アニオタ、強盗に入られる
突然の発砲。
まして銃などそうそうお目にかかれない日本という国でだ。
出会い頭の銃撃に対処できる人間など、滅多にいるはずがない。そんなのはヤクザや兵隊にだって無理だ。
そんな銃撃から逃れられる人間がいるとすれば、よほどの幸運持ちか、よほどの異常者。
「——へぇ」
撃った弾が廊下の向こう、リビングのベランダ窓を穿ったのを見て、
避けたのだ。
ハイパワーの引き金を引く寸前、するりと滑るようにその身を弾道から逃がして見せた。
アニメキャラTシャツを着た、小柄で華奢な男子高校生。
合気道の開祖である
このアニメキャラTシャツの少年は、この若さで植芝盛平のごとき神業を見せたのだ。
(間違いねぇ。こいつは——『
好戦的な破顔を浮かべた。
体の内側から湧き立つ闘争心のまま、ハイパワーを二度、三度発砲。それらはことごとく避けられる。
なおかつ、近づかれた。拳銃を伸ばす腕の内側。拳法の間合い。
これから来るであろう打撃に対して機先を制する形で、蓮は膝を鋭く持ち上げた。狙いは常春の胸部ど真ん中の急所——『
急所攻撃を放置などできない。常春はやはり胸の前に両手を構えた。
その瞬間、蓮は曲げていた膝を勢いよく伸ばした。踏みつけるような前蹴りが常春に衝突。
常春の軽い体が吹っ飛ぶ。その吹っ飛んでいる最中に拳銃を放てばいいわけだが、
「痛っ……!」
吹っ飛ぶ寸前、常春は拳銃を握る蓮の右手の経穴『
キャッチしようと手を伸ばすが、体勢を立て直した常春が瞬間移動のごとく急接近し、ハイパワー拳銃を蹴っ飛ばした。
大きく放物線を描き、廊下沿いの脱衣所の中へと跳ね返って落ち、バァン! と暴発。
「きゃぁっ!!」
その音にびっくりしたのか、キッチンから
「頼子っ!! そこで頭を抱えて伏せててっ!!」
今まで聞かせたことがないほど切羽詰まった声でそう指示する常春。
本当はちゃんと様子を見にいきたいが、そんな余裕は無さそうだった。
「ははっ! すげぇ速ぇ!! それが『
懐から新たな武器——バタフライナイフを取り出した黒スーツの少年が、その刃で斬りかかってきたからだ。
幾度も的確に急所を狙ってくるそのナイフを紙一重で躱しながら、常春は反撃の隙をうかがっていたが、まったく隙を見出せない。
(この男……ナイフの方が動きが良い。それにこの動き、どこかで見たことが……)
避けたりいなしたりしながら、常春はリビングまで追いやられる。——頼子はカウンターの向こうのキッチンで、ちゃんと頭を抱えて身を伏せていた。暴発した銃弾に当たった様子は無く、安堵した。
それに何より、広い場所に来れた。
常春の本領は、ここでこそ発揮される。
瞬時に敵から遠ざかる。
『軽身功』の軽やかさを活かし、黒スーツの少年の周囲を、弾むゴムボールのごとく止まらず移動し続ける。
速度は緩やかだが、縦横無尽でパターンが無く、相手を撹乱させることはできる。
蟷螂拳の『
しかし、いくら動き回っても。
(攻められる隙が無い……!)
分かる。常春が狙った隙を即座に的確に埋め、なおかつ「ブラフの隙」を自ら作って誘い出そうとしてくるのが。
二人にしか見えない「攻防」が、二人の間で繰り広げられていた。
そうして攻めあぐねていた時だった。
黒スーツの少年の、虎のような瞳が、カッと見開かれた。
不可視の圧力が、爆風のごとく周囲に発散された。
「————っ!?」
軽やかに跳ね回っていた常春のステップが、止まった。
いや、止められた。
黒スーツの少年は、まだ間合いの遠く彼方。銃も持っていないし、何かを投げつけられてもいない。とても攻撃を当てられる位置関係ではない。
にもかかわらず、この謎の圧力。
これ以上前に進めないほどの、暴風のような、見えない力。
それでいて、筋肉が、骨が、頭の内側がビリビリと痺れる、電気的な性質を持つ力。あまりの気持ち悪さに判断力が鈍りそうだ。
——武術の世界には、触れずに相手を攻撃できる手段がいくつかある。
そういった技は、表の世界においては眉唾扱いされているが、それでも歴史上いくつか例が存在する。
ある古流柔術の一派では『
宮本武蔵の
——気迫。
そう、これは『気迫』なのだ。
ただ睨みつけて相手を心理的に萎縮させる威圧ではない。
その人物の存在そのものの強大さ。存在の力。
強大な存在感から発せられる「気」の圧力。
相手が常人であるならば、わざわざ殴りに行かなくても、これだけで無力化させることができるだろう。胆力の弱い者なら、この「気」だけで心臓が麻痺して死にかねない。
これほどの「気」を持つ人間を、常春は数えられるくらいしか知らない。師である
だが、知っている。
ゆえに、こういう場合、どうすればいいのかを、常春はちゃんと心得ている。
ナイフを持って迫る少年。しかし常春はそれに一切慌てることなく、
「——
内に押し留めていた「気」を、外へ発散させた。
消えた。少年のもたらしていた「気」の圧力が、常春の「気」で跳ね返された。一気に体が楽になり、頭の痺れも消えて思考が冴える。
その様子に驚愕していた少年の鼻っ面を、電光が閃くような一拳で打った。ボクシングのジャブよりも
ぱぁん! という小君良い音が鳴る。
「ぐぉっ……」
少年は跳ね返ったように顔をのけ反らせる。
数歩たたらを踏んで離れる少年。
常春は追い討ちをかけようとするが、ふと異変を感じて足を止めた。
敵意が消えている。
それを裏付けるかのように、少年は手元のバタフライナイフを華麗に折りたたんで刃を閉じ、懐へしまった。
垂れる鼻血をハンカチで拭うと、黒スーツの少年は笑った。
「——手荒な真似をしてすまなかったなぁ。初めまして。俺ぁ『唯蓮会』会長の
まるで、十年来の旧友と出会った時のように。
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