第19話-最終戦


 昨日は残り三小隊だけだったが、今朝になると二小隊となっていた。

 五十七小隊ともう一つ、十三小隊だった。不敗の小隊は未だに健在だ。

 ミーティングが始まり、ロートは三人にそのことを告げる。

 もうリテッソはいなかった。オウカの部屋でお留守番しているだろう。

「残すは十三小隊のみとなった」

 三人は誰も驚いていないようだった。こうなることがわかっていたのだ。

 ロートはデータでしか見ていないが、彼女たちは実際に目にしてきたし手合わせしてきた。十三小隊の面々の強さはよくわかっている。

「彼女たちからメッセージが届いている。再生するぞ」

 モニタにメッセージを出す。

 向こうの指揮室で、エテルノ、ソーリャ、ルリエリの三名が立っていた。背筋をピンと伸ばし、堂々としている。エテルノが一番大きく、その次にソーリャ、ルリエリという背の順だった。五十七小隊と同じように斜めになっている。

 十三小隊は前衛のエテルノが一番大きく、後衛のルリエリが一番小さかった。

「先ほど第三十小隊を撃破した。残りは我々と君たち第五十七小隊だけだ」

 そうエテルノが言った。彼女はウォルと同じように髪を後ろで束ねた赤毛でハキハキとした喋り方をする。体が大きいこともあって迫力があった。

「私たちはこのメッセージに記載したポイントの市街地にいます」

 事前に話すことを決めてあったのか、ソーリャがそう続けた。

 彼女は大人びた印象を持つ、涼し気な目をしている。ほどよい長さの白髪もまたその印象をより強くしていた。地球ではないだけあって髪がカラフルだ。

「僕たちは待ち伏せたり奇襲したりはしない。目視できてから行動を開始する」

 次に台詞を読んだのはルリエリだった。少年のような見た目の少女だ。黒髪は短く、声も幼い。背はティスよりも低いだろう。

「というわけだ。私たちは君たちとの戦いを心待ちにしていた。ついに万全の君らと戦えるのだ、ウォル、オウカ。これで白黒ハッキリつけられる。どんな手を使っても構わない。かかってきたまえ。君たちの勝利は偶然だと、間違っていると教えよう。楽しみだ」

 エテルノの台詞で映像は終わった。

 三人の誰もが発言しなかったが、彼女らの顔には焦りや絶望の色は見受けられなかった。

 なら、自分も落ち込んでいる場合ではない。アルトアバレーなど知ったことか。

 だからこそ、ロートは思ったことを口にする。

「お前たちは散々、打ちのめされ肯定感がなかった。それが今はどうだ?」

 三人は微笑んだ。そこには卑屈さなどない。純真で明るい笑みだった。

「間違っていないと証明してみせろ。勝利でな。どんな手を使おうと構わない、だそうだ。鼻をへし折ってやれ」

「はい。へし折ってきます」

 三人は声を揃えてそう叫んだ。

 キチンと力強い声である。怯えはどこにもない。自信に充ち溢れていた。

「それでは指定された座標に急行する。予定では三時間後の到着だ。各自準備に取り掛かれ」

「はっ」

 ヴィダー風の敬礼をし、三人は散っていった。泣いても笑ってもこれが最後の戦いだ。


 到着まで残り一時間半を切った時、ウォルがロートの本体を訪ねてきた。最近の流行りなのか?

「よろしいでしょうか」

「ああ、入れ」

 動力部の扉を開けると、ウォルは礼をしてから入ってきた。

 実体のないロートに話すのであればどこでも話せるのだが、彼女たちは近頃こうして動力部までやってくる。

「何か異常か?」

「いえ。そういうわけではないのですが」

「なんだ、話してみろ」

 そうロートが言っても、ウォルはすぐに話そうとしない。しかし、限られた時間であることをわかっていたのか、ウォルはいつまでも黙っているようなことはしなかった。

「落ち着かないのです。だからお話をしてもらいたくて。お力になってもらえますか」

「なんだ、そんなことか」

 そう言うとウォルは肩を落した。

 言葉選びを間違ったとロートは言葉を付け足す。

「遠慮するな。そんなことならいつでも構わない」

 ウォルは目を煌めかせたが、すぐにその目を伏せた。

「私は本当に愚かです」

「急にどうしたんだ」

「私は人とは違うという自負がありました。それが良い悪いかはわかりませんが、直感的に人の事がわかるのです」

 天才ならではの直感。把握するより先にわかってしまう。

 そんなことがあるのか、とロートは疑問に思わない。ウォルという少女にはそういう能力があっても不思議ではないと思っていた。何も超能力的なものだとは思っていない。彼女は人一倍考えたいという欲求が強いとアルトアバレーは言った。多く思考してきた結果、数少ない情報で判断できるようになったのだろう。

 心の奥を先に暴いてしまうから、何故そうなったかを悩むことがない。

 相手に嫌われているとわかっていながら、その相手の良さを認めるというのは難しい。表面上の感情に囚われるのが普通だ。

 そうでないのが、ウォルという人だった。人は人という考えが根付いているのだ。自分という個に自信があるからこそだろう。人からどう思われようが構わないという気質なのだ。尤も、それすら折られそうになっていたのだが。

「だから、ティスからキツイ言葉をかけられても口出しをしていました。どう考えても、我々に与えられる指示は良くないものでしたから。それに彼女の優しさや一生懸命さはわかっているつもりだったのです。けれど、それは間違っていた」

「わかったつもりになっていた、か」

「はい。彼女があんなものを抱えているとは思いもしませんでした。自分の噂なんて気にしませんでしたし、訓練以外での関わりが薄いとはいえティスの心を乱している何者かがいるなんて考えもしなかった。彼女が私に向ける感情も理解しようと思わなかった。それでずっとすれ違ってしまったのです」

 ウォルは直接聞きだしたロートやオウカと違って、直接リテッソから事の真相を聞いたわけではない。恐らく、ティスから話されているわけでもないだろう。

 それでも、囚われたティスが言った断片的な情報で、真相を掴んでいるようだった。

「今は違う。重要なのはそれだけだ」

「はい。でも反省するのはもっと重要です」

 ここまで頑なだと方向を逸らすのも難しい。ロートは同意することにした。

「問題を認識し分析するのは大変重要だな」

「私はティスとの問題を自分では力が及ばないことだと考え、そこで停止していたのです。その、自分はドライな一面があるので」

 ウォルは恥ずかしそうにそう言うと頬を掻いた。

「ティスの焦りはわかっていたけれど、理解はしていませんでした。そして、出来るとも思わなかったし、しようとも思わなかった。仲間が煩わしいという傲慢さもそこにはあったと思います。私の模擬戦への取り組み方もなっていませんでした。命令は滅茶苦茶だし、相談しても聞いてくれないし、始まる前に負けるという予想がついていたからか、ティスのように敗北への屈辱が薄かった。ティスはああ言ってくれましたけど、私が真剣さに欠けていたのは否定できません。結局、自分ばかり見ていて、他者の抱えるものを想像しようとしなかった」

「そう思うなら次の戦いで勝利してみせろ。ティスが言ってくれたお前の姿を証明してみせろ」

「はっ」

 嬉しそうな顔でウォルは敬礼した。

「罵ってもらえませんか?」

「ウォル、聞き間違いか?」

「違います」

 ウォルは真剣な目をしていた。冗談でもないらしい。

「すまないが、経緯がさっぱりわからない」

「私にもわかりません。そのロート隊長に叱られると元気が出るんです。あの勇気が欲しいんです。だから、お願いします」

 ウォルは青みがかった黒髪を揺らして、可愛らしく頭を下げる。

 初めこそ混乱していたロートだったが、少し時間を置けば思い当たる節があることを発見した。

 彼女だけが変なところで目を輝かせたり、楽しそうにしていたりという場面がいくつかあった。

 それがこの罵倒してくださいに繋がっているのであれば、どうにか納得できる。

「お前はどうしようもない変態だな、ウォル。罵倒があると勇気が出るというのはどういう回路だ」

 声はハキハキと、しかし心中では恐る恐るロートは言った。

 ウォルはというと眉が下がり、蕩けた顔をしていた。本当に楽しそうである。

 初めは団結と闘争心を焚き付けるためだったが、予期せぬ形に育っていた。想定外である。用法はきちんと守ってほしい。

「なんだ物欲しそうな顔をして。何かお願い事があるなら、それ相応の礼を尽くすべきだろう?」

「はい。ロート隊長。私は貴方が軍人でないことを初めから知っていました。未だに記憶がないこともわかっています」

 冗談だろうと小馬鹿にすることも、笑って逃げることもロートには出来なかった。

 ウォルの表情には迷いがあったが、目が鎌をかけたりしている者の目ではなかった。確固たる確信があるからこそ、できる澄んだ目だった。

 何より嘘が綻びそうになった時、ウォルがそれとなく手助けしてくれたことを覚えている。一つ一つ挙げればキリがない。目覚めた時に名をつけてくれたのも、ヴィダーの生活のことをわかっていなかった時も、ロート自身の死についてもウォルが教えてくれた。認めざるを得ない。ただし、罵られたあとにカミングアウトするのは如何なものだろうか。

「よくわかったな」

「一人称はブレブレでしたし、文献を読んでいたので可能性をすぐ考慮できましたから」

「確かにバレバレだったか」

 そう言ってみると、新たな疑問が浮かぶ。

 どうして偽りの将校の言う事を聞いていたのだろうか?

 成績のいいウォルであれば、ロートよりもいい指揮ができそうなものだ。三人四脚なんていう滅茶苦茶な訓練に文句を言わなかったのも気になる。ロートがそのことを質問する前に、ウォルが口を開いた。

「私たちは軍に身を置いています。規律が他の隊よりましだとはいえ、それなりの扱きはありました。ですが、貴方のものとは全く違うのです」

「それは初心者も初心者だからな。知ったかぶりで嘘つきでもある。ほとんど思いつきで言っていたしな」

「違います。マイナスのことではありません」

「何?」

「貴方の罵りには愛があった。うさはらしで言っているのではないとわかっていました。この戦時下で部品としてではなく、人として扱ってくれましたそのことが私にはとても心地よかった。何より考えるということを認めてくれました」

 ロートには死を恐れることも、仲良くしたいと思う事も、考えることも当たり前だった。しかし、この世界ではそれを許さなかった。思いやりを否定し、戦う事だけに眼を向けさせようとした。

 オウカが、誰かと話せるのも久しぶり、と言ったほどだ。言葉を交わし、思いを伝えあう。そんなことすら不必要だと思わされていた。悩みを持つのが、考えるのがオカシイ。それを分かってもらおうとすることすら考えさせなかった。間違っているとさえ言わない。遥か高みから弄んで、間違っていると結果で示すだけ。

 その構造さえ、ウォルは気づいていたのだろう。賢さ故に理解できてしまった。

「だから、よく考えたんです。隊長が何を考えて、私たちを導こうとしているのか。何を教えようとしているのか。今なら死を恐れるというのがよくわかります。この心地よさを失うのはあまりにも惜しい。それはきっと、ティスとオウカもそうでしょう。だから皆、貴方を慕っているのです」

 ウォルは綺麗に破顔してみせた。楽しみや喜びだけでない、温かな表情。

 それが自分に向けられているということは、ロートの財産となった。自分は間違いでないと、この世界で初めて言ってくれたのだから。

「ロート隊長。これからも私たちの隊長でいてくれますか?」

 嘘がバレたロートが訊くべき問いだった。それを相手から投げかけられたのだから困る。

 上官の機会を奪うのはよろしくない。

「当たり前だ。ロートという人間は君らの隊長以外やる事が思い浮かばない。ありがとう。ますます死ねなくなった」

「安心してください。必ず勝ちます」

 ウォルの力強い宣言によって、ロートの不安は消えてしまった。

 決心する。様々な思惑に翻弄されてきた彼女らを、自分のエゴのために戦わせることは心苦しい。それでも、彼女らの心の底からの笑みを奪わせるわけにはいかない。


 ロートのひょんな一言からティスから作戦の提案があり、それを全員が了承した。ウォルが細かい問題点を挙げ、オウカが三人でその問題点をどう修正するか考案した。アルトアバレーにバレないよう、通信は切って、リテッソと戦った通信の通じにくい場所で話した。三人に事情は説明しなかったが、彼女らは気にせず作戦を練り合った。

 これが本来の形だ。ロートはあくまで偽りの将校だ。戦闘指揮は皆の方ができる。彼が言ったのは滅茶苦茶なアイデアだったが、それをティスは辛うじて作戦に落とし込み、微調整をウォルとオウカがした。ティスとロートだけでは、形にはならなかっただろう。

 今回はロートではなく、発案者のティスが号令を出すこととなった。格納庫で、四人で円陣を組む。

「勝つんじゃない。生け捕りにするのよ、あの気に食わないエテルノをね。私たちは間違っていないと証明してみせる。勝利でね」

「おう」

 ロートも掃除ロボットを使って円陣に加わっていた。

「ゴーナナ、ゴーナナ」

「ゴーナナ、ゴーナナ」

 ロートの号令を、三人が繰り返す。

「ゴーナナ、ゴーナナ」

 もう一度四人で繰り返してから、各々のオフナーマに搭乗する。

 ついに最終戦の幕が開こうとしていた。

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