第18話-愉快
ロートの本体の元をティスが訪ねてきた。動力部にあるオフナーマにティスはもたれかかる。
「どうかしたか?」
「勝てるかな」
一回囚われて、ティスは弱気になっているようだった。ロートは明るい声で元気づける。
「前にも言っただろ。模擬戦の初めからずいぶん伸びている。初めは弱かったが、今は違う。君は五十七小隊の優れた軍団兵だ。もう芋虫なんかじゃない。ただの軍団兵でもない。君らは花だ。美しく力強い」
「ありがとう」
「だから負けないよ。絶対に」
「だよね」
ティスはそう言って、ロートのオフナーマを叩いた。
「またね、隊長に聞いてもらいた事があるの」
「いくらでもどうぞ」
「ありがと。隊長になら話せることなの」
ティスはそう前置きしてから、少し考え込んだ。
「ウォルってあれだけ美人で、強くて、どうして死ぬのが怖くないのかしら?」
「それは持っている物がなくなってしまうことが、ってこと」
「うん。そういうこと」
「どうなんだろうな。私にはわからない」
「それもそうね。ウォルはウォルで、隊長は隊長なんだから」
フフフっと息で笑ったティスは、ロートの体にもたれかかった。冷たい鋼の足に身をあずけて続ける。
「あたしね、二人の事を信じられなかったの。彼女たちに対する噂の方を信じていたの」
オウカとウォルが上の部署に配属されることが内定している、という噂のことだ。
他にも彼女らを信じられないよう、ティスの不安を駆り立てるような嘘をリテッソたちは言っていたに違いない。
ロートはそのことを知っていないことになっているので、何の反応も出さないでおいた。
「だから、距離を置いていたというか。トゲトゲしちゃってたの。真剣にやっていないくせに、あたしの邪魔をするなって。ウォルから問題を直すべきと指摘されたけど、訓練のうちにできることをしておきたいというあたしには受け入れられなかった」
「できること?」
「ああ、言ってなかったわね。あたし、前に言ったけど変わり者なの」
「死が怖いっていう」
「そう。その気持ちを変えることはできそうにないから、死なないことにしたの」
「凄い宣言だ」
「今のうちに死なない技術を身につけるしかないと思っただけよ。真剣じゃない二人と隊を組んでも勝てないだろうと思ってね。どうしても焦っちゃって指示に従えないなら、成績の方は諦めたわけ。そんな訳で、あたしは極限状態に自分を置くことにした。無茶をやれるだけやって、経験値を積んでから戦場に出ようってね。装備に期待できないなら腕を磨くしかないじゃない。幸い、いい見本が身近にいたしね」
模擬戦での無茶な戦闘は学びのためだとティスは言った。
死にたくないからこそ、練習であるうちにありとあらゆる状況を試したのだ。
理不尽な世界では、そんな風に考えることしかできなかった。
「そうすることで如何なる時も切り抜けられる能力を身につけなきゃと考えたのね。そんなことを考えていたし噂を信じて誤解していたから、仲間だとか考えることをしなかった。おかしなことに二人は成績がいいし強いのはよく知っていたから、どうしてか勝てないのが不思議だった。ああも負けるはずがないのに、って他人に当たってた。嫌な奴よね。二人の差し伸べてくれた手を払ってしまったの」
ティスは照れ臭そうにそう言った。
彼女はアルトアバレーの件を知らない。二人への不信感は作られたものだと、そう仕向けられたものだと。敗北すら彼女のせいではなく、実力不足でもない。仕組まれたものなのだ。そぐわないという理由で敗けを決められていたことを知らない。
だから、自分が悪いのだと自嘲する。そうでないと教えたい。でも、それは凄まじい揺らぎになる。伝えるべきかそうしない方がいいのかロートにはわからなかった。
自分の所属している軍が、自分たちを押しつぶそうとしているなど教えられるわけがない。けれども、悲しんでいるティスを少しでも支えたいのは確かだった。ロートは体を動かす。彼女の体とそう変わらない太い指で慎重に頭を撫でる。
「そうか」
「そうだったのよ。自分勝手な人間だったの。あんたたちはここで頑張らなくてもいいかもしれないけど、あたしはここしかないのよって。本気じゃないなら黙ってろぐらいのこと思ってたわ。自分勝手がすぎた。さっきのは正直じゃなかったわ。あんたたちが迷惑をかけているんだから、少しぐらい役に立て、なんて考えていたかも」
ロートにはただ黙って聞いていることしかできなかった。
沈黙で寄り添うことしか考えつかなかった。こんな時にも正直ではいられなかった。
「ごめんね、こんな話をして」
「隊長の責務だ。気にするな」
「あたしは自分勝手だから、誰かに知ってもらいたかった。自分の卑怯さや汚さを許してほしかった。隠し通す痛みをなくして欲しかった」
「なくなったか?」
「ええ。だから、勝たなくちゃね。これが二人へのあたしなりの罪滅ぼし」
「さっきまで弱気だったのに、えらい強気だな」
ロートが冗談めかすと、ティスは歯を見せた。
「当然よ。秘密を打ち明けた今のあたしは一番軽い。最強よ。そして、あなたがいなくなると、あたしはまた辛くなる。だから、負けられない。生かすわ。絶対にね」
「頼んだよ、ティス」
「任せておいて。ええ。隊長が思ってくれるように、あたしたちも隊長のことを思ってる。五十七小隊の隊長はロート隊長でないのは許されないんだから」
ティスはロートの指を叩いて、足から離れた。
「ありがとう。シミュレーターしてくるわ」
「ああ」
去って行くティスの背を見て、ロートは心強いと思ったのだった。自分よりもよっぽど強い。何度も立ち上がり、反省し、過ちを認め強くなる。それを好ましいと、素晴らしいと思わないわけにはいかなかないし、水を差すわけにもいかない。死が間近にあろうとも。
次にロートの元を訪れたのはオウカだった。彼女はリテッソを連れていた。
オウカはいつも通りの軍服だったが、リテッソはピンクのドレスを着ている。露出は控え目の可愛らしいものだ。ピンク色を基調としており、フリルをふんだんに使っている。プリンセスという言葉スッと浮かぶドレスである。どこにこんなものがあったのか。
そして、似合わない首輪がリテッソの首につけられていた。手綱付きで、それはオウカが握っていた。
「仲がよさそうだな」
「はい」
オウカはニコリと笑うと、リテッソの方を向いた。友達と言われ嫌悪を抱いていたリテッソはもういない。
今ではあの時の印象も変わる。あれはお仕置きした相手と仲良くできないというより、仲良くするということ自体を否定していたのだ。友情など真っ先に削がれている。
オウカがさっきまでの笑顔を消して無表情になると。リテッソは四つん這いになった。いや、友情じゃないな調教だな。
「言葉がなくても通じるんです」
「ああ、すごいな」
すごすぎてそれ以外の言葉が浮かばなかったほどだ。本当に敵に回してはならない。
仲間思いというのは、その分敵には厳しいのだ。
「そうだ。何か用か?」
「用ってほどのことはありませんけど、お話しがしたくて。あ、雑談ですよ」
「そうか。なら、話そう」
「はい」
オウカは満面の笑みで頷くと、四つん這いのリテッソを椅子にした。
ロートはそのナチュラルな動作に身震いしそうになる。
「隊長さんには驚かされます。あんな風にティスちゃんを助けるだなんて思いもしませんでした」
「私は時間を稼いだだけだ」
「そんなことありません。あの隙に後衛の子機を破壊していなければ、自分たちは負けていたでしょう。自分は本当に感謝しています」
オウカは立ち上がって頭を下げた。
感動するシーンなのかもしれないが、ロートの目には椅子になったままのリテッソが映っている。どうにも感傷的な気分にはなれない。
「隊長としての役目だ。気にするな」
オウカは椅子に座り直して笑った。初めの硬くなっていた彼女はどこに?
日向ぼっこしていた彼女はどこだ?
「自分は何も気づけていませんでした。ティスちゃんが抱えている悩みなんて想像もしなかった。隊長さんよりも長く一緒にいたのに、大したことができていなかった」
「そんなことは」
オウカは首を横に振った。
「落ち込んでいるわけではありません。反省はしていますが、それだけです。自分が言いたいのは、感謝です。ロート隊長に出会えてよかった」
「私もだ、オウカ。君たちは教えがいがあって大変愉快だった」
「愉快ですか」
「愉快だ」
オウカは笑いながら、手綱を使ってリテッソを立たせた。
「それでは失礼します」
そう言いオウカは去って行った。
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