。

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呪われた橋 立談百景 @Tachibanashi_100

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