二人の戦鬼

 二人の放つ、不可視の圧に、大群勢が一人残らず後退。


 しかし、すぐに全員、数の優位を思い出し、その足を進めた。


 何を怯えることがある? 確かに安西蓮あんざいれんの怪物ぶりはここにいるほぼ全員が過去に目の当たりにしているし、それと互角に渡り合うという伊勢志摩いせしま常春とこはるという子供の異常性も相対的によく分かる。だけど、二人とも誰の目から見ても死にかけではないか。特に安西蓮は、血がにじんでいない部分を探す方が難しいほどだ。


 押しつぶせ。楽勝だ。鎧袖一触だ。


『おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!』


 全員の意思がシンクロしたかのように、一斉に二人へと攻め込んだ。


 持っている武器はいずれも木刀やバール、日本刀などの打撃武器。混戦となるであろうこの戦いでは、無闇な銃の使用は味方殺しの原因になりかねないからだ。代わりに、後方には何人か重火器持ちが控えている。前線が削れた時のための保険だ。


 先陣を切った一群が、二人に接触——




「————しゃらくせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」 




 ——する前に、まるで突風に煽られたように、進軍がせき止められた。


 蓮の発した、分厚い壁のごとき『気迫』だ。


 それを真っ向から浴びた先陣は、触れられてもいないのにその場で崩れ落ちた。失神したのだ。


 まだこれほどの力を残して……!


 蓮の姿が霞のごとく消えた——と思った瞬間には、すでに接近していた蓮によって三人斬られていた。首から血を吹き出し、事切れている。


 かと思えば、次の一瞬には、また三人。


 また二人。


 また三人。


「どしたぁ、イモムシ共ぉ!? シャッキリかかってこいやぁ!!」


 その圧倒的な「速さ」によって、先陣がガリガリと冗談みたいな勢いで頽れていく。


 斬り殺した敵の返り血を浴び、気味悪がるどころか心地よいとばかりに嗤いながら、蹂躙にさらなる蹂躙を重ねていく蓮。


 その蓮だけでも圧倒的な脅威だが、敵は蓮一人だけではない。


「ハッ!!」


 閃光のごとき速度で疾駆してきた常春の蹴りが、一人の顔面を貫くようにとらえた。


 すぐに周囲を取り囲まれるが、武器が振り下ろされるよりも疾く垂直に跳び上がり、回避。それからわらわらと群がる人間の肩から肩をつたって駆け抜け、一番密度の低い場所へ降りた。途端、閃光じみた手と脚によって一秒足らずで四人が倒れ伏した。……まるで猿のごとき軽技に、多くの者が言葉を失った。


 さらに後ろから鉄パイプを振りかぶっていた者の懐へ背を向けたまま踏み込み、全体重を込めた肘鉄を体の中心へ衝突させる。それによって崩れ落ちたそいつの手から鉄パイプを奪いとった。


 己の胸辺りまでの長さを持ったその鉄パイプを握った途端——常春の動きが激変した。


 ほとんど過程の見えない速度で鉄パイプが内から外へ振られ、それに合わせて四人が勢いよく同じ横を向いて倒れた。


 それに驚く頃にはまた別の場所へと風のように移動し、硬い質量を持った鈍色の疾風をもたらす。今度は三人倒れた。


 周囲を囲まれるが、常春の動きには全くの淀みが生まれなかった。踊るように身を翻しながら鉄パイプを円軌道で見事なまでに操り、やってくる凶器の数々を弾き、お返しと顔面を打つ。倒れる。


 鉄のつむじ風をともなった舞踊のごとき常春の立ち回りは、それに巻き込まれた人間を次々と薙ぎ倒していく。


 雷光のごとき蓮。嵐のごとき常春。二人はそれぞれ異なった「速さ」をもって、戦場を駆け抜ける。


 あっという間に、先陣の群が全滅した。


 次に続こうとしていた群は、そんな様子に揃って足を止めた。


 広がる血溜まりと雑魚寝の中心に立つ常春と蓮。


 二人の戦鬼は、臆病風に吹かれた敵衆を冷笑した。


「「————で?」」

 

 全員が一歩後退する。


 二人がさらに一歩進むと、相手の群はもう一歩後退。


 数の優位に頼った優越感は、早くも揺らぎかけていた。


「——道開けろやぁ!! 「槍」いくぞぉ!!」


 ふと、後方の陣から怒号が響いた。


 「槍」……事前に示し合わせておいたその合言葉を聞いた全員は、一人残らず左右へ開いて道を作った。それによって、後方の人間があらわになる。


 その一人は——「槍」にも似た形の大型銃器を担いでいた。


 RPG-7。旧ソ連製の対戦車擲弾発射機。その単純な構造から、正規軍からテロリストまで幅広く使用されている傑作擲弾銃である。


 その先端に取り付けられた擲弾が、腹に響くような爆音とともに発射された。それによる燃焼ガスが後方の噴射口から筒抜けとなり、リコイルを軽減。


 戦車の反応装甲リアクティブアーマーすら貫徹する一発が、ロケットモーターの導きに従い、生身の人間に向かって襲いかかる。


 たとえ回避に成功したとしても、弾がもたらす爆発が、常春も蓮も飲み込むだろう。『戈牙者』とて、骨と肉で出来た人間だ。


 そう。避けても無駄。




 なら——




 常春は、すでに発射される寸前に、鉄パイプを斜め上へ立てるように構えていた。


 その上で、攻撃者の「気」を読み、射線と発射タイミングを認知。


 発射のタイミングに合わせ、構えた鉄パイプに捻りを加えた。


 絶妙な力加減で捻られたその鉄パイプは、弾と接触した瞬間、その捻りと軽微な摩擦でもって弾道を横へ微かに逸らした。


 結果、擲弾は常春のすぐ隣を通過してあさっての方向へ飛び、遠く後方のグランドピアノを爆砕した。


「な……!?」


 射手はこれ以上ないほどの驚愕を露わにした。


 確かに、常春のいる位置を狙ったはずだ。間違いなく。たとえ避けられたとしても、すぐ近くに着弾して爆発。二人に生ある事を許さない。そのはずだった。


 しかし、常春が鉄パイプを構えたかと思ったら、擲弾はてんで見当違いの方向へ直撃した。


 一体何があったのか……いや、は分からない。


 しかし、今のは間違いなく、常春がやったことだと、根拠を超えた確信を射手に抱かせた。


 あのどこにでもある鉄パイプ一本だけで。


「化け物…………化け物だっ……!!」


 射手は擲弾発射器を我知らず垂らし、震えた足で数歩後ずさった。


 化け物二人がさらに一歩踏み出す。——しかし、双方とも、己の血で水気を帯びた足音だった。


 そう。たとえ強くとも、今の二人はやはり手負いなのだ。


 先ほど急ごしらえで止血した常春も、度重なる激しい動きによって出血が激しくなってきている。蓮に至っては何をか言わんや。


 二人の抵抗は、もう長くない。


 しかし、止まらない。止まる理由にならない。


 ここで足止めをしていなければ、頼子が危ない。


 何より——ここで膝を屈して殺されるのを待っていることを、己の「血」と矜持が許さなかった。


 二人の戦鬼は、最期の瞬間まで、その命を燃やし尽くす道を迷わず選んだ。












「うわっ……!?」


 ちょうど非常階段を降りきった仁は、ビルの最上階から鳴り響いた轟音に思わず身をすくませた。


 常春と蓮に何かあったのだろうか。敵がどんな武器を持ってきていたとしても不思議ではないのでそこはあまり驚かないが、それでも二人の安否が気になる。


 ——余計な事を考えるな。俺は、俺のやるべきことやるだけだ。


 彼らは命をかけて、今自分の担いでいる一人の少女を逃す選択をしたのだ。それを無駄にするわけにはいかない。


 右肩に担がれてぐったりしている頼子の重みを、先ほど以上に強く感じる。


 さて……これから、どこへ逃げるべきか。

 

 基本的に武久路には逃げ場は無いといえるだろう。『唯蓮会』はこの街随一の勢力を誇る。規模も力も最強だ。


 ……いや、おそらく『唯蓮会』はもう終わりだろう。


 神野による組織汚染に加え、もはや死は免れぬ蓮。


 蓮という絶対君主の下に成り立っていた組織は、絶対君主を失えば、たちまち内部崩壊するだろう。幹部連中はどいつもこいつも我の強い奴ばかりなのだから。


 自分と、自分が守っているバー『郷愁きょうしゅう』も、後ろ盾を失う。そうなると、また『郷愁』を狙う組織が現れる可能性がある。


 それも懸念材料だが、今はこの少女とともに、安全な場所への避難が最優先だ。


 真っ先に浮かんだ候補地は、やはり『郷愁』だった。というか、他にうってつけな隠し場所が存在しない。三番隊隊長などと呼ばれているが、部下とのプライベートな繋がりは無いに等しかった。自分の武久路における交友関係は、かなり限られていると言っていい。


 しかし、一方で不安もある。織恵ならば事情を汲んで頼子をかくまってくれるだろうが、それによって彼女を危険にさらしてしまう可能性もある。


 警察……は論外だ。自分は『唯蓮会』の幹部。連中にとっての敵だ。会った瞬間、拘束される可能性は捨てきれないし、こちらの事情も知らない連中は頼子のことなど保護なんかしやしない。事件が起こらないと連中は動かない。まして、自分が捕まれば……織恵のことは誰が守るのだ。


 そんな内なる葛藤を無視するように、仁の行く道を、五人ほどの人影が塞いだ。 


「お前達は……」


 立ち止まり、その人物らを見た仁は、目をかすかに見張った。


 三番隊の部下が三人混じっていた。


 しかし、自分を阻んだ彼らの手元には武器。彼らの顔に形作られた嘲るような笑みが、隊長隊長と尻尾を振って接してきていた今までの彼らとは百八十度違う印象を感じさせた。


 例えるなら、獲物を狩る捕食者。


 それをさらに裏付けるように、仁の周囲を何人もの人影が取り囲んでいく。


 あっという間に、人の群れによるドーナツが完成していた。


 そのドーナツの中心に立つ仁は、唸るように問うた。


「……なんのつもりだ、貴様ら」


 三番隊の奴の一人が、ニヤニヤしながら言ってきた。


「その女、渡してもらえねぇっすかぁ? 東恩納ひがおんな隊長?」


 仁は目を殺気で細めた。


「貴様ら……神野のシンパか?」


「へぇ、やっぱそこまでご存じですか。そうですよぉ、俺ら、神野さんのシンパだよ。安西蓮のクソ野郎をぶっ殺して、新しい『唯蓮会』を作って俺らを儲けさせてくれる、神野さんのね。つーことでぇ——その女渡してもらえませんかぁ?」


 その要求に、仁の体が自然と半身はんみの立ち方を作った。いつでも動ける状態。


「この子は関係ない」


「あるんっすよぉ。何せ、神野さんの殺しを見ちまった奴の一人だぁ」


 その言葉を引き金としたように、全員が各々の武器を構えた。


 仁は殺気をくすぶらせた。


「——数を集めれば俺に勝てると?」


「あんたの強さは重々承知してますよ。なにせ隊長クラスだ。返り討ちに遭うかもわからねぇ。でも、その守りながらこの数相手にできんの?」


 そう言って、全員が頼子へ目を向けた。——確かに一人ならなんとかなるが、頼子を守りながらとなると厳しい。


 そんな苦々しい胸中を察したであろう集団が、提案をしてきた。


「その女渡してくれれば、コトは起こさないであげますよ」


「……殺すつもりか、この子を」


「ええ。聞けばそいつ、安西蓮の「同類」だそうじゃねぇっすか。であれば、いつかおっかないくらい強くなる前に、弱い今のうちに処分しといた方がホッとできるでしょうよ」


 すると、集団の一人が、生理的嫌悪を誘発させる舌舐めずりを見せた。


「まぁでも……かなり良い女だ。ちょっとから殺しますよ」


「下衆が」


「なんとでも。どのみちあんたに拒否権なんか無い」


「——いや、拒否権はあるよ」


 それを言ったのは、仁ではない。


 いきなり話に割り込んできたその声に、仁を含む全員が聞こえた方向を振り返る。


 仁を取り囲んだ集団の、少し離れたところ。


 そこに、二人の人影が立っていた。


 一人は、黒い詰襟の中華装に身を包んだ、細身の青年。


 もう一人は、白い中華装の、大きなサングラスをかけた老夫。


「……貴方は」


 後者の老夫を見て、仁は我知らずそうこぼした。


 その老夫——劉秀りゅうしゅうけんは、先ほど割り込んできたのと同じ声で発言した。


「その女の子、宗方頼子さんだね? 彼女の身柄は我々が預かる。粗相を働くことは許さないよ」


 その言葉を聞くや、集団のうち三人が、秀剣へと近づく。迷いのない攻撃性を帯びた足取り。


凌霄りょうしょう


「——シィ


 秀剣の下知を受け、隣の黒服の青年——凌霄というらしい——が前へ出る。


 一人が凌霄へ向かって鉄パイプを振りかぶり、それを斜め上から振り下ろす——よりも疾く凌霄の正拳が衝突した。


 その軽いフォームとは不釣り合いなほどの勢いで吹っ飛んだその男を、しばし呆然と見つめてから、残った二人も罵声を上げて踊りかかった。


 しかし、いずれも同じ運命をたどった。


 武器を振るよりも疾く踏み込み、それに付随した拳を打ち込み、倒す。


 たったそれだけ。


 しかし、その「たったそれだけ」を成すためにどれほどの鍛錬を必要とするのか、琉球空手を学ぶ武人ブサーである仁が一番分かっていた。


 あの凌霄という青年は、かなりの使い手だ。おそらく、自分に伯仲するほどに。


 その青年を育てたのは、十中八九、同伴している劉秀剣だ。


「次はどうする。狼ども」


 挑発を交えた凌霄の発言に、集団の一人が懐から拳銃を取り出した。


 それを構えようとした瞬間、横合いから高速で飛んできた「小さな何か」によって手の甲を打たれ、その痛みで拳銃を取り落とした。


 銃の落ちる音。その後に聞こえてきた「チャリーン」という甲高い金属音。……十円硬貨だった。これで手を打たれたのだ。


(羅漢銭らかんせん——)


 中国の暗器術をふと思い出すのと同じタイミングで、無数の足音が近づいてくるのを聞き取った。


 いつの間にか、囲まれていた。


 世代も服装もバラバラ。しかし秀剣と同じく、仁と頼子を取り囲む集団を睨んでいた。


 ……おそらく、武久路に住む在日華人たちだ。


 彼らは劉秀剣らを中心にして、一つの勢力として武久路に根付いている。その歴史は『唯蓮会』よりはるかに長い。


「我々は「武装中立」だ。こちらから他勢力に危害を加えるつもりはない。……だが、同胞を傷つけ、生活を脅かすのなら、我々は一人一人が兵となって迎え討つ」


 言い、秀剣は一歩前へ出る。


 それと完璧に足並みを揃える形で、中国人達が一歩出る。


 その「たった一歩」だけで、戦意を挫くには十分だった。


「——宗方頼子さんを、渡してくれるね? 彼女は私の友人の、大切な弟子なんだ」


 秀剣の言葉に、頷く者はいなかったが、反抗する者もまたいなかった。











 どれだけ時間が経っただろう。


 どれだけ暴れ回ったことだろう。


 どれだけ血を流したことだろう。


 敵の群勢は、数を削り取られるたびに弱腰になっていき、やがて恐れをなして退却していった。銃の効かない化け物の相手などしてられるか、と。


 化け物……確かにその通りだ。常春はそう思った。


 銃弾で体を穿たれているというのに、医者にも行かず、殿しんがりとして暴れ回った。しかもそのことに、喜びを感じている自分がいた。まさしく化け物。


 自慢に思わないし、卑下したいとも思わない。


 何もかもが些事。もはや詮無いこと。


 ——これから自分は、死ぬのだから。


「おーい…………生きてっか……伊勢志摩常春よぉ…………」


 隣から、間延びした蓮の声がする。


 もはや全身くまなく自他の血で染まった状態で大の字になった蓮に、ほとんど同じありさまで仰向けになっている常春は気だるげに応じた。


「生きてるよー…………ていうか……そっちもまだ、生きてたんだね……僕より、穴だらけのくせに…………」


「うるせ…………それより、テメェ…………


「…………死ぬ寸前までは、普通にやったよ。もしかすると、一人か二人……後遺症が、あるかも……」


「こんな時まで、甘い野郎だ…………『戈牙者』の、風上にも、置けねぇ……」


「いいじゃない……頼子は……逃がせたん、だから…………」


 意識が遠のいてくる。


 ああ、もう、そろそろだ。


 自分は死ぬ。あまりにも血を流し過ぎた。


 こんなことが起こると分かっていたら、お気に入りの日常系アニメを全話鑑賞しておくんだった。


「…………生まれ変わったら……日常系アニメの…………キャラになりたいな……」


「……馬鹿だろ、お前…………引くわ……」


「うるさいな……君は、どうなんだよ…………生まれ変われると、したら……何に……なりたい…………?」


「そうだな……」


 少し間を置いてから、蓮の答えが返ってきた。


「……俺は…………。普通の家庭に、生まれて……口うるさくても、俺を思ってくれる、両親がいて…………ガッコで普通に勉強、して、ケンカして、恋愛、して……普通に、大人に、なりたい…………」


 あまりにも普通。


 しかし、その「普通」さえも、蓮の人生の中では望むべくもなかったのだ。


 彼の環境も待遇も、身に宿した「血」も、何もかもが泥沼の中を歩むことを助長させてしまった。


 蓮が常春へ向く。常春も向き返す。


 お互いが、お互いの死相を見つめていた。


 ささやくような声で、蓮は口にした。


「なぁ……常春」


「ん……?」


「俺は……神野の言う通り…………勘違い、した、バカガキだった……」


「…………」


「生まれ持った、チートに、酔いしれて、イキって……汚い、大人に……いいように、扱われただけの、ただの……無知なガキだったよ…………でもさ……それでも、さ……」


 その虎のような目には、いつもの殺気のギラつきではなく、すがりつくような感情がくすぶっていた。


「それでも、俺は…………あいつを……宗方頼子を、生かせたよな……? 何かを、壊したり……奪ったり……そんなん、ばっかだった、こんな、俺でも……最後の、最後に……………………?」


 自分の人生には、破壊以外の何も無かった。


 それを知った上で、それでもほんのちっぽけなモノであっても、何かを遺したという証。……今の蓮は、それを欲していた。


「……ああ。誇っていい…………君は、最期に……確かに、誰かを、救う道を選んだ…………殺すんじゃ、なくて……生かすことを、したんだ……」


 正直、かなり怪しいと思う。


 だけど、もう最期なので、優しい嘘をつこうと思った常春。


 ——いや、嘘じゃないな。


 自分一人だけでは、ここまで戦えなかった。


 蓮がいたから、どうにかなった。


 彼は間違いなく、頼子を生かした。


 


「…………ありが、とう」


 蓮は笑った。


 これまで見せてきたような獰猛な笑みではなく、子供のように晴れやかで、柔和な笑み。


 見つめ合った二人の手が自然と伸び、繋ぎ合わされた。


 まだ、体温が残っている。


 しかしこの命の熱もじき冷めるだろう。


「なぁ……常春よぉ…………」


「なに……?」


「……俺さ……ダチが、一人もいねぇんだわ…………だからさ、ダチに……なってくんねぇ…………?」


「…………やだ。だって君……僕の家、爆破したじゃん…………あれで、お気に入りのフィギュア……多分吹っ飛んでるよ……」


「弁償すっからよ……」


「じゃあ……考えなくもない…………」


「ははっ……」


 出会い方さえ違えば、親友になれていたかもしれない二人。


 どこまでも正反対で、しかしどこまでも「同類」であった二人は、意識を失うまでの間、ずっと他愛の無い話に花を咲かせたのだった——

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