三 封印された堕天使と一緒に姿を消したまりん

 そこはギリシアの首都、アテネにある古代キリシアの、パルテノン神殿の一部を切り取ったような造りの広い、大理石の祠の中だった。全面に広がる床の中央には、十字架に組まれた大理石の柱がある。本来なら、びた短剣で柱に打ち付けられた美しき青年の天使の像があるのだがその姿はなく、封印が解けた堕天使の姿がそこにあった。自身の左胸に刺さった短剣を右手に携えて。

「あんたねぇ……」

 十字架に組まれた大理石の柱の前で、こちら側を背にして佇む堕天使に向かって、体中を震わせながらまりんは憤慨した。

「この私をハグしたあげく、封印する寸前にキスをするなんてどういうつもり?!」

 天神アダムが創り出した金の龍の背に乗って突進したまりんは、その先で両手を広げて待ち構える堕天使を短剣で以て封印、左胸に短剣を受けた状態でハグされたあげく、顔を近づけてきた堕天使にキスまでされてしまった。赤園まりん、一生の不覚である。

「契約者の君を道連れにしたまでだ。ただ封印されるのでは面白くない。君とキスをして、身も心もひとつになったところで封印される。それでこそ、最高のフィナーレになると思ってね」

 堕天使はそこで振り向き、気取った笑みを浮かべてまりんと向かい合った。

「私にとっては、最高に気持ちの悪い悪夢のフィナーレよ。超ウルトラスーパード変態のあなたと一緒に自分自身まで封印しちゃうなんて……人生最大のしくじりよ」

「そうやって、嘆いていればいい。ここは、私の魂が宿る像の中……君の手により封印され、魂となった私は再び祠で眠る像の中に戻って来た。祠を訪れる誰かが像となっている、私の左胸に刺さるこの短剣を引き抜かない限り、君は永遠にここで生き続ける。この私と一緒にな」

「そんなの、絶対にイヤ!でも……」

 大声を張り上げたまりんはそこで切ない表情をすると大理石の床上に寝転んだ。

「どんなに叫んでも、外にいる人間には、この中にいる私の声なんて届かない。だったら……もうなにもしないで、ここで大人しくしていた方がよさそうね」

「……」

 なにもかもどうでも良くなった様子のまりんに、堕天使はうんざりした。敵わない相手に立ち向かい、どんなことがあっても不屈の精神で諦めないまりんを認めていただけに、ここから脱出する方法を見つけようともせずに諦めてしまうとは……

「まりん、君は本当にそれでいいのか?」

「他に方法がないんじゃ、どーすることもできないじゃない……」

「方法ならある。君が持っている堕天の力……それを使えば、ここから脱出することは出来る」

「え?」

 まりんは思わず上半身を起こし、落胆する堕天使を見詰めた。

「私まだ……堕天の力が……使えるの?」

「そうだ。君はまだ、私と契約状態にある。だが……ここから脱出したその瞬間、私との契約は解消し、二度と堕天の力が使えなくなってしまう。それでも良ければ、いま言った方法を試してみてはどうだ」

 ここから脱出したらもう二度と、堕天の力が使えなくなってしまう……

 しばし考えた後、まりんは意を決したように口を開く。

「分かった。あなたがいま、教えてくれた方法を実践してみる」

 まりんはそう、決意に満ちた表情で堕天使を見据えながらそう告げると勢いよく立ち上がった。

「ようやっと、私が認める者らしくなったな」

「はい?」

「敵わない相手に立ち向かい、どんなことがあっても不屈の精神で諦めない、その気持ちが投影する目をした君のことが好きだった。元の場所に戻っても、その気持ちを忘れずにな」

 安堵の笑みを浮かべた堕天使は最後にそう告げて愛おしむように微笑むとまりんを送り出す。

 ちょっとちょっとなんなのよ……これからここを脱出するってのに、そんな顔されたら集中しにくくなるじゃない。

 頬を赤らめて動揺したまりんは内心そう思うと、不意に堕天使から視線を逸らし、再び集中、堕天の力を使ってそこから脱出したのだった。


 美南川県縦浜市美舘山町みながわけんたてはましみたてやまちょう三十五番地。二階建ての大きな洋館を構えた、広大な敷地内に赤園まりんはいた。現在、まりんが佇むこの場所はかつて、母方の祖父母が暮らしていたが、今から五年ほど前に祖母が、その翌年に祖父が他界、それ以降は空き家となっていた。この場所で、この春から一人暮らしをしているまりんは振り向くと、前方に聳える洋館を眺めた。

 戻って……来たんだ。心安らげる、私の居場所へ。

 緩やかな秋風が吹き抜け、赤や黄色に色づく木の葉が華麗に舞う。洋館を見詰めながら切ない表情をしたまりんは、心なしか侘しい気持ちになった。

「まりんちゃん!」

 誰かに呼び止められ、まりんはふと振り向く。シロヤマが息せき切ってこちらに駆け付けてくる姿が見えた。

「もぅ……どこに行ってたの?!堕天使を封印したと思ったら急にいなくなっちゃうんだもの……心配して、めっちゃ探し回っちゃったよ」

「シロヤマ……あのね」

 中腰になって弾む息を整えるシロヤマを見詰めながら、まりんは静かに話を切り出した。冷静沈着なまりんの口から語られた、封印された堕天使と一緒に姿を消したまりんの、その後の顛末を知ったシロヤマはショックを受けた。

「あのヤロー……まりんちゃんを道連れにそんなことまでしやがって」

 おのずと言葉遣いが悪くなるほど、ショックと怒りが同時にこみ上げてきたらしい。シロヤマの顔が一段と険しくなる。

「私も、堕天使のしたことに、強い憤りを覚えたわ。でも不思議ね……こうして、無事に元の場所に戻って来られた今は、堕天使に対するその感情がないの。胸にぽっかりと穴が空いたような、なんとも言えない淋しい気持ちで心が埋め尽くされている。堕天の力を使えば、元の場所に戻れるって、彼がそれを教えてくれたの。それがなければ……こんな複雑な感情を抱くこともなかったのかもしれないわね」

『敵わない相手に立ち向かい、どんなことがあっても不屈の精神で諦めない、その気持ちが投影する目をした君のことが好きだった。元の場所に戻っても、その気持ちを忘れずにな』

 最後にそう告げて愛おしむように微笑む堕天使の彼に送り出されて今に至る。最後の最後で彼の、本当の気持ちに触れたような気がして、まりんの感情に変化をもたらした。これも彼の計算の内なのだろうか、なんてたって彼は狡猾な堕天使なのだから。

「どんな悪者でも、最後は相手思いの優しい人へと生まれ変わる。そんな風に人を変えることの出来る力が、まりんちゃんにはきっとあるんだと思うよ」

 そう告げて、優しく微笑んだシロヤマはふと、とある変化に気付いた。

「そう言えば……さっきまで着ていたのに、今はもう着てないんだね。赤ずきんちゃんみたいな真っ赤なコート」

 平静を装う、鋭いシロヤマにまりんははっとした。言われてみれば確かに着ていない。さっきまで着ていた真っ赤なコートを。

「……堕天の力が、使えなくなったんだわ。ここまで脱出するのに、堕天の力を使ったから……堕天使の彼との契約が解消されたのよ」

 真顔で平静を装うまりんの口から語られた衝撃的な事実を知り、シロヤマが動揺する。

「それじゃ、今のまりんちゃんは……」

「なんの特殊能力を持たない、単なるゴーストになっちゃったみたいね。堕天使を封印することは出来たけれど、祠の管理人さんとの間で生じた問題は未解決のまま……今までは、堕天の力があったから何度もピンチを切り抜けられたけれど、今度からは今までのように行かないわね」

「相手は、祠の管理人さんだからなぁ……堕天の力があってもなくても、一筋縄じゃいかなそう」

 動揺する気持ちを落ち着かせて、なんとか冷静さを取り戻したシロヤマの言葉を繋げるように、まりんは真顔で静かに話を切り出す。

「それだけじゃないわ。今の私は、堕天の力を失ったエターナルゴースト……祠の管理人さんと和解して、元の体に戻れなければ霊界へ連れて行かれてしまうでしょうね。私のような存在を保護するのが仕事の……冥府役人のエディさんによって」

 それだけは、絶対に阻止したい。そんな気持ちから右手の平をきつく握りしめたシロヤマは、

「……出来れば元の体に戻って、今までと変わらない高校生活を送って欲しい。まりんちゃんにとってこの三年間は一生に一度の思い出だから。祠の管理人さんとの間で生じた問題に関しては、俺も無関係とは言えないし、堕天の力には遠く及ばないけれど、まりんちゃんの力になるよ」

 いつになく真剣な面持ちでまっすぐまりんを見詰めながらも、力強くそう告げた。

「ありがとう、シロヤマ」

 シロヤマの気持ちを酌み、優しく微笑んだまりんは礼を述べると、

「じゃ早速、力になってもらおうかしら。あなたの神力で、私にぴったりな武器を具現してもらいたいの」

 そう言って、大人の女性らしい色気を出してシロヤマを頼る。

「それなら、おやすいごようだ!」

 得意げにウインクしたシロヤマ、神力で以て具現化した銀色の剣をまりんに手渡したのだった。

「他になにか、力になれることはない?」

「そうね……」

 シロヤマに促され、銀色の剣を片手にしばし考えたまりん、ふとあることを思い出す。

「あるわよ、シロヤマ……今から私と、一対一の真剣勝負をしましょう!」

「えっ……?」

 シロヤマにとっては予想外だったらしい。わけが分からずフリーズした。

「先攻はあなたから……本気で、かかってきなさい」

「いや、待ってまりんちゃん。俺、女の子相手に本気で戦えないよ」

 困惑の表情をして待ったをかけるシロヤマ、その姿にうすら失望感を滲ませた表情でまりんは溜息を吐いた。

「しょうがないわね……なら、私から行くわよ」

 そう、静かに告げたまりんは銀色の剣を片手に駆け出すと、シロヤマの方へ攻め込んだ。両手で柄を握り、振りかぶったまりんの剣が、咄嗟に剣を受け止めたシロヤマの大釜と交差する。

「いきなりどうしたのさ……俺はもう、まりんちゃんの敵じゃないよ?」

「分かってるわよ、そんなこと……ちょっと、確かめたいことがあるの。だから、本気で付き合ってよ」

「確かめたいこと……?」

 まりんちゃんが、俺を使ってなにかを試したがっている……?

 そんな考えから突如としてぴんと来たシロヤマは、

「……いいよ。俺で良ければ、相手になってあげる。ただし、手加減なしだから」

 自信に満ちた含み笑いを浮かべて、シロヤマは気取った口調でまりんにそう告げたのだった。


 気がつけば、凜然たる雰囲気を漂わせて、銀色の剣を右手に携えるまりんが、その足元で大の字に倒れているシロヤマを見下ろしていた。

 遡ること五分前。各々の武器を手に、まりんとシロヤマは一対一の真剣勝負をしていた。

 死神結社の中でも、強者の部類に入る死神のシロヤマとの対戦はこれで二回目となるが、まりんにとって圧倒的に不利的状況にあった前回とは違い、今回はそれとは真逆の、圧倒的有利につき、シロヤマを負かすことが出来たのである。銀色の剣を片手に涼しい顔でシロヤマを見下ろすまりんの顔やその華奢な体には傷ひとつついていない。

 一方、まりんの足元で大の字に倒れるシロヤマは、全身泥ですすけて傷だらけになっていた。

「おっどろき……俺、いつの間にこんなに弱くなっちゃったんだろう」

 大の字に倒れ込んだまま、ぽかんとした顔でぽつりと呟いたシロヤマに、真顔でまりんが応じる。

「あなたが弱くなったんじゃないわ。私が、一時的に強くなっただけ……実戦では、武術に長けていないと命取りになる。そんな理由から、シェルアが私に与えてくれたのよ。一ヶ月限定で、シェルアが持てる武術全てをね」

「それじゃ……」

 そこで初めて上半身を起こしたシロヤマは、理解したように口を開く。

「今のまりんちゃんは、シェルアと同等の武術を身につけてるってことだね?それが本当かどうかを確かめるために、結社の中でも強者の俺と真剣勝負を……」

「それを確かめるためには、こうするしかなかったの。ごめんなさい、シロヤマ……そして、ありがとう。あなたのおかげで私、自信がついたわ」

「それはなによりだ」

 どこか吹っ切れた様子で礼の言葉を告げたまりんに、ふと穏やかに微笑んだシロヤマはそう返事をした。

 まりんの自宅周辺は、堕天使によって広大な砂丘へと変貌していたが、堕天使が封印されたことで元の姿を取り戻していた。

「いい加減……そこからどいてくれないか?」

「絶対に、イヤです!」

 赤園まりんの住宅前にそびえる鉄柵の門の前で、頑として拒否する制服姿の男子高校生と向かい合う赤い着物を着た男が面倒臭そうに溜息を吐いた。

「あんた、祠の管理人だろう?赤園に、なんの用があって来たんだよ」

「君には、関係のないことだ。それと……俺は一度も、祠の管理人と名乗った覚えはない」

 面倒臭そうに返事をした男に、冷静沈着な雰囲気を漂わせながら、細谷くんは真顔で口を開く。

「赤い飾り房付きの黒い剣。聞くところによると、いま挙げた特徴の剣を持っている人こそが祠の管理人なんだそうだ。

 今、あんたが左腰に提げているその剣こそが、自身が祠の管理人であることを証明している……もう、言い逃れは出来ないよな?」

 聳え立つ、鉄柵の門を背に腕組みして仁王立ちをしながら、眼光鋭く細谷くんはそう言って相手に迫った。まるで、頭の切れる探偵を彷彿させるような男子高校生を、真顔で見据えていた男がやがて、観念したように返事をする。

「……剣の特徴だけで、俺の正体を見破るとはたいしたもんだぜ。けどな、正体を見破ったところで、今の君の力じゃどうすることも出来ないのは明白だ。出来れば、君自身を傷つけたくはない……だからそこをどいてくれ」

「お断りします」

 気取った笑みを浮かべて細谷くんを賞賛した祠の管理人に対し、まんざらでもない笑顔を浮かべることもなく、細谷くんは真顔できっぱりと拒否した。

「参ったな、こりゃ……」

 頑としてそこからどこうとしない男子高校生に、困惑の表情をした祠の管理人さんが途方に暮れる。

「あらあら、よそのお宅の前でなにをしているのかしら?」

 その、どこか聞き覚えのある気取った男性の声を耳にし、祠の管理人さんが顔を向けると……

「ローレンス……っと、エディ!」

 秋らしくも落ち着いた色合いのコーデの私服に身を包むうら若き女性……いや男性のローレンスと、ほんのり上品さ漂うラフコーデの私服に身を包むエディの二人が揃って姿を見せる。

「おまえ達……こんなところで、なにしてるんだ?」

 腑に落ちない表情をする祠の管理人からの質問に、エディが真顔で返答をする。

「昨夜からクラスメートの友人と連絡が取れないと、ここにいる女子高校生の彼女から話を聞きまして……急遽、店を閉めて様子を見に来たんですよ」

「確か……ローレンスがマスターになって、二人でカフェをやってるんだったな」

 真顔で口を開いた祠の管理人さん、エディに代わり、ローレンスが真顔で返事をする。

「ええ、そうよ。ここにいる彼女は、あたしの店の常連客なの。だから、話を聞いたらいてもたってもいられなくなって……心配で、様子を見に来たってわけ。まさかこんなところで、あなたと遭遇するとは思わなかったけれど」

「ここの家主に用があって来たんだが……そこにいる男子高校生に阻まれてな」

「あれ?細谷くんじゃない」

 私服姿の黄瀬りりかが、細谷くんの存在に気付き、きょとんとした顔をする。細谷くんは、ポーカーフェースで黄瀬りりかと会話をした。

「黄瀬も、赤園と連絡が取れなかったんだな」

「それじゃ……細谷くんも?」

「ああ……心配になって、様子を見に来たんだ」

「制服で……?」

 今日は学校休みだよね?

 腑に落ちない表情をした黄瀬りりかに尋ねられ、気まずい表情をした細谷くんは言葉に詰まった。まさか、戦闘する気満々で制服を着てきたとは言えない。そこで細谷くんは、

「実は……学校に忘れ物してきちゃって……赤園の様子を見てから学校へ行こうと思っているんだ」

 考えに考えた末の、苦し紛れの言い訳だった。この細谷くんの言い訳を、面前にいる黄瀬りりかはどう受け止めたのだろうか。

「なぁんだ、そうだったんだ……」

 納得したように微笑みながら、黄瀬りりかは間延びした返事をしたのだった。細谷くんが内心、ほっと安堵したのは言うまでもない。

「おい、お前達……」

 どうやら同じ学校の生徒らしい高校生達が会話をしている最中、そっと近づいた祠の管理人さんが、ローレンスとエディにしか聞こえない音量で話を切り出す。

「あそこにいる男子高校生には気をつけろ。地球上最強の剣士の異名を持つニコラウスの弟子にして強力な死狩人ハンターだからな。ここは、天神アダムが張り巡らす結界の中……何が起きてもおかしくないこの中に、一般人を留まらせておくのは危険だ。お前達であの高校生の二人を、安全なあの家の敷地内へ避難させてくれないか?」

 シリアスな雰囲気を漂わせて協力を要請する祠の管理人さん、唖然としたローレンスとエディは思わず、顔を見合わせた。

「ちょっと、うそでしょ……?あたしたち……いつの間にか、天神アダムの結界の中に入っちゃったってこと?」

「どうやら、そのようですね……」

 静かに動揺するローレンスに、冷静沈着な雰囲気を漂わせながらも平静を装い、返事をしたエディは、

「ねぇ君達、ここで長話をしているのもなんだから、そろそろお友達のところへ行った方がいいんじゃないかな?」

 店の常連客である女子高校生に向かって微笑みかけながらも優しく促した。

「あぁ……そうですね……」

 女子高校生がそう、ばつが悪そうに微笑みながら返事をする。

 家の前がなにやら騒がしい……と思って、顔を出したまりんは、鉄柵の門の前で細谷くんとりりかちゃんの姿を見つけて驚きの声を上げた。

「あれ……細谷くん?それに、りりかちゃんも!」

「赤園……」

「まりんちゃん、やっほー」

 まりんに背を向けていた細谷くんが真顔で振り向き、りりかちゃんが笑顔で手を振りながら挨拶をする。

「とにかく、二人とも中に入って。それと……」

 鉄柵の門を開けて二人を中に入れたまりん、気遣わしげにエディさんの方に視線を向ける。

「僕達のことは気にしないで。用が済んだら帰るから」

 気さくに笑いながらそう言うとエディさんは、まりんを気遣った。

「そう言うことなら……」

 控えめに微笑んだまりんはそう返事をして軽く会釈をすると、体の向きを変え、安堵の笑みを浮かべる細谷くんとりりかちゃんを連れて、自宅に戻った。エディに向かって、ローレンスが気取った口調で声をかける。

「どうやら天神アダムが結界を張り巡らせているのは、この辺だけじゃないようね」

「ええ、この家の周囲もまた、天神アダムの結界により、護られているようです。ほんの僅かですが……この周辺に張られている結界を透過する太陽光と、この鉄柵の門を透過する太陽光の色が違って見えますしね」

 控えめに笑いつつもエディはそう、得意げに返事をした。

「ここが、アダムの張った結界の中ということはおそらく、結界を張った張本人もどこかで様子見をしているということ……迂闊な言動は控えめにしないと、命取りになるわね」

「ここは、我々が管轄するエリア……そんな場所で一体なにが起きているのか、危険を伴いますが見届けさせてもらいましょう。異存はないですよね?祠の管理人さん」

 不意に、険しい表情をしたエディが祠の管理人さんを一瞥して問いかける。

「ああ……邪魔にならないようにしてくれたらな」

 ニヒルさを漂わせながらも気取った笑みを浮かべて、祠の管理人さんはそう返答したのだった。

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