七 今度こそ、覚悟してもらいますよ
「俺はこれからも、自分の気持ちに嘘をつきながら死神としての使命を全うするだろう。けれど、これだけは約束する。まりんちゃんの
まりんと面と向かって誓い、愛おしく微笑んだシロヤマは、
「ありがとう。俺を信用してくれて」
心の底から感謝し、愛情を込めてまりんを抱き締めた。
「べ、別に……感謝されるほどのことじゃ……ないんだからねっ!」
恥ずかしさのあまり、ツンデレ化したまりんはそう、口を尖らせながら言ったのだった。
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『ありがとう。俺を信用してくれて』
そう、シロヤマが赤園まりんに感謝の気持ちを口にしたのはこれが初めてではなかった。シロヤマと赤園まりんとの出会いは、今から半年前。心地の良い日本海の潮風が吹き抜ける広大な田圃道で、堕天使と契約し、堕天の力が使えるようになったと赤園まりん本人がシロヤマに打ち明けた。自身が死神であることを伏せていたシロヤマはびっくり仰天したのを、半年経った今でも鮮明に覚えている。
相手の素性も分からないまま真実を打ち明けるのは、それ相応のリスクを伴う。赤園まりんはすっかりシロヤマを信用して、真実を打ち明けてくれたのだ。
事の成り行きによっては、味方どころか敵になるかもしれないのに。ありがとう、俺を信用してくれて。
敵か味方かも分からない自分自身を信用してくれた赤園まりんに謝意を示す言葉として、シロヤマはそう告げたのだった。
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「いい加減……離れろ」
しばし、シロヤマがまりんを抱きしめる光景を、むすっとした顔で眺めていた細谷くんがぶっきらぼうにそう告げた。
「あれェ?もしかして細谷くん……嫉妬してんの?」
口をへの字に結び、ツンデレ化したまりんをハグしたまま、細谷くんに一瞥したシロヤマはにやりとしながら訊く。
「そりゃ嫉妬すんだろ。自分が好きな
仏頂面を浮かべて冷やかに返答した細谷くんの反応を見て、ますますにやりとしたシロヤマ。
「細谷くん……きみは実に素直でいい子だね」
そうかそうか。今まで気付かなかったよ。それならそうと、早く言ってくれればいいのに。
そう言って、そっと立ち上がったシロヤマは、屋上の床に両膝をついたままのまりんを背にし、細谷くんと向かい合った。
「さぁ、俺の胸に飛び込んでおいで!」
「……はァ?」
満更でもない笑みを浮かべてさっと両手を広げたシロヤマの言動にわけが分からず、細谷くんは呆然とする。
「きみも、ハグして欲しいんだろう?だから嫉妬なんてかわいいことを……」
「シロヤマ……おまえ、なんか勘違い……」
「大丈夫!俺は自分が気に入った人となら、誰とも愛せるから!」
但し、男とは一線を越えない範囲内だけどなっ!
細谷の言葉を遮り、ハイテンションで断言したシロヤマ。少女漫画特有の、ほわわぁんとした雰囲気を出しながらスタンバッているシロヤマの口から、『男とは一線を越えない範囲内』という言葉を聞き、身の危険を感じていた細谷くんはちょっとだけほっとした。
「シロヤマ。改めてここに、宣言する」
屋上の床に槍を突き立て、深呼吸した細谷くんは気持ちを整えると、冷静沈着に断言する。
「俺は、おまえを信じるぞ」
真顔でそう告げた細谷くん、ふっと力が抜けて、前のめりになった全身をシロヤマに預けた。
「細谷くん……?」
咄嗟に細谷くんの体をキャッチしたシロヤマは、なんだか様子がおかしいと訝った。
そして、なにげなく細谷くんの左肩を支えていた右手の平を視認したシロヤマは思わず、息を呑む。細谷くんのものと思われる血液が、険しい顔で見据えるシロヤマの、右手の平に付着している。
「きみ……怪我してんの?」
「この屋上で……セバスチャンの不意打ちを食らってな……怪我自体は大したことはないが……うっ……どうやら、毒を盛られたらしい」
左腕一本で身体を支え、鋭い口調で尋ねたシロヤマに、細谷くんは全身の苦痛で呻きながらもそう返答した。
「……分かった。解毒剤は、俺がなんとかしてやるよ」
「本当は、自力でなんとかしたかったんだけどよ……こんな体じゃもう、護り切れねェ……」
フッと、気取った笑みを浮かべた細谷くんは観念したように返事をするとすぐ、
「おまえなら、きっと護ってくれる。赤園を……頼んだぞ」
しっかりとした口調で言葉を付け加え、シロヤマに赤園まりんを託す。
「後は俺に、任せとけ」
細谷くんからまりんを託されたシロヤマはそう、凛々しい笑みを浮かべて力強く応えたのだった。
低い体勢になり、屋上の床にそっと細谷くんを寝かせたシロヤマはゆっくりと立ち上がる。
「まりんちゃん……今の話、聞いてたよね」
「うん」
徐に振り向き、真顔で向き合ったシロヤマに、真剣な面持ちで佇むまりんは返事をした。
「一刻も早く解毒剤を手に入れ、細谷くんに飲ませること。これが最も重大で、最優先すべきミッションだ。が、この重大ミッションをクリアするには、妨害となる者をどうにかしなきゃならない。きみなら、この意味が分かるよね」
まりんは大きく頷いた。
重大ミッションをクリアするためには、その妨げとなる者達と戦わなければならない。
妨げその一となる、死神総裁カシンはもっか、強靭な老剣士とバトルの真っ最中。携えた武器を手に、互いの力がぶつかり合う、白熱とした空中戦が続いている。これではとても、ミッションを妨害するほどの余裕はない筈だ。
残るは、妨げその二となる者……セバスチャンだ。対戦相手だった細谷くんは今や、セバスチャンが放った不意打ちに倒れ、戦闘不能に陥っている。対戦相手がおらず、フリーのセバスチャンをどうにかしないことには、ミッションクリアとならない。
「セバスチャンの相手は、俺が引き受ける。きみはここで、戦いの成り行きを見守っていてほしい」
「ごめん。それは、無理」
いたって真剣なシロヤマの言うことを、まりんは真顔で拒否。
「私が、セバスチャンの相手になる」
「まりんちゃん……気持ちは分かるけど、セバスチャンの相手は、きみじゃ務まらない」
顔色ひとつ変えず、シロヤマは諭しにかかる。
「セバスチャンは、想像以上に手強い。死封の力を持った細谷くんでさえ、敵わなかった。そんな強者の前にのこのこ出て行ったら、逆に
「そんなの、百も承知よ」
眉を上げたまりんが反論する。
「だけど、このままじっとなんてしていられない。もともと、セバスチャンには用があるの。だからお願い……私に、戦わせて」
「……いや、ダメだ。全力で死守すると誓ったばかりで、きみを危険に曝すわけには……」
まりんは切望したが、シロヤマは頑なにそれを拒む。その口ぶりは、まりんの気持ちを酌んで戦いに行かすべきか否かで葛藤しているようにも思えた。
「それなら、シロヤマも一緒に、戦ってよ」
今度は奮然と口を開いたまりんが、シロヤマを諭しにかかった。
「どっちかひとりじゃなくて、二人で戦った方が、戦闘力も増すと言うか……とにかく、みんなで一丸になった方が戦いやすいと思う」
シロヤマの言う強者が相手なら尚更……ね。
まりんは最後にそう、ぎこちなく付け加えて言葉を締め括った。
「私も彼女と、同意見よ」
いつの間にか、対峙するまりんとシロヤマの傍まで歩み寄っていた美女がやおら、美声を奏でて話を切り出した。
「自分でも敵わないと思う
美女はそこで一旦区切り、
「ただ危険から遠ざけるために、自分の傍に置いておくだけが能じゃない。時には協力し合って、助け合って、支え合うことも、大切な
そう、最後にアドバイスをして言葉を締め括った。
「そっか……そうだったな」
美女からのアドバイスを聞き、シロヤマは目が覚めたように笑いながら呟いた。
そういえばここに来る前も、似たようなことしたっけ。と、忘れかけていたあの瞬間を思い出しながら。かなり危険だが……賭けて見るか。
「いいぜ……死神結社の中でも強者に入るこの俺が、赤ずきんちゃんの望みを叶えてやろうじゃねーの」
俄然やる気モードになったシロヤマはそう、自信に満ちた笑みを浮かべて断言したのだった。
隙のない身のこなしで大鎌を振るう死神総裁カシン。かたや、引き抜いた剣でカシンの大鎌と交差させ、防御する老剣士。空中戦において、互角に戦う二人が発する音以外、屋上は不気味なほど、静まり返っていた。
セバスチャンとの対戦において、細谷くんが使った煙幕弾の効果は、もう随分と前に切れている。
視界良好となったセバスチャンの前に、精悍な面持ちのまりんが姿を見せた。細谷くんの槍を携え、凜然たる雰囲気を漂わせて、不敵な笑みを浮かべるセバスチャンと対峙する。
「おや……てっきり、ガクトくんが相手になると思っていましたが……あなたが対戦相手とは、予想外ですね」
「あらそう……ごめんなさいね。対戦相手がこの私で」
薄ら笑いを浮かべて嘲ったセバスチャンに、まりんはわざとらしく、心を込めずに詫びた。
「時間がないの。用件だけ、伝えるわ」
毅然と口を開いたまりんは、手短に用件を伝える。
「もし、これから始まる対戦に私が勝ったら……あなたが、私にした契約を解除して」
「いいでしょう。あなたが私に勝利したならばその時点で負けを認め、解約してさしあげます」
セバスチャンはあっさりと、まりんが提示した条件を呑んだ。
まっ、ガクトくんよりも強いこの私が、か弱い
腹黒いセバスチャンの心の声が、今にも聞こえてきそうだ。
「交渉成立……言ったからには、ちゃんと守ってもらうわよ!」
フンッと、気取った笑みを浮かべたセバスチャンに、携えた槍を構えたまりんは気強くそう告げたのだった。
「いよいよだな」
まりんより少し離れた後方に佇む神様が、精悍な面持ちで前方を見詰めながら呟く。
「ああ……正直いまも、不安は拭いきれないけどな」
神様の左隣に悠然と佇むシロヤマはそう、真顔で返事をした。二人とも、いつでもまりんを援護出来るよう体勢を整え、待機中である。
「自分で決めたことであろう。今更、後戻りは出来ぬよ」
穏やかな笑みを浮かべた、やに前向きな神様の発言を受け、顔色ひとつ変えず、シロヤマは応じた。
「……そうだな。けど意外だったぜ……あなたなら、反対すると思っていたのに」
「反対はせぬ。
穏やかな口調で神様はそう告げた。気取った笑みを浮かべたシロヤマが返事をする。
「そうかい……まァ、ここにいるのが俺だけだったら到底、護り切れなかったのは事実だ」
およそ三分ほど、セバスチャンと対峙していたまりんが携えていた槍をスイングし、銀色の光線を飛ばす。それを待ち構えていたセバスチャンが、ヒュンッとサーベルを一振りし、前方から飛んで来るそれを撃ち返した。
まりんはすかさず、両手で持った槍を屋上の床に突き立てて結界を張り、サーベルの風圧で勢い良く戻って来る光線を防いだ。次の瞬間。金色に輝く結界に光線が衝突。爆発音を立てて光線が消えた。それは決して、前方のまりんから目を離さないようにしながら、シロヤマが神様に返事をするのと同時だった。
「始まったな」
まりんが張った結界に当たり、爆発した光線の音を聞き、気を引き締めた神様が冷静に呟く。
「まりんちゃんに、細谷くんの槍を持たせて正解だったぜ。さっきの、俺との戦闘で、自力で武器を具現化に出来ないくらい、かなり力が消耗しちまってるからな……」
沈着冷静な中に、気取った雰囲気を漂わせて呟いたシロヤマは神様に一瞥すると、
「感謝するぜ。青江神社最強の最高神であるあなたが、これまた最強の
気取った笑みが浮かぶポーカーフェースで以て礼を述べ、力強く言葉を付け加えた。
「礼には及ばぬ。だが……
そして何も知らぬまま、いつものように社に籠もり……これほどまでに誇り高く、穢れのないまりんとも、死別していたやも知れぬ。
しんみりと微笑みつつ、内心そう思った神様はそっと、口に出さずに言葉を付け加えたのだった。
んなっ……!あいつ……あの老剣士の弟子だったんかよ!
思わぬ新事実を知り、内心叫んだシロヤマに衝撃が走る。
「そうだな。細谷くんにも、礼を述べとくよ。セバスチャンとの戦闘が終わった後で」
平静を装い、気取った笑みを浮かべたシロヤマがそう返事をした時だった。突如としてまりんを防護する結界が解け、急接近したセバスチャンのサーベルに弾かれた槍が後方へ飛び、咄嗟に身じろいだシロヤマの目と鼻の先で突き刺さったではないか。
「……いきなり、ピンチじゃねーか!」
シロヤマはそう叫ぶと、携えていた大鎌を突き立てた。サァ……と、銀色の結界が半円形状に広がり、距離が縮まったまりんとセバスチャンの間に壁を作る。
「後は、私が結界を支える。早くまりんのところへ!」
突き立てた左手ひとさし指と中指に神通力を集中させ、シロヤマの結界を支える神様が的確に指示した。
「悪い……恩に着る!」
精悍な顔で、申し訳なさそうに返事をしたシロヤマ。大鎌から手を離し、自力で立たせると、屋上の床から引き抜いた細谷くんの槍を手に、まりんちゃんのもとへと急いだ。
「まりんちゃん!大丈夫?」
「シロヤマ!」
背後から駆け寄って来たシロヤマに、思わず驚きの表情をして一瞥したまりんがその名を叫ぶ。
「もしかして、この結界……シロヤマが?」
「うん。今……神様が、俺の代わりに結界を支えてくれている」
「そっか……」
申し訳なさそうに微笑んだまりんは、やんわりと礼を述べる。
「ありがとう。おかげで、助かったわ」
「お待ちしておりましたよ。ガクトくん」
まりんの頭越しから、不敵な笑みを浮かべてシロヤマを見詰めながら、セバスチャンが口を開く。
「彼女に危害が及べば、真っ先にあなたが駆け付けて来るだろうと思っていました。ですが、一足遅かったようですね」
やけに落ち着き払っているセバスチャンに、シロヤマは妙な違和感を覚えた。
なんで、あんなに余裕でいられるんだ……まさか!
ようやっと、気付いたようですね。
何かに気付いた様子のシロヤマに、心の中で呟いたセバスチャンが怪しく微笑む。
「ま……」
「赤園まりん。あなたの
シロヤマより早く口を開いたセバスチャンがすっと左手を差し出し、まりんに命じる。怪しく光るセバスチャンの目を見詰めながら、まりんは無言でセバスチャンの手の上に、自分の手を重ねた。
「まりんちゃん!」
シロヤマは咄嗟に手を伸ばしたが、結界を突き抜けたまりんの手を引き、抱き寄せたセバスチャンに阻まれ、あえなく失敗に終わった。
「私との契約が成立した時点で、この勝負の決着はついているも同然なのです」
シロヤマとの距離を充分に置き、まりんを抱きながら、余裕の笑みを浮かべてセバスチャンは言った。
ヤロォ……まりんちゃんの心を操り、結界の外に引っ張り出しやがった……!
セバスチャンにしてやられたシロヤマは、悔しさのあまり歯噛みした。
「ガクトくんが使命放棄した今、結社の中でも高位に就くこの私が代理として、任務を遂行いたします」
セバスチャンが右手に携えるサーベルがシュッと音を立てて大鎌に変形した。
「待て、セバスチャン!」
大鎌を手に、悠然とシロヤマを見据えるセバスチャンに、結界越しからシロヤマは叫び、制止を計る。
「赤園まりん。今度こそ、覚悟してもらいますよ」
ゆっくりと大鎌を傾けたセバスチャンは、鋭利なその刃をまりんに向ける。
「やァめろォォォ!!」
シロヤマが、屋上に響き渡るくらいの音量で絶叫した。その時だった。
「イルカが、この屋上にいるかってんだ」
灰色の燕尾服を右手でぎゅっと掴みながら、セバスチャンの胸に、左頬をくっつけたまりんの口から、ダジャレが飛び出した、次の瞬間。セバスチャンが振るう大鎌の先端が、まりんの背中すれすれでピタッと止まったではないか。
思わず静止画状態と化したシロヤマの後ろ姿が、うすら寒さを物語っている。なんとも言えない微妙な空気が、シロヤマとセバスチャンの間に漂った。
ごめんなさい。こんな時……どうしたらいいのか……分からないの。
笑えばいいと思いますよ。
困ったように微笑むシロヤマと穏やかに微笑むセバスチャンが、目と目を合わせて心の中で会話のキャッチボールをする。
シロヤマは、セバスチャンに向けて、ぎこちなく笑った。これが正解なのか、シロヤマにもセバスチャンにも分からない。想定外のことに出くわし、途方に暮れるとは、このことであろう。
まりんの魂を回収しようとするセバスチャンと、その光景を目の当たりにしたシロヤマが絶叫するところに、まさかのさぶいギャグをぶっこんだまりん。物語において、最も盛り上がる見せ場をぶち壊しにすると言う、ヒロインに有るまじき行為をしてしまったことに、まりんはあとあと後悔することになる。
「なぁにが「私との契約が成立した時点で、この勝負の決着はついているも同然」よ。確かに、あなたと契約したことで、本来より半分の力しか出せてないけど……私にはこの勝負、決着がついたようには思えないけど?」
冷めた目でセバスチャンを見詰めながら、まりんは堂々とそう言った。
普通に、何事もなかったようにしゃべっとる……
妙に大人びた女性のような発言をするまりんに対し、シロヤマは内心そう思うと、静かに動揺したのだった。
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