呪われた橋

蘭野 裕

 呪われた橋

 通学時に必ず通る「呪われた橋」。ここで告白すると必ず振られるとか、カップルで通ると別れるとか言われている。

 別れる伝説のほうは多分、先生方が不純異性交遊を防ぐために言い出したのだろう。


 それでも卒業式の時などここで告白する生徒が後を絶たないのは、山と川に挟まれた立地のために全校生徒がどんなに接点のない者どうしでも確実に通る場所だからだ。


 私もこの橋を利用して、憧れの先輩に告白すると決めている。

 呪いを本気で信じてはいないけれど、やっぱり気になる。そこで、二人が同時に橋の上にいなければ良いのだと思いついた。


 先輩が橋を渡りきった直後に私が渡り、追いついて告白すればいい。


 しかし……先輩を目撃して橋を渡るタイミングを上手く合わせられた時に限って、勇気が出ない。

 とうとう先輩の卒業する日になってしまった。


 帰り道に先輩が橋を渡る。

 このままでは人波にまぎれて見失ってしまう。


 追いかけた。

 私はもう少しで渡りきるとき、名残雪に足を滑らせた。

「うわわっ!」

 転びそうになり何とか持ち堪えようとする。


 声に気づいた先輩がこっちに来る。

 橋の上に。


「来ないで!」

 手を突き出して静止しようとした。

 ジェスチャーのようなもので、先輩を突き飛ばすなんてとんでもない事をしたいわけでは決してなかった。


 でも結果としてそうなった。


 咄嗟に支えてくれようとした先輩を巻き込んで二人でころんでしまった。

 それも呪われた橋の端っこで。


 申し訳なさと悔しさで、堪えきれずに大泣きしてしまった。


「大丈夫?! どこか傷めてしまったんだね」


 私は先輩に、怪我などしていないと伝えなければならない。でも泣き止むまで話せない。


 泣きながら立ち上がり、しばらく歩く間、先輩は心配そうにじっと私を見ていてくれた。


「一体なんでそんなに慌てていたんだよ?」


 こんな事態を引き起こした原因を白状しない訳にはいかないな、と腹を括って、なんの芸もヒネリもなく打ち明けた。


「告白したかったんです。先輩に……。呪われた橋の上じゃなく、渡りきってから」


 先輩は明らかに戸惑っていた。やっぱりこんな私に好かれたって嬉しいはずないよね……と思ったら。

 

「あのさ……今なら橋の上じゃないよな」


 それから何と言ったのか、ドキドキしすぎて覚えていない。

 夫に聞いても、

「きみが思い出すまで内緒だよ」

 と微笑むだけ。


 里帰りのたびに「橋の呪いを解いた夫婦」と呼ばれる。学校は廃校になってしまったけれど。






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呪われた橋 蘭野 裕 @yuu_caprice

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