殺してやる

 脇腹を穿たれた蓮は、その場に膝をついた。


 銃撃してくるという「気」は読めていた。しかし、負傷したこの足では回避は満足にできなかった。


 弾丸の残った銃創が、燃えるように痛む。


 それを作った張本人——自分の片腕であるはずの男、神野かんのを貫くように睨んだ。


「ぐぅっ…………裏切りやがったなぁっ、テメェ…………神野ぉぉぉぉぉっ!!!」


 聞く者の心胆を冷やすであろう、血を吐くような怒号。


 しかし神野はその弁護士じみた顔つきを、穢らわしいモノを見る表情に変えた。


「裏切るだと? 言葉の使い方が間違ってる。これだから義務教育もまともに受けてないガキは嫌いなんだ。……俺は最初からお前に忠誠なんぞ誓っていない。暴力以外取り柄の無い生意気なクソガキを、俺の目的のために利用する事以外、最初から考えちゃいねぇのさ」


「んだとぉっ……!!」


「お前が十一の頃、俺のくみが営んでいた地下格闘場の興行を荒らすところを見た時から、俺はお前を「使える」と思って近づいた。だから色々と助けてやった。『久栄会きゅうえいかい』崩壊の兆しが見えた時に、お前に「新しい武久路ぶくろの覇者となれ」と暗にそそのかした。お前が嫌う書類仕事を全部引き受け、お前に暴れることだけに専念させた。そして、『唯蓮会』の武久路での覇権はほぼ確実なものとなった。その時から——俺は、


 リボルバー拳銃——スミス&ウェッソンM19コンバットマグナムの銃口を蓮に向けたまま、神野は愚痴るようにまくし立てた。


「お前はあまりにも強く、あまりにも隙がなさすぎた。寝込みに近づいたら一瞬で覚醒し、食い物や飲み物も自分で買ったモノ以外口にしたがらないから毒も仕込めねぇ。狙撃しようとしてもすぐに勘付かれる。どうしたもんかと考えていた時に、思わぬ形でチャンスが到来した。——伊勢志摩いせしま常春とこはる、レン坊と同じ『戈牙かがもの』であるお前だ」


 愚痴みたいな口調が、終盤で喜色きしょくを帯びた。


 神野の「目的」が何であるのかはまだハッキリしないが、それでも文脈としては、神野が今何を言いたいのか分かった。


「まさか……西?」


「ご名答だ。——さらにそこの宗方頼子むなかたよりこが『戈牙かがもの』だと分かった時、千載一遇のチャンスだと思ったよ。なにせそこのクソガキがずっと欲しがってた、女の『戈牙者』だ。絶対食いついてくると思ったね。そして伊勢志摩常春、お前がそれを座視しているはずはない。激突するのが自然の成り行きだというのは、想像に難くねぇよ」


「貴様……一体何が目的だ?」


 殺気で低まった常春の問いに、神野は景気付けとばかりに再び蓮に発砲し、うそぶいた。


「これからの筋書きはこうだ。——偉大なる会長である安西蓮あんざいれんは、女をさらわれて怒り狂った伊勢志摩常春の凶弾に倒れる。そんな伊勢志摩常春を俺が射殺し、会長の仇討ちを果たす。その仇討ちの「名誉」と、常に会長の付き人をやっていたという信頼と経験によって、俺は『唯蓮会ゆいれんかい』という巨大組織の新たなる会長の座を引き受ける」


 常春は、眼を細める。


「そんな名誉が、いつまでも効力を持つとでも?」


「思っちゃいないさ。仇討ちの名誉は一時期だけは有効だろうが、すぐに冷めて、やがて俺への叛意はんいに変わるだろう。『唯蓮会』って組織は、安西蓮という会長の存在感があってこそ安定しているようなもんだ。……仇討ちの名誉は、あくまで「支持基盤」を作り終えるまでのだよ。——『ウロボロス』を始めとする新型ドラッグの専売システム。そんな「支持基盤」を作るまでのな」


 蓮が、大きく眼を剥いた。付き人に銃撃を受けたことより、衝撃的とばかりに。


 泣きそうな、かすれた声で蓮は口にした。


「…………まさか、『ウロボロス』は」


「そ。。より正確には、俺のシンパだけで構成された、お前も知らない組織図外のグループが「卸売業者」だ。仕入れ先は東南アジア。そんな『ウロボロス』はもともと大きな塊でな、それをちょっとずつ削って粉にして、言い値で売ってたんだよ。なにせ依存性の強い薬物だ、一回ハマれば需要は盤石だよ。はお前が潰して回っていたが、それでも結構儲けさせてもらったよ」


「俺の許し無しに、ヤクをばら撒いてたってのかよ……神野ぉっ!!」


「黙れよ低能児。書類仕事とかを面倒がって全部俺に押し付けてっから、こうやって足元すくわれんだよバァカ。——俺はお前の大嫌いなヤクによって得た利益で、さらに『唯蓮会』での支持を集め、新会長としての地位を盤石なものとする。そしてさらに勢力を拡大し、武久路を支配下に置き、そこから全国へ進出する予定だ」


 さらにもう一発蓮に発砲。とうとう蓮は床に這うように崩れた。


 両羽をもがれて地を這う蝶を見るような愉悦の眼差しでかつての主を見ながら、神野は一笑した。


「まぁそう気を落とすんじゃねぇよ。これは遅かれ早かれ、避けられなかったことだ。こうしなきゃ、どのみち『唯蓮会』に未来なんざねぇ。お前という絶対君主を戴くことによってのみ統率を保っている……こういう組織はすべからく脆い。お前が死ぬか、パクられるか、飽きて捨てたりすりゃ、簡単に崩壊することは火を見るよりも明らかだ。けどよ…………。俺が上手いこと有効活用してやるさ。お前よりももっと上手いこと、なぁ」


 そんな神野をなおも睨み据え、満身創痍の体を神野に向けて這いずらせる蓮。


 神野は冷笑し、再び引き金に指をかける。


「三発食らっても生きてんのか? 『戈牙者』ってのはまるでゴキブリだなおい」


「かん、のぉっ……!!」


「くたばる前に教えておいてやるよ。お前が「何者」であるのかを。——レン坊、お前は「選ばれし者」でも「尊き血」でもねぇ。降って湧いた才能チートに酔いしれてイキってただけの、ただのバカガキだよ。だからこうやって悪い大人に騙されんだよ」


「神野ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 発砲。


 四発目の銃撃を喰らい、とうとう蓮は動かなくなった。


「はいはい、害獣駆除終了、っと。——いや、もう一匹いたな。害獣」


 今度は常春へ銃口を向け、口端を釣り上げた。


「お前にも死んでもらうぜ。お前を殺しとかなきゃ「仇討ち」は成立しねぇからよ」


「……やってみろ。僕に銃など無意味だ」


「おお、怖い。高校生がしちゃいけない顔してるぜ」


「地獄を見せる前に、一つ聞かせろ。……このビルにいる手下のほとんどは、貴様のシンパだな?」


「……ほう。気づいてたのか。どうして分かった?」


「敵陣であるにもかかわらず、守りが随分と薄かった。……これは、?」


「すげぇな。そこで死んでるクソガキよりも頭良いぜ、お前。んじゃ、さようなら」


 話の脈絡を無視した突然の発砲。


 しかし、常春には通じない。


 引き金を引く直前に発せられる「気」で、弾道が分かる。ワンテンポ早く動くことで、銃弾から我が身を逃すことができる。


 けれど、常春は動けなかった。


 避けられるけど、避けられない。




 今避けたら——




 被弾した。


「っっ……!!」


 右肩口のあたり。そこに銃弾が突き刺さった。押し殺したような呻きを歯茎から漏らし、常春は倒れた。


 突き刺さった瞬間、筋肉を一気に締め上げることによって、弾丸をあえて体の中に残した。貫通して頼子に当たるのを防ぐためだ。


 しかし、上腕動脈を損傷。それによって、銃創からじんわりと出血。赤黒さがアニメキャラTシャツへ急速に染み渡る。


 動脈性出血は自然止血することはない。放っておけば出血多量で死に至る。可及的速やかに応急処置が必要だ。


 右脇を縛って止血すべく、シャツを脱ごうとした時だった。


「させねぇよ?」


 二発目が、今度は脇腹のあたりを貫いた。


「か、あっ……!」


 今度は弾丸が床に貫通。燃えるような二つの激痛のよって、常春の意識が急速に遠のく。


「はっ。『戈牙者』ったって所詮は人間だ。心の隙をこうやって突いてやれば、鹿を狩るより楽だ。所詮暴れるしか能の無い畜生だよ。お前らは」


 神野が冷笑し、リボルバーをリロードし始める。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ————————っ!!」


 絹を裂くような悲鳴が、広間に鋭く響いた。


「常春っ!! とこはるぅっ!! しっかりしてよぉっ!! ねぇっ!?」


 頼子が、満身創痍で横たわる常春に駆け寄ってきたのだ。


 ひどく錯乱した頼子は、だめだと分かっていても傷ついた常春を必死で揺さぶる。


 しかし、Tシャツにぐしょっ、と触れ、それによって我が手についた赤黒い血を見て、頼子は思考を漂白させたように固まった。


「だい……じょう、ぶ…………」


 常春はそう言うが、あまりにも説得力に欠ける、かすれた声色だった。


 頼子は何も言わず、硬直していた。


 その間に、神野のリロードは終わった。


「お前にも礼を言わねぇとなぁ、お嬢ちゃん。お前のおかげで、この化け物をしとめられそうだ」


 銃口が、常春と頼子へ向く。


「…………ゆる、さない」


「あ?」


 頼子の口からこぼれ落ちた言葉を聞きそびれて、神野は小首をかしげる。


「…………してやる」


「聞こえねぇな? ハッキリ喋れよ」


「ころしてやる」


 神野の眉根がピクリと震えた。


 頼子はゆっくりと立ち上がり、顔を上げる。


 鋭い感じの美貌。その上で炯々と殺気で輝くその眼差しは、蓮のソレとよく似ていた。

 

 頼子は憎悪に満ちた絶叫で言い放った。



 

「————!!」




「口じゃなくて行動に移せよ、雌犬」


 神野のリボルバーが、容赦無く雷鳴を轟かせた。

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