第7話 こくはく

 翌朝、虹子の花婿は死んでいた。

 冷たく硬い死体の隣で虹子が今日の朝、目覚めたと思うと可哀そうで仕方がなかった。

 いや、もしかしたら、そんな死体の隣で一晩過ごしていたのかもしれないと思うと心が重くなった。


「虹子、大丈夫か?」


 小生は何よりも虹子の身を案じた。

 虹子は小さく震えていた。

 たった一晩のことなのに、虹子はひどく小さくなったように感じた。

 昨日、花嫁姿の虹子をみて幸せになることを祝ったのに。

 小生から遠く離れるとしても、結婚して子供を産み幸せな人生を送ることができるだろうと、小生はとろりと涙を流したというのに。

 小生は我慢した。

 虹子の幸せのために。


 それなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 虹子は幸せを祈り、小生はそれをかなえたはずなのに。

 小生には何の力もないということなのだろうか。


 いや、そんなはずはない。


 なんの力もないのならば、何も起こらないはずだ。

 花婿も使用人たちもごちそうも、幻としてさえ現れないはずである。

 でも、現実にこの屋敷には虹子の花婿だったはずの死体と使用人、そして厨房には昨日の宴のあまりものがしまわれている。


 幻ではない。

 虹子の願いはかなったはずなのに。

 どうして……?


「まらさま……ごめんなさい」


 気が付くといつの間にか虹子がすぐそばに来ていた。

 きちんと正座をして頭を床につけている。


「どうした? やめるんだ。そんな恰好。大丈夫か? 怖い思いをしただろう」


 小生は虹子に必死に声をかけた。

 虹子のことが心配だったけど、どんな言葉をかけるのが慰めになるのか分からなくて矢継ぎ早に思ったことを口にしてしまった。

 だけれど、虹子は頭を床につけてうずくまったまま微動だにしなかった。


「まらさま、ごめんなさい。これは全部虹子のせいなのです。私があの男を殺したもどうぜんなのです」


 虹子はそういって、泣き出した。


「……そんなわけ、そんなことが虹子にできるわけがないだろう」


 小生は必死に答えるが、なぜか虹子が殺したというのならそうなのかもしれないと思ってしまった。

 虹子に人を殺す力などない。

 あんな凛々しくたくましい青年がいくら油断していても虹子のようなか弱い女に殺されるなんてことはまずないだろう。

 だけれど、虹子が自分が殺したと言っている。

 小生は虹子のことを信じている。

 虹子が殺したというのなら、きっとそれは真実である。

 でも、どうやって?


「まらさま。ごめんなさい。でも、虹子を嫌いにならないでください。なんでもしますので。虹子をそばにおいてください。虹子を見放さないでください。虹子と……虹子とずっと一緒にいてくださいませ」


 虹子は必死に訴えかける。

 もちろん、虹子が望まなくても小生は虹子のことを守り続けるつもりだった。

 だけれど、こんな事態じゃなくて、虹子はもっと普通に幸せになってそれを遠くから見守り、どうしても助けが必要なときにこっそり助ける。

 そんな風にして過ごすつもりだった。

 なのに、虹子はその一歩を踏み出したと思ったのに結局昨日と変らない場所にとどまり続けていた。


「わかった。虹子の望みはすべて叶えるから安心しろ。だけれど……どうしていったいこのようなことになってしまったのか心当たりがあるのか?」


 小生はなるべく言葉を選んだつもりだった。

 だけれど、それを聞いた虹子はわっと泣き出す。

 そして告白した。



「虹子の身体は毒でできているのです」

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