第14話-リテッソ

 ロートは船を近くまで持ってきて、念のためティスに、身体チェックをさせた。ウォルとオウカは休息を取った後、オフナーマの修理に取り掛かるよう命じてある。そして、ロート本人は広間にいた。第一小隊のオフナーマの残骸と生き残りのリテッソと共に。

 リテッソは達磨になったオフナーマのコックピットの中にいたが意識は覚醒している。本来閉じているハッチが強引にこじ開けられているからだ。もちろん、両手両足を手錠で拘束してある。そんな彼女の前で片膝をつき、コックピットの上に顔が来るようにロートが待機していた。

「やあ、リテッソ君。私はロート。この船の司令プログラムだ」

「よく知ってまーす。そっちの二戦を観察していたから。記憶がある司令プログラムさん」

 語尾を伸ばす独特な話口調だった。不遜な態度というのはこういう事だろう。

「だからここまで警戒して、ウォルを捕らえようなんて作戦を立てたわけだ。あとはオフナーマを減らしたくなかったんだろう。君たちは修理下手だと資料に記載されている。狭い場所で一方的に倒せてかつ同士討ち避けるためにここに罠を張ったのかな? まあ無駄だったわけだがね」

 ロートの推測は正しかったらしく、リテッソは頬を引きつらせていた。

「君に聞きたいことがある」

「なんでしょう?」

「今までティスに何をした?」

 具体的な質問ではなかったが、リテッソは気まずそうに視線を下に向けた。

 答える気がないとわかると、ロートはこう言った。

「私だって馬鹿じゃない。大方の予想はついている。君がティスに嘘をついて、五十七小隊の団結を阻害した。実にシンプルだ。他に喋ることがない。これにて終了というなら仕方ない」

 ロートは立ち上がり、朽ち木を持ち上げた。それをジャグリングの要領で投げる。そうすると、ナメクジが飛び、偶然いくつかリテッソの体に付着した。

「きゃっ」

 小さく悲鳴を上げ、リテッソは服の裾でナメクジを払おうとする。

 彼女は両腕を前で拘束されており、満足に手を動かせない。が、パニックの状態だとそのことを忘れるらしく、手をあちこちにぶつけていた。

 そのロスがナメクジを自由にさせる。ナメクジは二匹ついたようで、一匹は右の太ももから上部へ、もう一匹は左肩から下へと降りて行った。どうにか正気を取り戻したリテッソは、まず上のナメクジを払い、次に下のものを払った。上のナメクジは肩から鎖骨を沿うように進んだようで、綺麗に服が破れていた。下着の紐も切れており、服の隙間から少し小さめの胸と残ったピンクの下着のラインが見えた。下は下着まで到達しなかったようで、足の付け根の五センチ前という所で払われたようだった。

「こんなことをして」

「どんなことだ?」

 リテッソは長髪を乱してロートを睨みつけるが、口は開かなかった。

「何を言いたいのかよくわからないが、私はちょっと遊んでいただけだ。記憶がある司令プログラムってのはこんなもんさ。なにせポンコツだからな、イカれているんだろう」

 ロートは唇を歪めてみせたかったが、オフナーマには唇がないので首を捻る。

 朽ち木を持っていない方の手を、柔軟でもするかのようにグルグル回しているとリテッソが慌てて口を開いた。

「劣等生としてのシンボルだったの、ティスは。お約束みたいなもんよ。あの子はちょうどよかったの。変わり者って有名だったから。私以外の大勢も協力してくれたわ」

「それはティスが死を恐れるから」

「そうよ。何度も慣れていることなのにね」

 模擬戦による臨死体験により、命というものの価値を希薄にさせる。そうすることで軍団兵という名の部品として完成する。ここの兵士の育成というのは、そういう筋書きのようだとロートは再認識し憤りを感じた。誰かに向けたものではない。嘆きに限りなく近い感情だった。それを抑え、ロートは問う。

「他には?」

「他にはって。本当に変わっているのね、プログラムのくせに話すなんて」

 リテッソの語尾が濁ったので、ロートは鼻息を鳴らしてから続ける。

「誤解があるといけないから伝えておきたいんだけど、これは仕置きじゃない。そうだよね?」

「なっ」

 反論しようとしたリテッソの言葉を封じるように、ロートはスピーカーの音量を上げて重ねる。

「これから仮に勝手に君が落ちて、それを私が偶然撮影する。何か問題があるかい?」

「問題だらけでしょうが。そんなことをしたら放送コードに引っかかるし、そもそも違法よ」

「違法? 何のことだろう。これはあくまで仮の話だ。でも安心してほしい。偶然落ちてしまっても大丈夫、局部は隠れるよ。私は船の端末を使っているに過ぎないからね、勝手にフィルターが入る。君のように特殊なカメラは持っていないから」

 まだリテッソが話そうとしないので、ロートはプレッシャーを与える。

「違法のことも心配してくれたけど、そちらも大丈夫だ。偶然のことであればお咎めは受けないだろうし、私が五十七軍団の船だとしても今は通信障害のせいで切り離されている。素敵な場所だな、ここは。誰が選んでくれたんだろうね?」

「っう」

「つまり、ポンコツだからフィルターのかかった動画しか撮れないが、通信障害が起こっているから私がこっそり保存できるんだ。今は完全に切り離されているからね。データを他のプライベート端末に移して、船に戻る前に消せば証拠は残らない。ここであったことはなかったことになる。まあ、偶然、君が、落ちてしまうような事故がない限り、考える必要もないことだけどね」

 顔を揺らしウインクしたつもりだったが動かない。自分には瞬きできる目がないことを、ロートは数コンマ遅れて思い出した。

「今日は暑いな、リテッソ軍団兵?」

 リテッソは黙っていたが、ロートが朽ち木を動かそうとすると頷いた。

「その厚くて瑞々しい唇ときれいな喉を使ってくれないか?」

「そう思います」

「そうか。だったら服はない方がいいかもな」

 リテッソが見ているロートが気の毒になるほど震えていた。

 しかし、ここで止めるわけにはいかない。ロートは質問することにした。

「でもナメクジに溶かされていっていうのは嫌だな。そう思わないか?」

「その通りであります」

「私は君を脅迫しているか?」

「いいえ違います」

「これは違法かい?」

「いいえ違います」

「私たちは遊んでいるだけか?」

「いいえ違います」

「私たちは楽しく談話しているだけか?」

「はい。その通りであります」

 そうかそうか、とロートはオフナーマの頭を縦にスイングさせた。

「もっと質問していいか?」

「ぜひお願いします」

「君は優しいんだな。なら私も態度を改めないと」

 ロートは以前の片膝をついた体勢に戻す。

「それで?」

「オウカとウォルは成績が良すぎて妬まれていたの。あんなのとまともにやっても勝てない。だから、ティスを煽ったのよ。連携が改善されないように」

「ティスの近くで、お前と組まされて二人が可哀そうだとか言ったのか」

「肯定よ。他にも二人はここを卒業しても、上に内定が決まっているからこの模擬戦はお遊びでやっているとかね。あることないこと吹きこんだの。オウカに関しては信じなくなったから、ウォルを中心に」

 だから、ティスはオウカとウォルと上手くコミュニケーションが取れずにいた。自分だけが真剣なのだと思い込んでいた。二人はこの模擬戦を必死になる必要がないのだと考えた。そして、彼女は自分が頑張らないといけない、と自らを追い込んだ。勝手な勘違いではなく、そう思わされていた。何より、ティスだけが死を恐れていた。自分だけが異常なのだと、何かしなくてはと焦っていた。

 リテッソに追い込まれることによって、より関係は歪んでいった。それが、ロートが目覚めるまでの、五十七小隊の不自然な関係の理由だった。目の前のリテッソこそ、主犯格だった。この戦闘前にティスから打ち明けられていたが、まだ完全ではなかったわけだ。聞けば聞くほど、ティスへの哀れみと自分への不甲斐なさが増す。

 初めにティスとウォルたちがすれ違っていたのは、ティス焦りのせいと考え、次に彼女だけが死を恐れるからだと知った。そして今、ただでさえ違う彼女らを揺さぶり引き裂こうとしてきた存在が現れた。ティスは、あの三人はどこまで苦しめばいいのだ。

 ロートがリテッソを摘まみ上げると、彼女は身をよじらせた。それが抵抗なのか、ナメクジのせいでじっとしていられないのかはわかない。

「何をするんですか?」

「さあ?」

 そう言って、ロートは持ち上げたリテッソを落した。

 リテッソの絶叫が響く。彼女が地面に着地する前に、ロートは手でキチンと受け止めた。

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