第15話-くすぐり

 ロートが船に戻ると、三人は肩を組んで歌っていた。いつものゴー、ナナと繰り返すだけのものだが、顔に明るさがある。

 次にハイタッチを交わし、抱擁し合った。ロートが促さずとも行っていることに、彼は感慨を覚える。きっと、既に彼女らは誇りを掴んでいるだろう。少し羨ましい。

「おかえりさいませ、隊長」

「ああ、ただいま。修理はどうだ?」

「ティスの機体以外は完成しています。あそこまで破壊されると部品の組み替えではなく、ある部品で新たに組み立てる方が早かったのでそう準備しました。機械へのオーダーは入力済みで、今は組み立て作業が行われている真っ最中です」

 戦闘だけでなく、オフナーマのことにも精通しているウォルだからこその的確な判断だった。門外漢のロートには機械による杓子定規な判断しかできない。

「ウォル、報告はよくわかった。今回も無事に勝利を収めたわけだが、いつもと違う事がある」

 お叱りでも予想したのか、ティスとオウカは顔を俯けた。ウォルだけは目を輝かせていたが。キラキラした目を向けられ調子が狂いながらも、ロートは咳払いをし気を取り直す。

「それは初の生け捕りだ。さあ、好きに調理しろ」

 手の中に隠していたリテッソを床に転がすと、ウォルは肩を落していた。ティスはそういえばそうだった、というような顔をしている。そして、オウカは歯を見せない程度に頬を吊り上げていた。

「どうした? お仕置きはしないのか?」

「私は結構です。オフナーマの修理をしています」

「あたしもパス。眠いので」

 ウォルとティスがそう言い、この場を去って行った。残されたのは気を失っているリテッソとオウカ。そして、オフナーマのままのロートだった。

「それでは隊長さん。仕方ないので私がしますね」

「あ、ああ。頼んだ」

「頼まれました」

 わざわざ敬礼までして。オウカは準備を始める。

 どういうことをするのか興味があったので、ロートはウォルにオフナーマのメンテナンスを頼むと、掃除ロボットにアクセスした。

 オウカがお仕置きの場として選んだのはシャワールームだった。

 眠っているリテッソを背もたれのある椅子に拘束している。足を椅子の足に、手は太ももにという形である。椅子は少し高く、リテッソの足が地についていなかった。

 ロートは手を太ももに拘束することなんてできるのか、と少し感心した。

「オウカ、何をする予定だ?」

「くすぐりです、隊長さん。されたことがあるので。お返しですね」

 ニコリとしたまま言うオウカにロートは身震いした。なにせ、彼女の目は全く笑っていない。目は口ほど物を言う、ということわざを思い出した。オウカには怒りの感情がしっかりと感じられた。仲間のための怒りだった。しばらくすると、リテッソが目を覚ました。

「落ちる。落ちる。痒いのやめて。溶かすのだけは止めて」

 うわごとのように言ってから、彼女は自分の状態に気づいたようだった。

「どういうこと? これ、何?」

「それは私の言葉だよ、リテッソちゃん」

「オ、オウカ」

「そうだよ、リテッソちゃん」

「ああ、そういうこと。私は落されなかったのね。あんまり痒くないし。下着はそのままだし、って何で下着姿なのよ」

 リテッソは下着姿で拘束されていた。飾り気のないピンクの下着で、ナメクジに溶かされた部分はオウカによって応急処置が施されていた。

「だって負けたでしょ?」

「お仕置きならさっき」

「どうかしたのか?」

 ロートの声がすると、わかりやすくリテッソは青ざめた。続きを話す様子もない。

「なんでもありません」

「そうか。悪いな、オウカ。続けてくれ」

「それじゃあ、リテッソちゃん。これからお仕置きを始めるね。内容はこそばしだから。貴方と一緒」

 第五十七軍団ではお仕置きは一度に一種しかできないという規則がある。あくまで戦闘が主なので、お仕置きばかりに熱中されても困るからだろう。それに模擬戦中にお仕置きに集中していれば負けてしまうに違いない。制限と現実問題の二つによって、このルールが守られているのだろう。

 なので、必ず始める前に内容を宣言してから行うことになっている。船の中の映像は一度記録されると司令プログラムであるロートでも消すことができないし、証拠が残るので誰もが守る。記録をしないことはできるので、抜け道はあるのだがロートだけのものだ。司令プログラムはあくまで機械で、上官だ。軍団兵の機微で消したりはできない。

 もちろん、ティスの映像を秘密裏に売ろうとしたリテッソのように例外はあるのだが。

 ロートもリテッソが用意してくれた通信障害の舞台があったからこそ、私的な脅迫ができたのだ。船との通信が繋がったままであれば、あのことは明るみになってしまう。

 第六軍団の特注のナメクジを使ったというだけで、問題になるはずだ。本来あってはならないものを悪用して使っているのだから釈明の余地はない。偶然などと言って通用するのは錯乱した相手だけだ。

「じゃあ、始めるね」

 オウカはリテッソの前に座った。

 彼女は筆のような器具を左手に持って、ゆっくりとリテッソの体をなぞっていく。

 右足の親指からくるぶしに行き、くるぶしで三度回転させてからふくらはぎをゆっくりと登る。膝の裏は舐めるように左手を軽く振るい、太ももの内側は毛先だけでなぞった。

 リテッソはその度にビクビクと体を震わせ、声ならぬ声を漏らしていた。

「リテッソちゃん、うるさい」

「そんなこと言われても」

 オウカは立ち上がり、リテッソの後ろから彼女の耳元で囁いた。

「今度静かにできなかったら黙らせてあげるね」

 そう言ってからリテッソの前に戻り、オウカは手でこそばしを再開した。

 爪先で脇腹をくすぐると、リテッソは大きく身震いした。

「お、お腹は、止め」

 リテッソが話すと、オウカは止めて目を見つめた。

「リテッソちゃん、続きはどうしたの? 言ってくれないとわからないな」

「や、やめなさいよ」

「やめないけど、そうだね、黙ってなくていいよ。これぐらいはうるさくないし。可愛いからね」

 オウカがウインクすると、リテッソはホッとした顔をした。

 が、すぐに表情を変えることとなる。オウカが脇を責めると、リテッソはヒッヒッヒッと断続的に笑い声をあげた。筆の時よりもかなり大きい。

 そんな彼女を観察しながら、オウカは無慈悲にこそばしを続ける。

 首筋、腹、太ももと両手を使って移動していく。五本の指はバラバラに動かして、息を吹きかけたり、押したり揉んだりというのを繰り返す。

 リテッソはこそばしされ続け笑い声をあげている。そのせいで呼吸が不確かになり顔を赤くしていた。

「隊長さん。そのロボットに手のアタッチメントをつけてきてもらえますか?」

「了解した」

 指示に従い、ロートが手のアタッチメントをつけて戻ると、リテッソは口元に布をつめられ縛られていた。

「ああ、これですか。あまりにもうるさかったので黙らせました。さ、隊長さん、一緒にやりましょう」

 ニコニコ笑いながらオウカが言った。心底楽しそうである。

 五十七小隊で最も敵に回してはならないのは、ティスでもウォルでもなくオウカだとロートは思い知った。彼女は仲良くしたいと人一倍考えていたから、仲間が傷つけられたことが我慢ならないのだろう。

「よし、わかった」

 オウカと共にロートはこそばしに参戦する。

 リテッソはヘッドバンキングをしているみたいに髪を揺すった。口や目があれば彼女の長髪が入ったのだろうが、あいにくロートにはない。機械的にこそばし続けた。

 呼吸ができるよう短い休憩を挟みつつ五分ほどやると、オウカがロートを手で制した。

「リテッソちゃん、すごい汗ですね。これじゃあ脱水になっちゃうから」

 リテッソの口に詰められた布を取り、オウカは水を飲ませた。

「どう?」

「最悪の気分に決まってるでしょ」

 リテッソは捨て台詞を吐くが、そこに気迫はない。ずっとこそばしされ続け筋肉を強制的に動かされる状態のためか、疲れている声だった。

 くすぐりの部分を分散しているとはいえ、既に赤くなっている。

「それはよかった」

「え?」

「よかったって言ったのよ、リテッソちゃん。だって最悪な気分になってもらわないと困るもの。さっきのあなたの放送で、私はそういう気持ちになったからね。噂を言ってくれたのとティスちゃんにしたことのお返し」

 ね、とオウカはリテッソの目を見て微笑み、彼女の口にもう一度布を入れた。

「リテッソちゃん、汗かいて気持ち悪いでしょ。洗ってあげるね」

 オウカはリテッソをシャワーで濡らすと、手にボディーソープを垂らした。ロートの手にもかける。

「さっ、メインの足の裏、いこっか」

 無慈悲な宣言のあと、リテッソのこそばしは再開した。

 オウカはリテッソの足の裏をゆっくりと爪先でなぞってから、激しく指を動かしていく。指の付け根、指の間と手を這わせていく。

 ロートは椅子が倒れないように注意しながら、上半身を攻めた。その容赦のない攻めにリテッソは首をのけぞらせ、布によってぐぐもった悲鳴をあげ続けた。

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