第17話-彼女たちの個性
アルトアバレーからの通信を終えると、ティスからも通信が入った。
部屋からなのだろう。音声のみだった。
ちょうどよかった。目を向けられると身に抱えた怒りが看破されそうだった。
「隊長、今いい?」
「もちろん。何か?」
「まず初めにありがとう。とても感謝しているし、その嬉しかった。これだけは確かなことだからしっかり覚えておいてよね」
ずいぶん素直じゃないかとロートはニヤニヤする。ティスが大きく息を吸う音がした。
もしや愛の告白か? 参ったな。自分の性的趣向なんてまだ思い出せていないぞ。
などと心配をしていると、鼓膜があれば破れていたのではないかと思えるほどの声量で、馬鹿、とティスが言った。
「隊長は馬鹿よ。あたしたちと違って、隊長はここで死んだら本当に死ぬのよ。あたしなんか放っておいても、ウォルとオウカがいれば優勝も難しくない。あそこで自ら飛び出すなんて正気?」
「ご忠告はごもっとも。確かに正気じゃない」
ティスにまくし立てられても、ロートは動じない。何もない彼ではない。ただ与えられたから注文をこなしているわけでもない。だからこそ、ただ恐れるだけじゃない。それはティスを助けた時も、今も。
死が確定してもロートは落ち着いていた。諦めじゃなく、満ちたものを感じていた。
それがどういうものかは説明できないが、何かはわかる。自分の事を隊長と慕ってくれた彼女らだ。右も左もわからなかった彼に、確固としたものが宿っていた。
「ボクは君たち三人とこれからも人生を彩りたいと思っている。言い換えればそれぐらいしかすることがない。とても大事なんだ。そんな相手を穢そうとしたんだ。正気でいられないよ」
「将校失格じゃない」
「まあね」
将校ですらないのが、とは流石に言えない。
「今日は疲れたし休むわ。おやすみ、隊長」
「おやすみ」
ロートに休息は必要ない。彼が巡らせるのはアルトアバレーとの会話だった。データにアクセスしながら、彼女の意図を解いていく。
思えば、ヴィダーの生活を知った時に気づくべきだった。あの時の違和感を放っておかなければよかった。
仮想現実なのに食事や休息が必要なのは、死をより鮮明に刻むためだ。そして、食事や休息を味気ないものにして、戦いのみを鮮烈にさせる。リアルに近づけ戦いは楽しいと刷り込み、死に慣れさせて部品へと加工される。人としての営みを切り捨てていく。これは早い段階で済んでしまう工程だったので、ウォルとオウカは既にそういう考え方になっていた。未だに死を恐れるティスはかなりのレアケースなのだろう。
とうに失ったものを保有し、それに占められているティス。彼女とウォルたちがすれ違うのは自然なことだ。
ティスに最も近い思考のロートでさえ誤解していた。
ティスのポイントによる焦りからすれ違っていると初めは思い、彼女の死を恐れるという感情のせいで溝があることを知った。その溝をリテッソが深めていたが、そもそも噛み合わないようアルトアバレーが操作していた。
ただ怖いと思うだけで、どうしてここまで好き放題されなくてはいけないのか。
何もティスだけではない。
ウォルとオウカも、ロートの知る人に近かった。喜び方や趣味や食事を削がれても、他者への思いやりを持ち最後まで捨てなかったから苦しんでいた。部品にならないからと敗北を押し付けられ、不和になるよう操作され、心が折れるように仕向けられていた。作戦を出す司令プログラムに、裏切られていたのだ。いくら彼女らが強くなろうとも、ちぐはぐな作戦と、それが相手に筒抜けであれば負けるに決まっている。
何も五十七小隊だけの話ではない。早いか遅いか、長いか短いかの差はあれ、他の隊でも同じことが行われてきたのだ。
感情という歪みを持ちつつも、それを戦うことと他者を虐げることに結びつけられた。指示に従うことが喜びなのだと矯正された。それ以外は無駄なのだと、余分なものだと削ぎ落とされた。隊の仲間などおらず、ただ同じ任務をこなす駒同士だと思う。部品となった彼女らにとって、必要なものは自分を満たす戦いとその命令を下す隊長のみ。他の物事には興味を抱かないし、あったとしてもアルトアバレーの都合のいいように扱われる。部品として活用されることに背く価値観は全て廃され、それ以外の価値観は戦いに直結するよう歪められる。
リテッソのティスに対する執着もそうだと、アルトアバレーは言った。
ウォルとオウカもそうなる寸前だったと。
彼女らは喜び方も、分かち合い方もわからなかった。趣味もないに等しく、思いやりも個性も奪われそうだった。
勝利こそが価値なのだという世界で、アルトアバレーの価値にそぐわない限り敗北を与え続け、彼女に従った時のみ勝利が与えられる。その考えを否定する力はロートにない。託すことしかできない。自分の大切な部下たちに押し付けるしかできない。
今まで翻弄されてきた彼女らに、アルトアバレーと同じようなことしかできない自分が情けなかった。
「くそったれ」
ロートは声に出した。誰もいない部屋でわざわざ自分の声を響かせる。アルトアバレー個人にではなく、この世界に文句をつける。
ティスたちは何度も話せると言った。そんなことを有難がった。
それもそうなる。従えない指示を出し、行動を筒抜けにさせてわざと負けさせ続け、心を折ろうとした。間違っているとさえ言わず、敗北だけを与えた。そして、自分から心を閉ざさせようとした。戦うだけを意識するように。死にたくないという恐れを、仲良くしたいという願いを、考えたいという欲求を粉々にした。改善しないのではなく、改善させないようにしていた。
そのことに気づかないよう、情報統制し、ティスが強くなっていることも教えなかった。彼女らが弱いのではなく、勝てないようにしていた。道具にさせることしか考えていないのだ。くその例など、挙げればキリがない。
「道端の花を手折るどころか、わざわざ踏みにじり、残った花をむしる。ボクの部下に話すなんて当たり前を特別に感じさせるほど、自分が間違いだと抱えさせ弄んだ。いい度胸だよ。世界がなんだ。自分の命が何だ。ボクは隊長だぞ。そんな理不尽に屈してたまるか。やってやるよ。お前らが踏みにじったものの、強さを見せつけてやる。咲き誇る花の美しさをな」
後悔はない。何度繰り返そうと同じことだという確信がロートにはあった。これから先はわからない。それでも、自分が消えてしまっても、彼女らの痛みを放っておくことは間違っている。だからこそ、見せてやらねばならない。
翌日、朝のミーティングの場に、オウカはリテッソを連れてきた。
リテッソはティスと同じぐらいの身長なので、オウカより低い。そのため、オウカが自然に立っていれば彼女の肩の辺りに、リテッソの頭がくる。
オウカはリテッソの頭に手を置きながら定位置に立った。
「どうだ、首尾は」
「仲良くなりすぎちゃいました」
オウカがそう言うと、ティスとウォルはキョトンとした顔をする。
何があったかを知っているロートは話を続けた。
「何をしたんだ?」
「何もしてませんよ。映像に残っていたとしても退屈な画だったと思いますよ。ね、リテッソちゃん」
「ワン」
「ね、こんな冗談を言うようになった。ワンじゃなくてはいでしょ。ふざけちゃ駄目。これからも仲良くしようね」
ウォルは何があったのか察したようで顔を赤くして二人から目を背けた。ティスは相変わらずキョトンとしている。なるほど。有料か無料かということか。
「今朝の報告で残りの小隊は三となった。第十三小隊、第三十小隊、そして我が隊だ」
大方予想通りだったらしく、三人は涼しい顔をしていた。無敗の十三小隊が残っているのは当然のことなのだ。彼女らを倒さねば優勝はない。ここと全力で戦うために、損傷を軽微にしておくと第一小隊は考えていたのだろう。
「敵機の反応はない。昨日の戦闘で疲れているだろうから、今日は必要な業務を済ませたら休息していろ」
「ありがとうございます」
三人の声が重なる。声だけ聞けば全員元気そうだ。昨日の戦闘は今までの二戦と状況が違ったので、変わったことがあるかとロートは心配していた。
が、その必要もなかったようである。声だけではない。顔も輝いている。本当にいい顔だ。もう、自分が教えることはない。初めからなかったのだ。ただ、捻れていた線をあるべき点に結びつけられただけ。意図したものではなく、偶然そうなっただけだ。彼女たちの個性が、思いやりがここまで導いた。
「よし、解散」
三人は敬礼し、各々好きな場所へ移動していった。
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