四 赤ずきんちゃんと祠の管理人さん

 冥界は、死神結社の中でも強者のひとりとしてカウントされているシロヤマと一対一の真剣勝負をし終えた後のことだ。銀色の剣を右手に携え、その場に佇むまりんのもとに、天神アダムがやって来た。

「無事に、堕天使を封印出来たようだな」

 安堵の笑みを浮かべて、アダムがまりんに話しかける。

「はい。一時はどうなるかと思いましたが……神様のおかげで、なんとか堕天使を封印することが出来ました」

 慎みの笑顔を浮かべて、天神アダムと向かい合うまりんはそう、穏やかに返事をした。

「私から君に、これを渡しておこう」

「これは……」

 アダムから真っ赤なスカーフを受け取ったまりんは、怪訝な表情をする。凜々しい笑みを浮かべて、アダムが口を開く。

「ここに来る前、地球上で最強の老剣士から預かった。彼が言うには、自身が持つ最強の死封の力が宿るお守りだそうだ。それを身につけているだけで災いから君を護ってくれるらしい」

 老剣士とは、現在ゴースト化しているまりんの魂を回収するために、死神結社の総裁カシンがこの世に降臨した時に出会っている。細谷くんからもらったお守りの中から現れた青江神社の最高神とともに体を張って、カシンからまりんを護ってくれたのだ。

「今度会ったら、お礼を言わなくちゃ。今の私にとって、最強のお守りだわ!」

 ほんのり頬を赤く染めて微笑むとまりんは、襟元に結わいているネクタイを外し、老剣士の赤いスカーフをそこに結んだ。自宅を囲む鉄柵の門の前が騒がしいことに気付き、まりんがそこに駆け寄ったのは、それからすぐのことだった。

「赤園……元気そうで、本当に良かった」

「もう!昨夜からずっと連絡がつかなかったから、すっごく心配したんだからね!」

「スマホの電源切っているのを忘れてそのままにしちゃってたんだ。それに気付いたのがついさっきで……本当にごめんなさい」

 安堵の笑みが浮かぶ真顔の細谷くんと、心配するあまり眉を上げたりりかちゃんの二人に、まりんは曖昧に笑いながらもそう言って、申し訳なさそうに詫びたのだった。


 りりかちゃんと細谷くんを心配させたお詫びに、まりんは二人を家の中に招待する。

「細谷くん……お願いがあるんだけど」

 液晶テレビに映し出される謎解き冒険ファンタジー映画『アニーと雪の王子さま』のブルーレイを鑑賞するりりかちゃんをリビングに残し、お菓子や飲み物を用意するためキッチンへと移動したまりんは、手伝いを買って出た細谷くんにさりげなくお願い事をする。

「いま、堕天使絡みでごたついてて……りりかちゃんを、ひとりにさせておけないから、私が戻って来るまで一緒にいてあげてくれる?

 ここは天神アダムの結界に護られているから、結界の外に出ない限り大丈夫だし、りりかちゃんは一般人だから、彼らも手を出してこないとは思うけれど……」

「分かった。俺で良ければ、協力するよ」

 凜々しい表情をして頷いた細谷くんは返事をすると、まりんに注意を促す。

「この家の門の前に、祠の管理人がいた。なんか赤園に用があって来たみたいだけど……気をつけろよ」

「分かったわ。ありがとう、細谷くん……りりかちゃんのこと、お願いね」

 穏やかに微笑んで礼を告げるとまりんは、りりかちゃんを細谷くんに託し、キッチンから出て行った。

 本当は、俺も一緒に行きたかったんだけどな……赤園の言う通り、黄瀬をひとりにさせられないし……しょうがないか。

 黄瀬りりかに気付かれないよう、リビングを避けて廊下側から玄関へと向かったまりんを見送りながらもそう思った細谷くんは、

 ちらっとだけど、家に入る前に天神っぽい人の姿を目撃したし、死神のあいつもきっと傍についている筈……シロヤマ、赤園のこと、頼んだぞ。

 この一ヶ月間、一度も姿を見ていない死神のシロヤマに、赤園まりんを託したのだった。

 なるべく音を出さずに玄関の戸を閉めて、聳え立つ鉄柵の門まで闊歩するまりん、面前でスタンバっているシロヤマと合流する。

「心の準備は出来たかな?」

 気取った笑みを浮かべてその場に佇むシロヤマがそう、まりんに尋ねる。

「ええ、準備万端よ」

 精悍な顔でまりんはそう、返答をした。

「そうかい……」

 気取った笑みを浮かべたまま、満足げに返事をしたシロヤマ、悠然とまりんの方へ歩み寄ると、

「それじゃ、行こうか」

 自身の神力しんりょくで以て具現化にした銀色の剣を差し出し、覚悟と自信に満ちた含み笑いを浮かべてまりんを促した。

 来たか。

 不意に気配を感じ取り、気付いた祠の管理人さん、歩幅をそろえてこちらへ向かってくる男女二人の姿を眼光鋭く見据えた。左隣で佇むシロヤマから受け取った、銀色の剣を右手に携えるまりんが、鉄柵の門を挟んで対峙する祠の管理人さんに向かって、凜然と挨拶をした。

「こんにちは、祠の管理人さん。私の記憶が確かなら、今日はまだ、猶予期間中の筈ですが……」

「君に訊きたいことがあってな。猶予を待たずに、ここに来させてもらった」

 鋭い目つきでまりんを見据えながら、祠の管理人さんが唐突に口を開く。

「赤園まりん、今すぐ俺と勝負しろ。勝てばなにも言わなくてよし。負ければ質問に答えてもらう。勝負は二回……俺が一回でも負ければ君の勝ちだ」

 いきなり勝負を持ちかけられたまりん、呆気に取られて左隣に佇むシロヤマと顔を見合わせた。シロヤマ自身も呆気に取られたような顔をしている。

 質問に答えるくらいならなにも勝負をすることはない。にも関わらず、祠の管理人さんは何故、まりんに勝負を持ちかけてきたのだろうか。

 ひょっとして……私を、自宅の敷地外へ出すために勝負を……?

 まりんははっとした。自宅の敷地内となるこの場所はもっか、天神アダムの結界により安全が保たれている。祠の管理人さんが、聳え立つ鉄柵の門の外側で佇んでいるのはきっと、アダムの結界に阻まれているからに違いない。

 これは、まりんをアダムの結界の外へと出すための罠だ。同時に答えを見出したまりんとシロヤマは、緊張が走る顔を見合わせたままゆっくりと頷いた。なにしろ相手は、堕天使絡みでまりんに疑いの目を向ける祠の管理人だ。真実を白日の下に晒すために罠を仕掛けることぐらいはしてくるだろう。ならば、勝負を持ちかけてきた彼に対する、まりんの答えはひとつである。

「分かりました。あなたからの勝負……受けて立ちます!」

 決意と覚悟を胸に、まりんは凜然とそう返事をしたのだった。


 罠だと分かっていながらの、祠の管理人さんとの真剣勝負。まりんはこの時ほど、シェルアに感謝したことはなかった。一ヶ月間の限定だが、シェルアが持てる全ての武術をまりんに与えてくれたおかげで、祠の管理人さんとほぼ互角に渡り合っている。

 剣と剣がぶつかり合い、交差して火花が散る。祠の管理人さんが、両手で柄を握り、剣をフルスイングしてまりんを薙ぎ払う。

「俺の勝ちだ。質問に答えてもらうぞ」

 銀色の剣を右手に、なすすべもなくアスファルトの路面上に倒れたまりんを鋭い目つきで見据えながら、祠の管理人さんが静かに話を切り出す。

「ついさっき、君の生まれ故郷……海山町に存在する、古い長者屋敷跡に眠る堕天使の像の左胸に、真新しい短剣が刺さっているのを確認した。何百年もの月日をかけて錆びた短剣がそこに刺さっていたと俺は記憶しているが……堕天使と関わりのある君なら、そのことについてなにか知っている筈だ。君と、堕天使の彼との間でなにがあったのか、俺に話してくれないか?」

 今、武器となる剣を右手に携えてまりんの面前に佇む彼は、祠の管理人である。ならば、知る権利があるだろう。話さなければならない。今も、まりんの故郷にある祠の中で眠る、白色の像の堕天使にまつわる真実を。数秒の間を置いた後、覚悟と決意を胸に、ゆっくりと起き上がったまりんはやおら口を開く。

「……それはきっと、私が短剣を使って、堕天使を封印したからでしょう。今から半年以上前のこと、当時、海山町に住んでいた私は、単独で長者屋敷跡へと赴き、その地下にある祠にて堕天使の封印を解きました。

 私は、封印を解いたことで復活を遂げた堕天使と契約をして、彼にしか扱えない堕天の力を授かり、あなたと対峙したのです。フードを目深に被り、真っ赤なロングコートを着て。

 それから半年以上の月日が流れ、海山町から引っ越してきたこの町で、私は堕天使の彼と再会、新しい短剣を使って、祠の中に安置されている像の中に彼を封印し、今にいたっています」

 まりんは、堕天使の彼と契約をした時から今にいたるまでの経緯を掻い摘まんで説明した。そして顔色ひとつ変えずに黙ってまりんの話を聞いていた祠の管理人さんと再び戦闘バトル。祠の管理人さんの剣の柄がみぞおちに命中し、苦痛に歪む顔でまりんはその場に蹲った。

「今の話を踏まえて、君に訊きたいことが三つある」

 鋭い目つきでまりんを見据えながら、祠の管理人さんは前置きをしたうえで疑問を投げ掛ける。

「ひとつ、堕天使の噂話を知っていながら長者屋敷跡へと赴き、堕天使と契約をした理由はなにか。

 ふたつ、俺と初めて対峙した時、君はまだ生身の人間だった。なのに、次に会った時から今にいたるまで、君は生身の人間ではなくゴーストになっている……それは何故か。

 みっつ、君が堕天使を封印したとされる短剣……それをどこで入手したのか。以上、三つの質問に答えてくれ」

 祠の管理人さんからの鋭い質問に、左手でみぞおちを押さえながら蹲るまりんは、ポーカーフェースで返答する。

「質問にお答えします。まずひとつめ……私が堕天使と契約をしたのは、アスファルトで塗装された田圃道で、あなたと対峙する精霊王と、彼の背後で気を失っている三人の子供達を助けたかったから。

 そのために、あなたと釣り合う力が欲しかった。だから町の噂話を頼りに長者屋敷跡へと向かい、その地下にある祠にて復活を遂げた堕天使と駆け引きをしたのです。海山町とこの地球と、地球に住む全人類に危害を加えない、誰一人として殺さない……と。堕天使は、私から提示したこの条件を呑みました。そうして私は、堕天使と契約をしたのです。

 ふたつめ、私がゴーストになったのは、田圃道で私とあなたの会話に割って入ったシロヤマの証言を確認するため、あなたが一時的にその場から離れた時でした。いつの間にか私の背後に忍び寄っていた堕天使が、自身の力……堕天の力を使って、私の命を奪ったのです。

 その時はまだ、私自身、ゴーストになっている自覚はありませんでした。これはあくまで、私の推測に過ぎませんが……私がゴーストになったのはおそらく、堕天使と契約した影響によるものではないかと思われます。みっつめ……私が、堕天使を封じた短剣のことですが……」

「そのことについては、私から説明させてもらう」

 威厳のある雰囲気を漂わせて姿を見せた天神アダムが、まりんの言葉を遮り、真顔で説明をする。

「この世に復活を遂げた堕天使を、再び祠の中に封印するには短剣が必要だった。しかし、堕天使を封じていた短剣は、長い年月をかけて錆びてしまい、使い物にならなかった。

 そこで私は、時の神クロノスとカイロスに相談を持ちかけ、私と時の神の三人とで力を合わせ、短剣を錆びる前の状態に復元したのだ。祠に眠る像の中に堕天使を封じるのは、彼を復活させてしまったまりんが適任と考え、復元した短剣をガクトに持たせ、まりんに授けた。そして私と力を合わせて、まりんは堕天使を封じたのだ」

「どうも、しっくり来ないな……」

 剣を鞘に収め、腕組みしながら、アダムの話に耳を傾けていた祠の管理人さんが腑に落ちない表情をしてアダム本人に問いかける。

「いくら考えても、天界を統べる天神のアダムと、ゴーストになっている赤園まりんの接点がどうにも合致しない。なぁ、アダム……あんたが、堕天使騒動に介入し、赤園まりんを庇護するのはなんでだ?」

 この問いに、冷静沈着な雰囲気を漂わすアダムが真顔で返答。

「その昔……私は、ゴーストの姿となったに命を救われた。精霊王とは、旧友の仲にあってな……命を救ってくれた恩返しとして、私は赤園まりんを庇護すると決めたのだ」

「それで、堕天使騒動にも介入したんだな」

「そうだ」

 まてまてまてまて……私ですら身に覚えのないことも、今の会話の中に含まれていやしませんか?

 しばし、天神アダムと祠の管理人さんとのやりとりを黙って見守るまりんに、静かなる動揺が襲う。

「まりんちゃん……大丈夫?」

 いつの間にいたのか、まりんの左隣で腰を屈めているシロヤマがまりんの肩を抱き、心配そうに具合を訊く。

「なんとか、大丈夫……」

 冷静沈着に返答したまりんは、シロヤマにしか聞こえないくらいの、ひそひそ声で呟く。

「天神さまの口振りだと、私が過去に、天神さまの命も救ったことになるわ。けれど私は、そんなことをした覚えがない……過去に、天神さまの命を救ったのは誰なのかしら」

 そうして、しばし考えたまりんはある人物に辿り着くのである。

「ひょっとして……綾さん?」

 まりんが、はっとした表情で思いついた彼女の名を口にした時、苦笑いを浮かべたシロヤマがひそひそ声で、やんわりと否定する。

「綾姉は違うかな……だってほら、まだ生きているし」

「そうだよね……なにげに私、綾さんに対してすごい失礼を……」

 急に気まずくなったまりん、ちょっとした違和感を覚え、そこまで言いかけて口を噤む。

「シロヤマ……いま、なんて?」

 不意に問いかけたまりんに、不可解な表情をしたシロヤマが返答する。

「え?だってほら、まだ生きているし……」

「その前!」

「綾姉……?」

「そう!シロヤマ……あんた、綾さんと姉弟きょうだいなの?」

「あぁ……そっか、まりんちゃんにはまだ、話してなかったね」

 シロヤマは思い出したように前置きをしてからざっくりと、自身のことについてまりんに話して聞かせた。

「そう、俺と綾姉は、血の繋がった二つ違いの姉弟なんだ。白船町しらふねちょうっていうところで産まれて、俺も綾姉も魔力が使えるんだよ」

 綾さんがまりんに、姉妹のような温もりのある優しい視線を向けるのは、シロヤマとの関係性が影響しているからだろう。親子くらい歳が離れているのに、まりんは綾さんのことを母親ではなく、頼れるお姉さん的存在として接している。

 綾さんは綾さんで、まりんのことは娘と言うよりも妹のような感覚で接しているのかもしれない。なによりも綾さんは、シロヤマに対する信頼度が高い。シロヤマ自身も綾さんを信頼しているのだろう。綾さんとシロヤマが固い絆で結ばれたとても良好な姉弟関係を築いていると思うとまりんは感慨深かった。

 こうしてまりんは、気さくに説明したシロヤマと綾さんが血の繋がった姉弟であることを知ったのである。

「事の発端は、久世理人、長浜美里、綾瀬勇斗の三人が、魔法と精霊の力で以て、祠に封印された堕天使を消し去り、無に還そうとしたことだ。堕天使退治と言えど、そのやりかたは堕天使復活という、最悪の事態になりかねない行為。

 当然、祠の管理人として容認できなかった俺は、子供達を重罪人とした。生身の人間のままでは、冥界に連れて行けない。だから、子供達をゴーストにする必要があった。それを阻止しようと俺の前に立ちはだかったのが、久世理人と契約を結ぶ精霊王だった。

 俺は、目的を達成するため、精霊王と攻防戦。その最中だった、真っ赤なコートを着た君が、目深にフードを被って割り込んできたのは。俺はずっと、君を疑っていた。祠の侵入者として、堕天使との関係性を持つ者として……そしていま、君への疑いは確信へと変わった。

 赤園まりん。今から君を冥界まで連れて行く。その地にて、しかるべき罰を受けるんだ。その後、霊界で生活してもらうため、君を冥府役人に引き渡す。シロヤマ、お前も一緒に来い。祠の中に眠る堕天使の像について、訊きたいことがあるからな」

 祠の管理人さんに睨めつけられ、動揺をかくすように、ポーカーフェースをするシロヤマは、返事をしなかった。青白い顔をしながらも、落ち着けと自身に言い聞かせて気持ちを落ち着かせるとまりんは、意を決したように口を開く。

「私にはまだ、祠の管理人さんから言い渡された猶予が今日を含めて三日あります。それまでは、この世にいさせてください。私には、愛する家族がいます。仲良しの友人や知人もいます。誰にも、さよならを言わずに去るのは切なく、忍びないので……」

 そう、真剣な面持ちで祠の管理人さんに掛け合ったまりんは哀願した。祠の管理人さんがやおら、真顔で返事をする。

「君の気持ちは分からなくはないが……仲良しで愛する、君にとって大切な人達と顔を合わせば合わすほど、この世を離れるのが辛くなる。ならば、このまま別れを告げずに去った方が君の……」

「ためとか言わせませんからね!」

 突如として会話に割って入った女子高校生が、まりんに向ける、辛辣な祠の管理人さんの言葉を遮った。

「絶対に反対!私は、まりんちゃんと離れ離れになるのはイヤだから!意地でもくっついて離れないんだからね!」

 相手の言葉を遮った挙句、駆け寄った黄瀬りりかが思い切りまりんに抱きついた。

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