第6話 願いを

「虹子、祈れ……」


 小生は虹子に言った。

 そう、これが虹子が唯一幸せになれる方法なのである。


「祈るって、何を祈るのですか? 私の望みはずっとまらさまと一緒にいることです」


 虹子は祈るように小生に嘆願した。


「幸せになることを祈るんだ。望みじゃなくて、自分が幸せになれることを祈るんだよ」


 小生は虹子に優しく言い聞かせるようにいった。


「幸せ……?」


 虹子は静かにこちらをみつめた。

 笑っているのか泣きそうなのか分からない表情をしている。

 いや、小生はその感情に気づかないふりをした。

 気づかない。

 小生は何も知らない。

 自分の記憶だって失ったままなのだから。


「結婚して子供をもうける……それが人間の女の幸せだと聞いた」


 人間じゃない小生には分からないが。

 人間の少女が異形のものとずっと過ごすよりはずっと、ずっと幸せにちがいない。


 だけれど、虹子の唇は開かない。

 固く閉ざされたままだった。


「虹子は、まらさまと一緒にいたいのです。なのに、どうしてそんなことを言うのですか?」


 今度は小生が口を閉ざす番だった。

 そんな理由いえるわけない。


「虹子……祈るんだ。虹子が祈れば小生はきっとかなえることができる……」


 やっとのことで絞りだした言葉はそれだけだった。


 虹子は小生に祈った。


 そして、小生の力は想像以上のものだった。


 虹子が小生に祈りをささげた翌日、屋敷の中は様変わりした。


 屋敷は活気を取り戻した。

 朝早くから、台所では煮炊きする音が響いた。

 家じゅうが使用人たちによって別に汚れてもいないのに、磨き上げられた。


 まるで、昨日からそんな日々がずっと続いているようだった。

 虹子との二人きりの日々が幻だったのではないかと小生自身が記憶を疑うくらいだ。


 虹子は朝から大忙しだ。

 湯あみをして、長い髪を洗われ、体には入念に香油が刷り込まれた。

 唇には紅をさされ、白粉がはたかれた。

 金の糸が縫い込まれた花嫁衣装が着せられた。


 虹子はとてもきれいだった。

 自ら白い衣装をみにつけたときよりもずっと、ずっと綺麗だった。


 すべての仕度がものすごいはやさで進んでいく。

 虹子と小生がともに過ごした時間は止まっていたのかと思うほどだ。


 虹子のための宴はそれは盛大なものだった。

 ごちそうが並び、歌が歌われ、多くの人々がその様子を見守った。

 まるで物語の一場面のようだった。


 虹子は今日、花嫁になった。


 きっと、虹子は世界で一番幸せな女になるだろう。


 あの日、虹子はちゃんと「素敵な人と幸せになれますように」と祈ったのだから。

 そして、世界は大きく変わった。

 屋敷は活気があふれ、虹子は花嫁になった。

 さきほど、ちらりと見えた虹子の花婿はなかなかよさそうな青年だった。

 見た目もよく、優しく誠実そうな男だった。

 きっと、あの男なら虹子を幸せしてくれるだろう。















 翌朝、虹子の花婿は死んだ。

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