渇望

 気がつけば、東の端にあった太陽は、すでに西の端へと差しかかっていた。


 それまでの間、頼子よりこはずっと十喜とき珠神社たまじんじゃを出ることなく、ひたすらに弾腿だんたいを練っていた。


 時間さえ忘れるほどに。


 いつもは少し汗をかいただけで気にするのに、今は着ているジャージ全てが汗を吸って重くなってもなお気にも留めず、練功を続けていた。


 すでに六時間は確実に動き続けている。


 しかし、頼子の体には疲労どころか、さらなる活力が無限に湧いてくるようだった。


 己が身に流れる「血」が、急かすように求める。


 もっと武を。

 もっと力を。

 もっと闘争を。


 自分でも少し過剰だと実感するくらい、頼子の体は武を求めていた。


 過剰だと分かっているのに、止められない。


 もっと技を身につけたい。

 もっと力を高めたい。

 その技と力でもって、もっと戦ってみたい。


 もっと、もっと、もっと——


「——よぉ。良い汗かいてんなぁ? 宗方頼子むなかたよりこ


 境内にそんな他者の声が響かなかったら、頼子は陽が落ちてもなお練習をし続けていたことだろう。


 振り向く。


 目を剥いた。


「……あんた、安西蓮あんざいれん?」


 蓮はニッと口端を吊り上げる。


「覚えていてくれて嬉しいねぇ」


「……常春ならいないわよ」


「へぇ? 珍しい。なんか機嫌悪そうだが、ケンカでもしたのかぁ?」


「関係ないでしょ。ほっといてよ」


 捨て置いて練習を再開しようとした瞬間、蓮が突然頼子へ急迫してきた。


 顔に鋭く迫るは、両眼を狙った指突しとつ


 突発的に訪れた生命の危機に、しかし頼子は迅速に反応してみせた。大きくのけ反って指突を回避しつつ、鋭い足先蹴りを金的へ弾丸のごとく撃ち出す。


 しかし、蓮はその蹴りを両膝で挟んで受け止め、その状態で身をひねる。挟まれたままの頼子の片足がそのひねりの勢いに持っていかれ、境内の地面を転がされる。


 脊髄反射のレベルで見事な受け身を取りつつ蓮へ向く。すでに蓮は間近まで押し迫っていて、ボールに対してするような蹴りを猛然と放っていた。


 振り子のような軌道でやってきた蹴りの弱所を、頼子は瞬時に、的確に見抜いた。蓮の蹴り足の大腿部と、膝の少し下の辺りをそれぞれ両手で押さえる。遠心力でやってくる蹴りは、その振られるリーチの内側を押さえることで簡単に止められる。


 さらに頼子は勢いよく跳ね上がり、その勢いで頭突きを顔面に浴びせようとする。しかし、寸前で頭を引っ込められて空振りに終わる。


 蓮は、頼子が跳び上がった勢いの流れに、担ぎ上げる。空中で半月の軌道を描かせ、背中から境内の地面へ叩きつけた。


「っはっ——」


 あまりの衝撃に一瞬、息が止まる。


 遅れてやってきた、じんわりと沁み入るような鈍痛。


 それでも立ちあがろうとした頼子の胸の真ん中に、体重を込めた蓮の片膝が乗せられた。地面に縫い止められる。


「……いいねぇ。やっぱお前、だわ」


 蓮はその虎じみた瞳を光らせて愉快そうに微笑むと、頼子の顔に手を添える。


 次の瞬間、その手から何かが勢いよく膨れ上がるような感覚とともに、頼子の意識は暗転した。


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