四 シロヤマと細谷くんの真剣勝負

 まりんと別れ、細谷くんはひとり、シロヤマとセバスチャンの行方を追った。右手に持ったスマホを頼りに町内を走りまわった結果、細谷くんはついに二人を見つけた。

「ここにいたか」

 廃墟ビルの屋上にいる筈のない細谷くんの、冷静沈着な声に気付き、背を向けていたシロヤマがぱっと振り向いた。

「細谷くん……?きみ、どうやってここに……」

 その声は、明らかに動揺している。冷静な表情をする細谷くんは、淀みなく返答した。

「GPS。シロヤマに付けた発信機を頼りに走りまわったら、ここに辿り着いた」

 さらりとすごいことを言って退けた細谷くんの返答を受け、青ざめたシロヤマは慌てて体中を調べる。細谷くんの言う通り、着ているジャケットの襟の裏に、それはひっそりとついていた。

 い……いつの間にこんな物を!

 襟の裏に取りつけられた発信機を取り、指で揉み潰したシロヤマはちょっとした恐怖を覚えた。

「これでニ対一だ。俺の力がどこまで通用するか分からないが、少しはおまえの有利になる筈だ」

「そうだね。ぶっちゃけ、俺ひとりじゃ彼を押さえつけることは難しかったろうし」

 気取った笑みを浮かべて返事をしたシロヤマは「彼女はどうしたんだい?」と尋ねた。顔色一つ変えず、細谷くんは静かに返答する。

「自宅に残してきた。この戦いに、赤園を巻き込むわけにはいかないから」

「それは賢明な判断だ。さっきみたいに結界を張れば身を護ることは出来る。けど、セバスチャンの視界が行き届く場所に彼女を置いておくのは、危険だからね」

 ポーカーフェースで、シロヤマが返事をする。シロヤマに同意する形で頷いた細谷くんは、真顔で口を開く。

「セバスチャンに赤園はやれない。なんとしてでも、ここで食い止める」

「同意見だ。結果がどうなろうと、今の俺達には、大切な女性ひとを護る義務がある」

 覚悟を決めたシロヤマの表情に、笑みが浮かんでいる。ふと気付くと、シロヤマとまったく同じ表情を浮かべる自分自身がいた。

「……だからこそ、負けられない。シロヤマ!もう一度、俺と勝負しろ!」

 俄然、対戦モードになった細谷くんはぐっと身構えると、面前に佇むシロヤマに勝負を挑む。

「臨むところだよ」

 余裕綽々のシロヤマは不敵な笑みを浮かべると、対戦モードに入る。

 お互いに大切な女性ひとを懸けて争う男達彼らの姿……これほどまでに美しいと感じたことはありません。私をもっと、楽しませてくださいね。

 突如として勃発した戦いを、少し離れたところから見守るセバスチャンは怪しげに微笑むのだった。


 半年間にも及ぶ鍛練の結果、頭でイメージしたものを具現化にし、地球上のあらゆるものを動かす念動力を兼ね備えた特殊能力として、まりんは堕天の力を使いこなせるようになっていた。

 堕天の力で以て具現化にした銀のつるぎを手に、果敢にも死神総裁に立ち向かう。しかし……

「ただ闇雲に剣を振りまわすだけでは到底、勝ち目はないぞ」

 そう、冷やかな視線を投げかけて言い放ったカシンは、まりんが思っている以上に手強かった。

「そんなこと……言われなくても分かってるわよ!」

 ひらりひらりと攻撃をかわされ続けること数分。くっと唇を噛んだまりんは憤慨した。

 むかつくけど、今のは正論だわ。けれど、今まで一度も剣術を習ったことがないんだもの。仕方ないじゃない!

 カシンの指摘を認めつつも、まりんの反抗する気持ちが、納まりそうにない。結界と言う名の檻の中で、まりんとカシンが対峙する。実際はそんなに経っていないだろうが、冷や汗の浮かぶ凛々しい表情でカシンを睨め付けるまりんには、その時が十分以上長く感じられた。

「そろそろ、観念する気になったか?」

 背丈を越す、プラチナの大鎌を右手に持ち、涼しい顔をしながらも威圧的態度でカシンが迫る。フンッと、冷笑を浮かべたまりんは強気に応じた。

「この私が、観念するわけないじゃない」

「強気でいられるのも、今のうちだ」

 そう、じわりじわりとまりんとの距離を縮めながら、カシンが冷やかに呟く。

 ……こんな時に、こんなことをするのは、虫が良すぎるけど……

 右手で剣を携え、左手でぎゅっと、ロングコートの右ポケットから取り出した御守りを握りしめたまりんは切に祈った。

 ごめんなさい。本当はあなたに頼むべきじゃないのに……自分の力で無し遂げたかった。けれど、今の私には、自分自身を護る力すらないの。だから……

「神様どうか……哀れな人間を、お救い下さい!」

 まりんが切実に祈った時だった。良く通る、男性の声がどこからともなく聞こえたのは。

「よかろう。なんじのその願い、しかと聞き入れた」

 刹那、金色に光輝く小さな球が浮遊してきたかと思うと、アイボリーの着物を着た人間が颯爽と姿を現した。面前に姿を見せた人間と対面するまりんが、愕然としながら尋ねる。

「神……様?」

「いかにも」

 凛々しい笑みを浮かべて、神様は力強く返答した。

 ゆるふわのパーマがかかる栗色のショートヘアに切れ長の、緑色の目で凛々しく微笑みかけるその男性ひとは、ぽっと頬を赤らめたまりんがみとれるほど、容姿端麗であった。

 まりんは今まで、他力本願と同類で、頼ってしまえば、自分自身を甘くしてしまうと、神頼みをタブー視して来た。だが、生命の危機に直面しているこの時ばかりは、神頼みをせずにはいられなかった。まだ謎多きこの物語を、こんな中途半端で終わらせたくないし、どうしてもこの先へ進まねばならない理由が、まりんにはあるからだ。



 魔力。多くは、魔法使いが魔法を発動するのに用いる力のことを示すが、その言葉の意味は諸説あるとされている。

 実際に魔法陣を描いたり、魔法が発動するのと同時に光り輝く魔法陣が出現することこそないが、頭でイメージしたものを具現化にし、地球上のあらゆるものを動かす念動力を兼ね備えた特殊能力も、魔力と呼ばれている。そんな魔力の使い手である細谷くんは、美舘山町の外れにある、廃墟ビルの屋上で死神のシロヤマと対戦していた。


 カキィン


 魔力で以て具現化にした槍と、銀の大鎌が音を立てて交差し、火花が散る。

「俺と力を合わせて、セバスチャンと戦うんじゃなかったのか?」

 刃を交差したことでお互いの距離が縮まったのを機に、真顔を浮かべるシロヤマがそう、小声で細谷くんに尋ねた。

「最初はそのつもりだったよ。だけど今は違う」

 細谷くんは冷やかに小声で返答すると、声のトーンを低くして言葉を付け加えた。

「結果的に、俺はここに来て正解だった。こうして、シロヤマの足留めが出来るんだからな」

「細谷くん、きみ……なにか知ってる?」

 鋭い質問を投げかけるシロヤマ、なにかに勘付いたらしい。半ば抵抗するかのように睨め付けた細谷くんは、鋭い口調で返事をする。

「これから、赤園のを刈りに行くんだろ?そんなこと、絶対にさせないからな」

 細谷くんはいたって真面目だ。そしてその言葉は意表を突いている。フッと気取った笑みを浮かべたシロヤマは、徐に口を開く。

「それを、どこで知ったんだい?」

「おまえに付けてた発信機……あれにはちょっとした仕掛けがあってな。相手の居場所を特定するだけじゃなく、スマホのアプリを使って、盗聴出来るようにもしてあったんだよ」

 細谷くんの大胆不敵な仕打ちに、いよいよ恐怖に駆られたシロヤマが顔面蒼白になる。

「発信機に、なんちゅうものもつけてんだよ!」

 真顔でネタばらしをした細谷くんの言動に、シロヤマは怯える声でぼやいた。

「使い方によっちゃ、法の裁きを受けることになるから気をつけた方がいいよ」

 相手が俺だから良かったものの……

 まるでスパイ映画さながらの仕打ちを受け、ひやひやしたシロヤマは、最後にそう言って細谷くんに注意したのだった。

「そうだな。これからは、おまえ以外の人間にはしないようにする」

「オイッ!」

 あくまで冷静な細谷くんの対応に、シロヤマは思い切りつっこんだ。

「一時休戦は解除だ。おまえの目的を知った以上、全力で阻止する」

「出来るものなら、やってみな」

 フンッと、冷笑を浮かべたシロヤマは、闘志を漲らせる細谷くんを挑発した。

 どんなにやる気があっても、歯切れのいい言葉を並べても、相手の実力ちからの方が細谷自分よりも上回っている。それを重々承知で攻防戦に挑むのだから、それなりのリスクがあって当然だ。

「見せてやるよ。俺の、本気ってやつを」

 シロヤマの大鎌と自分の槍を交差させたまま、威圧的な雰囲気を漂わせ、細谷くんは静かにそう告げた。

 辺りに漂う空気の流れが変わった時、シロヤマははっとした。

 背丈を越す槍や魔法の杖、剣や刀などを携えた男女七人の人間が、精悍な細谷くんの周りに集結している。

 口を真一文字に結んだ魔女や魔法使い、和と洋の雰囲気漂う剣豪の面々を、細谷くんが己の魔力で以て創り出したのだ。それも一瞬で。それを悟ったシロヤマは、目を見張った。細谷くんが槍を具現化にし、勝負に挑んで来た時からその正体に気付いていたが、これほどまでに出来る男だったとは微塵も思わなかったのだ。

 ガクトくんの挑発に乗り、本気を出した細谷くん……彼の本気がどこまで通用するのか、見物ですね。

 薄ら笑いを浮かべたセバスチャンはそう、楽しむかのように心の中で呟いた。



 絶体絶命のピンチに、颯爽とまりんの面前に現れた神様。容姿端麗の彼が放つ、神々しいオーラと、頼もしくも安心感のある空気が辺りを満たす。そんな空気の流れが変わったのは、突然のことだった。息詰まるほどのプレッシャーが、青ざめた表情で身を竦めたまりんを襲う。

「始まったようだな」

 ぴりぴりとした空気の流れを読み、真顔を浮かべる神様が、声を低くして呟く。神様が呟いたのを機に、冷静沈着な雰囲気が辺りを満たした。

「そなたの出番だ」

「えっ?」

 面と向かって、唐突に出番と告げられたまりんは、きょとんとする。

「たった今、この先で戦闘が勃発したらしい。おおかた、死神のシロヤマと健悟が対戦しているのだろう。今のところは健悟が有利に思えるが、実力が段違いのシロヤマの方が強い。健悟がシロヤマに破れるのも、時間の問題だ」

 まるで、神様自身がその場に居合わせているかのように現状を察し、分析をする。まさに神業と言えよう。それを実際に目の当たりにし、驚愕したまりんは流石、神様……と感心した。がっ……

 イヤッ!感心してる場合じゃないから!

 すぐに気付き、まりんは内心、自分で自分自身につっこんだのだった。

「細谷くんがピンチなら、助けに行かなきゃだけど……」

 そこまで言いかけて口を噤んだまりんは、不意に俯いた。

 細谷くんよりも弱い私が、助太刀なんて出来るんだろうか。堕天の力を使って、地球上のありとあらゆるものを動かすことや、武器などを具現化にすることは出来ても、カシンにすら太刀打ち出来ない私が、シロヤマと対戦なんて……

 自信を失くし、挫けそうになっているまりんの心を見透かした神様が、優しく微笑みながら諭す。

「まりん。実力も立場も、シロヤマよりカシンの方がずば抜けて上なのだよ」

「ですが……私は、弱い人間です。シロヤマだけでなく、セバスチャンとも対戦しなくてはならない。自分で……自分の身を護ることすら出来ない私が彼らと対戦して、勝ち目はあるのでしょうか」

 戦意喪失したまりんの言葉から、迷いが見える。面前に佇む神様はまたしても、まりんの気持ちを見透かした。

「勝ち目はないだろう」

 真顔で面と向かって、ばっさり斬り捨てた神様はすかさず、

「そなた、ひとりのみではな」

 気取った笑みを浮かべて言葉を付け加えた。自信と余裕のある神様の言葉から、まりんは少しばかりの希望を見出したような気がした。希望の光が宿る眼差しで、まりんはふと顔を上げると、神様を見詰めた。

「案ずるな。そなたがどこに行こうと、必ず援護する。私が傍についている限り、死神やつらには手出しさせん」

 私……達?

 しっかりとまりんの目を見詰めて告げた神様に、まりんは違和感を覚えた。この場所にいるのはまりんも含め、神様と死神総裁カシンの三人だけである。これは思い込みなのか?神様の身体越しに見えるなにかを凝視したまりんは息を呑んだ。そう、まりんはすっかり『思い込んで』いたのだ。

 不穏さの中に神々しい雰囲気が漂うこの場所にもうひとり、誰かがいる。両肩に、金色の飾り房がついた留ね金つきの銀白色のコートを羽織り、背中くらいまである白髪を、灰色の紐で束ねたその人は、こちら側を背にしているため、どんな顔をしているのか分からなかったが、よほど体格のいい男性のようだ。身長百五十五センチのまりんよりも背が高い神様が華奢で小柄に見えるほどに。

 もうひとり……助人がいたんだ。

 凜然たる姿で佇む神様と背中合わせになって佇む長身のその人に、まりんは密かに、胸を躍らせたのだった。


 強い力を内に秘めた特殊能力者を七人、己の魔力を持って具現化にし、対戦相手を威圧させる。そこまでは、細谷くんの思惑通りだった。しかしいくら仲間を創てもそれは、対戦相手のシロヤマよりも攻撃力が弱い細谷自分の分身に過ぎない。つまり、まったくの見せかけなのだ。

 細谷くんと対戦するシロヤマは、戦闘開始後すぐ、それを見抜いた。と言うのも、武器にもなる大鎌を駆使して、次々と攻め込んで来る人間と応戦するうちに、彼らの攻撃力が細谷くんとまったく同じであることに、シロヤマは気付いたからだ。それからが早かった。細谷くんの戦術を見破ったシロヤマが機敏な身のこなしで人間達を薙ぎ倒して行き、王手をかける。

「きみの分身も、大したことないね。冥界の中で強者の中に入る俺に、呆気なくやられちゃってさ」

 さりげなく、得意げに自己アピールしたシロヤマがそう言って、細谷くんを嘲った。

「今のはほんの、小手調べだ。俺の本気はこんなもんじゃねェ……」

「その辺にしとけよ。どんなに凄んでも現状は変わらない。この勝負、俺の勝ちだ」

 その顔には薄ら笑いが浮かんでいたが、声のトーンは低く、細谷くんに触発され、凄みを利かせているように思えた。勝利を確信したシロヤマが大鎌を振りかぶり、細谷くんめがけ突進する。

 ……これまでか。

 威圧感漂うシロヤマにはったりを見破られ、万事休すの細谷くんが諦めかけた、その時。

「……っ!!」

 金色に光り輝く結界が発動。細谷くんを包み込む、半円形状の結界にシロヤマが振り下ろす、大鎌の刃が直撃。


 キイィ……ン


 結界に金色の波紋が広がり、高音を轟かせた。

 細谷くんが張ったにしては、随分頑丈な結界だ。

 直感で警戒したシロヤマが、すばやい身のこなしで後方へ下がる。

「そのままで、聞いて」

 背後から聞こえたまりんの声に従い、細谷くんは前方を睨めつけつつも、耳を欹てた。

「約束を破ってごめんなさい。どうしても気になって、細谷くんを追って、家を飛び出しちゃった。そしたら、細谷くんがくれたお守りの中から神様が現れてね……頑張れ、死神に負けるなって、力を貸してくれたの。効果抜群のお守りをくれたお礼に、細谷くんには私の力を分けてあげる。だから……」

 細谷くんと背中合わせになりながら、小声で話しかけるまりんはそこで一旦区切り、

「諦めないで」

 左手でぎゅっと、細谷くんと手を繋ぎ、微笑みながらそっと励ました。

「ありがとう。後は、俺に任せろ」

 まりんの優しさに触れ、奮起した細谷くんは前を向いたまま、まりんにしか届かない声で力強く言った。

「うん」

 ぎゅっと、愛情を込めて手を繋ぎ返した細谷くんに、頬を赤らめたまりんは嬉しくも優しく返事をする。

 自分からそっと手を離すと細谷くんは、槍を構え、シロヤマめがけ突進した。

 もう大丈夫。もう、ひとりじゃないから。

「頑張れ。細谷くん」

 大切な細谷くんひとに愛される喜びを感じながら、まりんはそっと細谷くんに声援エールを送る。決して、振り向かずに。

 いつまでも、喜びを噛み締めてはいられない。

 すぐさま気持ちを切り替えるとまりんは、精悍な表情をして前方を睨めつけた。


 カキンッ


 再び鋭利な槍と大鎌の刃が交差し、火花が散る。

「きみってホント、諦め悪いよね」

 構えた槍を前に突き出し、突進してきた細谷くんの先手攻撃を、手持ちの大鎌で防いだシロヤマがそう、半ば呆れたように低い声で毒を浴びせた。

「そうらしい。けどこれが、おまえの命取りになるのは明白だ」

 シロヤマの毒舌攻撃に怯むことなく、諦めが悪い点を認めた細谷くんは気取った笑みを浮かべて宣戦布告した。

「さァ、始めようぜ。男同士の、本気の戦闘喧嘩をよ」

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