第4話 赤い部屋

 虹子の住む屋敷には奇妙な場所が多かった。

 あくまで、小生が常識と思っている知識からかけ離れているという意味でだが。


 普通の屋敷ではなかった。

 どこか変である。

 通常の屋敷よりも高い塀に囲まれていた。

 そして、大きな屋敷なのにも関わらず中は妙に狭苦しく感じた。

 いや、決して狭いわけではないのにどこか圧迫感や息苦しさがあったのだ。


 とりわけ奇妙だったのは虹子の着替えがおかれた部屋だ。

 その部屋いっぱいにあかい着物がおかれていた。


 紅に朱に緋に丹これ以上赤の名前が思いつかないが、それよりも多くの種類の赤がその部屋には存在していた。

 こんなにたくさんの赤を見るのは初めてだと思った。

 それらがすべて虹子という一人の少女のために存在しているのだからなんという贅沢なことなのだろう。

 虹子は毎日ここで着替えをする。

 前にも言ったように、虹子は毎日違う着物を着ていた。

 脱いだ着物はどうなるのかと聞いたところ、今までは燃やしていたらしい。


 着物の赤が、炎の色になめとられ燃え盛り溶け合っていく姿はうっとりするほど美しいらしい。

 虹子の言葉を借りると「着物がおてんとうさまの欠片になった」みたいに見えるそうだ。

 普通衣類なんて使い捨てるものじゃないのに、なんて贅沢な話なのだろう。

 どの時代であっても、繕いながら場合によっては持ち主を変えながら大切に扱われるものなのに。

 虹子のところに来た着物はたった一日でその本来の役割を終えて、天に旅立っていくのだ。

 あまりにも贅沢すぎることに驚き、今では燃やすのをやめて、蔵で見つけた箱の中に畳んでしまっている。

 だけれど、着替えの部屋の着物は一向になくなるようすがない。

 使用人がいなくなった今、新しい着物を追加するものはいない。

 一体どれだけの数の着物が前もって、虹子のために用意されていたのだろうか。

 そして、どうしてそれらを処分していたのだろうか。

 不思議に思うが答えは出てこない。


「まらさま、まらさま。いかがですか?」


 虹子は毎日新しい着物に袖を通したとき、小生に見せる。


「どうといわれても……よくわからぬ」


 そう、よくわからないのだ。

 どんな着物をまとっていても、虹子は美しい。

 着物一つで変わることがないくらい、その愛らしさは絶対的なものだった。

 なので、着物一枚でその違いなど生じるわけがない。


「これも、お気に召しませんか……ごめんなさい」


 虹子はちょっとうつむいてがっかりする。

 何をそんなにがっかりしているのか分からないが、その様子をみると途端に不安があふれる。

 なんとかして、虹子を笑わせたくなる。

 どんな着物をきるかよりも、虹子は自分の機嫌を意識すべきだ。

 すぐに表情に思っていることがでてしまうのだから。

 それとも、虹子が小生にとって特別だからこんなに機嫌の波が影響するのだろうか。


 虹子は毎日、赤い着物を着続ける。

 そんな毎日が続くと思っていた。


 だけれど、今夜は違ったのだった。


「まらさま、まらさま。見てくださいませ。これはいかがです?」


 見ると、虹子は真っ白な着物を着ていた。

 なんと美しいのだろう。

 一瞬、息が苦しくなるほど、時が止まったのかと思うほど、虹子の美しさに見とれてしまった。


「ああ、とても綺麗だ」


 思わず心の底で思っていたことが、言葉になってこぼれ小生からはなれていく。

 言葉を離してはいけないのに。

 そして、その言葉を虹子はここぞとばかりに捕まえた。


「うれしい! やっと、ほめてくれましたね」


 そういって、とびっきりの笑顔を見せる。

 それはいつもの子供のような無邪気な笑顔とは違った、妖艶な大人の女のものだった。


「まらさま、お願いです。私をあなたさまのお嫁さんにしてください」


 虹子は耳まで真っ赤にしながら、小生にそうささやいた。

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