アニオタ、反社の根城に殴り込む

 じんに教えられた「れんの居場所」は、武久路ぶくろの南にあるオフィス街から、さらに南下した場所にある十階建てのビルディングだった。


 高層ビルが幾棟もそびえるその区画。その中にある、仁に教えられたビルへと常春は入った。


 広いホールに入った時から、すでに戦いが始まっていると確信した。受付の男が常春を見た途端明らかにビクッとし、カウンター下にある何らかのボタンを押したからだ。


 それからすぐにホール横の道からぞろぞろと人が出てくる。全員武装していた。銃器やら日本刀やらとその種類はバラバラ。


 常春は自慢の俊足で敵の群れの中へ入る。射線が味方に向くような位置取りをすることで無闇な射撃を抑制させつつ、銃持ちを一人ずつ一撃で、確実に沈めた。残った近距離武器持ちは素人同然の動きだったため簡単に倒せた。


 袋小路となるのを避けるべくエレベーターは使わず、階段で上へと登る。その途中で何度か敵と出くわしたが、全て瞬時に撃退してひたすらに最上階へと向かい続ける。手元には途中で敵から奪い取った剥き出しの日本刀。なかなかに良いモノだった。


 着実に近づくものの、心の中で少し引っかかるものを感じていた。


 殺害対象が陣地に踏み入っているにもかかわらず、警戒網があまりにも


 遭遇する敵の数が少ないのだ。


 多くが、各階層のエレベーター前で待ち伏せているのか?


 しかし、このビルは十階建てだ。待ち伏せの人数をそこまで割く必要は無い。


 元々、このビルに配置されている人員が少ないのか?


 流石にそこまではまだ分からない。


 だけど、仁は確かに言った。……蓮と頼子よりこは、このビルの最上階にいると。


 嘘を言っているようには見えなかった。常春は己のカンを信じ、とりあえずは最上階を目指す。それでいて警戒は怠らない。


 やがて——たどり着いた。


 エレベータールームと向かい合う位置に存在する、マホガニー材の瀟酒しょうしゃな両開きドア。エレベータールームの近くにある階段から出てきた常春は、その両開きドアへ音も無く近寄り、上品なデザインのノブを開き、押す。


 ……開いた。その隙間から中を覗き込もうとする。


「——そんなコソコソすんなっての。何も仕掛けてねぇし、待ち伏せもいねぇよ」


 だが、そんな常春の慎重さを揶揄するような笑み混じりの声で、ドアの向こうの蓮が告げてきた。


 くぁっ。


 ソレを聴いた瞬間、全身の「気」がマグマのごとく急上昇するが、すぐに自制して降ろす。頭が冷える。冷酷なまでに冴え渡る。表情ひとつ変えずに人を殺せるほどに。


 ドアの片側を蹴っとばし、勢いよく開く。


 露わになったその広大な部屋は、社交場という形容詞が相応しい装いだった。


 一面赤いカーペット材が張られた床。ドアから真っ直ぐ置くまで続く部屋の左右に並行に張られた窓ガラスからは、輝く武久路の夜景が一望できる。


 その夜景の光が、光源として広大な部屋をぼんやり照らしており、あちこちに存在するポーカーテーブルや、部屋の奥の一段上の床に置かれたグランドピアノ、そしてそのかたわらに立つ少年の姿を薄暗く顕在化させていた。


 その少年——安西蓮あんざいれんは鷹揚に両腕を広げて、誇るように言った。その左手には鞘に納まった一振りの日本刀。


「良い眺めだろぉ? ここは『久栄会きゅうえいかい』の連中がかつて運営していた、会員制裏カジノの跡地だ。今は俺らがビルごと買い取ってこうして利用させてもらってるが、正直カジノをこんな目立つ場所に作るとかバカ過ぎだろ? だからどう使うか迷ってる最中で——」


 全て言い切る前に、常春が一気に蓮の懐へ飛び込み、日本刀の一太刀を薙いだ。


 それを、小さく抜いた刀身で受け止める蓮。


「……おいおい、ご挨拶じゃねぇの。人の話は最後まで聞けって習わなかったのか?」


「——黙れ」


 自分でも内心驚くほど、冷え切った声色だった。


「お前は、超えてはならないラインを嬉々として超えた。僕の『日常』を侵した敵だ。そんな人間の戯言に耳を貸してやる義理など欠片も無い。僕がお前に望むことはただ一つ——、僕の前から消えることだ」


「おぉ、怖ぇ怖ぇ。……それにしても、予想以上に早かったな。良い情報屋がいるのか、もしくは幹部の中の誰かがゲロったのか……まぁどっちでも構わねぇか。


「頼子はどこへやった?」


「もっと他愛無い会話を楽しめる余裕を持とうや。……そこだよ」


 蓮は鼻をくいっと横へやる。それを常春が視線で追う。


 簡素な白いワンピース姿の頼子が、グランドピアノにもたれて眠っていた。


「おらよっ!」


 頼子を見つけた時のほんの微かな気持ちの緩みを的確に突くように、蓮の靴裏が常春の両手が握る刀の柄を踏み蹴る。大きく弾かれるが、受け身をとって、しゃがんだ状態のまま蓮を真っ直ぐ睨んだ。


 それに怯むどころか、楽しげに笑う蓮。


「安心しろって。まだ何もしちゃいねぇよ。ちょっと俺の「気」を当てて眠ってもらってるだけだ」


 そう告げられても、常春の刺すような睥睨は続く。


 これから蓮が何をしようとしているのか、すでに知っているからだ。


「——『戈牙かがもの』はもう過去の遺物だ。『戈牙者』と、それらが住んでいた里はもう存在しない。『戈牙者』は敗戦とともに、遺伝子だけを遺して滅んだんだ。もう終わったモノに、どうしてそれほどまでに固執する? 『戈牙者』の里を復活でもさせるつもりか?」 


伊勢志摩いせしま常春とこはる、お前は喉が渇いた時には水を飲むだろう? それと同じだよ。本能だ。強い女を手に入れてぇ、抱きてぇ、孕ませてぇ、ガキ産ませてぇ……俺の中に宿る『戈牙者』の血が命じる行動を、命じるままに取っているだけだ。むしろ俺は逆に、お前の方が不思議でならねぇよ?」


「何っ?」


「『戈牙者』の女が目の前にいる。しかしお前はその女を欲しがらないどころか、あまつさえ突き放したらしいじゃねぇかよ? 理解不能だ。今更になって、お前が本当に『戈牙者』であるのか疑わしくなってきたぜ」


「……僕はお前とは違う。師から大切に育てられ、強力な技と、それを振り回す上で大切な武徳を教えられた。そんな僕だからこそ、まだ『戈牙者』としてまっさらな頼子を、お前のような人間にしてはならないという責任があるんだ」


「責任っ? 責任ねぇ!? 責任ときましたか!? ははははっ!! 確かにそうだ、お前は俺とは違う。俺は『戈牙者』であることに責任なんざ感じちゃいねえしなぁ!」


 蓮は揶揄するように笑いながら言う。


「——責任とか武徳とか、くだらねぇよ。そんなもんはなぁ、才能や実力のある人間に嫉妬した非才で非力なカス共が、ソレっぽい理屈で力ある奴をコントロールするためのこすい詭弁だ。そんなもんをわきまえたところで何になる? 足枷にしかなんねぇんだよ。俺はそんなマゾヒストじゃねぇ。責任とか武徳とかを愚直に守ってやがるお利口なワンちゃん共を、チキンかじりながら見下ろす側だ」


「だから、僕を襲わせたのか。自分は高みでふんぞり返って、手下の手で」


「煽ってるつもりか? それもまた俺の力の一つだよ。親も金も住む家も何も無ぇ状態から、この「血」と力のみで這い上がり、築き上げた、俺の力の産物なんだよ。どんな奴も、俺のこの力の前では木偶の坊だったさ。この力があれば何だって思いのままだ。——こんなふうになぁ!!」


 蓮は頼子へ向かって片手をかざし、鋭い『気迫』を叩きつけた。


 至近距離の雷鳴のごときショックをぶつけられた頼子はビクッと身を震わせ、一気に目を覚ました。


 わけもわからず周囲をキョロキョロと見回し、蓮と対峙している常春へ視線を向ける。


「常春っ……!?」


 すっかり起きた頼子に、蓮はにやりと邪な微笑を見せる。


「おい、きっちり見とけや。——今からテメェの愛しの常春くんをバラバラにしてやるからよぉ」


 頼子は大きく目を見開いて息を呑み、絶句する。


 『戈牙者』として発展途上である自分の手に余る事態。それでもその惨劇を止めんとばかりに、抜けた重い腰を上げようとする。


「——大丈夫」


 しかし、常春はそう告げた。


 優しく、柔和に、しかしその響きの中に確かな芯のごとき意思を込めて。


 頼子も、起き上がるのをそこでやめた。すがるような声で、


「……常春」


「昨日は、ごめんね。いろいろきつい事言ったと思う。でも、僕はそれでも、君には明るい道を歩いてほしかったんだ。君の師匠として、そして……同じ『戈牙者』として」


「ううん。むしろ……ウチを叱ってくれてありがとう。もしもあんたがああ言ってくれなかったら……ウチ、絶対にと思う」 


 頼子は呼吸を整えてから、精一杯の微笑を作って言った。


「明日からは——また武術教えてよね。殺したりするためじゃなくて、あんたみたいに『日常』を守るために」


「ああ……いいさ。謹慎はもうやめだ。明日からは来なさい」


「うん。だから…………絶対に負けないで」


 常春は頷く。それから、蓮を再び向く。


 蓮は冷やかすように言った。


「おい、良いのかよ? もうちょい話してもいいんだぜ? これが今生の別れになるわけだしなぁ。生き残ったとしても、五体満足じゃねぇだろうさ。そしてお前をそんな風にした俺の力の前に、お前の可愛いお弟子ちゃんも服従を本能的に誓ってくれんだろうしよぉ」


 そんな蓮に対し。


「——君は可哀想な奴だな」


 これ以上無い憐憫を込めて、そう告げた。


 余裕綽々だった蓮の笑みが、ピクリと眉を揺らす。


「……おい、今なんて言った?」


 取り繕うように抑制された蓮の声。言外の圧力を感じる。並の人間なら、そこで気圧されて言いよどんでしまうことだろう。


 しかし、並の人間ではない常春は構わず言い放った。


「可哀想だ、って言ったんだ。君は人として、あまりに歪だ。誰かの手を掴むんじゃなく、爪を立てることしかできない。欲しいモノが手に入らなければそれを迷わず奪いにかかる。それが誰かの大切なモノであったとしても、慈悲も無く」


「この世は争奪と略奪で成り立ってんだよ。お前ほどの人間ならわかるだろ? 奪うことは強者の権利であり義務だ。お前の武術だって、元々はそんな連中から身を守るために生まれたものなんだぜ?」


「そうだ。だから僕は今、君と戦うんだ。誇りも、慈悲も、情愛も、信念も、何も無い……剥き出しの「力」しか持たない君というから、『日常』を守り、勝ち取るために」


 蓮から、爆風のごとき『気迫』が急膨張した。


 頼子は小さく悲鳴を漏らして跳ね飛ばされるが、常春は一歩も動かず、微風のごとく後ろへ流した。


 それを見て、蓮は憤怒と戦意で歪んだ、熾烈な笑みを見せた。


「『日常』の定義はなぁ、人によって異なるんだよ。アニメ見て弟子育てて呑気に過ごすのがテメェの『日常』なら、


「……そうか」


「だったらこれからやる殺し合いの意味が分かんだろぉ? ——今からやるのはだ。テメェの『日常』と、俺の『日常』、どっちが強ぇのか。そういう戦争だ」


「ああ……そうだな」


 常春はおもむろに刀を後方へ隠すように構えた。


 地の底まで降ろす気持ちで、情の熱を沈める。


 戦闘において余計な思考の一切が消え去り、後に常春の体に残ったのは、年月をかけて培ってきた武芸のノウハウのみ。


 純粋な「武」と化した常春は、冷厳に言い放った。


「——来い、『非日常』」

「——かせ、『非日常』」


 同じく鞘走った刀を構えた蓮も、獰猛どうもうに応じた。


 戦の申し子二人による、死闘が始まる。



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 書き溜めはこれにて終了。

 今回も短いですが、キリの良い場所で終わらせたかったもので。

 次はラストまで書き溜めますので、最後までお付き合いくださいませ。




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