三 大きな事を成し遂げるには協力することも大事

「……なんで、おまえと握手しなきゃなんないんだよ」

「きみの力が必要だ。セバスチャンは俺よりも手強い。下手すりゃ、致命傷を負いかねない。が、二人で戦えば負担は軽減する」

 手を差し伸べながら、気取った笑みを浮かべたシロヤマはそこで区切ると、

「赤ずきんちゃんを奪還するためにも、協力してくれ」

 そう、当惑する細谷くんに掛け合った。

「一時休戦……で、いいな」

「異存はない」

 シロヤマの気持ちをみ、真顔で応じた細谷くん。かたや、気取った笑みを浮かべて、しっかりと返答するシロヤマ。セバスチャンの手に堕ちた、赤園まりん奪還。双方の意見、意思が一致した今、拒む理由はもう、どこにもない。

「今回だけだからな」

 仏頂面でそう言うと細谷くんは「ああ」と返事をし、手を差し伸べるシロヤマと、がっちり握手をしたのだった。



 細谷くんとの契約が解除された。それも、強引なやり方で。セバスチャンにハグされたまま、まりんは底知れぬ恐怖に駆られた。

「怖いですか?」

 まりんの心を見透かしたセバスチャンが、まりんの方に視線を落としつつ、静かに尋ねる。

「怖くない。と言えば、嘘になるわね」

 セバスチャンの胸に左頬をくっつけたまま、視線を下に落としたまりんはそう、冷静に応じた。

 フードを被った赤いロングコートの、華奢なまりんの体が恐怖で震えている。ハグを通して、彼女のいろいろな感情が伝わってくる。

 セバスチャンは切ない表情をすると、愛情を込めてまりんを慰めた。

「怖がらなくても大丈夫。今はまだ、慣れていないだけ……時が経てば、全て解決します。それまでの辛抱ですよ」

「やけに、優しいじゃない」

 刺々しいまりんの声。ふっと微笑んだセバスチャンはやんわりと応じる。

「男性には厳しく、女性には優しく。それが私のモットーですので」

「どこまでも、紳士的な人」

 冷たい笑みを浮かべて、まりんは皮肉った。その声は若干、柔らかい。彼に心を許したわけではない。ただ、知られざる彼の一面に触れたような気がして、なんとなく安堵したのは確かだが。

「それはそうと……」

 頬笑みを絶やさず、セバスチャンが唐突に話を切り出した。

「晴れて両想いとなった細谷くんとは……どこまでいってるんです?」

「……っ?!」

 思いがけないセバスチャンの質問。不意打ちを食らい、衝撃を受けたまりんは頭が真っ白になった。

「どこまでって……い、言えるわけないじゃない!」

 まりんは、憤慨したように叫んだ。その反応を見て、セバスチャンは楽しむように口を開く。

「ならば、当てて御覧に入れましょう」

 セバスチャンはそう言って微笑むと、徐に片手をまりんの右頬に添えた。清潔な白手袋で覆われた、不思議な手の感触が頬に伝わってくる。条件反射で見上げたまりんの耳元で、体勢を低くしたセバスチャンが何事か囁く。たちまち赤面したまりんは思わず両手を伸ばし、セバスチャンの体を遠ざけた。

 ――細谷くんとは、キスまでした仲ですね――

 まりんの耳元で確かに、セバスチャンはそう囁いた。

 知ってる。

 愕然としたまりんは絶句した。

 知ってる。私が細谷くんとキスをしたこと。ここで、細谷くんに告白されたことも。

 おそらく、誰にも気付かれない場所で密かに、それを盗み見ていたのだろう。セバスチャンの大胆不敵な言動に、まりんは激しく動揺した。

 これも、セバスチャンの手の内なら、まりんはその手の平の上で、見事に踊らされたことになる。結果、そうなってしまったとしても、あれは紛れもない事実だ。今更否定したところでどうにもならない。

「その反応……図星ですね」

「そ、そんなわけ……ないじゃない」

 不敵な笑みを浮かべるセバスチャンに向かって、まりんは必死で平静を装い、返事をした。

「無理して、隠さなくても良いのですよ」

「無理なんかしてない!本当のことだもん!」

「では、細谷くんとは、今のところ何もない……と?」

「そうに決まってるじゃない!」

 むきになればなるほど、事実を認めることになり、相手の思うつぼにはまるとは、このことだ。

 今更、どうにもならない。頭ではそれが分かってるのについ、思ってることと反対の言葉が、口を衝いて出てきてしまう。

「そうですか」

 あくまでも冷静に振る舞うセバスチャンは、あっさり折れた。

「でしたら、私にもまだ、チャンスはありますね」

「え?」

 きょとんとしたまりんはセバスチャンを見据えた。

 セバスチャンは今や、不敵から自信に満ちた笑みを浮かべている。

「私ならば、あの少年よりも遥かに、あなたを幸せに出来る」

「やけに自信があるのね」

自信それがなければ、はっきりと宣言はしませんよ」

 冷静さを取り戻し、毅然と向き合うまりんに、顔色ひとつ変えず、セバスチャンは言った。

「赤園まりん。今ここで、永遠の愛を誓いましょう。私のことはその後で、じっくりと知っていけばいい」

 気付くと、冷酷な笑みを浮かべるセバスチャンが、そこにいた。恐怖で顔が引きつるまりんは再び、頭が真っ白になった。何も考えられない最中、まりんは声を振り絞り、尋ねる。

「本気……なの?」

「はい」

 セバスチャンがそう、冷酷に返事をする。

「やっぱり、信じられない!」

「ならば、確かめてみますか?私が、本気なのかどうかを」

 現実を受け入れないまりんの右手首を捕まえたセバスチャン。そのままぐっとまりんの手を引き、顔を近づけた。

「……っ!」

 まりんの心臓が、あわや爆発するところだった。

 セバスチャンの顔が離れた時でさえ、心臓が早鐘を打っていた。

「頬に軽くキスをしただけで、こんなにも赤面するとは……やはり、女の子ですね」

 くすくすしながら馬鹿にしたセバスチャンに、憤慨したまりんは大声を張り上げる。

「お、女の子をバカにしないで!あと、めないでよね!」

「失礼。馬鹿にするつもりはなかったのですが……」

 セバスチャンは軽く詫びると、改めて口を開く。

「今度は本気で参ります。御覚悟は、宜しいですか?」

 冷酷に言い放ったその顔には、氷のように冷めた笑みが浮かんでいる。

 情け容赦ないセバスチャンの顔が、だんだん近づいて来る。

 助けて。

 完全に逃げ場を失い、身動きひとつ取れないまりんは、切に願った。

 助けて。細谷くん!

 右目から零れ出た一粒の涙が、頬を伝って流れ落ちる。

 そして、まりんの唇がセバスチャンに奪われる寸前。背後に忍び寄った細谷くんがガバッと、まりんの口を手で塞いだ。

「させねぇよ」

 ぎりぎりのところで後ろからまりんの口を塞ぎ、最悪の事態を回避した細谷くんはそう、セバスチャンを眼光鋭く睨め付けながら告げたのだった。


 神様を信仰してるわけじゃないけれど、この世の中に、神様は本当にいるのかもしれない。

 細谷くんが……助けに来てくれた。

 祈りが天に通じた。奇跡が起きた。颯爽と現れた細谷くんの声に、胸を躍らせたまりんは心底安堵した。

「これはまた、いいところで邪魔が入りましたね」

 細谷に邪魔され、一歩引いたセバスチャンが冷やかな笑みを浮かべてそう呟いた。

「これが、邪魔をせずにいられるか」

 セバスチャンを睨め付けたまま、細谷くんはすかさず、

「赤園は俺の大事な彼女ひとだ。気安く手を出すな」

 凄みを利かせて言葉を付け加えた。

「大事な彼女ひと……ですか。そう言う割には、出来ていませんよね。大切な彼女ひとを護ることが」

 冷酷な笑みを浮かべて最後に強調したセバスチャンの言葉が、はっとする細谷くんの胸に突き刺さる。その反応を見て、セバスチャンは図星だと悟った。

「実に分かりやすい。今の言葉で動揺してしまうようでは、容易に他人に心の中を見透かされてしまいますよ」

「黙れ」

 腹が立つくらい正論を口にしたセバスチャンに、唇を噛み締めた細谷くんはどすの利いた声で威嚇する。

「お気を悪くさせてしまい、申し訳ございません。お詫びの印にこれをどうぞ」

 片手を胸に添えて恭しく頭を下げたセバスチャン。徐にジャケットの内ポケットから小箱を取り出すと、まりんを挟んで細谷くんに差し出した。

 まばゆい光を放つ、純金のリングにはまるルビーの指輪が、パカッと蓋が開いた小箱の中に納まっている。

「この指輪を指にはめた瞬間、私など到底足下にも及ばない力が手に入ります。大切な彼女を護りたい。今のあなたなら、喉から手が出るほど欲しい代物でしょう。さぁ、お受け取り下さい」

 何かを企んでいるような、不敵な笑みを浮かべるセバスチャンからの贈り物。明らかに手にしてはいけない不審物。そして細谷くんの気持ちに付け込む悪魔の囁き。決して耳を傾けてはならない。

 細谷くんに口を塞がれたまま、瞬時にそのことを理解したまりんは最大級の警戒心を持って、背後にいる細谷くんに注意を呼びかけようとした。その時だった。

「これは罠だ!」

 そう叫ぶシロヤマの声が、どこからともなく聞こえたのは。

「セバスチャンの言うことを真に受けるな!」

 必死の形相をしたシロヤマが、セバスチャンの背後から顔を出す。

「セバスチャンは俺が引き受ける。きみは赤ずきんちゃんを連れて、ここから逃げるんだ」

 シロヤマは毅然とそう告げて、細谷くんを促した。

「逃げろったって……」

 こんな至近距離から、どうやって逃げろと……?

 右手でまりんの口を塞いだ状態でハグする細谷くんと、不敵な笑みを浮かべるセバスチャンの距離は大体、大人がひとり入るくらいの狭さ。隙を見せたが最後、何をされるか分からない。

「安心したまえ」

 にんまりしたシロヤマが希望の光を照らす。

「セバスチャンはもう、俺の手の中さ。こうして、体をガッチリ抑え込んでいれば何も手出し出来ない。後は俺に任せろ」

 力強い言葉で締め括ったシロヤマの顔に、気取った笑みが浮かんでいた。

「そこまで言うなら……」

 細谷くんは半信半疑でそう告げると、まりんを抱えたまま後退り。後ろからぎゅうっとハグするシロヤマを、薄ら笑いを浮かべた横目で見遣りながら、セバスチャンは言った。

「同性に抱きつくなど、変わったご趣味をお持ちですね」と。

「近くで見ても容姿端麗な人ほど、手に入れたくて燃える性分なんでね」

 セバスチャンからの冷ややかな視線を浴びつつもそう、気取った笑みを浮かべてシロヤマは淡々と告げる。

「ならば話は早い」

 フッと気取った笑みを浮かべたセバスチャンはそこで一旦区切ると、

「赤ずきんのを仕留める前にまずは、あなたから仕留めましょう」

 容赦ない視線をシロヤマに向けてそう言葉を付け加えた。

「え?仕留めるって……」

「あなたがその気なら、こっちも本気で攻めますよ」

 セバスチャンはやる気充分じゅうぶんだ。思いがけない展開に、シロヤマは動揺した。

 おやおやぁ……な~んか話がおかしな方向へ傾いてないかい?

 余裕のある笑みを浮かべつつも、シロヤマは妙な違和感を覚えた。セバスチャンの気を引くため、あえて同性に興味があるフリをして、嫌がらせをする。ここまではシロヤマの計画通りだった。だが、その計画を知ってか知らずか、嫌がることなくセバスチャンは、シロヤマの話に乗っかってきたではないか。これは、平静を装いつつも静かに動揺するシロヤマにとって、予想外のことだった。

「俺、女じゃなくて男なんだけど……きみはそれでいいのかい?」

「心から恋を抱く相手ならば、男女どちらとも愛せます。ガクトくん、あなたは私の許容範囲にある。ですから……」

 身を翻し、シロヤマの腕を振り解いたセバスチャンは、ガバッとシロヤマを抱きかかえて顎クイすると、容赦なく宣告。

「愛を受け入れる準備が整った今、容赦はしませんよ」

 本気だ。セバスチャンは本気で、俺をおとす気だ。 

 薄ら笑いを浮かべるセバスチャンにうすら恐怖を覚えたシロヤマは、身の危険を感じた。

 赤ずきんちゃんと細谷くんを逃がす時間稼ぎをする筈が……

 まさかの事態にすっかり気が動転してしまっている。

 いや、落ち着け俺!

 必死で乱れた気持ちを落ち着かせたシロヤマははっとした。

 予想外のこの状況をなんとか利用すれば、二人を逃がせるかもしれない。ピンチがチャンスに変わった瞬間だった。新たに計画を立て直したシロヤマは平静を装い、セバスチャンに掛け合った。

「……分かった。きみの言う通りにしよう」

 沈着冷静に口を開いたシロヤマは、最後にこう言葉を付け加えた。

「ただし、ここじゃダメだ。私有地の中とは言え、人目につきやすい。人気がない、二人きりになれる場所へ移動しよう」と。

「承知しました」

 いつになく真剣なシロヤマの申し出に、不敵な笑みを浮かべたセバスチャンは承諾したのだった。


「赤園。今のうちに、これを渡しておく」

 ふと声をかけた細谷くんがそう、穿いているジーンズのポケットから取り出したある物を、条件反射で顔を向けたまりんに手渡した。

「御守り……?」

「赤園の家に行く前に、青江あおえ神社に行って買って来たんだ。俺の力と……青江神社の最高神が宿っている。これさえあれば、死神やつらから赤園を護ってくれる。これを持って、家の中に戻れ」

「細谷くんは……どうするの?」

 シリアスな雰囲気を漂わせて言い聞かせた細谷くんに、一抹の不安を覚えたまりんは尋ねた。その問いに、細谷くんは真顔で返答する。

「これから、二人を追いかける。あのまま……シロヤマをほっとくわけには行かないから」

 細谷くんは、シロヤマの身を案じているらしい。はっとするのと同時に、細谷くんの優しさに触れたような気がして、まりんは嬉しくなった。

「それなら私も行く!」

 細谷くんに感化されたまりんは俄然、覚悟を決めて同行しようとした。しかし……

「ダメだ。セバスチャンがいる以上、赤園も一緒に連れて行けない」

 右手をグッときつく握りしめて俯いた細谷くんは、感情を押し殺したように話を続けた。

「今のこの状態は、シロヤマが決死の覚悟で作り出した『チャンス』なんだ。俺は、そんなシロヤマの気持ちを酌んでやりたい」

 あの攻防戦で俺は、シロヤマに押されていた。あんなやつに押されるようなら、セバスチャンには勝てない。俺に、赤園を護ってやるだけの力があればいいのに。

 口に出さなかったが、細谷くんは心の底から悔しさを滲ませた。

「……分かったわ」

 しばらく沈黙した後、静かに口を開いたまりんは言った。

「細谷くんの言う通りにする」と。

 決死の覚悟で『チャンス』を創り出したシロヤマと、細谷くんの気持ちを酌んでのことだった。



 ここは、美舘山町の外れに位置する廃墟ビルの屋上。人目を避け、鬱蒼とした森の中に聳える廃墟ビルを訪れたシロヤマは、真顔でセバスチャンと向かい合っていた。

「ここなら誰も来ないし、邪魔も入らない。さぁ、ひと思いにやってくれ」

 シロヤマは覚悟を決めると、両手を広げて全てを受け入れる準備を整えた。だが、シロヤマを賤視するセバスチャンは、そこから動こうとしなかった。

「どうした。早くかかってこいよ」

 冷静に促したが、背筋を伸ばし、気品良く佇むセバスチャンはやはり、動かない。それから何秒かが経過した頃。セバスチャンが静かに口を開く。

「甘んじて、自ら犠牲になろうとするとは……あなたらしくもない」

「どう言うことだ」

「言葉通りですよ。あなたは確か、赤ずきんのを仕留める“狼”だった筈です。にも関わらず、獲物を仕留めるどころか味方と化している。これは完全なる、裏切り行為ですよ」

 凄みを利かせたセバスチャンに睨めつけられ、思わずシロヤマはぞっとした。

「裏切り行為……か」

 いささか顔を下に傾けたシロヤマ、口元に笑みを浮かべて、

「だったらここで、俺を始末するか?」と、凄みを利かせて尋ねた。

「裏切り者には死を……弱肉強食の裏社会ではそうなってもおかしくないでしょう。ですが……それ相応のペナルティーは負いますが、我々はそこまで厳しくはいたしません。

 ガクトくん、あなたに最後のチャンスを与えましょう。今から再び赤ずきんのに逢い、今度こそ、その魂を回収して来て下さい。成績次第では、ペナルティーを免除いたします」

「……分かったよ」

 抵抗はあったが、断るわけには行かなかったのでシロヤマは、冷静沈着なセバスチャンの条件を呑んだ。シロヤマにとってこれが、苦汁の決断だった。


 何故か、悪い予感が胸を過る。無慈悲な死神にを刈られそうな、嫌な予感が。そしてそれは、突如として姿を見せたシロヤマにより、的中するのである。

「シロヤマ……」

 はっと息を呑むまりんの呼び声に、シロヤマは反応しなかった。真一文字に口を結び、怖ろしい死神と思わせるほどの威圧感を漂わせている。今までと打って変わるシロヤマの姿に、不安げな表情をしたまりんは戸惑った。

「赤園まりん」

 何秒か沈黙が流れた後、冷やかな口調で不意に、シロヤマが口を開く。

「俺が今、きみの前に姿を現したのは外でもない。果たさねばならない使命の下、きみの魂を回収させていただく」

 自宅から出て、アスファルトの道路を直走ひたはしっている最中にシロヤマと遭遇したまりんはこの時、妙な違和感を覚えた。

 声や姿形はシロヤマだけど、どこか違う。普段のシロヤマなら、こんなにも厳格で死神らしさを漂わせたりしないわ。そう、何故なら彼は……

「チャラ男だから」

 冷静にそう分析したまりんの口から、心の声が洩れる。

「手を出すのも早いし、厨二病ちゅうにびょうの気もあるしはっきり言って、死神感ゼロだから」

 真顔で沈着冷静にシロヤマを見据えたまりんは「あなた、何者?」と尋ねた。

 凜然たるまりんの問いかけに、フッ……と口元に気取った笑みを浮かべたシロヤマは応じる。

「完璧だと思ったのだが……君の直感を侮っていたようだ」

 シロヤマはそう言うと、ポンッと軽い音を立てて元の姿に戻った。今までシロヤマに変身していた相手が瞬時に元の姿に戻り、その姿を目の当たりにしたまりんは思わず息を呑む。

 ポニーテールにした漆黒の髪に、凜々しくも鋭い瑠璃色の瞳。地面すれすれの、漆黒のマントを靡かせ、背丈を越す、プラチナ製の大鎌を携えた長身の死神の姿。その、あまりの迫力にまりんは、ド肝を抜かれた。

「お初にお目にかかる。私の名はカシン。冥界は、死神結社しにがみけっしゃの総裁だ」

 鋭い眼差しで、気取った笑みを浮かべる死神総裁カシンは、

「もうどこにも逃がさない。大人しく観念してもらおう」

 そう言って、まりんを威しにかかった。

 死神総裁の肩書を持つだけのことはあって、カシンの脅しは実に効果覿面だった。

威圧感を漂わせるその死神ひとに怯え、まりんは後退りする。だが、目に見えない壁に当たり、まりんは一歩も動けなくなってしまった。それが、カシンが張った結界であることに、まりんはすぐに気付く。

 いよいよ、ヤバイところまで来た。

 冷や汗の浮かぶ蒼白い顔で、まりんは死を悟った。

 普通の人間ならここでもうTheendジエンドだけど、絶対そうはならないわ。だって私は……この物語の主人公堕天の力の使い手だもの。

 体の底から沸々と、自信が湧き上がって来る。どんな物語においても、主人公は永遠に不滅。そんな自信からまりんは死を悟っても、それを受け入れる気はもうとうなかった。冷めた口調で、まりんは面前に佇むカシンにこう告げる。

「そうね。私もいい加減疲れたし、ここいらで止めておこうと思うわ」と。

 細谷くんが傍にいなくて不安はあるけれど、私はひとりじゃない。

 赤いロングコートの右ポケットに入れた御守りを、右手でぎゅっと掴んだまりんは、面前に佇む死神と戦う決意をしたのだった。

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