六 俺が彼女に鎌を向けたら、一発で仕留めろ

 シロヤマが、穿いているダークスーツの、パンツのポケットに両手を入れて、すたすたと細谷くんの方へ向かって歩いて来る。

 ぐっと身構えた細谷くんの脇を通り過ぎる直前、俯き加減で前を向いたまま、シロヤマは口を開く。

「俺が彼女に鎌を向けたら、一発で仕留めろ」

 素っ気ないこの言葉に、はっとした細谷くんは目を丸くした。

「待て!シロヤマッ……!」

 衝撃が走り、今置かれている自分の立場を忘れて、振り向きざまに叫んだ細谷くんの顔が激痛に歪む。

「一瞬の隙が、命取りになる。加えて敵に背中を向けるのは、自殺行為に等しい……戦闘において基本中の基本を、あなたはまだ、習得しきれていないようですね」

「くっ……」

 冷酷なセバスチャンの不意打を食らい、負傷した左肩を右手で押さえながら、細谷くんは歯噛みした。

 万一に備えて普段から持ち歩いている煙幕弾を、屋上の床上に叩き付けて破裂させ、珍しく見せたセバスチャンの、ほんの一瞬の隙をつき、思い切り地を蹴って宙を飛んだ細谷くんは、上空に張られている球体状の、金色の結界の中に飛び込んだ。

「やっぱり、来やがったか」

 まるで、細谷くんが結界の中に飛び込んで来るのを予測していたかのような口振りで、老剣士が静かに呟いた。

「しょうがないだろう。今の俺じゃ、力不足なんだからよ」

力不足それを実感して、こっちに避難してくるたァ、お前さんにしては賢明な判断じゃねェか」

 にやりとした老剣士はそう、嗄れ声で振り向かずに返事をした。この老剣士、見た目は厳ついが、相手のことを思う優しさを兼ね備えている。

「あんたが張る結界の中が一番、安心だからな」

 静かに返事をした細谷くんはそれ以降、口を閉ざした。

 今は、これでいいんだ。ここで、時が来るのを待つ。

『俺が彼女に鎌を向けたら、一発で仕留めろ』

 通り過ぎる直前に言い放ったシロヤマの言葉が、細谷くんの脳裏を掠める。

 シロヤマ……あいつ、一体なにを考えてやがる。

 一時休戦モードに入った細谷くんは、焦る気持ちを抑えて平常心を保つと、時が経つのを待った。

「いい加減、諦めたらどうだい?」

「イヤよ!」

 フンッと意地悪な笑みを浮かべて降参を勧めるシロヤマに、まりんが憤然と拒否。

「そっちこそ、諦めたら?」

「そんなのお断りだね」

 素っ気なく勧めたまりんに、シロヤマがポーカーフェースで断る。紅蓮の炎の朱雀を操るまりんの気力、体力が尽きるのも時間の問題だ。

 赤園が隙を見せたその一瞬……シロヤマは確実に仕留めにかかる。その時が狙い目だ。

 魔力が発動し、右手に持つ槍がぐにゃりと弓矢に変形。木製の弓に白羽の矢をつがえ、細谷くんはシロヤマに狙いを定めた。

 望み通りにしてやるよ。悪鬼と化した、この俺の手で。

 限界を悟ったまりんが最後の力を振り絞り、操っていた紅蓮の炎の朱雀を凍らせた。爪先から頭のてっぺんにかけて分厚い氷の中に閉じ込めた朱雀にひびが入り、バリンと音を立てて破砕。シロヤマが操っていた紅蓮の炎の不死鳥も分厚い氷の中に閉じ込められ、朱雀と同じ運命を辿った。

 再び静寂した屋上で、全ての力が尽きたまりんの体がぐらりと傾く。それを見逃さなかったシロヤマが大鎌を手に突進。間髪入れず、倒れかけたまりんの体を、駆け寄った神様が後ろから支え、瞬時に結界を張る。

 時は来た。細谷くんは、番えた白羽の矢をぐっと引いた。ついにまりんの目と鼻の先まで迫ったシロヤマが、大鎌を振り上げた。

 今だ!

 細谷くんはタイミングを見計らい、地上にいるシロヤマめがけ、上空から矢を撃つ。


 ドスッ


 駆け寄った神様が、倒れかけたまりんを抱いて低い姿勢になったその一瞬、老剣士が張る金色の結界を突き抜け、上空から飛来した一本の矢がシロヤマに命中。左胸に白羽の矢が刺さり、振り上げた大鎌が手から滑り落ちる音が屋上に響く。ガクッと、膝から崩れ落ちたシロヤマは、そのまま横向けに倒れて動かなくなった。

 これでいいんだ。これが……シロヤマあいつが望んだことなんだから。

 いろいろな感情が渦巻くなか、細谷くんは必死で自分に言い聞かせた。手の平に指の爪が食い込むほど、右手をきつく握りしめて。

 ふぅー……と深呼吸をした後、意を決して結界から飛び出し、屋上に降り立った細谷くんは、驚愕のあまり青ざめるまりんと向かい合ったのだった。


「赤園を助けるためには……いや、シロヤマを止めるには、こうするしかなかったんだ」

 そう、毅然とまりんを見詰めながら断言した細谷くんの言い分はもっともそうに見えてやはり詭弁なのであった。

「……そうね。あの至近距離でシロヤマを止めるには、ああするしかなかった。でも……」

 体の底から湧き上がって来る熱いものをぐっと我慢したまりんはそこで一旦区切ると、

「これが全て、幻だったらいいのにって思わずにはいられない。こんな残酷なことってないよ。シロヤマに矢を射ったのが細谷くんじゃなくて、他の誰かだったら……こんなにも、胸が張り裂けそうになることもなかったのに」

 左手で胸を押さえながら、涙が浮かぶ切ない顔をして、言葉を付け加えた。

 真一文字に口を結ぶ細谷くんは、返事をすることなく沈黙していた。決して下を向くことなく、まりんを見詰める細谷くんには、切実に訴えるまりんの声がしっかり届いていた。

 ただ今は、赤園の胸中を察しつつ、自分自身がしたことを踏まえると何も言えない。赤園が、苦しんでいる。俺が、シロヤマに手を下したから。

 ……これも、望んだことなのか?

 前を向いたまま、細谷くんは自問自答した。

 いや、違う。赤園を悲しませ、苦しめて傷つけるのは、俺が望んだことじゃない。それは、シロヤマも同じだ。俺はあくまで、シロヤマの望みを叶えただけ……なのに……なんでこんなにも、罪悪感でいっぱいなんだ。

「大丈夫?」

 どこからともなく現れた美女が微笑み、後ろから細谷くんの顔を覗き込む。夏物の白いコートを着込み、両手を後ろに組んで心配そうに具合を訊いて来た美女に、はっとした細谷くんは思わず身じろいだ。

「難しいわよね。この場合……大人だって、どうしたらいいのか、分からないもの」

 よく澄んだ美声でそう言うと美女は、コツコツと靴音を響かせ、まりんの方に歩み寄る。

「ごめんなさいね。あなたにまで、迷惑をかけてしまって」

 きょとんとするまりんの頭を撫でながら、申し訳なさそうに詫びた美女は微笑むとまりんから離れ、シロヤマの方へと向かった。

「他にもやり方はあった筈……それなのに、自らほろびの道を選ぶなんて……なんて愚かで滑稽なのかしら」

 左胸に矢が刺さったまま、屋上に倒れ込むシロヤマを眼下に、冷めた顔をして佇む美女は賤視する。

「あなたには、死神生命を懸けてまで護りたい、大切な女性ひとがいるんでしょう?だからこそ、楽な方へ逃げ込もうとしたあなたを、天の神様は許さなかった」

 徐にしゃがんだ美女はシロヤマに手を伸ばし、すっと白羽の矢を抜いた。

「さあ、ガクト。目を覚まして。あなたの言葉で、ここにいる全員が納得の行く理由を聞かせてちょうだい」

 静かに引き抜いた白羽の矢を右手で持ち、呼びかけた美女の言葉に、依然として屋上に横たわるシロヤマに返事はない。

「……そう。分かったわ。あなたが、その気なら……私が目覚めさせてあげる」

 残念そうにゆっくりと立ち上がった美女はすー……と大きく息を吸い、

「いい加減、目を覚まさんかい!!」

 心の底から思い切り叫び、同性のまりんが羨むほどの細長い美脚で以て、シロヤマを蹴り飛ばしたのだった。

「……っ??!!」

 艶のある黒髪ショートヘアが良く似合う美女が履いている、黒くて頑丈な厚底ロングブーツが、シロヤマの腹にクリーンヒット。弾みでシロヤマの体が宙を飛び、衝撃音とともに屋上に転げ落ちる。

 サッカーボールを蹴り飛ばす要領でシロヤマをぶっ飛ばした美女。かなり見た目とギャップがあるその姿に、その場で佇みながら、放心状態と化すまりんと細谷くんの二人は激震した。

 以下、まりんの心の声。イヤ待って。よく分かんないんだけど。あの美女ひといま、死神死人を蹴り飛ばしたよね?しかも美人なのに、どうでもいいボケをかます相方に、切れ味抜群のつっこみを入れる芸人張りの叫び声あげなかった?

 以下、細谷くんの心の声。つか、なんかいろいろおかしくない?そりゃまァ、相手は死神だし?もとは死人なんだから、蹴り飛ばしたところで痛くも痒くもないだろうけどさァ……

 以下、まりん、細谷くん双方の心の声。やっぱ、ダメだろ。どんな理由があるにしろ、死人を蹴り飛ばすのは人としてやっちゃいけない。絶対に良くない!

 面前で起きた状況を冷静に分析し、混乱した頭の中を整理したまりんと細谷くん。互いに顔を見合わせ、こくりと頷く。

「あ、あの……」

 固唾を呑んで見守る細谷くんを背に、まりんは緊張の面持ちで第一声を放つ。まりんの呼び声に反応した美女が、ゆっくりと振り向く。

「お気持ちは察しますがその……今のは流石に、やりすぎでは……」

 当たり障りのない口調で、しごく真っ当な意見を述べたまりんと向かい合う美女はいささか残念そうに微笑むと返事をする。

「……もうとっくに、気付いていると思っていたわ」

「えっ……?」

「これは、他の人達も同じなのだけれど……死神はね、消滅する時はその魂が無に還るの。つまり……魂が消滅するのと同時に、それが宿る本体も消えてしまうのよ。それなのに、消滅した筈の彼の体が消えずに、この世に置き去りのまま……おかしいと思わない?」

 意味深な美女の言葉には、妙な信憑性がある。何もかも見透かしたような含み笑いを浮かべて問いかけた美女の、言葉の意味を考えているうちに、ある可能性を見出したまりんは思わず、息を呑んだ。

「ま、まさか……」

「そう。その、まさかよ」

 ようやっと気付いたみたいね。そう言いたげに微笑んだ美女が、まりんの呟きに応じる。

「彼はまだ、生きているわ。今まで気を失っていたようだけれど、今のでばっちり目が覚めた筈よ」

 いま思い返せば、確かにおかしかった。シロヤマが細谷くんに射ぬかれて倒れた時、ここにいる大人たちは誰ひとり、その場から動かなかった。まりんが思うに、大人たちはとっくに気付いていたのだろう。単に白羽の矢を受けたショックで、シロヤマが気絶しただけであることを。何故、そんな簡単なことに気付けなかったのか。

 死神と言えど、面前で人がひとり倒れ、愛する人が手に掛けたことのショックで周りが見えなくなり、肝心なことを見落としていた。それは、シロヤマの望みを叶えるため実行に移し、まりんを傷つけてしまった細谷くんにも同じことが言えるだろう。まりんと細谷くんがその事実を知るのは、これよりだいぶ後になってからのことである。


 突如として、屋上に姿を見せた謎の美女に、およそ五メートルほど蹴り飛ばされたシロヤマは、仰向けの状態でぼんやりと、屋上に横たわっていた。

『――シロヤマに矢を射ったのが細谷くんじゃなくて、他の誰かだったら……』

 そう、涙声でまりんが細谷くんに訴える少し前から、シロヤマは目を覚ましていた。だが、今は自分が出る幕ではないと状況を察し、気絶しているふりをしていたのである。

 目を開けて、屋上から見える紅色の夕焼け空を眺めるシロヤマ。想うことは多々あれど、自ら無茶をしたことで傷つけてしまったまりんと、大切な女性ひとに対して申し訳ないことをしてしまったと言う罪悪感がシロヤマを襲う。

 そーいや俺……なんで、助かったんだろう。

 何気にふと、そのことが気になったシロヤマは、ゆっくりと右手を動かした。左胸にそっと当てた右手の指が、なにか硬い物に触れた。自身が着ているダークスーツのジャケットの中に、何かが入っている。それに気付いたシロヤマは、徐に上半身を起こし、ジャケットの内ポケットを弄った。

 なるほどな……俺はこいつに、命を救われたってワケか。

 誰にも見られないようにしながら、内ポケットから、少しだけ引っ張り出したなにかを視認し、思わず苦笑したシロヤマはそう、心の中で呟いたのだった。


 誰かがこちらへやって来る気配を察知し、シロヤマは慌てて、命を救ってくれたなにかをジャケットの内ポケットにしまい直す。

「……やあ」

 平静を装い、愛想笑いを浮かべてまりんと顔を合わせたシロヤマは、朗らかに挨拶をする。だが、シロヤマの面前で立ち尽くすまりんは真一文字に口を結び、俯いたまま、返事をしなかった。

「ひょっとして……怒ってる?」

 まりんの顔色を見ながら、恐る恐る尋ねるシロヤマ。硬く口を閉ざすまりんはやはり、返事をしない。

「怒ってるよね……俺は、きみの大事なを奪おうとしたんだから。消滅覚悟で突っ込んで行って、今もこうして生き延びている……誰だって、こんなこと納得しない」

 うっすら笑みを浮かべて語るシロヤマはそこで一旦区切ると、

「ごめんな。怖い想い、悲しい想い、いっぱいさせてしまって」

 真顔でそう、真摯に謝罪した。

「……ホントだよ」

 シロヤマの気持ちを酌んだまりんが、ようやっと口を開く。

「私のを回収するのが、あなたの役目なのは理解出来る。けれど……こんなにも苦しくて、胸が張り裂けそうな想いをするのは、もうたくさん!」

 俯いたまま、切実な本音を口にしたまりんに返す言葉が見つからず、複雑な顔をしてシロヤマも俯いた。その時だった。両手を広げたまりんが、ガバッとシロヤマを抱き締めたのは。

「シロヤマが無事で……本当に良かった」

 両膝をつき、シロヤマの右肩に顔を埋めるまりんの声と体が、溢れ出る大粒の涙で震えている。いきなりのことにびっくりして、放心状態と化すシロヤマからはその泣き顔は見えなかったが、心の底からシロヤマを想い、嗚咽するまりんの気持ちだけは胸に刻んだ。

 ……ごめん。本当に……ごめん。

 心の中でひたすら詫びながらシロヤマは、愛情を込めてまりんを抱き返した。

 死神は、対象者人間に嫌われてなんぼの存在だ。だから当然、対象者に該当するまりんちゃんにも嫌われていると思っていた。けれど今や、そんな死神存在の身を案じ、優しい涙を流している。

 温かくも優しい気持ちに触れ、心身ともに浄化されたシロヤマは改めて、これからも赤園まりんを死守して行くと心に硬く誓ったのだった。

「それで?対象者人間に嫌われてなんぼのおまえが、なんで消滅せずに生き残ってんだ?」

 返答次第ではこの槍でおまえを刺す。

 いつの間にかシロヤマの背後にまわっていた細谷くんがそう、どすの利いた声で尋ねたあとに言葉を付け加えた。利き手ではない方の、左手に携えた槍の切っ先を、油断ならない死神の首筋に突き付けながら。

「さァ……なんでだろうね」

 槍の切っ先を左側の首筋に突き付けられたまま、フッと気取った笑みを浮かべたシロヤマは応じる。

「ただ……奇跡は本当に起きるんだなって実感したよ」

「はァ?」

 しみじみとした風情で微笑みながら応じたシロヤマに、細谷くんは怪訝な表情をした。上半身を起こした状態で、泣き疲れて寝入ってしまったまりんを抱きながら、シロヤマは淡々と本音を語り始めた。

 俺には、死神生命を懸けてまで護りたい女性ひとがいる。その女性ひとを、仲間の死神の手から護るには、対象となるまりんちゃんの魂を回収しなければならない。けど……俺はどうしても、まりんちゃんのを奪う気にはなれない。護りたい。まっすぐで、直向きに困難に立ち向かう彼女を、この手で助けてあげたい。俺が消滅することで、大切な二人のが護られ、救われるなら本望だった。まさか、こんな形で生き延びるとは、思いもしなかったけどな。

「……なァ、シロヤマ」

 しばし、俯き加減でシロヤマの本音を聞いていた細谷くんが沈黙を破り、素っ気なく口を開く。

「本当のことを言えよ。おまえ、誰かに自分を止めてもらいたかったんだろう?」

 的を射た細谷くんの問いに、シロヤマは思わず、目を丸くした。

 そっか……そうだったんだ。

 細谷くんの問いかけは、シロヤマ自身が気付かなかった、大切なことを気付くきっかけとなった。なんだか細谷くんにガツンと言われたような気がして、複雑そうに微笑んだシロヤマはやおら応じる。

「……今、ここで語った本音ことは全て、本当だよ。本気で……そう思っていた。けど……きみの問いかけも、あながち嘘じゃない。止めて欲しかった。彼女に鎌を向けたこの俺を……彼女の死を……俺自身が、消滅する形で」

「死神である以上、自力での消滅はまず、不可能だからな」

 依然として、シロヤマに槍の切っ先を突き付けながら細谷くんがそう、無愛想に返事をする。

「そう……この現世に唯一存在する、死封の力を持った死狩人しかりびとなら、死神の俺を仕留められる。だからこそ、望みを託したんだよ。死封の力を持った死狩人……人呼んで、デスハンターであるきみにね」

 観念したように告白するシロヤマに、細谷くん自身の正体がバレていた事実。なにも知らなければ、告げ知らされた時点で驚愕するところだが、うすうす気づいていた細谷くんはやっぱりな。と内心思うに留まった。

「いつから、気付いていた」

「きみと、初めて対戦した時から……かな。きみが、死神除けの結界が張れるのを知ってぴんと来たんだ。まさか、死封の力以外にも魔力を操るとは思わなかったけど」

 明るくも、ほんのり切なく語るシロヤマはとても、嘘をついているようには見えなかった。

 今のシロヤマからは……俺への敵意とか、殺意とか微塵も感じられない。赤園に対する態度も……殺伐としていたさっきよりだいぶ丸くなったと言うか……俺はもう、赤園きみを奪うつもりはないよ的な、なんとも穏やかな雰囲気を漂わせてるんだけども。

 ……いいのか?このまま……シロヤマを信用しても。

「信用しても、大丈夫だと思う」

 難しい顔をして葛藤する細谷くんの心を読んだまりんがそう、真顔で言った。シロヤマの右肩に埋めていた顔をガバッと上げて助言したまりんに、細谷くんは思わずぎょっとする。

「赤園……起きてたのか?」

「うん……シロヤマが、本音を語り始めてすぐ……だけど話の腰を折りたくなかったから、寝たふりしてた」

 そう、ばつが悪そうに、まりんは細谷くんに返事をした。それを聞いたシロヤマは恥ずかしさのあまり赤面し、いーやァァァ!!と心の中で絶叫。

「話を元に戻すけど……私は、シロヤマを信用しても、いいと思う。理由は……細谷くんが今、思っているのと同じだよ。さっきの方が死神らしかったって思うくらい、今のシロヤマには、死神らしさがまったく感じられないの」

「それは俺達をあざむくために、うまく気配を消してるだけかもしれない。今の本音言葉だって、本当かどうか……屋上で、赤園のを奪おうとしたあの姿が本当のシロヤマなんだとしたら……俺は、こいつを信用出来ない」

 細谷くんはまだ、葛藤している。それを見透かしたまりんは、声のトーンを保ったまま、諭しにかかった。

「もし私達をあざむくための嘘を、シロヤマがついているとすれば……その時は、その槍で刺しちゃっていいと思う」

 真顔で冷静沈着に、すごいことを言って退けたまりんに恐怖し、青ざめたシロヤマの背筋が凍り付く。

「でも今は……とても、嘘をついているように思えないから……私は、シロヤマを信じるよ」

 頬を赤く染めて、愛らしく微笑んだまりんはそう、言葉を付け加えて締め括った。心の底から信じるまりんの姿に、細谷くんとシロヤマは目を見張る。

「……俺も信じるよ。赤園が言ったことも……シロヤマのことも」

 降参の笑みを浮かべて細谷くんはそう言うと、シロヤマの首筋に突き付けていた槍を引っ込めたのだった。

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