第8話 毒と呪い

 虹子の話はこうだった。

 虹子はこの家の本当の娘ではないらしい。

 ただ、どこからか手に入れてきた赤ん坊を娘として育てている。

 慈善事業ではない。

 この家の人間にそんな温かい心があるならば、そもそもこんなところに虹子をひとりで放っておいたりしない。

 虹子は戦略のための娘なのだ。

 本当の家から離れたところに屋敷を構え、育てるくらい大切な。

 虹子は幼いころから、少しずつ呪いと毒を体に受けた。

 最初はほんの少量だけ。

 そして、少しずつ毒と呪いに耐性をつけていくにつれ、より強力なものにしていく。


 虹子が美しい娘に育ちお嫁に行く頃にはその体は毒と呪いの塊になり、相手先の家はあっというまに全滅という戦法だ。


 虹子は毒と呪いを受けた、ただの美しい人形だった。


 家族とされる人間にはほとんどあったこともない。

 もちろん、本当の両親が誰かなんてことも知るはずがなかった。


 美しく毒と呪いを運ぶ人形。

 当然ながら耐性をつけていると言っても、虹子自身の躰も蝕まれている。


「たぶん、わたしはそう長くは生きられないでしょう……だから、まらさま、少しの間でいいのです。虹子と一緒にいてください」


 そう結ばれた虹子の告白に小生は自分の体が涙一つ流せないことをもどかしく思った。

 ただできるのは、虹子にそっと寄り添うことだけ。


 小生は虹子のそばで静かに彼女の話を聞き続けた。


 気が付くと、日は沈んでいた。


 夕陽がすべての部屋を赤く照らす。


 虹子の着物は毎日着たらすべて処分されていたのだ。

 その肌に触れたものが他に災いをもたらさないように。

 虹子はずっと一人ぼっとだった。


 孤独で誰からも愛されない、道具として使われ死ぬ運命。


 なのに、虹子は弱った小生を拾ってくれた。

 拾い、祀り、小生に神としての人格を与えた。

 虹子がいなければ、小生はここにいない。

 虹子が祀らなければ、小生に意識はない。

 ならば、今の小生の存在は虹子のためにあるのではないだろうか。

 虹子を幸せにすること。

 それが小生の役割だ。


「虹子、ずっと一緒にいよう。その寿命が尽きるまで、いや、尽きてもなお虹子が望むならばずっと……」


 小生のことばを聞いて虹子は、きらりと涙をながした。

 流れ星のように儚く美しいその涙はきっと、人間の男にとっては致命傷となる毒なのだろう。

 こんなに美しい虹子に触れることができる人間はいない。

 虹子はこんなにも心綺麗で、人のぬくもりを欲しているのに。


「まらさま……本当ですか?」


 虹子は尋ねた。


「ああ、本当だ。それが虹子の幸せならば、叶えよう」


 だって、小生は虹子のための神様だから。

 虹子が小生を見つけ出したのだから。


 その晩、虹子は再び無垢の着物を身に着け三つ指をついた。


「まらさま、ふつつかものですがどうか……」


 虹子の声は震えていた。

 やはり公開しているのではないだろうか。

 小生は静かに虹子に語り掛ける。


「虹子、嫌になったのなら行ってくれ。今からならば願いを変えることもできる」


 すると虹子はぶんぶんと首を横にふる。


「まらさま、わたしはうれしくて震えているのです。やっと願いがかなったのですもの。とても幸せです」


 虹子はそういってほほ笑んだ。

 そして、「もっと、幸せにしてください」といって着物の帯ををほどいた。


 小生と虹子はまぐわった。


 すうすうと寝息をたてて穏やかに眠る虹子が隣にいる。

 まだ、幼さが残るその頬がやわらかなもちのようで可愛らしい。


 彼女の願いを叶えて本当に良かったのだろうか。


 暗闇のなか、ふとそんなことを思う。


 もし、虹子の申し出を最初から受け入れていれば虹子があの男を殺さずに済んだのではないだろうか。


 願い事には対価が伴う。


 虹子に願うことを強制しなければ、虹子によって誰かの命を奪わせることはなかったのに。


 小生は愚かだ。


 自分が何者なのか分からない。


 この力は神のものなのか。はたまた神に似た邪悪なものか。


 小生は虹子にとんでもない対価が生じないか不安になる。


 小生は静かに眠る虹子の頬をそっとなでた。

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