アニオタ、学校を特定される

 三々五々に散った生徒が遠巻きに見ている校門。


 その外側には、な男達が九人立っていた。


「あっ……!!」


 頼子よりこがその九人のメンツを見て、息を呑んだ。


 むべなるかな。


 九人中、の男。……昨日、頼子に強引に絡み、常春とこはるが撃退した連中だったのだ。


 常春が昨日肩を外して吹っ飛ばしたアフロ男もいた。どういうわけか、常春が攻撃を加えた覚えの無い右頬にデカい絆創膏が貼られていた。


 常春は連中の目的を察した。


 ——報復。


 自分も、頼子も、ともに冨刈高校の制服という「身分証」を着ていた。行方を探してこの学校に辿り着くのは当たり前である。


 ああいった連中が、わざわざ会いに来たがる理由は、十中八九が報復目的だ。


 今度は人数を集めて常春に挑む気だ。


 さあどうしようかと常春が考えようとした途端、職員玄関からジャージ姿の大柄な中年男性が憤然と飛び出してきた。体育教師の町田まちだだ。野球部の顧問でもある。


 町田は校門前に来ると、その九人に憤然と言い放った。


「おい! お前達! いったい何のつもりだ!? 生徒が怖がってるだろう! これ以上ここに立っていたら不法侵入で訴えるぞ!」


 野球部で部員を従わせる時に遺憾無く発揮される、特徴的なでかい声。


 しかし九人はせせら笑うだけで、少しも怯みはしなかった。


「俺ら校門の外側で人待ってるだけっすよぉ? 法律の拡大解釈やめてもらっていいっすか?」


「俺らが立ってんのって校門前の歩道なんだよねぇ? 公道だぜ? そこに立つなって、あんた総理大臣?」


「総理なら不景気なんとかしてくっさいよぉ! ずっと上がらない給料上げてくっさいよぉ! はははは!!」


 ゲラゲラと下品な笑いが広がる。


 町田は日に焼けた顔を赤く怒らせ、震えた声で言った。


「貴様ら……!! いい加減にしないと——」


 がしゃぁん!!


 九人の一人が校門へ勢いよく蹴り込み、耳に刺さるような金属音が響いた。


「ひっ!?」


 大柄な体育教師はたったそれだけですくみ上がり、尻餅をついてしまった。


「あ、ちょっとね、校門にゴキブリが這ってたと思ったんですけどねぇ、気のせいでしたわ。脅かしてスンマセェン、センセ」


「んで? いい加減にしないと、どうなんの? グラウンド百周させられちゃうの? それとも千本ノック?」


 九人がまたもゲラゲラ品無く笑い出す。


 町田は今度こそ何も言えず、座り込むだけだった。


 ——そろそろ行った方がいいかも。


「あ、ちょっとっ?」


 校門へ歩き出す常春に、頼子が慌ててついて行った。


 二人が町田の隣に来ると、九人のうち四人が顕著な反応を示した。


「あ、テメェ! 昨日のカマキリ小僧!?」


「昨日はよくもやってくれたなぁ? リベンジに来たぜ?」


「その可愛いツラ、風船みてぇにしてやるよ」


「殺してやる」


 口々に言う四人に、頼子が反論した。


「ふざけないでよ! 元はと言えばあんた達が悪いんじゃないの! 伊勢志摩は悪くないわよ!」


「るせぇ、この乳牛にゅうぎゅう!!」


「にゅっ……」


 男のセクハラ混じりの逆ギレ発言に、頼子は思わず己の豊かな胸部を隠す。その顔はショックを受けているように見えた。


「このままじゃ俺らのメンツが立たねぇんだよ! テメェらトーシロと違って、俺ら玄人はカオで生きてんだ! だから小僧、テメェ今から俺らについて来いや。ウチの隊長殿がテメェをお待ちでいらっしゃるぜ」


「嫌です、と言ったら?」


 常春は物怖じせず、そう言い返した。


 柄の悪そうな(実際悪い)大の男九人に、小柄な少年一人が面と向かって反論している……その状況に、周囲の生徒達がまた別種のざわめきを発した。


 アフロ男はニヤリと笑う。


「それじゃあ仕方ねぇ。お前が大人しくついて来てくれるまで、ここで座り込むとするよ。でもよぉ、俺ら待つのが不得意でよぉ、暇過ぎて下校する女の子にちょっかいかけちゃうかもしれねぇなぁ?」


「そういや、オッパイデカい子多いよなぁ、このガッコ!」


「ぎゃははははっ!! カイデー、カイデー!」


 下品に盛り上がる男達。 


 常春はため息をついた。


「——分かった。その隊長殿とやらに会わせてくれたまえ」


 男達はへへっと勝ちを確信したような笑いを見せた。


「お利口さんじゃねぇか」


「言っとくがよぉ、俺らの隊長は強ぇぞぉ?」


「お前、死んだわ。今からでも念仏唱えとけや」


「分かったから、早く案内してもらいたいよ」 


 急かす常春に男達はムッとするが、舌打ちするだけで済ませ「ついて来い」と促す。


 言われるがまま、常春は校門に背中を向けた九人について行こうとしたが、


「待って! ウチも行くっ!!」


 頼子が、そう言ってきた。


 常春は少し驚いて目をしばたたかせ、即座にノーを突きつけた。


「ダメだよ。宗方さん。危ないよ」


 「普通の女の子」には役不足な状況だ。


 しかし頼子は折れなかった。


「そもそも、こんなことになってるのって、元を正せばウチのせいじゃん。だったらウチだって、無関係じゃないわよ」


「だけど……」


「あんたは何も悪くないじゃんっ。ウチを守ってくれたじゃん。それなのに……どうしてこんな目に遭わないといけないわけっ?」


 常春を真っ直ぐ見つめ、ダメ押しのように言った。


「ウチは、。だから……お願いっ」


 好奇心などのいい加減な気持ちではない。理不尽に立ち向かおうとする強い気持ちを、頼子のその目から感じた。


 ……意外と度胸のある子らしい。


 常春は少し考え、答えを出した。


「分かった。でも、僕から離れちゃダメだよ?」


 頼子はしっかり頷いた。

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