アニオタ、人命救助をする(ただし原因は自分)

「————はっ!?」


 そしてすぐ、暗転したじんの意識が一気に明度を取り戻した。


 思わず周囲をきょろきょろと見回す。

 自分は今まで何をしていた? 

 そうだ伊勢志摩いせしま常春とこはるだ。そいつと戦っていて、胸に寸勁を打ち込まれて……そして。


「大丈夫ですか?」


 声が降ってくる。見上げると、常春の顔。背後にいるようだ。身長はこちらの方が高いというのに、常春の頭の位置が高い。……自分が今、座っていることに気づく。常春はしゃがみ姿勢。


 さらに確信する。——自分は、気を失っていたと。


 肝を冷やした様子で遠巻きに見てくる手下どもを捨て置き、仁は常春に訊いた。


「……俺は、何秒意識を失っていた?」


「五秒」


 些事であるかのように告げられたその言葉で、仁はこの勝負の終点を見た。


「——俺の負けだ。お前はこの五秒の間に、俺を簡単に殺せたはずだ。である以上、武人ブサーとして負けを認めんわけにはいくまい」


「よかった。そう言ってもらえて、助かります」


 常春はにっこり笑うと、仁の動かない右腕を持ち上げ、その脇下をポンと叩く。……右腕の神経の疎通が戻り、麻痺が治った。まるでスイッチを切り替えたかのようだ。


 そんな芸当を当然のごとくやってのけた常春を改めてぼんやり見つめてから、もう一度確信する。俺の、負けだな。


 仁はおもむろに立ち上がると、常春から一歩距離を取り、深々と一礼した。


「——すまなかった。この戦いは、俺のわがままだったのだ」


「わがまま、ですか?」


 常春の問いかけに、仁は「ああ」と肯定。部下を一瞥してから、


「お前の武術が蟷螂拳とうろうけんであるという情報は、こいつらからの証言ですぐに分かった。だから、戦ってみたかったんだ。……使中国武術が今時どれだけ稀有な存在であるのかは、お前も知っているだろう? それゆえに「メンツを守るため」という理屈を大義名分に、お前を戦いに引きずり込んでしまった。……重ねて謝罪する。それと、感謝する」


「いや、僕は全然構わないんですけど——」


 常春は隣の頼子よりこへと一瞥してから、「彼女への謝罪がまだだ」と告げた。


 仁はそのことも織り込み済みだったのか、すぐに頼子へと視線を移し、常春に対してと同じように深く一礼。


「——このたびは、三番隊うちの馬鹿どもが無作法を働いたこと、このとおり謝罪する。平にご容赦願いたい」


「へ? いや、あの、えっと………………はい」


 あまりに潔い謝罪姿勢に毒気を抜かれたのか、頼子は目をしばたたかせつつ謝罪を承認。


「ところで、体はなんともないですか?」


 常春が仁に問う。五秒だけとはいえ、心臓を止めてしまったのだ。一応は異変の有無を問うておく必要があった。


 仁は気のいい笑みを浮かべて答えた。


「ああ。問題はない。お前が素早く『誘い活』で蘇生してくれたからな」


 誘い活とは、常春が先ほど使った蘇生法だ。両肩甲骨の中間にある神道穴しんどうけつを気合いとともに膝で刺激し、止まっていた心臓を復活させたのだ。


「中国武術をマトモに使える人でしたら、この武久路には他にもいますよ」


「知っている。『正伝聯盟せいでんれんめい』師範の劉秀剣りゅうしゅうけんだろう? 確かに奴の化け物ぶりは、少し動きを見ただけですぐにわかるほどだ。だが……


 仁は一瞬震えた。……思い出したからだ。常春の技や動きの冴えや、平気な顔で心臓を止めたりしてくる冷酷な行動力を。


「武術家に一番大切なものは技ではなく、「眼力」だ。相手の強弱を明確に見分けられる「眼力」があるのと無いのとでは、生き残れる確率が違う。——ハッキリ言って、初めてお前を見た時は挑むのをやめようかと思ったよ。だが、部下に言った手前、もう引き下がれなかったし、何より……これほどの男と一度手合わせしたいという好奇心もあった。そしてこのザマだ」


 そこで仁は、常春を見る目を変えた。


 例えるなら、万金の価値を持つジュエリーの原石を見るような目だった。


「伊勢志摩常春…………お前は、もしや……」


「はい?」


「……いや、何でもない」


 そう言葉を濁すと、仁は打って変わって明るい表情となった。


「さ、そろそろ帰ったほうがいいぞ。もう今頃、午後の授業が始まっている頃だろうからな。……縁があったらまた会おう、伊勢志摩常春」

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